町の市場
太陽が頭上に輝き、暖かい日差しを送っている。今日は日曜日で、人々は各々の休日を過ごしていた。町を通り抜ける間は、人通りが少なかったが、市場に近づくにつれて人影がぽつぽつ増え始めた。
4人は活気にあふれる町の中を歩いていた。ここはどうやら市場のようだ。たくさんの人々が入れ替わり立ち替わりで、彼らの横を通り過ぎてゆく。客を呼び込む声や、会話をする声など、たくさんの声が聞こえてくる。なるほど、街一番の市場というだけあるようだ。様々な見たことのない品物が運ばれてきたり、中にはヒトよりも大きいのではないかというくらいの大きさの魚が運ばれていくのを見た。
見たことがないのは品物ばかりでなく…
ルカリオはよそ見をしていると、誰かにぶつかった。勢いよく後ろに倒れこみ、ルカリオは尻もちをついた。
ルカリオがあわてて前を見ると、ぶつかった相手が駆け寄ってきた。
「きみ、大丈夫かい?」
「すいません、よそ見をしていてーー」
その顔を見た瞬間、ルカリオは息が止まりそうになった。相手はサイドンだった。なんとも親切そうな顔をしている。
「怪我はないかい?」
「だ、大丈夫です。」
ルカリオはどもりながら言った。ルカリオが動揺しているのには訳がある。
そのサイドンの顔が、近所のおじさんの顔によくにていたのだ。差し伸べられたサイドンの手をつかんで、立ち上がるのを手伝ってもらった。砂埃を払うと、ルカリオは改めてサイドンのほうに向きなおった。
「そうか、良かった。ではわたしはこれで失礼するよ」
安心した表情でサイドンはそういうと一礼し、立ち去った。思わずルカリオも頭を下げる。
しかしまだ心臓がどきどきぢていた。今のは一体…もしかして、先祖かなにかなんだろうか。
ルカリオがぼんやりとそんなことを考えていると、サーナイトが心配そうな表情を浮かべる。
「ルカリオ大丈夫?さっきだれかとぶつかってたみたいだけど…」
「うん、大丈夫。さっきぶつかったのはサイドンみたいなんだけど……」
ルカリオは動悸を抑えながら答えた。するとそれを聞いた3人は飛び上がった。
「サイドンってもしかして…えぇ!?あのジェームズ氏にぶつかったの!?」
彼らが上げた大声に、通りを歩いていた何人かがなにごとかと振り向く。思わず大声をあげてしまったことにサーナイトは恥ずかしそうに下を向く。
「おいおい、どうしたんだよ?さっきのサイドンがどうかしたのか?」
ルカリオはわけが分からず尋ねる。
「どうしたじゃねえよ!あの人は王様の一番の側近のジェームズ大臣だよ!ジェームズ大臣は貧しい人たちに食べ物を配給したり、地震とかで被災した地域を支援したりとオレ達にたくさんのことをしてくれた人だ。民衆の間じゃ、英雄も同然さ。そんな人と話せるなんて…なかなかない体験だぞ……」
ゾロアークは興奮気味に言い、彼の赤いたてがみが風に揺れる。
「いいなあ!私も話してみたかった……」
「そんなすごい人だったのか…(この時代にも大臣なんかがいるんだな…。あのおじさんの先祖が大臣だなんて)」
ウィンディが、ルカリオの真剣な表情に気が付く。
「ん?どうかしたのか?」
「いや、この時代にもいるんだなあって思ってさ。もしかして大臣は1人なのか?」
「そんなことはない。他にもちゃんといる。ちょうどうちの親が政府関係者だからな」
ウィンディが答える。そのことを聞いてサーナイトとゾロアークは驚いて、彼の顔を見た。
「おいおい、そんなのはじめて聞いたぞ」
「私も初めて聞いたわ」
「そうだったかな……てっきりお前らには話してたと思ったぜ。実はあんまりほかには言うなっていわれてるからさ」
ウィンディが困り気味に笑う。
「そうなの?じゃああんまり言わないほうがいいわね……」とサーナイトが誰かに聞かれているとでもいうように、そっと静かに言った。
「そうしてくれると助かるよ。そういえばルカリオ、この時代にもって言ったけどどういう意味だ?」
ウィンディが興味津津な面持ちで尋ねる。
しまった。つい口を滑らせてしまった。
「ああ、違うんだ。気にしないでくれ」
ルカリオが必死になって言うと、別にウィンディは怪しむ様子もなく言った。
あれから四人は様々なところへ行った。まるで迷路のような街の中を駆け回ったり、ゴンドラにも乗ったりした。途中でウィンディが船酔いをしたけれど。街を抜けて、さらに奥にある森へも入った。現代では失われてしまった自然の美しさも、まだそこにはあった。森の中を流れるキレイな小川で魚釣りをしたり、途中で珍しい動物も見かけたりした。一番驚いたのは、ルカリオのいた未来ではもう絶滅してしまった動物を見た時だった。図鑑では見たことがあったが、動く実物を見たのはこれが初めてだった。ルカリオは自分の中に沸き起こる感動を感じた。現代はこの時代より化学も進歩しているし、ますます便利になっている。だがそれに引き換え、オレたちはなにか大切なものを失ってしまってるんじゃないだろうか……。
四人は森を抜け、街に戻ってきた。
「さて、市場も行ったことだし…次はオレ達の通う学校へ行くか?ルカリオも家が必要だし。なあゾロアーク、お前前に空いてる家があるって言ってたな。そこにも行こうぜ」
ゾロアークは楽しげな表情を浮かべうなずく。
「学校か!あいつら驚くだろうな!ルカリオ、クラスの奴らはみんないいヤツばっかなんだぜ。きっとすぐに仲良くなるさ!家もきれいなんだ。きっと気に入ると思うよ」
その言葉を聞き、ルカリオはあっと気づく。彼らには、命を助けてもらった上に、住む場所に困らないようにと、家まで用意してもらったのだ。この三人は、初めて会う自分に最初こそ怪しんだものの、すぐに打ち解け案内までしてくれた。それに今度はより仲間が増えるようにと、学校まで紹介してくれるというのだ。もし自分が彼らの立場であったら、ここまで親切にできただろうか?百年前の時代の人々はみなこのように親切なのだろうか?
「ほんとにごめんな……。命まで助けてもらった上に家までこんな見ず知らずのやつに……。ほんとなんて言ったらいいか……」
「急にどうしたのよ?」
「そうだよ、別に気にすんなよ。困ってるのを助けるなんて当たり前だろ、なあゾロアーク?」
「その通りだ。記憶が戻るまでゆっくりしていったらいいさ。それに家も余ってたからちょうど良かったんだ」
ゾロアークがにかっと笑う。
彼らの優しさに触れ、ルカリオは胸に迫るものを感じた。
「…ありがとう」
「お礼なんて照れくせえよ!ほら、明日は学校なんだしさ。ほら、さっさと行くぞ!」
ゾロアークは照れくさそうに笑うと、先に歩き始めた。そんな彼の様子を見て、笑いながら4人は、夕日に照らされた道を歩いて行った。
ルカリオは遥か彼方の地平線に沈もうとしている夕日を見つめて、ここからは遠い未来にいる両親へ思いをはせた。
(父さん、母さん。オレ、すごく良い仲間に出会ったよ。元の時代に戻るまで、もう少しここで頑張ってみようと思います)
ブラック団サイド
薄暗い明かりに照らされた部屋で、ミュウツーが窓から月を眺めていた。アジトは森の中にあったため、夜にはたくさんの星が輝いているのが見える。その無数に瞬く星空の中、まわりの星々にもおとらぬ光で一つの月が浮かんでいる。
あの月は一体あそこから何を見ているのだろう。我らの行いは、あそこからどう見えているのだろうか。自分たちは果たして、新しい時代を築く道を歩いているのだろうか?それとも今自分たちが歩いているのは破滅の道ではないのか?
ミュウツーはフッと自虐的に笑う。私ともあろうものが、今さらこんなことを思うなんて。
「月光にでも惑わされたか…」
今更そんなことを考えてなんになるというのだ。自分に今できるのは、ギラティナ様にあの日の恩返しをすることだけ。あの方がいなければ、今の私はいない。
そんなことをぼんやりと考えていると、ブラック団の幹部であるアブソルがあわただしく入ってきた。なにごとだ、とミュウツーが尋ねると、アブソルは息をきらしながら伝える。
「ミュウツ―様、大変です!警察がとうとうわれらの居場所を突き止めたようです」
前にベルズ図書館から大切な本が盗まれたことで、警察はブラック団の仕業ではないかと思い始めていた。ブラック団は各地でいろいろな悪事を働いていて、警察は前から彼らを追っていたが、一向に手掛かりをつかむ事が出来なかった。ブラック団はその足跡を一切残さずに去ってしまうのだ。
しかし今回やっとブラック団の居場所がつかめたのである。
それを聞いたマニューラが飛び上がって言った。
「本当かい、そりゃ?だったら大変じゃないか!早く逃げないと!」
しかしミュウツ―は部下たちのように慌てふためくこともなく、落ち着いている。
「そんなにあわてるな、マニューラ。まだ捕まったわけではあるまい」
「はい、たしかに捕まってはいませんが…しかしここにこのままいると、じきに捕まってしまいます!」
ミュウツ―はにやりと笑った。
「まさか私がこのことを予想していなかったとでも?私はそんなに愚かではない。アブソル、あれの準備をしろ。」
「はっ、承知しました。」
アブソルは素早くリモコンをだすと、ボタンを押す。
シャッターが自動で開き、そこにあったのは奥へと続く大きな階段だった。
「ここから各自それぞれの乗り物に乗ってここから逃げ出す。本当の本部へ向かうのだ」
「本当の本部…?ここではないのですか?」
マニューラが聞くと、代わりにアブソルが答えた。
「ミュウツ―様はこのことを前もって予想されていた。だから本当の本部とは別のところを選んで、ここに基地をおかれたのだ」
マニューラはアブソルをギロリとにらみつけた。
「アブソル、あんたはここ最近少し調子に乗っているようだね。あたいより先に昇進したからってそんな口あたいにきくんじゃないよ!」
アブソルは何も答えず、フンっと鼻で笑い階段を下りていく。マニューラも舌打ちをしながら、階段を下りていく。
ミュウツ―が満足げに言った。
「いますぐ出発だ。ユキメノコ、全員に命令をだせ。」
「了解しました」
ユキメノコは基地内にいる全員に命令をだした。
「全員ただちに位置につけ!今から作戦Gを実行する」
作戦Gとは、もし万が一居場所が見つかったときに全員が行動するための作戦だった。その作戦は日頃から用意されている。
「ここが奴らの本部か…とうとう追いつめたぞ、ブラック団め!」
バクフーン警視総監は意気揚々と言った。
彼は町きっての名高い警察だった。その勇猛果敢な性格と鋭い観察眼で、鬼神との異名を持ち犯罪者たちからは恐れられていた。
そのときだった。ブラック団の基地から突然、おおとりが飛び立った。しかも1羽ではない。その数は何十羽とあった。おおとりは次々と空に舞い上がっていく。
「くそっ、奴ら逃げる気だ!なんとしてでも追え!絶対に逃がすな!」
バクフーン警部が叫んだ。
警察は馬にのりこむとおおとりを追い始めた。警察に追いかけられても、おおとりは速度を上げず、その様子はまるで警察なんか恐れるに足りないといった感じだ。
警察たちはあることに気がついた。最初はみな目の錯覚かと思ったが、それは違うということが分かってきた。
なんと、おおとりの姿が消え始めたのだ!
見失ったのではない。ちょうど幽霊が消えるような感じで消えたのだ。
これには警察たちも驚き、立ち止まるしかできなかった。なにしろ目標が消えてしまったのだから。みな困惑の表情を浮かべている。
「奴らフェイクで消えたのか?」
フェイクとは自分たちの姿を一定の時間だけ消す魔法である。
「いいえ警部、フェイクで消えたのであれば感知できるはずです。しかし存在すら感じません。」
若い警官が答えた。
それを聞いたバクフーン警視総監は動揺を隠すことができなかった。
何十年と警察をやってきたがこんなことは初めてであった。
「いったいなんなんだこれは…」
ルカリオサイド
日はもうすぐ沈むところであった。街にある大きな聖堂の尖塔が、夕日の光を受けて街の上に影を落とす。
サーナイトとウィンディは家が遠いので、また明日ということで途中で別れた。
2人と別れたあと、ゾロアークとルカリオは町のはずれにある森の中へ入って行った。
「ここは迷いの森って呼ばれてるところだ。普段ヒトはめったに入らない。なんせこの森にはいると最後出られなくなるって言われてるからな」
「そんなところに住んでいるのかお前?大丈夫かよ…」
ルカリオが心配して聞いたが、ゾロアークは自信たっぷりに言う。
「なに、心配はいらないよ。実際はそんなことないんだから。迷ったりしないよ。ヒトもこないし静かでいいところだぜ」
「そういえばこの国以外にも国はあるのか?」
ルカリオが不思議に思って尋ねた。もしこの時代が、自分の習った通りなら、国名も同じなはずだ。
「ああ、もちろんあるよ。そうだなあ…学校でどんなこと習ったけ…そうそう、幻界は南の大陸と北の大陸で分かれていて、幸運なことに一の国は南の大陸に位置するのさ。
南の大陸には他にも雪の国とナハト国、アルダバ国やユトピア国とかがある。一の国と雪の国は特に交流が深くて、仲が良いんだ。
北の大陸には帝国って言われるところがある。北の大陸は霧に囲まれていて、大陸の半分が雪や氷で覆われてて、実は詳しいことはあまりまだ何も分からないんだ。ただ最近分かってきたのが、そこに住んでるのがほとんどはポケモンだけってことだな。動物もあんまりいないし、いるとしたら家畜くらいかな。変だろ、全く。ポケモンしかいないなんて…」
たしかにおかしな話だ。家畜以外に動物がいないなんて。謎につつまれてるってことは、他国とあまり交流はしなんだな。
「帝国にポケモンしかいないのは理由があったんだ。実は動物がまだ言葉をもっていたころ、動物とポケモンは激しく戦っていたんだ。それはもう悲惨だったそうだよ。でその戦争の結果、帝国にいた動物はほとんど殺されてしまったんだ。生き残っていたとしても、まともな扱いを受けてないんだろうなきっと」
ゾロアークがぶるっと体を震わせて言った。
ルカリオは、ゾロアークが幸運なことにと言っていた意味がやっと分かった。
(この時代にも戦争はあったのか。それに、動物は言葉を持っていたことがあったんだ…)
「昔はっていうけど、今はもう言葉をもっていないのか?」
「いや、少し残ってる。まあ、たいていのやつは忘れちまってる。長いこと獣扱いされたら当たり前だな。安心しろ、南の大陸は安全で平和だからな。怖いことなんて起きやしないよ。おっ、見えてきたぜ。あれがお前の家だ。」
しばらく行くと、少し月明かりがあるひらけた場所にでた。真ん中に小さな湖があり、横には巨大な大木がある。根元にはドアがついていた。どうやらここがルカリオの家のようだ。
なかなか立派な家である。
「本当にありがとう、家まで用意してくれて。お前らに会ってなかったらオレはここでで生きていくことはできなかったんだ…」
ルカリオがしみじみとこういうと、ゾロアークは目を丸くした。
「おいおいどうしたんだよ急に。当たり前のことをしただけだよ。オレもすぐ隣にすんでるし…なんかあったらすぐ言えよ、気なんか使わずに。友達なんだから!明日は学校に行くんだから早く寝ろよ!」
ゾロアークは笑顔でそういうと、ルカリオにまた明日と言うと、まるで風のように素早く茂みのなかに消えていった。
ルカリオは疲れていたので、あまりゆっくり部屋をみる余裕はなかった。彼はベッドを見つけると、すぐにごろんと横になりながら考えた。
(この2日間いろんなことがあった。それに明日はとうとう学校か…仲良くなれるといいな…)
でも、とルカリオは思う。本当に自分はもとの時代に戻れるんだろうか?それに自分は一体なんのために、この時代に連れてこられたのだろう?
ルカリオはしばらく考えていたが、次第に眠気が大きくなりやがて眠りについた。
月が優しく森を見守っていた。