幽霊騒動編;カビゴンの憂鬱
夏はいきなりはやってこない。遠くの方からやってくる。
学校の校庭の上に入道雲がのっそり現れた。強い日差しで輝く雲の峰は、歯を見せて笑う入道雲の顔だ。
雲のみねあたりから眺めれば、一帯が雑木林であった時代も、集合住宅が並んだ今も、同じ平野の広がりに見えるかも知れない。
その雲の下、学校の中では生徒たちがだんだんと近づいてくる夏休みを、楽しみに浮かれていた。
家族と旅行にいくもの、塾の夏期講習にいくもの(どうやらこの時代にもあったようだ。塾といっても、昔の寺子屋のようなものだ。)、友達と遊ぶものなど、一人一人の予定が違っていたが、夏休みが楽しみなのには違いなかった。
そんな中、ただ一人ため息をついている生徒がいた。
丸々とした体をしている、彼の名前はカビゴン。その愛らしいえがおと優しい性格で、クラスの人気者だ。
そう、今日の話は彼、カビゴンの話だ。
次は4時間目、音楽の授業だ。生徒たちはそれぞれ音楽室へ移動し始めた。時計をみると、授業開始まであと5分だということを示していた。音楽室までは結構遠いから、急がないと間に合わなくなってしまう。
「さて、そろそろ行こうかな」
カビゴンは重い腰を持ち上げて、親友であるダイケンキとジュプトルと一緒に歩き始める。
さいしょに異変に気づいたのは、ダイケンキだった。いつもは陽気なハズのカビゴンが、今日はなんだか元気がない。なにかあったんだろうか?ダイケンキは少し心配になったが、ジュプトルはなにも言ってこないし、何かを心配している様子もない。考え過ぎか、とダイケンキは思い直して、音楽室に入ると黙って席に着いた。
チャイムが鳴り、4時間目の授業開始を告げる。音楽担当の教師、チルタリス先生が出席簿を手に持って(正確に言えば羽で持ってるということになるが)、生徒の出席を確認し始めた。
ダイケンキは後ろの席に座っているジュプトルに声をかけた。
「なあ、ジュプトル。なんか今日、カビゴンの様子おかしくね?だってよ、いつもだったらうるさいくらいの声で、おいダイケンキ、調子はどうだい?なんて言ってくるだろ。やっぱなんかあったのかな…」
ジュプトルはペンを筆箱の中に直しながら言った。
「うーん、たしかにいつもよりは暗いけど…まあ、そういう時もあるよ。いくらカビゴンだからといって、いつも元気なわけないし。夏バテでもしたんじゃないの?」
「…そんなもんなのかな」
ダイケンキはジュプトルの言葉がどうも腑に落ちなかった。
「はーい、今日は『ふるさと』を歌います♪さあ、みなさん立ってくださーい♪」
チルタリス先生はいつもの歌うような声で生徒たちに呼びかけた。それではいきますよ、と言うとピアノを弾き始めた。
ダイケンキは歌いながら、横目でカビゴンを見た。カビゴンは俯いて下を向いている。時折ため息が聞こえてくる。
こりゃ何かあったな、あとで聞いてみるか、とダイケンキは決心を固めた。
ポケモンハイスクールの給食は、月に一回、カレーが出てくる。ちょうど、ルカリオがエムリットにあったのも、カレーの日だ。
ただ今日の給食はオムライスだった。カビゴンの大好物なのだ。いつもならカビゴンは、給食の時はクラスの人が残してしまった分までキレイに食べてしまうほどだった。ご飯3杯は朝飯前で、彼自身が食べ物を残すことなど全くなかった。
ところが。オムライスはカビゴンの大好物なのに、食欲がないと言って残してしまったのだ。あのカビゴンが!と、ダイケンキとジュプトル、2人の間に衝撃が走った。さすがにジュプトルも、カビゴンのようすがおかしいと思ったようだ。心配そうな顔をしている。
「お前、本当に大丈夫か?いつもとようすが変だぞ」
「そうだよ。いつもなら、もっと食べてるはずだろ。なにか悩みでもあるのかい?」
2人が心配そうに聞くと、カビゴンは顔を上げ、一杯水を飲むと話し始めた。
「うん…。こんなこといっても信じてくれないかもしれないけど…。実は…僕がなる時になると幽霊が現れるんだ。見た目はよくわかんないけど、多分男の人かな。その人は毎回僕の枕元に現れて言うんだ。『私たちを助けてくれ。見捨てられた教会で私たちはとらわれている。お願いだ、私たちを助けてくれ。』って。そういうとフッと消えてしまうんだ。まるで誰もいなかったみたいにね。」
親友2人は、カビゴンの顔を見て口を開けたままぽかんとしていた。2人がこの話を信じられないのも無理はない。もしこんな話を突然されたら、みなさんもきっと驚くに違いない。
「……それって単なる夢じゃないのか?」
カビゴンは首を横に振った。
「いいや、違うんだそれが。僕も最初は思ったよ、たんなる見間違いだって。でも、そいつは毎晩現れるんだ。しかも次第に声が大きくなってくるし…。怖くて眠れなくなっちゃった」
カビゴンは視線を下に落として言った。2人共、信じてくれるといいんだけど…
ダイケンキはそんなカビゴンの不安を見透かしたかのように言った。
「大丈夫、俺たちはお前の話を信じてるよ。お前は嘘つくような奴じゃねえしな」
しっかし、とジュプトルは腕を組んだ。
「一体どうしたら、解決できるんだろう?」
「たしかにそうだよな…。あ!なあ、カビゴン。その幽霊は、『見捨てられた教会』に囚われてるって言ったんだよな?だったら、そこに行けばいいんじゃねえの?」
ダイケンキは自信満々に言ったが、その言葉を聞いてジュプトルは慌てていった。
「ダメだよ!あそこは危険で、誰も入っちゃいけないって言われてるだろ。噂じゃ、そこには恐ろしいモンスターがいるとか…」
モンスターという言葉を聞き、ダイケンキも怖くなかったわけではなかったが、今の彼にとって優先すべきことは、入ってはいけないというルールよりも今目の前で友が悩んでいるということだった。
「でもそこに行く以外、どんな方法があるっていうんだ?このままだと、どんどんひどくなっていくかもしれないぜ。だったら行くしかねえだろうよ」
ダイケンキがきっぱりというのを聞いて、ジュプトルはなにも言葉を返せなかった。ダイケンキが言ったことは正論だからだ。
しかしカビゴンはまだ迷っているようだった。
「悪いよ、僕一人のせいで君たちを危険に巻き込んでしまうなんて…」
ダイケンキは、カビゴンの大きな背中をバシっと叩くと言った。
「気にすんなって。それにオレたち友達だろ?放っておけるわけないじゃないか」
カビゴンは改めて思った。こんな素晴らしい友達を持った僕は、なんて幸せ者なんだろう…
ジュプトルは残ったごはんを急いでかきこんで言った。
「今日の夜に行くのはどうだろう?僕の両親は今日、仕事で遅くなるから問題ないよ。解決も早いほうがいいだろうしね。2人は?」
「オレはいけるぜ。母さんは今日、友達と旅行に行ってるから。カビゴン、お前は?」
「僕も大丈夫。この問題が解決できるなら、怒られても平気さ」
お互いが行けることを確認した三人は、今日の夜に決行することに決めた。
「じゃあ、今日の夜8時に岩場に集合だ!」