幽霊騒動編:見捨てられた教会
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三人はさっそく、ウダイに乗って町を出た。ウダイというのは、馬よりもずっと体の小さな動物で、警察たちが草原や岩場をパトロールするとき、このんで使う足だ。馬よりも小回りがきき、狭い場所でもスイスイ抜けられるし、賢いので人にもすぐ慣れる。一家に一匹は持っていた。
カビゴンは少しも迷わず、問題の教会の麓にたどり着いた。草原の東のはずれ、ネジオオカミの巣くう峡谷のあたりほど険しい眺めではないが、ごつごつした岩が、青空の下に折り重なっている。
「どうしてこんなところに教会があるんだ?」
ダイケンキは顔をしかめる。
「詳しいことはわからないけど、旧神を信仰していた信者たちがたてたそうだよ」
「旧神?なにそれ」
ジュプトルが聞くと、カビゴンは少し困った顔をしながら言った。
「よくわからないけど、別世界から光臨した神だとかいう話だ」
教会ができると、信者たちは旧神を崇めて、共同生活を始めた。信者たちは荒地を耕して畑を作り、作物を町に持ち込んで、物々交換で日用品を手に入れていたが、極めて貧しく、みんな一様に痩せこけていたという。
「そもそも、医者には治せない万病を治すという言葉に惹かれて集まった連中だから、年寄りや病人が大勢混じっていたんだ。信者たちだけで教会を維持していくなんて、最初っからむりだったんだよ」
カビゴンはため息をつきながら話を続けた。
「それでも連中の結束は固くて、警察も介入のタイミングを測りかねていたんだ。そしたらあるとき、真夜中に突然教会が炎上し、警察が駆けつけてみると、信者たちは燃え上がる教会でーー」
互いに手をつなぎ、旧神を讃える歌を歌いながら、静かに焼け死んでいくところだった。
「手を尽くして消火したんだけど、骨組みだけを残してあらかた焼け落ちた。信者たちの遺体が、そこらじゅうにゴロゴロ転がってたってさ」
亡骸はみんな焼き焦げていたので、個人を特定することはできなかった。
嘘の言葉に騙されたまま、一生を焼け死んで終えるなんて可哀そうだな、とダイケンキは思った。
「そういや、お前なんでそんなこと知ってんだ?」
「それは僕のお父さんの友達に、警察の人がいるからだよ。友達から聞いた話を、そのまま父さんから聞いたんだ」
なるほど、そういうわけかとジュプトルも納得した。自分の家はお金持ちだから、父さんはなんでも知ってると思ってたけど、こんな話は聞いたことはなかった。僕の知らないことが、世界にはいっぱいあるんだな、と彼は心の中で思った。
「とにかく、教会へ入ろうぜ」
ダイケンキの一言で、2人ははっとして、教会に来た目的を思い出した。
3人は手前まで来ると、上を見上げた。真っ黒に焼け焦げた建物の柱が何本も、草木の一本もはえていない硬い地面にたっている。まるで、天から降ってきた不吉な黒い槍が、その場にザクザクと突き刺さっているみたいな眺めだ。目を細め、遠目から見ないと、それらの黒い槍が、全体でかろうじて建物の外見を作っていることさえ、すぐには分からない。
「屋根は焼け落ちちゃったんだな」
「火災の後には残ってたんだ。そのあと雨嵐にやられた。なにしろ十年前の出来事だから」
3人はゆっくりと教会の周囲を回った。何も知らずに通りかかれば、ああ焼け跡だと思うだけで、不吉な印象など受けないかもしれない。だがダイケンキとジュプトルは話を聞いてしまったので、柱の内側の真っ黒になった地面の上に積もっている灰やチリの中に、人体の焼けカスも混じっているのではないかと考えて、気持ちが悪くなった。
ダイケンキのウダイが、悲しげに鼻を鳴らした。ダイケンキは手でウダイの首を叩いてなだめてやった。
「こいつ、怖がってる」
カビゴンのウダイも、焼け跡から一定の距離を保とうとするかのように、同じ場所で足踏みをしている。
「どうやらここからは、歩いていくしかないみたいだね」
そういうと、カビゴンはウダイから降りた。あとの2人もそれに続く。3人はウダイの綱を岩場にかけて、徒歩で焼け跡に近づいた。
ジュプトルはウダイなしで焼け跡に近づくのは怖かったが、2人にそれを知られるのもなんだかいやだったので、しぶしぶ従った。
「薄気味悪いな…」
「全くだ」
3人は焼け跡の柱の内側にまで踏み込み、そこらを歩き回った。足の下で何かがぴしりと鳴ったり、何かを踏んだような感触がするたびに、怖がりのジュプトルはそれが人の骨ではないかと思って、ビクビクした。
「遺体は全部外に運び出して、街の共同墓地に葬ったそうだ」
カビゴンが、あたりを調べながらいった。
「だからここには亡骸は残ってないよ。僕たちがなにか踏んづけても、誰も気を悪くしたりしない」
「ああ、そうなんだ」
ジュプトルは答えながらも、怖がっていることがカビゴンに伝わってしまってなんだか恥ずかしくなった。
奥に進むたびに真っ暗になってきた。カンテラを持ってきて良かったと改めておもう。突然、ダイケンキが声をあげた。
「見ろよ!トンネルがあるぜ」
前を見てみると、左右に別れたトンネルがあった。奥は真っ暗で、全く見えない。まるで巨大な怪物の口で、今にも3人を飲み込もうと待ち受けているかのようだった。
「…どうするの?」
ジュプトルは、ためらいがちに聞いた。行くしかないとは分かっていても、行きたくなかったからだ。
「そりゃ行くしかねえだろうよ。なあカビゴン?」
「うん。このまま進まないと、ここに来た意味がないからね。それともジュプトル、君はここで待っておくかい?」
カビゴンがそういうと、ジュプトルは慌てて首を横に振った。こんな暗いところに一人で取り残されるなんてまっぴらごめんだ。
「しかし、どっちのトンネルに進んだらいいんだ?」
うーん、と3人は考え込んだ。と、そのとき、右のトンネルから何かが出てきた。人影だ。ボロ切れをまとった人だ。
「な、なんだ?」
カビゴンがぎょっとして、後退りをする。気が強いダイケンキはフンッと鼻を鳴らしていった。
「誰かここに住んでるんだよ。おい、あんた道を教えてくれないか?どっちに進んだらいいのかさ」
人影は何も言わずに、粗末なやりを杖のようについて、それに捕まりながら、一歩、また一歩と、おかしな具合にあたまをグラグラさせながら歩いてくる。
ダイケンキはイライラして、足元にあった石ころを蹴飛ばして叫んだ。
「なにか答えろよ!」
ジュプトルは、ダイケンキをなだめようとした。そのとき、それの姿がはっきりと見え、ジュプトルはあしに根が生えたみたいに、動けなくなってしまった。
「ジュプトル、どうしたんだよ?」
ダイケンキが訝しんで聞いた。
「…あ、あれって…」
ジュプトルが震える手で前をゆびさす。ダイケンキが前をむくと、そこにいたものは…
ポケモンではなかった。