まっしろな闇











小説トップ
首都にて
Page 77 : 夜の始まり
 同日の晩。眩しかった太陽はとっくに沈み、在るのはぐんと深い闇夜。白色の灯りに照らされた真弥の部屋には、数人の姿がありながら、誰もが口を閉ざしていた。金属の擦れる音がする。五月雨と名付けられた刀を圭が僅かに抜いた音だ。覗く刃を前にして、圭は目を伏せる。流石に肩に力が入っていることが、背後からでも見て取れた。緊張感に引っ張られるように、クロも定位置に忍ばせている火閃の形を片方の手でなぞった。
 やがて、リビングと廊下とを繋いでいる扉を開ける音がした。白いTシャツに黒い薄い素材のジャージを穿いた、日中よりもラフな格好をしたラーナーは、リビングに漂っている痺れた空気が全身に触れたのを敏感に察知する。
「……出掛けるの?」
 シャワーを浴びたばかりでまだ髪を濡らしているラーナーが、リビングで椅子に座りウェストポーチの中身を確認し身支度を整えているクロに尋ねる。クロは取りだそうとしていた小型ナイフを彼女から隠すようにそっと戻した。
「まあ」
「そっか……どこに?」
 クロは口を塞ぐ。後ろめたさのような感情が、彼に顔を上げさせなかった。
「首都のおもしろい場所さ」
 助け船を出すように、代わりにソファの方から真弥の声が応える。
「心配しなくて大丈夫。少し遊びに出るだけだよ」
 ソファに身を倒していた真弥が立ち上がりながら言い放つ。ラーナーは心許ない表情で真弥を見つめるが、彼の顔はいつもどおり柔らかくはにかんでいるだけで、何も教えてはくれない。
「ラナはこの家でゆっくり休んでおいて。今日も疲れたろう」
「……でも」
「君みたいな女の子が夜中に街中を彷徨くのはよくない。寂しくなったら思い切ってノエルを尋ねたらいい」
 余計なことを言わせる前に黙らせようとしているみたいだ、とラーナーは思った。親切という一見優しげな衣で、真実を覆い隠そうとしている。そして、無闇に暴かれる前に、紐できつく縛り付けてしまう。
 圭は音を立てないように刀身を鞘に収め、巻き付けた腰紐に五月雨を差し込んだ。しっくりとした金属の重みを腰に感じながら隣にいるクロに視線をやると、クロは頷き、二人とも徐にその場を立つ。それが合図となり、真弥はそれぞれの顔色を確認した。
「よし、じゃあ行こうか」
 各が頷き、ラーナーの横を通り過ぎようとする。
 クロが傍にくると、ラーナーにちらと視線を寄せると、煮え切らない表情を浮かべている。シャワーを浴びたばかりの柔らかい香りがする。彼女はここにきれいなまま居なければならない、クロはそう直感した。
「……そんな不安げな顔しなくても、大丈夫だから」
「クロの大丈夫は、いまいち信用できないよ」
「はは、お前信頼が足りてねえな」
「うるさいな」
 すぐ後ろについて茶化してきた圭を睨みつけた。
 しかし圭の軽快な態度で緊張が解れるはずもなく、瞬く間に霧散し空回りしてしまう。ラーナーの強張った顔は少しも変わらなくて、クロはどう声をかけたらいいものかわからなかった。
「……じゃ」
 結局何も身の入っていない、端的な別れの一言にしかならなかった。じ、と見つめてくる栗色の瞳が何も言わずに去ろうとしているクロを責めてきているように彼には思えて、尚一層早く逃げ出したくなる。
「行こう」
 弱っているクロの背を、真弥が軽く叩いた。真弥は自分のペースで上手くあしらう術を身につけているようだった。
 クロは背中越しに真弥を見て頷くと、外へと続く扉に手をかけた。そこからは一度も振り返らず、圭、真弥と続いていき、静かに扉は閉められた。
 人が消えて、重い沈黙だけが残されていった。
 急に人口密度は低くなる。ラーナーは何も無い玄関に取り残されて、急な孤独感で眩暈がするようだった。
 鉄の色をした褪せた扉をラーナーはじっと見つめる。嫌な予感を拭うことができない。また一人だけ置いていきぼりだ。過去の繋がりや信頼がそのまま壁となり、ラーナーの前に立ちはだかる。それでも、目の前であからさまに隠されて良い気分はしない。重苦しい秘密の空気にクロの塞がった表情がラーナーの中で留まることなく明滅している。遊びに出るだけ、そんなはずがない。クロ達と過ごしていれば嫌でもそのくらい思いつく。彼女は意を決したような面もちで扉に背を向けた。共に旅をしてきた関係だ。彼等の目的を知る権利くらいは自分にだってあるはずだ。


 *


「雨が降るかもしれないな」
 真弥が夜空を仰ぎながら呟く。暗闇の中でも、鬱蒼とした厚い雲が立ちこめているのがなんとなくわかった。晴れているならば突き抜けるような黒い空になっているだろうが、今はどことなく霞がかかっていて、何より空気が湿り気を帯びていて重い。
「圭はエアームドがいるんだっけ」
「ああ」
「なら、飛んでいこう。二人も余計に抱えるのはさすがに無理だけど、もう一人くらいなら多分どうにかなる」
「それはどういう、」
 クロが言い切る前に、真弥の腕がすいと空を縦に切り、途端クロの髪や服がひらめいて、風に煽られていると気付いた時にはその風が一気に激しくなった。クロの足が地面から勢いよく浮き上がるほどに。
「なっ!?」
 急に足下を掬われたクロだったが、そのまま地面に落ちることはなかった。風は竜巻のようにクロを包みながら、一気に下から押して急上昇していく。高度が上がっていくほど耳元がきんと凍えるように詰まり、恐ろしく不安定な状況に身体が支えるものを求めようと勝手に動く様はじたばたと暴れる子供のようだった。しかし当然ながら空中には支えなどなく、ある程度の高度までたどり着くと、そのまま水平に保ちながら横へと流されていく。高らかな笑い声と共に、後から真弥も風に乗ってやってきた。
「おいおい、あんまり暴れるな。落ちるぞ」
「どっどうしてろっていうんですか!?」
「何もしなくていいよ。俺に任せときなさーい」
「それ一番不安なやつなんですけど……! ワアッ」
「ほら言ってる傍から」
 空中でのバランスがとれずに風の軌道から逸れ落ちてしまいそうになるところを、また強い突風に吹かれて、飛び上がる。
 クロの心臓は凄まじい勢いで脈打っていた。外にまでその鼓動が聞こえてくるのではないかと錯覚するほどだった。相変わらず覚束なくて不安定な空中遊泳。ただ、無闇に動くと逆に危険なことを身を以て思い知り、硬直した身体でバランスを保つことに神経を削る他ない。それにしても不思議な感覚だった。相変わらず身体中が強ばっていて何が起こっているのか把握しきれていないが、どうやら真弥が起こしている風がクロや真弥を乗せているらしい。彼等の視界には、ビルやマンションの灯りが点々と輝いている首都の美しい夜景。しかし、その風景を目に焼き付けていられる余裕などクロには微塵も在りはしなかった。
「クロ、真弥さん! 置いていくなよ!」
 圭の声が真っ黒に塗りたくられたような夜空に張り裂ける。振り向いた頃には、あっという間に近くへとエアームドと圭が滑り込んできた。圭の長いシャツが不自然なほど乱雑にはためいていて、真弥の起こしている風の強さが見て取れる。
「すげーな、クロまで飛ばせるなんて」
「まあ俺も初めての試みだから安全は保障しきれないけどねー」
「ちょっと、そういうの勘弁してください……っ」
 さすがのクロでも、高層ビルにも匹敵する高度から落ちればひとたまりもない。普段冷静に気丈に振る舞っているクロにしては随分と慌てた、ひっくり返ったような声音だ。当人は死に物狂いなのだが、周りからしてみればいつものクロとのギャップが激しくて、溢れてくる笑いを抑えられない。真弥も圭も堪えきれずに笑いだすものだから、クロの顔は瞬く間に紅潮していく。
「真弥さんそんな笑ってないで真面目にお願いします!」
「失礼だなあ、俺大真面目人間よ? ……ああ、ごめんごめん、もしかしてそういうフリか」
 と、わざとらしく真弥が両手を叩いた瞬間、クロの足下がふい、と凍り付いたようにおとなしくなり――そのまま真っ逆様にクロは落ちていく。
「わああぁぁああああああああ!?」
 悲痛な叫びが夜の首都に響く。叫ばずにはいられなかった。心臓が置いてきぼりにされた浮遊感は重力を伴ってぐんぐんと加速していく。が、やがて背中が捕まれ、不意に落下が止まる。相変わらず足は宙に浮いている状態だが安定を得たクロは目を大きく見開きながら、背中からぶら下げられているような体勢のまま、ようやく呼吸を思い出した。心臓が自分のものじゃないかのようにに、尋常ではない速さで脈打っている。
 服の背中部分を掴んだのは、エアームドだった。さすがに驚いた圭が咄嗟に助けにいくように指示したのだろう。
「クロ、大丈夫か!?」
 頭上から圭の声が投げかけられるが、クロは文字通り放心状態になっていて、返す言葉も浮かんでこない。
 頑丈に力強く鍛えられたエアームドだが、嘴だけで一人の人間の体重を持ち上げるのは苦しいのだろう。必死に翼を羽ばたかせるものの、厳しい表情である。その鋼の嘴にぶら下がってしばらく呆然としているうちに、やがて忌々しい夜風の音がクロの耳に蘇ってくる。急な気圧の上下に遊ばれて、耳の中の気持ちの悪さに酔っていると、ふ、とクロの足下に不自然な風の塊が宿り、そのまま彼の身体が見えぬ力で上へと押し戻された。エアームドの嘴を弾いて、真弥の傍へとクロを連れて行く。
 既に憔悴したクロの表情を前にして、堪えきれずに真弥はくつくつと肩を震わせたと思うと、やがて腹を抱えて笑い出した。身体をくの字に曲げて全力で笑う様子は、いつも余裕を携えた彼に比べると少々異質のようでもあったが、あまりに大袈裟に笑うので、クロは自分が恥ずかしいと思うよりもずっと早く、顔全体が火を噴き出しているように熱くなるのを感じた。
「真弥さん! なんてことするんですか!」
「いや、だって、さ、あんなこと言われたら落とすしかないでしょ」
 薄らと潤んだ瞳を擦りながら、真弥は尚もげらげらと爆笑し続けた。クロは確信した。この人、本当に性格が悪い。
 そして反対側でエアームドに乗って悠々と飛行している圭も、一時は息を止めて驚いたものの、安堵した直後に凄まじい反動が起こったように、真弥につられて顎が外れる勢いで口を開けて大笑いし始めた。
「圭! お前までそんなに笑うなよ!」
「無理無理!」
「無理じゃない!」
「クロの超慌てた姿とかあまりにレアすぎて!」
「あー、もう……!」
 真っ赤に染まった顔は一向に戻らない。顔どころか耳まで発熱しているようだった。いっそここから走って逃げだしたくなるが、今はまさに真弥の掌の上。彼が掌を返せば、あるいはそこから飛び出せば、真っ逆さま。助かったとはいえ、落ちゆく恐怖を刷り込まされたクロには妙に現実感のある想像が頭を過ぎり、遮断した。
「にしても、真弥さんすげえな! いつからこんなこと出来るようになったんだ?」
 高揚した気分が収まりきっていないまま圭は自然と尋ね得る。疲弊しているクロの脇で、少々気分が落ち着いてきた真弥は乾いた笑みを浮かべた。
「やってみたらできるようになっただけさ。大切なのはイメージ、想像力だよ」
「イメージ、かあ。そういや、そんなこと言われたような気もするな」
 圭の表情に苦みがさしたが、嫌でも頭に過ぎった記憶をゴミでも払うようにすぐに捨て去る。
「……でも俺やクロはどう足掻いても空は飛べないな」
「はは、それは確かに難しいな。俺は便利で応用が効きやすい力を得たと思うね」
「違いないや」
 揚々と圭は朗笑した。
 笑いの絶頂を通り過ぎて、時間が経つにつれて気分が冷静さを取り戻してきた頃には、クロは飛行に慣れつつあった。流石の運動神経と適応力に真弥は内心舌を巻きつつ、未だ恨みがましい不機嫌な表情をしているクロをしみじみと見つめた。
「クロ、表情豊かになったな」
「は?」
 風の音が騒がしくても、真弥の言葉を聞き取れたらしい。急に懐旧の情に駆られているような言葉に、クロは素直に眉を顰めた。
「いや、昔を思い出すと……なんだか懐かしさと新鮮さが入り交じるというかね」
「急にどうしたんですか」
「いやいや、深い意味はないよ。ただ、感慨深いものがある」
 ふうと細い吐息。長い秋の夜にしっとりと溶ける。
「それが良いか悪いか、ねえ」
 聞かせる気のない独り言は、人間を運ぶほどの強い風に呑み込まれていった。


 *


 真弥達の住む北区の隣、セントラル北西区某所。暗闇を天に据え、歓楽街はネオンライトの煌めきで彩られている。派手で自己主張の強い電飾が道で所狭しと鎬を削っており、顔を赤く火照らした人々が甲高い声をあげて往来している。
 そんな声と光と音楽の狂騒は遠く、足下すらはっきりとしない暗闇に包まれた路地裏で、クロ達は先ほどの非日常的な空中遊泳の高揚感を一切忘れ、冷たい緊張感を高めていた。目的地から少々離れ、かつ人気の無い地点に着地した後、用意していた地図を頼りに歩いていた。一切の雑談は無く小汚い路地を探るように進んでいくと、先導していた真弥が立ち止まり動かなくなったので、遂にその場所か、とクロと圭は身体を強ばらせた。
 真弥は彼等を振り返り、右のポケットから一枚の灰色のカードを取り出しそのままクロに手渡した。黙って受け取ったクロは、裏表ひっくり返したり指でなぞったりしてカードを観察する。無地のカードで、端に一つ矢印がマジックでかかれているだけのシンプルなものだった。
「それはノエルに造らせたものだ。今日の任務について、改めて説明する。いいな」
 クロと圭は視線を上げる。真弥は二人の顔を確認すると、話を続けた。
「目標はカンナギの幹部の抹殺、及び地下で飼われている子供の回収だ。クロと圭は、裏手にある関係者出入り口から侵入して、地下に向かえ。途中で子供以外に出会ったら殺していい。用心で何匹かポケモンも所持しているが、問題ないだろう。これ、組織の面子とその所持ポケモン。確認して頭に叩き込め」
 そう言って、やはりポケットから小さく折り畳まれた資料を出し、クロに手渡す。折り目を開くと、人間の顔写真がずらりと並べられ、隣に所持ポケモンと考えられる名称も添えられていた。
「依頼内容としては、黒髪に白人の子供は回収しろということだ。それ以外は任せる。ただ先に言っておくと、余計な数を増やすと面倒だ。先方の回収の手筈は整えてあるし、すぐに受け渡しもできるだろうけど、最小限に留めた方が無難」
 圭の顔が一瞬歪んだが、気付かないふりをして、真弥は続ける。
「緊急で連絡したければポケギアで。出れるかはわかんないけど。あと何かな、確認しとくことって……ああ、俺は別口からいくから。客を装って真正面から突入して、合図を送る。ポケギアのコールを三回鳴らして切るから、注意してて。俺はそれで、上から虱潰ししていくよ」
「……わざわざ正面から入らなくても」
「お、心配してくれるの?」
「別にそんなこと考えてないです」
「つれないねえ。その方が面白いでしょ?」
 くつくつと笑う。こんな状況下でも人を食ったような態度でいるのが真弥らしさで彼の強さでもあった。
「これは君らを考慮したつもりでもあるんだよ。上で騒いでいれば、少しは他が薄くなるだろ。ガキなんて見張っている余裕無いだろうさ。わかりやすいように、多少派手に暴れるよ」
「それらしいこと言いますけど、結局は愉しみたいからでしょう」
「あはは」
 笑ってかわし、大きく右肩を回す。
「さて、と。じゃあどんな子を選ぶか考えながら入店しますかねー」
「……悪趣味ですね」
「俺、そんな趣味じゃないんだけどねえ。仕事だからね」
 軽蔑の視線を余所に、真弥は圭の方に視線を移した。
「圭、さっきから黙ってるけど大丈夫か?」
 穴を開けそうなほどじっと真剣な眼差しで資料を見ていた圭は、弾かれるように顔を上げた。
「……大丈夫。これ覚えようとしてたら、それどころじゃなかったから」
 舌の回りがぎこちないのは、誰の耳にも明らかであった。無意識に手が腰に下げている刀の鞘に触れ、落ち着かない拙い所作でなぞりあげる。まるで怯えているようだったので、クロは目を細めて彼の浮かない横顔を見つめた。
「はは、そんなに肩張らないでいいさ。君らならどうにかなるよ」
「けど、俺、こういうの久しぶりだし」
「んー、真面目だな。悪いことではないけど……クロ、うまくフォローしろよ」
 真弥はクロに目配りすると、クロはすぐに頷いた。
 満足したように真弥は笑うと、じゃ、と手を振り、クロ達に背を向けてゆったりとした速度で細い路を歩いていく。落ち着いた空気を纏った背中は暗闇の中へ溶けていきやがて殆ど見えなくなると、まるでじんわり絞められていた首が解放されたようにクロはほうと一息ついた。そして隣で顔をしかめている圭を一瞥する。
「緊張してるな」
 クロがぼそりと呟くと、圭は苦笑する。
「まあ……ねえ。でもうじうじ考えててもしょうがないんだよな。でも、俺、多分足引っ張るかも」
「問題ない。俺がサポートする」
 淡々というクロの言葉が妙に頼もしくて、圭はまじまじと見つめた。
「……なに」
 鬱陶しげに顔を歪める。その間もじっくりと観察するように下からクロをのぞき込んでくるのは、むしろ気持ち悪いくらいに思われた。やがて腕を組んで自分で納得したように頷くと、にいっとじんわり歯を見せた。
「いや、そういえば俺とお前ってパートナー関係だったなあって思ってさあ」
 パートナー、の部分を膨らませて強調した。
「なに今更言ってるんだ」
「急に懐かしくなってさ。でも基本的には俺が引っ張ってたような気がするのになあ……お前も大人? になったってやつ?」
 急に圭の雰囲気が先ほどと打ってかわったので、クロはかえって呆れた顔をした。
「さっきまでガチガチになってたくせに、急に緊張感ないこと言うなよ……」
「さっきまで散々振り乱してた奴が言える台詞か、それ?」
「あれは不可抗力だ」
 もう思い出したくもないとでも言いたげに苦々しくクロが言うと、圭は肩で笑った。
「だってさ……なんか急に安心した。うん、大丈夫だな。クロがいるしな。頼むぜ、あーいぼう!」
「痛ッ!」
 路地の奥まで音が響くほど力一杯背中を叩かれ、クロは声をあげた。手形がそのまま背中に写りこむのではないかと錯覚しそうになる。
「あははごめんごめん」と言いながら、まだ笑っている。まったく悪びれはない素振りだった。苛立ちを無理矢理胃に流し込み、冷静にと言い聞かせて怒声の代わりにクロは息を吐く。
「……茶番はここまでだ。さっさと待機場所に向かうぞ」
「ひでえ! 茶番なんて言うことないだろ!」
 喚く圭の声を背に、足早にクロは目的地へと向かう。いっそ緊張してくれたままの方が静かで良かったかもしれない。

■筆者メッセージ
誠に勝手ながら、圭の刀の名前を白雨から五月雨に変更させていただきました……いつか理由は話せればいいなと思います……。大切な名前を変更する心苦しさは拭えませんが、よろしくお願いします……!
( 2016/01/01(金) 22:53 )