ポートタウン
満月が夜の薄暗い森を照らし出すが、雲が月を覆い隠すにつれて月光もしだいに細くなってゆく。フクロウの低く鳴く声が、かろうじて森に生き物がいることをうかがわせる。静寂の森の中、黒いフードを被った人影が2人。
一人が低く重々しい声で尋ねる。
「例のやつは見つけたか?あと少ししか時間がない。あまり時間がかかるとミュウツー様がお怒りになられるぞ」
片方のほうが答える。どうやらこっちは部下のようだ。
「いえ。ですが場所は掴みました」
もう片方が、薄ら笑いを浮かべる。月を覆い隠していた雲が次第に引いていき、夜の森はまた月光のもとにさらされる。2人が先ほどまでいた場所を、月の光が照らし出すが、すでにもうそこに人影はなかった。
翌朝、ルカリオたちは目を覚ました。仕度を済ませるとすぐに出発した。
「さっきまでオレたちが泊まってたのは『友を待つ宿』ってところだ。ここらじゃ一番良い宿なんだぜ。」
ゾロアークが説明しながら、宿を振り返る。
「あの宿の主人が事故で行方不明になった友達の帰りを待つために建てた宿なんだって。何だか切ないわよね…」とサーナイトがしみじみと言った。
「こりゃ驚いた!お前みたいなやつに切ないなんて感情があったなんてな」
ゾロアークが大袈裟に驚いてみせる。
「ちょっとそれどういう意味よ?」とサーナイトが噛み付くように言った。
「あーまた始まった。ごめんなルカリオ、こいつらいつもこんな感じなんだ。全く…」
呆れるウィンディを全く気にせずに、二人はケンカを続けていた。この光景を見ながら、ルカリオは心配そうに信じられないほど蒼く澄み渡った空を見上げた。今自分の身に信じられないことが起きている。タイムスリップなんて本の中だけだと思っていた。まさか自分の身に起こるなんて誰が思うだろうか。
(父さん、母さん…今すぐにでも会いたい…)
自分は果たして元の時代に戻れるんだろうか…。
4人はどんどん、街の中を進んでいった。街中には、運河が張り巡らされており、ときおり橋の下をゴンドラが通る。ポートタウンは、おおまかに言ってリンゴのような形をしていて、その芯に当たる部分に役場や城、病院や学校、公邸などが集まっている。さらには芯から皮の方に向かって、東西南北に大きな4本の通りや、運河が流れている。それぞれの通りには名前がついており、市場は北の通路、『海への帰り道』の大部分を占めて、細長く広がっていた。つまりはスケールの大きい商店街にあたる。また、この北の大通りの一番奥に、一の国を治める王が住む城があった。
「ここはポートタウン。水の町と呼ばれてるのさ」
得意げに言うゾロアークの話に、サーナイトが付け加える。
「ここはけっこう街の中心部ね。もっと賑やかなとこもあるけど」
二人はさっきまでケンカをしていたことなどすっかり忘れているようだった。案外仲がいいのかもしれない。
四人は家と家の間にある、細い路地を通って行った。そこを通っていると、視界が開けてきた。何やら遠くに、白い大きな城のような建物が見える。この距離からみてあの大きさとは…。相当大きいようだ。
「まるで城だな…」
呟くルカリオを横目に見ながら、ウィンディが説明する。
「本物の城さ。中には王様が住んでるんだ。王様はすごく立派なひとなんだぜ?(たぶん…)」
「王様!?王様がいるのか?」
ルカリオが驚いて振り返る。思わず声が裏返ってしまった。
「当たり前だろ?」
ゾロアークが彼の反応を見て、不思議そうな表情を浮かべる。
ルカリオは腕を組んで考え込んだ。道の白いレンガがやけに目につく。ここはポートタウンという町で、あの城には王様がいる。それに聞いたところによると、今は1914年。今から100年前ってことになる。なかなか信じがたいが、どうやら本当にタイムスリップしてしまったらしい。 買い物カゴを持った小さな女の子が、横を通り過ぎていく。
「そうだ!お前に見せたいところがあるんだ。ついてこいよ」
突然、思い出したように、ウィンディが言った。
「どこに行くんだ?」
ルカリオが不思議に思い、聞くが、ウィンディはどんどん前に進んでいく。
「いいからついてこいよ。きっと気に入るから」
どうやら他の二人はどこに行くのか分かっているようだった。ゾロアークがめんどくさそうに口をとがらせる。
「えー?今から行くのかよ……。めんどくせェな……」
「そんなこと言ってるからあんたはずっとバカなんじゃないの」
サーナイトが挑発するような口調で言うと、案の定ゾロアークがむっと額に青筋を浮かべた。
「んだと!?」
うわーまた始まったよ……。てか、この二人案外仲いいんじゃねェの?ルカリオがぽけーっと見ていると、ウィンディが慌てて止めに入った。
「やめろ二人とも!」
彼が止めに入ったおかげでなんとか、ことは収まったが、相変わらず2人はにらみ合ったままだ。どうやらケンカを止めるのはウィンディの役目らしい。この様子じゃだいぶ苦労しているのだろう。日ごろから2人のけんかを必死で止めているウィンディを想像すると、ルカリオは思わず笑ってしまった。当の本人は、はあっとため息をついている。
それはそうと…。ウィンディが連れていこうとしているのは、一体どんなところなのだろうか。見当もつかないまま、ルカリオは三人と一緒に大通りをまっすぐに進んで行った。
真っ白い壁に、巨大な建物。その外観は神殿を思わせる。が、ここはれっきとした図書館。図書館の前には、純白の翼を持った天使が2人、かわいらしくラッパを吹いている像が真ん中におかれている噴水がある。この図書館の名前はベルズ図書館で、約5000万冊の蔵書を誇る一の国最大の図書館だ。
名前の由来は昔ベルズという若者が自らの命を犠牲にして、この町を津波から守ったという業績を称えてつけられたのである。
(なにこれ……。ほんとにこれ図書館なのか?)
なんかこれ見たことなかったっけ。あ、そうだ。世界史の授業で教科書に載ってたやつだ。でもあれ大聖堂じゃなかった?
あまりの荘厳さにルカリオが圧倒されていると、サーナイトは後ろを振り返って言った。
「ここがベルズ図書館よ。5000万冊の本がある一の国最大の図書館なの。広すぎて迷子にならないようにね。さ、いきましょう!」
さすが国一番の図書館。中はまさに本で埋め尽くされた。フロアは六階に分かれているが、一つ一つのフロアがあまりにも広いものだから、初めて来たものはおそらく迷ってしまうだろう。ウィンデイの話では、子供がはぐれてしまうなんてことが絶えないらしい。そのため、各階に受付が設けられている。
百年前とは言っても、中は現代と対して違いがなかった。唯一の違いといえば、この広さだろうか。
あまりの広さに思わずゾロアークは感嘆の声をあげる。
「すっげー!これがベルズ図書館か!話にはきいてたけどこんなに広いなんて!」
「あれ?ゾロアークってこの図書館来たことなかったのか?」とルカリオは驚いて聞いた。
「当たり前でしょ。ゾロアークみたいな馬鹿が図書館に来るわけないじゃない」
「おい、今オレのことバカって言ったよな?」とゾロアークがサーナイトをにらみつける。
「だってあんたこの前のテストも30点取ってたじゃない」
対してひるむこともなく、驚きの真実をサーナイトがさらりと言ってのけた。
「あぁーーーー!言うんじゃねェよ!ルカリオに変な印象与えたらどうすんだ…」
ゾロアークが頭を抱えていうと、サーナイトは笑いながら言った。
「大丈夫よ。もうすでに持ってるから。ねえ、ルカリオ?」
ルカリオはにっこり笑って言った。
「持ってるな!」
「まじかよ…オレの印象が…」
それを聞いた3人は声を立てて笑いあった。
4人は階段を4階へとあがっていき、空いている椅子へと腰掛けた。ウィンディは奥の本だなへ向かうと、なにやら分厚い本をもってきた。
「これはオレが小学生の時に親父からすすめられて読んだ本だ。この本には世界の始まりや歴史がすべて乗っていると親父が言ってた。あのときはまだ小さかったから全然分からなかったがな」
「お前よく小学生でこんな分厚い本読もうと思ったな…」
ゾロアークが呆れたように言った。
「あれ?たしかこの本って読むには特別な許可がいる本よね。そんな大事な本がどうしてこんなところに?」
不思議に思ったサーナイトが問いかけると、ウィンディが本の表紙に目を落としたまま言う。
「ああ、実はうちの親父と図書館の館長さん仲が良いんだ。だから、館長さんの配慮で読ませてもらってるんだ」
「ああ、なるほど…」
サーナイトは納得したように、ぽんっと手を打った。
同時にルカリオはあることに気がついた。1つは、この時代にも小学校があるということだ。おそらく中学校や高校もあるのだろう。自分はちょうど高1だから、ゾロアーク達も高1くらいのハズだ。
ウィンディは本を開いた。三人ものぞき込む。だがそこにあった光景は…
「どういうことだ!?全部白紙じゃないか!」
たしかにそこには一枚も文字が書いてあるページはなかった。パラパラとページをめくってみるが、何一つ書いていない。
「くそ!誰かが本を盗んですり替えたな!いったい誰がこんなことを……!!」
普段は冷静なあのウィンディが珍しく怒っていた。
「ひどいわね……図書館の本を盗むだなんて……」
サーナイトが唖然として言った。サーナイトが唖然としているのは図書館の大事な本が盗まれるということが起きたのも理由にあたるが、あのウィンディが怒っていることだった。ウィンディが怒ったり、図書館の本が盗まれたりと今日はおかしなことが多すぎる。
「とにかく館長にしらせないと。こりゃ大変だぞ、あんな大事な本が盗まれたんだから」とゾロアークは言った。
4人は図書館の本が何者かに盗まれていたことを話した。ベルズ図書館の館長はマタツボミ館長だった。そのことをきいたマタツボミ館長はとても動揺し、何か情報があったらすぐに言ってくれと言い、警察に連絡するため受話器を取りに、部屋へと戻って行った。
「しっかし困ったもんだな、あの本はあの図書館に一つしかないのに…はやく見つかるといいんだが」
ウィンディが溜息をついた。
「あの本は当分見つかりそうにねえぞ。ひとまず歴史をしることは無理になったわけだな。さて、これからどうする?」
「そうね……」
うーんと三人は考え込む。そのとき、サーナイトがひらめいたように大声をだした。
「そうだ!ルカリオはこの町にきたばかりだから、案内するのはどうかしら?町を探検するってことで」
「それいいな!オレあんまり難しいことは嫌いだから賛成!お前らは?」
ゾロアークは明るい声で言った。
ウィンディは相変わらず本の事が気になっているのかオレはお前らの好きなほうでいいとあいまいな返事をした。ルカリオは自分がこの時代に来た理由も気になっていたが、この町のこともよく知りたかった。
「オレも賛成。この町のこともっとよく知りたいし……」
ゾロアークは意気揚々と叫んだ。
「よし、そうとなれば出発だ!」
〜夜〜
ブラック団本部
深い沈黙に包まれた森の中に、それは存在していた。
椅子に座っている人物に、1人の青年が近づいて言った。顔は影で見えない。
「ミュウツ―様、目的の本をお持ちしました」
青年は何やら本を持ってきた。その本とは…ベルズ図書館で盗まれた本だった!
「こんな本が一体何の役にたつのですか?」
純白の氷のような女性が尋ねる。その問いに、椅子に座った人物はうすら笑いを浮かべながら答える。
「この本はこの世界の始まりが全て乗っている世界で一冊しかない本だ。これで世界征服に一歩近ずいたな。あと少しだ…」
その者は、虚空を見つめながらつぶやく。空にかかった美しい月に、だんだんと雲がかかっていった。
まるでこれから起こることを示唆するかのように。