遠くを見つめて
ブラック団サイド
深い深い森の中に大きな建物がある。どうやらこれがブラック団の本当の本部のようだ。黒い壁に覆われていて、近づきがたい雰囲気を醸し出している。一目見ればばれてしまいそうだが、ここは普段ヒトが立ち入らない深い森である。見つかることはなかった。
上空に突然おおとりが数羽現れた。警察の手を逃れてきたブラック団である。おおとりは旋回をしながら、少しずつスピードを緩め、地面に降りたった。
アブソルが、おおとりから降りながら尋ねる。
「ここが本当の本部ですか。ということは、あの方もいらっしゃるのですか?」
「そうだ、あの方はここにいらっしゃる。お前たちももうすぐ会うことになる」
ミュウツ―が答えた。
どうやら話の様子から、ブラック団の本当のボスはミュウツ―ではないようだ。
「とうとうあの方と会うのか!あたい、緊張してきたよ!」
マニューラが緊張気味な面持ちで言った。
「落ち着けマニューラ、今からあの方とお会いするんだから失礼なことはするなよ」
アブソルがぴしゃりと言うと、マニューラはアブソルを横目でにらんだが、特に何も言わず、黙ってついていく。三人を先頭に、ブラック団は本部の中へと入っていった。
中へと続く廊下は薄暗く、幅は人が2人通れるくらいの幅しかなかった。廊下は一旦二手に分かれ、普通の部下達は右の奥にある少し広いところで待つことになっている。一方、左へ進むのはミュウツーをはじめとした幹部たちである。左の通路の奥には彼らの本当の頭領が待っているのだ。
沈黙の中、四人は薄暗い廊下を歩いていたが、マニューラが沈黙に耐え切れずアブソルに少し声を潜めて尋ねる。
「アブソル、あの方っていうのは一体どんな方なんだ?」
「いきなりなにを言い出すと思えば……」
アブソルが怪訝な顔で振り向くが、いつものクールな表情は崩さない。彼は声がミュウツーに聞こえていないことを確認すると、前を向きながら答える。
「私も詳しいことは知らんが、この組織を作り上げたお方だ。聞いたことだが、ミュウツー様はあの方に拾われたのだそうだ」
「へえ……ミュウツー様がねえ……」
ミュウツーが拾われた、というのはどういうことだろう。そういえばミュウツー様の過去は今まで一切耳にしたことがない。ここに来るものは皆、過去になんらかの傷を負い、それぞれの目的を持ってやってくる。大切なものを奪われた者、見捨てられたもの、心に深い傷を負い世界そのものを憎むもの。
自分もその一人で、前を歩いているアブソルも残酷な世界に大切なものを奪われた被害者の一人だ。
だが……。マニューラは前を歩くミュウツーの顔を見つめる。この人はなぜこの組織に入ったのだろう。過去に一体何があったのだろう。拾われたとは一体どういう意味なんだろうか。
そんなことをぼんやり考えながら歩いていると、いつの間にか一つのドアの前にたどり着いていた。このドアの向こうには、ブラック団を作り上げたあの方と呼ばれる人物がいる。だんだんと高鳴る心臓の鼓動。
コンコン。ミュウツ―がドアをノックした。
「ギラティナ様、ミュウツーです。部下達を連れてきました」
「…入れ…」
重々しい低い声がして、ドアがゆっくりと開いた。マニューラ達は緊張して中へ入る。するとあることに気づいた。この部屋だけ空気がちがう。そう、しいて言うならば、まるで空気があまりの邪悪の力に震えているようだった。部屋は大きく、天井はずいぶんと離れている。
真ん中にあの方はいた。ブラック団の本当の頭領だ。黒く巨大な翼。どすぐろい血のような色の瞳。
「…突然だな、ミュウツー。警察に居場所がばれるとはな。まさか本当の頭領のことまでばれてはいまいな?」
ギラティナの血色の瞳が不気味に光る。空気だけでもギラティナが怒っているのが手に取るように分かった。
「申し訳ありません、ギラティナ様。しかし頭領の事までは知られていませんので……」
ミュウツーが少し額に汗を浮かべながら言った。アブソルはそんなミュウツーの様子を横目で見ながら驚く。こんなミュウツー様を見るのは初めてだ…
それを聞くとギラティナは満足気にうなる。
「そうか、ならいい。もしばれていたらお前らをチリにしてやるところだ。ところで事は進んでいるのか?」
「はい、例の本は見つけました」
ミュウツーが答える。
「目的が成就するときまであと少し……。私が新しく世界を創り直すのだ!七賢人どもめ…思い知らせてやる。我を捨てたことを、そして我に罪を与えたことを!」
ギラティナはぞっとするような笑みを浮かべながら言った。
これにはさすがのミュウツ―でさえも、心の底からギラティナを恐ろしいと思った。
闇の帝王の声はしばらくの間、森にこだましていた。
ルカリオサイド
地平線に太陽が昇り、暗闇だった世界を照らし始めた。朝が来たのだ。
陽はやがて深い森にも届き始める。窓から差し込む光でルカリオは目を覚ました。
「うーん…今日はなんの日だっけ…、そうだ!今日は学校の日だ!」
ルカリオは慌てて飛び起きる。
「おーい!ルカリオもう起きてるかー?今日は学校へ行く日だぞー!」
外から声がし、窓からのぞいてみると下のほうで、ゾロアークが手を振っている。
「ちょっと待ってくれ、もうすぐ行くから!」
ルカリオは叫ぶといそいで支度をした。初日から遅れてはどうしようもない。
「お待たせー、遅くなってすまねェ!あれ、サーナイトとウィンディは?」
ルカリオが息を切らせながら聞くと、
「2人はもう先に行ってる。みんながお前の事を待ってるぞ!さ、早く行こうぜ!」とゾロアークが答えた。
道中で出会う人々は皆、物語に出てきそうな西洋の恰好をしていて、ルカリオに本当にタイムスリップしてしまったことを改めて実感させる。2人は白い建物に向かった。どうやらここがゾロアーク達の通う学校のようだ。外見はさほど、現代の学校と変わらない。門には『ポケモンスクール』と書いてある。ルカリオが授業で習ったことによると、この時代では学校は3種類あり、教会での勉強、貴族などが主に行く城での勉強、そしてポケモンスクールのように、都市での勉強だ。
「ここがポケモンスクールだ。みんな良いやつばっかだからな。中に入ろうぜ」
緊張した面持ちで教室の前にいると、中からにぎやかな話し声が聞こえてくる。
あまりの緊張に、心臓がドキドキしている。あーもう緊張してきた…。頼むからみんな、オレのことをそんなに話さないでくれ!こういうときって絶対話おおげさになってるよなー。記憶をなくしたーなんて言うんじゃなかった…。だいだい転校生ってのはどんな奴でも、すごいやつというラベル付きで来る。だがそれも時間とともに無くなっていくものだ。
教室では、どんな転校生がくるか話題になっていた。しかもその転校生は記憶をなくしているというのだから、彼らの話題は転校生のことでいっぱいだった。
「今日来る転校生って男子なんだって」
「しかも、記憶をなくしてるって聞いたから、何だかすごいわよね」
「かっこいいのかなぁ?勉強も出来たらすごいよね!」
クラスの女子達が騒いでいるのを見て、少し体の大きなポケモンが言った。彼の名前はニドキング・マグノリア。クラスのリーダー的存在だ。
「なに騒いでいるんだ。もし気に入らないやつだったら、オレがぶちのめしてやる」
ニドキングが不満げにつぶやく。
「まあまあ、落ち着いて。女子達が騒いでるからってそんなに気にしなくても」
そんな親友の様子を見て、バシャーモが笑いながら言った。
先生が教室に入って来て、生徒たちは席に着き始めた。ルカリオも呼吸を整えると、決心を固めて教室に入った。このクラスの担任の先生が、ルカリオの名前を黒板に大きな文字で書いた。
「今日来た転校生を皆さんに紹介します。彼は、ルカリオ・アンダーソン君。みんな仲良くしてあげてください」
先生の問いかけにはーいと、生徒達が答える。皆の視線がルカリオに集中し、彼の心臓は早鐘のように早くなっていた。
(やばい……めっちゃ見られてるよ……)
もともと転校なんてしたことなんてなかったから、妙に緊張してしまう。というかこの場合、転校というのだろうか?
先生から声をかけられる。
「じゃあ…君ははグレイシアの隣の席にすわって」
ルカリオはグレイシアと呼ばれた少女の隣の席にすわった。緊張した面持ちでルカリオが席に着くのを見て、グレイシアがくすりと笑う。
「よろしくね」
(うわー!この子めっさかわいいんですけどー!)
少女の天使のような笑顔に、ルカリオのテンションは一気に上がる。この時代の子ってこんなかわいいの!?てか隣の席の子がこんな美少女ってオレついてんじゃね?
とりあえず、ルカリオは笑顔で答える。ここはなるべく好印象を与えなければ!
「よろしく」
一時間目の授業の終わりのチャイムが鳴り響いた。それと同時に、クラスメート達がわっとルカリオの席の周りに集まった。みな興味津々に聞いてくる。
「どこから来たの?兄弟はいるの?」
「バカっ!先生の話聞いてなかったのかよ!記憶をなくしてんだぞ」
少年が少女を怒った。そうか、オレは今記憶をなくしてるってことにしてるんだったな。なんてルカリオは勝手に一人で納得する。
「成績はどれくらいなの?」
「運動は得意なのか?」
「好きな食べ物は?」
「好きな子はいるの?」
いろんな質問が一斉にいわれたもんだから、ルカリオはよく聞き取れなかった。
(オレは聖徳太子じゃないから、いっぺんに聞かれてもわかんねーよ…)
「お前ら質問は一人ずつ言えよ。ルカリオが困ってんだろ」
見かねたゾロアークが助け舟を出す。
「ゾロアークありがとう。えっと、オレの名前はルカリオ・アンダーソンで、好きな食べ物はラーメン。まあ、運動は好きかな。あと好きな人はまだいないよ」
ルカリオが言うと、クラスメートが感嘆の声をあげた。
「やった!好きな子いないんだって!」
「ラーメンが好きって、オレと一緒だ!」
「運動すきなんだな!今度一緒にサッカーしようぜ!」
「うん、一緒にやろう!サッカーは大好きなんだ!」
ルカリオは答えながら思った。
(100年前にもサッカーがあったなんて…それにクラスメートもみんな優しい。良い学校だな)
様々な質問に答えていると、またたく間に時間は過ぎ、2時間目のチャイムが鳴り響いた。
彼らの担任はピジョット先生という男の先生だった。
「せっかく、ルカリオ君も来てくれたことだから、みんなで自己紹介をしよう」
やった、授業がつぶれるぞという生徒たちの歓声と、自己紹介なんて恥ずかしいなあという声が聞こえる。
先生も含めて、彼らは椅子だけ取り出して、机はすべて後ろに下げて円になった。
「えっと、フタチマル・アリーナです。好きな食べ物はみそ汁です」
次はおとなしそうな少女が言った。
「ジャノビ―・トライアルです。趣味は縄とびです」
「フォックス・マッカッサーです。フォックスって読んでください。」
「ストロフスキー・タニエルスプリンガーです。野球が大好きです。スロフって呼んでください」
次は大きい体をした少年が言った。なんとも愛くるしい笑顔をしている。
「僕の名前はカビゴン・レッドフォードです。カビゴンって呼んでねえ〜」
今度はルカリオの隣の席のグレイシアが言った。
「グレイシア・フォードです。趣味は花の水やりです」
「ゾロアークです。特技はドラムで、好きな食べ物は稲荷ずしです」
ここで意外なゾロアークの特技が見つかった。
(こいつ、ドラムが得意なんだ)
意外だなと思いながら、ルカリオは自己紹介を聞いていた。
次々と自己紹介が過ぎていき、最後はあの少年、ニドキングだった。
「名前はニドキング・マッカーサーです。好きな食べ物は焼き肉です」
ぶっきらぼうにそう言うと、ルカリオをじろりと睨みつけた。
「な、なんだよあいつ。」と、となりにいたゾロアークに聞くと、
「あいつ、お前がだいぶ女子の間でモテるからやきもち焼いてんだよ。まあ気にすんな」
ゾロアークがルカリオの肩をたたきながらいった。
ゾロアークの言葉に頷きながらも、ニドキングの視線が気になるルカリオだった。
ルカリオの歓迎ということで、記念バトルが行われた。主に魔法を使った戦いだが、何しろルカリオが元いた時代ではバトルなんて行われていなかったし、魔法は一部の人が使う程度だったから、戦い方なんてわかる筈なく、結果はルカリオの惨敗だった。
ルカリオは青空を見上げながら思う。
そりゃそうだよ。オレ、戦ったこともないんだぜ?やり方分かんねェのに、どうやって勝つんだよ…。
「大丈夫か?」
ゾロアークが手を差し出す。ルカリオはその手を握ると、立ち上がった。土埃を払うと、ルカリオは恥ずかしそうに言った。
「負けちまったな…」
その様子を見て、ゾロアークは二カッと笑顔を見せる。
「勝負なんだから、負けることくらい一度や二度はあるよ。弱かったら強くなりゃいいんだからさ」
彼の言葉にルカリオもつられて笑顔になる。
「それもそうだな!また勝負しようぜ、そのときにはオレが絶対勝つからな!」
「望むところだ!」
二人は互いに拳をぶつけあった。
「いや〜、もう2人の戦いはすごかったね!オレ久々だわあんな興奮したの。てかほんとゾロアークって強ェな!まじ鳥肌たったわ!」
ウィンディが興奮した声音で自分の感想を必死に伝えようとするが、ゾロアークは苦笑気味に笑う。
「いや、結構あれはヤバかったな。少しでも気ィ抜いてたら、一気にやられちまうところだったよ」
「全く……無事だったからよかったけど、いつあんたが暴走しちゃうのかハラハラしたわよ…」
サーナイトが怒ったように、だがどこかほっとした表情でつぶやく。彼女の言葉にゾロアークの表情に一瞬影が差すが、ルカリオがはっとしたときにはいつもの明るい表情に戻っていた。
「大丈夫だって。そう何回もなるもんじゃねえし、それに……」
彼は何か考え込むように空を仰ぎながら、ぎゅっとこぶしを握り締めた。
「オレはもう……大切なものは失いたくねェ……」
日はもう沈みかけていた。日の光も森のかなたに消えようとしている。
ルカリオの家の前で、2人は別れた。
「じゃあな、ルカリオ。またあした」
「ああ、ゾロアーク。またあした!」
ルカリオは家に入ると、リビングの椅子に座りほっと息をついた。
今考えればありえないことばかり起きている。
100年前の世界にタイムスリップするなんて。そして、ちゃっかり学校まで行ってしまっている。こんなこと誰が信じてくれるだろうか。
「元の時代に戻れるのかな…」
家族は今頃どうしているだろうか。ジュプトルも今頃なにしてるんだろう。
むこうじゃ行方不明ってことになってるんだろうな。家族も死ぬほど心配していることだろう。
「もしこのまま帰れなかったら…いいや、そんなこと考えたらダメだ。絶対に戻らないと!」
でも…もし戻ったら、ゾロアークやサーナイト、クラスメートとは会えなくなってしまう。あれ、オレもしかして戻りたくないなんて思ってるのか?いやいや、そりゃダメだろ。だって本当ならあいつらとは会わなかったハズなんだから。
「そういやオレ、なんでタイムスリップしたんだ?」
たんなる偶然なのか、それとも何か意味があるのか。考えてもその答えは出なかった。
「考えてもわかるわけないか…。でもオレがなにかすることで、歴史が変わることはあるのか?」
もしかしたらオレが何かをすることによって、死ぬはずだった誰かが生きて、生まれるはずだった人が生まれなくなる。そんなことが起きてしまうのではないか。考えれば考えるほど、恐ろしくなってきた。
「一体どうしたらいいんだよ…なあジュプトル、オレ一体どうしたらいいんだろう?」
ルカリオは途方にくれベッドに寝転んだ。答えるはずのない友の名を呼んで。
「…そうだ!」
ルカリオの頭に何かが閃いた。彼は勢いよく飛び起きると、引き出しから一冊のノートを取り出した。
「毎日日記を書く事にしよう。そうすれば毎日あったことを振り返れるから。
さて、今日はどんなことを書くかな…。そうだ、学校のことを書こう」
ルカリオは学校のことを日記に書き始めた。ゾロアークたちと出会ったこと。クラスメートのこと。2人で帰り道に話したこと。
「さてと。考えてもわからないし、今日は早く寝よう。そしてできる限り情報を集めることだ。なにかわかるかもしれないから」
ルカリオはベッドに入ると、明かりを消して眠りにつこうとした。が、脳裏に夕方のゾロアークの言葉がよみがえってくる。
『オレはもう……大切なものは失いたくねェ……』
あのときの彼の表情はどこか、思いつめたような感じだった。いつもの陽気な彼からは想像できないような。
「ゾロアーク……」
彼は今まで一体どのような人生を歩んできたのだろう。一体なにがあったというのか。暴走とはどういうことだ?ゾロアークのなにが暴走するというのだ?新たな疑問が浮かんでは消え、浮かんでは消える。
なぜこの時代にきてしまったかはわからない。神の意志なのか、はたまた時空の歪みで生じたものなのか。いつ元の時代に戻るともわからないし、もしかしたら何か目的を果たさない限り帰れないのかもしれない。だが……
少しでもいいから、もっと彼らのことを知りたい。ゾロアークのこと、サーナイトのこと、ウィンディのこと、クラスメートのこと、そしてこの世界のことを。
自分が元の時代に帰るそのときまで。