まっしろな闇











小説トップ
ウォルタにて
Page 12 : 暗
 同刻、戦闘が行われていた地点に場面は移る。
 警察やそのポケモン達、それに休日の夜を過ごしていた野次馬の人々が騒々しくしている。深夜とは考えられない程にざわついている。そもそも昼夜問わず人気の無い場所に人間が群れのように集まっていること自体、異常であった。
 ガーディなどの警察犬としての役割を持つポケモンが、地面に鼻を当て懸命に匂いを探っている。警察は現場を調べると同時に、野次馬を落ち着かせるのに躍起になっていた。捜査は上手くいっていないのか、苛立ちの表情が垣間見える。
 その様子を遥か上から見つめる者が一人。
 高い木造建築の屋上、夏の生暖かい風に髪を揺らす男が一人、立ったまま人混みを見下ろしていた。濃い茶髪で、それと同じような色の瞳。そして、先程クロと戦いを繰り広げた黒の団の男の着用していた黒い上着と同デザインのものを羽織っていた。歳は十代半ばから後半と言ったところで、若さが顔に、そして身体に満ち溢れている。両腕を組み、唇を閉じたままじっと黙っていた。
 と。
「バジルさん!」
 幼い雰囲気を残す男声が転がり込んだ。声変わりがまだなのか高めのトーンだ。
 バジルと呼ばれたその男は右方向に体を向ける。すると、闇夜の中、建物の屋根を軽快な動きで跳び移ってくる。
 満月に似た金色の髪のその人は、バジルの前に来るとすばやく膝を折り頭を下げる。まだ成長途上の幼い少年だった。上着はやはりバジルの着ているものと同じである。
 少年はそっと頭を上げた。頭には怪我をしているのか、包帯を巻いている。その上を覆うような長い髪の毛の下、金色ながら不思議な雰囲気を持った瞳があった。それは人間というより獣に近い瞳をしており、瞳孔が人間のそれよりも縦に長く伸びている。
「遅かったな」
 低く呟くようにバジルは金髪の彼に向かって言った。
 途端に彼はハッとして、弾かれるように頭を再び下げた。
「申し訳ありません! 予想していた以上に難航しました」
「まあそれは置いておく、どうなっていた」
「はい」
 彼は腰に巻いていた灰色のウェストバッグから、白い布に巻かれた少し掌より大きめのものを取り出した。
 撫でるように布を彼は広げる。すると、ナイフが一本姿を現した。下の光で刃が真っ直ぐに光っている。
 バジルは眉間に皺を寄せる。ほんの数秒だけ金髪の男子はバジルの様子を伺ったあと、一回だけ頷きながら口を開いた。
「形状から見て、シーザー・アボットの持っていたものと見て間違いないかと」
「どこにあった?」
「この下です。警察が来る前に探したところ、一つだけ残されていました。……若干ながら傷もあります。火花に当たったような跡も」
 彼は立ち上がり、布に乗せたままバジルにナイフを差し出す。バジルはそれを受け取り、目を細めて観察する。
 彼が言っている通り、暗いために詳しくは分からないが傷がある。右手で丁寧になぞるように触れると皮膚がそれを感じ取る。
「周辺を捜しましたが、シーザーは見つかりませんでした。……ラーナー・クレアライトも」
「そうか……」
 バジルはナイフを再び布に包んでから、それを持ったまま再び地上を見下ろす。慌ただしそうに、けれど規律のある動きで警察が捜査を続けている。だがそれが意味のないことだということを、この二人は知っていた。
 その場に残っていたものは彼等が全て処分した。処分したといっても見つかったのはナイフだけだが。他には何も残ってはいなかったのだ。
 誰かが故意に片づけたとしか、思えない。
 しかし、ウォルタにいる情報屋を訪れても、ほとんど何も情報を得ることは出来なかった。分かったのは、突如巨大な火柱がこの場所に上がったということだけ。それもかなり不可解だった。彼等が今立っている建造物は木造。その周りにあるものもまた同じ。火にあてられたという割には焼けた跡も燃えた跡も残っていない。そんな芸当が出来るものだろうか。常識に従って考えてもおかしい。しかしナイフには焼けた跡がある。
 靄のかかった真実。不審な現実。
 けれど、彼等の脳裏にはこの現実を可能にすることができる人物が浮かび上がっていた。常識を覆す、常軌を逸脱している者がいる。
「……笹波白、の可能性がある」
 バジルの言葉を聞いた途端に金髪の彼が息を詰まらせた。その様子を見たバジルは彼の方を向いて、少し眉をひそめた。慌てて金髪の彼は頭を垂れる。
 浅い溜息をついてからどこか遠くを見つめるようにバジルは空を見上げた。薄い雲が少し出ている。その雲無き部分を無数の星が埋め尽くしている。いつもならもっと暗いがためにはっきり見えるのだが、今日は少し地上が明るいせいで少しばかり薄らいだ光のように思える。この時間の星など誰もが見れるものじゃない。
 けれど彼等にとって夜は昼間と同然。動き回れるのは、むしろ夜の方だ。
「もしも、笹波白がこれに関連しているなら全ての辻褄が合う」
「そう、ですね」
「確かめる必要があるな」
 バジルのその言葉を聞いた途端に金髪の彼はそっと頭を上げる。横風に髪が揺れる。ずっと切っていないがために伸びた上に増えた金色の髪は、彼の顔を覆いかぶさってしまいそうな勢いだった。
 警察の怒鳴るような声が辺りをちらつく。深夜なのに張りのある声だ。いつの間にか野次馬は減っている。
 金髪の彼の脳裏に、いつだったかの小さな背中が映る。当時にとってはとても大きな背中だと思えたのに、今ではとても小さな背中となってしまった。今、その背中はどれほど大きくなったのかが彼には分からない。知ることが出来なかった。もしかしたら、そのまま消えてしまっているかもしれない。
 本当のことが知りたかった。真実をこの眼に焼き付けたかった。
 彼は固く結んでいた唇をそっと開いた。
「僕が、行きます」
 その言葉を聞いた途端、驚いたように眼を見開いてバジルは彼に振り返る。
 そこに居たのは、強い決意の光を灯した瞳を持つ少年が一人。さっきまでとは雰囲気がまるで違う。
「僕が確かめてきます。この目で」
「……何もお前が行かなくても、もっと下っ端に行かせればいい」
「僕は地位的には最下位同然です。出来損ないですから。それに、万が一あの人だった場合、ただの人間が太刀打ちできるでしょうか」
「……」
「行かせてください」
 沈黙が二人の間に流れる。数秒ほどの間だったが、金髪の彼にとってはひどく長い時間のように思えた。
 風が吹き付けては通り過ぎていく。張りつめた冷たい空気が彼等の周りを覆う。
 睨みあうようにぶつかる目線を先に逸らしたのは、バジルの方だった。
「好きにしろ」
「!」
 金髪の彼は思わず目を見開く。
 バジルははぁと深い溜息をつきながら、左手を上着のポケットの中に入れる。
「随時報告を怠るな」
「はい!」
 明らかにトーンの高い声にバジルは顔をしかめる。それに気づいたのか金髪の彼は急に顔を引き締める。そして同時に強く握られた両手の拳。肩にも力が入っている。
 バジルは右手に持っていたナイフの包まれた布を金髪の彼に差し出す。それを金髪の彼はゆっくりと受け取った。
 再び二人の視線がぶつかる。バジルは複雑な心境で金髪の彼を見つめていた。
「忘れるなよ。笹波白がした行いを」
「……分かってます」
 バジルはゆっくりと動き始め、金髪の彼に背を向ける。少し大きめの背中は、彼の身長もあるが、彼の持つ威厳に近い何かも助けてそう見える。
 顔だけを動かし、横眼で金髪の彼を見やる。
「――俺はもう行かないと。この件については、任せた。……“疾風”」
 金髪の彼の返事を聞く前に、バジルは腰からモンスターボールを一つ取り出し、それを軽く投げる。するとボールが開いて白い光が飛び出し、光はものの形を形成する。
 大きくたくましい翼とクリーム色をベースとした羽毛を持つ、ピジョットだった。その鳥ポケモンにバジルは素早く乗ってまたがり、もう一度確認するように金髪の彼を見る。金髪の彼は唇を噛むように結んでいたが、それをほぐすようにそっと開く。
「はい」
 その言葉を聞き届けた後、バジルはほんの少しだけ頬を緩め、が、すぐに引き締め直し、ピジョットに指示を呟く。
 ピジョットは一度軽く頷いた後に畳んでいた翼を広げる。広げた翼は迫力を更に引き出す。翼を開いた瞬間の風に、金髪の彼は一瞬吹き飛ばされそうな感覚に襲われた。翼がゆっくりと羽ばたき始める。ピジョットの力強い足が屋上を離れたかと思うと、大きく羽ばたいて、空へと昇る。
 そして無数の星の煌めく夜空へと、その姿はあっという間に溶けていった。
 本当に見えなくなってしまうその時まで、見送るように金髪の彼は空を見つめていた。
 独りになった屋上。緊張から解放されて空を仰ぐその瞳は、今までバジルの前では決して見せなかった、弱弱しく悲しげな光を灯していた。

「白、さん……」
 呟いた小さな言葉は、空に消えた。

( 2012/03/03(土) 19:30 )