ゾロアークの師匠
※作品によって表示に時間がかかります
ブラック団がついに北の帝国と手を結んだという。そのことを各地の国王に伝えるために、星空の下、3体の伝説ポケモンたちが飛んでいた。下を見下ろすと湖が広がっている。風が耳元で唸り声をあげるのを聞きながら、アグノムはふいに口を開いた。
「…ねえ、エムリット」
「なに?」
「きみ、波動の勇者にあったんだって?」
エムリットは驚いて振り返った。なぜ彼は突然そのことを、今口にしたのだろうか。彼女の思っていることをくみ取ったのか、アグノムはためらいがちに言う。
「波動の勇者が一体どんな人なのか気になってね。なにしろ…予言の救世主なんだから」
エムリットは前に向き直った。
「救世主か…。そんな風には全く見えなかったわよ。全然イケメンじゃないし、ガキだし、弱そうだし。でも…」
「何か感じるのよね。それがなにかはわからないけど…」
ユクシーはため息をついた。
「隠された力ですか。そんな方に世界の命運がかかっているのですね…。それにまだ子供とは…」
「まあ、託してみるしかないんじゃない?エムリット、君はもう一の国の国王に伝えたのかい?」
「あったりまえよ、もう全部言ってあるわ。ユクシー、あんたは?」
エムリットが得意げな顔をする。ユクシーが少し顔をしかめながら言った。
「まだですよ。そのためにいってるんじゃないんですか?」
ユクシーが怒る前兆だ。こめかみがぴくぴく動いている。いつもは穏やかな彼女だが、怒ると一番怖かった。切れると何をするかわからない。
(エムリット…頼むからこれ以上ユクシーを怒らせないでくれ…)
アグノムは心の中でそっと祈りながら言った。
「僕もまだだしさ。ゆっくり行こうよ?」
エムリットはそんなアグノムの気遣いなどまったく気づかず、最後の一撃を放った。
「そういやユクシー。あんたまた太ったんじゃない?」
「!!」
「!」
彼女の堪忍袋の緒がついに切れた。アグノムの願いは無情にも、消え去ることとなった。
(ああ…ジラーチにでもお願いしとくんだった…)
海の上を風のように飛び去る影が2つ。海の神ルギアと、永遠の命を持つといわれるポケモン、ホウオウだ。漆黒の闇のような夜の海面に、ホウオウの虹色の輝きがきらきらと反射する。周りから見れば、その荘厳たる風景に誰もが見とれたことだろう。しかし2羽の会話は、その緊張を全く持たない雰囲気だった。
「なあルギア。なんでオレら、南大陸に向かってんの?」
ルギアはふうっとため息をもらし、あきれた様子で言った。
「何回言ったらわかるんだ。私たちはアルセウス様に頼まれて、ブラック団のことを各国の国王に告げるため、南に向かっているのだ」
ルギアの緊張した面持ちとは反対に、ホウオウはいつもの高いテンションのまましゃべり続ける。
「ごめんて。オレ鳥頭やから忘れやすいねん。ところでお前、まだ様つけて呼んでんの?やめろって言われたばっかやん」
「仕方がないだろう。アルセウス様はこの世をおつくりになられた創造主。そんなお方を呼び捨てにすることなど言語道断!」
ルギアの熱心な弁舌をさらっと受け流す。
「そんな急に熱くなんなや。そんなんやから、すぐ女性に引かれてまうんや」
「な…なんだと!」
またもやホウオウはルギアを無視し、つぶやいた。
「なあルギア」
「…また無視したな…まあいい。なんだ?」
「なんでオレら、南大陸向かってんの?」
〜ルカリオサイド〜
「…遅い…」
駅の前で、ルカリオがつぶやく。約束の時間からもう1時間が立っていた。目の前を通っていく人々を凝視するが、親友の姿は一向に見られない。ルカリオがゾロアークと約束をするに至ったのは、約6時間前だ。
きっかけはゾロアークからの電話だった。
「なあルカリオ、今日の夕方に一緒に修行に行かねえか?昼は任務があるから行けねえんだ。」
「修行?」
突然の問いかけに少し戸惑ったものの、一昨日のことを思い出し、意を決した。
「いいぜ、今日は休日だしな。でも行くっていったいどういうことだ?」
「それはあってからのお楽しみだ」
彼は一言そういうと、電話を切ってしまった。
そして今に至るというわけだ。もう汽車が何本も通り過ぎて行った。それにつれてルカリオのイライラも頂点に立っていく。いっそのこと帰ってやろうか。そう思っていると、ふとゾロアークの声が聞こえた。
「遅れてごめんな。いやー、準備に手間取っちゃって」
声は聞こえるのだが、本人の姿はどこにもない。
「おーい、こっちだって。ここだよ、ここ」
一体どういうことだ?ルカリオがあたりを見渡していると、足元から声が聞こえ、見てみるとーーー
一匹の黒猫が座っていた。そしてしゃべったのだ。ゾロアークの声で。
「うわあ!?」
ルカリオは驚いて飛び上がった。周りの人は、いぶかしんだ表情でルカリオを見ては、通り過ぎていく。
「ちょ、ちょっと待て。お前、もしかしてゾロアークか?」
ルカリオは小声で聞くと、ゾロアーク、いや、黒猫は立ち上がって答えた。
「その通り。どうだ、驚いたか?オレの特技の変化術だ」
「いや、驚いたっていうか…ちょっと待って、頭痛が…」
人を散々待たせておいて、なおも猫の姿で登場し自分の得意技を自慢してくる友人に、ルカリオはあきれを通り越して頭痛を感じ始めた。まったくこいつは…。あきれて怒る気さえしない。
「…さっさと行こうぜ。お前の言う修行場所ってとこに」
「おいおい、怒ってんのかよ?だから遅れてごめんって」
「怒る気さえしねえよ。とっとと元の姿に戻ってくれねえか?猫と話してる高校生なんて、絶対おかしいだろ」
「あー、すまねえ。そいつは無理だ。この姿じゃないと師匠が出てこないんだよ」
ゾロアークの言葉に、ルカリオは足を止める。
「師匠?師匠ってお前の?」
ゾロアークはうなずく。
「ああ。オレに技や格闘術、それに変化術や奥義まで教えてくれた先生だ。まあ理由はあとでわかるさ。説明するより見たほうが早い」
真っ赤に燃える夕日を背に、2人は山道へと入っていった。
ひとけのない登山道にはまだ雪が残っている。うっそうと茂る草木が行く手を阻むが、黒猫に化けているゾロアークはなれた手つきでどんどん上っていく。ルカリオは後をついていくだけで必死だった。
「早くしろよ。日が暮れちまうぞ」
ゾロアークが上のほうで待っている。ルカリオは息を切らせながら必死で追いついた。
「こんなとこにいんのか?お前の師匠って人は」
「まあな。ずっと山の中にこもってるような人だから。ほら、あともうすぐだ」
やがて2人は登山道からわきにずれて、深い森の中をひたすら歩く。地図にも載っていないような険しい道を、まるで近所を散歩しているかのように、ゾロアークはずんずん進んだ。その背中を追うだけで、ルカリオは息が切れてしまった。
やがて、深い木の根が張るけものみちで、2人は立ち止まった。そして、荒々しい巨樹の根元で、ゾロアークは思い切り叫んだ。
「先生ー!ゾロアークです!修行をつけてもらうために、ここに来ました!」
森の中を風が吹き抜け、声がこだまする。そしてしばらくの沈黙のあと、先生が木の後ろから姿を現した。その姿を見て、ルカリオはあっと息をのんだ。ゾロアークの先生とは、野生のアカギツネだったのだ。
先生は悠然と降り立つと、あと1メートルといった距離で立ち止まった。
「ひさしぶりだな、ゾロアーク。元気にしているようだが…隣のものは?」
「こいつはオレの友人です。先生に修行をつけてもらうために来ました」
先生は怪訝な顔をしてルカリオを見た。
「ゾロアーク…ポケモンはつれて来るなといったはずだ。いくらお前の友人とは言えども…」
「先生、オレもポケモンじゃないですか」
「冗談はよせ。なんで普通のポケモンが暴走したりするんだ?」
「そうですけど…。先生、彼を連れてきたからには理由があるんです。こいつは波動の勇者なんですよ」
ゾロアークの言葉に、先生がぴくりと耳を動かした。
「何?この少年が波動の勇者だというのか?」
師匠の言葉に、ゾロアークがうなずく。先生はじっとルカリオの顔を見た。まるで心の中を見透かされているような気分だ。しばらくすると、先生はゆっくりとうなずいた。
「ならば話は別だ。修行をつける前に…ゆっくり話を聞くとしよう。ついてこい」
きびすをかえし、先生はかろやかに杉の根元に移り、岩の間に消えた。その様子をみて、ルカリオはぼそっとゾロアークに尋ねた。
「なあ、お前の師匠って狐なの?」
「ああ、そうだ。だから先生、この姿じゃないと出てこないんだよ。安心しろ、修行の時はちゃんとポケモンに化けてくれるから」
そういうと、黒猫も岩に飛び乗り消えた。ルカリオも慌てて後を追う。まさか狐に修行をつけてもらうとは思わなかったルカリオだった。