満月の夜に
満月の光にてらされた森の道を歩いている間、2人は会話をしていたがルカリオは考え事をしていたため、次第に口数が減っていった。心地よい鈴虫の鳴き声がどこからか聞こえる。夜の森は静まり返っており、草木がさわさわと風に揺れる。獣が狩りをしているのか、ときおりかさかさと茂みが音を立てる。
しばらく間があいたあと、サーナイトが言った。
「みえてきたわ、あれがシンジ湖よ」
前にきた通りの風景が見えてきた。ただあのときは昼だったから、明るく見えたものだが、今は夜だ。夜は夜で、昼とは違う荘厳さがあった。水面が満月を反射して、まるで湖の中に月がもうひとつあるようだ。
サーナイトは前と同じように印を組むと、呪文を唱えた。すると地響きがし、湖の中からエムリットのいる洞窟が姿を現した。
サーナイトは後ろを振り返る。月光をあびて、彼女の顔を照らし出す。
「ここから先はあなた一人ね。まあエムリットだから大丈夫だと思うけど、あんまり怒らせちゃだめよ?伝説ポケモンを怒らせると大変なことになるらしいから」
「ああ、気をつけるよ」
それにしても、とルカリオは言った。
「いろいろとありがとうな」
「え?!い、いやそんな…」
ルカリオに笑顔で言われたサーナイトは、思わず赤面してしまった。
ルカリオは全く気づいておらず、真剣な面持ちで礼をのべた。
「夜にもわざわざ来てもらったり、町を案内してもらったり、学校や家も用意してもらってさ。命まで救って…。お前らがいなかったら今のオレはいないんだ。お前らには感謝してもしきれないよ」
サーナイトは必死で平静を保って言った。
「そんなの当たり前でしょ!友達なんだから。それより早く行かないと、エムリットが待ってるでしょ?」
「そうだった!早く行かないと。サーナイト、また明日な」
ルカリオはそう言うと、急いで洞窟へと走った。
サーナイトはその後ろ姿を見送りながら、思わず呟いた。
「…かっこいい…」
ルカリオが洞窟へ入ると、開けた場所にエムリットがいた。エムリットは静かに言った。
「待ってたよ」
ルカリオは黙ってエムリットの目を見つめた。彼女はなぜ自分だけを呼んだのか。そしてなぜ、100年先でも生きていたのか。話さねばいけない事とは一体何なのか?
今からその答えがわかろうとしていた。
「なぜあなたはオレを呼んだんですか?」
エムリットはその問いを予期していたかのように、目がきらりと光った。
「あー、別に敬語なんか使わなくっていいわよ、普通の方が話しやすいし。なんであなただけを呼んだのかって言うと、他の人に聞かれたら困ることってことだからかな。正確に言うと、あなたがってことだけど」
そういうとエムリットは冷静な表情のままで淡々と告げる。
「単刀直入に言うわよ」
次の言葉を聞いた瞬間、ルカリオは耳を疑った。
「あなた、この時代の人じゃないでしょ?」
「え…?」
今、この人なんて言った?
ルカリオの呆然とした顔を見て、エムリットがいたずらをした子供のようないつもの表情ではなく、真剣な顔で言った。
「その様子を見る限り、やっぱりそうみたいね。前に会った時から不思議に思ってたけど…」
ルカリオは動揺しながら聞いた。
「どうして…そのことを?」
エムリットはいつもの表情に戻って言った。
「あーら、簡単なことよ?見てたらわかるもの。だって私たち伝説のポケモンは何百年と生きるんだから、それくらいはお見通しよ」
「見たらわかるんですか?」
ルカリオは心配になった。見ただけでわかってしまうのであれば大変だ。すぐにばれてしまうだろう。
ルカリオのそんな気持ちを見通したのかのように、エムリットはくすりと笑う。
「ただしわかるのは伝説のポケモンだけよ。大丈夫、このことは誰にも言わないし、伝説ポケモンの中に悪い人はいないから」
ルカリオはほっとした。しかしエムリットは再び厳しい顔になった。
「ただひとりをのぞいてはね。」
「ただ一人?」
エムリットはうなずいた。
「そう、一人だけいたのよ。あなた、七賢人って組織しってる?」
「はい、聞いたことがあります。伝説ポケモンの組織で、世界の秩序を守るために結成されたと」
それを聞いてエムリットは嬉しそうに言った。
「よく知ってるじゃない。そのとおりよ。ただ、昔に1人追放されたものがいたの。そいつはあまりに多くの人々を苦しめたため、この世界からも追放されてしまった」
ルカリオは驚いた。世界からも追放されるだって?だとしたら、そのポケモンはどうやっていきていくんだろう?
エムリットは水を打ったように、静かに言った。
「そのポケモンの名は…ギラティナ。」
ギラティナ…。その名の響きはまるで洞窟の隅にある、闇をも引き寄せてしまうかのような響きだった。
エムリットは話を続けた。
「なぜあなたにこんなことをいうかというと、あなたが波動の勇者だからよ!」
「へ?」
ルカリオは何がなんだかわからなかった。
「波動の勇者って、あの予言の?」
「そうよ。あなたがその予言の救世主なの!」
「いやいやいや、ちょっと待ってください。エムリットさん、オレを笑わせるつもりですか?それってただの予言ですよね?」
ルカリオはあまりの突拍子のないことを言われ、冗談だと思った。そう思ってエムリットの顔をみたが、彼女の顔はいたって真剣である。
「冗談なんかじゃないわ。これは全て本当のことよ。」
そのしんけんな顔を見て、ルカリオは思った。これってマジなのか?いやいや、訳わかんねーよ。急に違う時代に飛ばされて、そんでもって予言の救世主だなんて…。わけわかんねーよ。
エムリットはそんなルカリオの様子なんか、お構いなしに話を続けた。
「とうとうブラック団が動き出したの。あなたを狙ってね。だから、私たち七賢人も動き出した。気をつけて、いつ奴らがあなたを襲って来るかわからないわ。もちろん私たちはあなたのことを全力で守るけど、いつでも守ってやれるってわけじゃないから」
ルカリオはもう頭が混乱しすぎていた。みなさんの感じで言えばこうだろう。竜巻で家がめちゃめちゃにされた後に、戦車が来たようなものである。
「待ってください!ブラック団ってなんなんですか?それにオレが狙われてるっていうのもわからないんですけど…」
エムリットははあっとため息をついた。ルカリオにとったら、こっちがため息をつきたい気分だよといったところである。
「全く…、また説明しなくちゃなんないの?そうねえ、ブラック団のことはサーナイトから聞いてちょうだい。あとあなたが狙われてるってことだけど、あなたがいると自分たちの野望、つまり世界征服が達成されないからよ。だから邪魔なあなたを消そうってわけ!わかった?!」
あまりにも乱暴な説明だったが、エムリットがイライラしているのはわかったので、ルカリオは頷くしかなかった。
「…分かりました。」
その言葉を聞くと、エムリットの顔はにっこりと笑顔になった。全く気分屋なものである。
「分かればいいのよ。ってわけだから、私はもう寝る時間だから。じゃ、おやすみー♪」
そういうと、エムリットは姿を消した。
ゴゴっと音がして、洞窟全体が揺れ始めた。
「やばい、沈んじまう!」
ルカリオは急いで走って外に出た。後ろを振り返ると、洞窟の頭が湖の中に消えていくところだった。
ルカリオは息を切らして、しりもちをついた。
「ふう〜、危なかった…」
それにしても、とルカリオは思った。エムリットって意外と気分屋なんだな。それにオレが…波動の勇者だって?なんだかよくわからんなんとか団ってところに、命を狙われてるだって?考えればわけがわからんことばかりだ。まあ、100年前の時代に来ていること自体ありえないのだが。
「まあ、とにかく帰ってサーナイトに電話してみよう。いや、でも今は夜の10時か。いくらなんでも女子の家にこんな時間に電話したら失礼だしな…。そうだ!ゾロアークに聞いてみるか。あいつなら大丈夫だろ」
ルカリオはシンジ湖をあとにした。