第一章 ミント 〜かけがえのない時間〜
003 あたしと青年
白黒二色の横縞をデザインされたシャツの上から、白いマントを被った青年。額に当たる位置に奇妙な模様が描かれたバンダナを、サファイアと同じような形に被るその年は、サファイアと同じくらいであろうか、瞳に多少の幼さが浮いている。マントの裾をヒラヒラと揺らしながら、彼はサファイアへと近づいた。

「きみに、頼みがあるんだ」

意外と背は高かった。サファイアと頭ひとつ差があるくらいの身長。細すぎず太すぎずの、所謂バランスのとれた体型。

「わ、私に頼み?」
「ああ」
「私にできることであれば、引き受けますよ?」

話を聞いてしまうくらいには、サファイアは警戒心が弱すぎた。青年側もあるいはそれを見抜いて話しかけたのかもしれない。いずれにせよ、この一言でサファイアの運命が変わったことに、変わりはなかった。

「ただ、もし引き受けなかった場合も、他言は禁物。それだけは守ってくれ」
「わかった。誰にも言わないよ」
「じゃあ改めて」

青年はバンダナを外し、その髪を外気に晒す。
紅の大きな鉢巻き染みた何かを額に巻きながら、目を見る。

「少女サファイア。そのワカシャモと一緒に、マグマ団に侵入してくれないか」

「……ふぇ!?」

思わず変な声が漏れた。
漏らさずにはいられなかったと言った方が正確か。

マグマ団といえば、ホウエン地方を牛耳る組織のひとつだ。大地を増やすことを目的に行動しており、そのモットーは普段の埋め立て事業などから見てとれる。
合法集団なのか違法集団なのかは警察までもが決めかねており、一般市民の間では「あまり関わりたくはない組織」として認識されている。

そんなマグマ団に、謎の青年から、しかも侵入してくれないかなどと言われてぽけーっとしていられるほど、サファイアは図太くなかった。

「ま、マグマ団に侵入!?」
「わっちゃちゃ、声がでかい!」
「すっ、すみません。でも、あまりにも非現実的すぎるというかー……」
「まあそうだよな。そう思って、ある人にも話をしてもらおう」
「ある人?」
「ああ。きみがよく知ってる人だ。ミシロタウンに住んでる」

ミシロといえば、サファイアの出身地であり、またほむらの出身地でもある。何かの始まりを告げるかのような懐かしい響きに、サファイアは一瞬青年を見上げる。

よく見るとかなり整った顔立ちだ。一重瞼の下に、綺麗なパーツが敷き詰められた状態とでも言おうか。特に美少年というレベルでもないが、少なくとも多少なり魅了されたサファイアがいたことは事実だ。

カシュっと軽快な音をたて、後ろを向いた青年がポケナビを開く。リズミカルな打音。肩越しに覗いたその画面には、サファイアの知らないアイコンが多数鎮座していた。

「ちょっと待って。テレビ電話繋ぐから」
「て、テレビ電話って、ポケナビから!?」
「これの開発社の長と繋がりがあってね。新型試作品のモニター兼ねて、使わせてもらってる。協力してくれるなら、キミにも使ってもらうことになるよ。ほらこれスペア」

現在ポケモントレーナーの中でもっとも普及率が高い機器、ポケナビ。カナズミシティに本社を構えるデボンコーポレーションが開発した新製品で、高いトレーナー補助性能を持つ。正式名称をポケモンナビゲーターという。

その新型ともなれば、サファイアの心は簡単に揺さぶられた。今使っているこれに不満はないが、まだ世に回っていない新機能が自分のものに。その誘惑は、サファイアに同意を考えさせるほど、甘くてとろけた。

「わかった。テレビ電話だけでもしてみる」

サファイア自身、新型ポケナビに触ってみたいというのもあった。五割くらいあった。
その五割は、小さいようで、大きすぎた。

「OK。あ、出た。もしもし、俺ですけど。えぇ、潜入の方でいい人がいて」

サファイアのよく知る人とは誰だろう。
確かにミシロ出身のサファイアは、そこに大勢の知り合い、もといご近所さんを持つ。しかし、その中にマグマ団侵入なんかの話をしそうな人間なんていただろうか。

「年格好は俺と同じくらいか、ちょっと下ですかね?俺自身それほどまじまじと顔なんか見てないので、なんともですが」

今のは妙に照れた。まじまじとって何。なんで同年代の異性を前にして、そんな台詞が吐けるのか。確かに、そういう類いの話には興味なさそうな人ではあるが。

「頭に青いバンダナを巻いていて、ポシェット着けてますね。ワカシャモを連れていて、そのニックネームはほむら」

え、そんな情報まで必要なの? マグマ団の侵入に、手持ちのニックネームとか関係ある?

「えぇ、そのまさかですよ。で、ここミナモデパートですよ? その近隣で出会う女の子といったら、ねぇ?」

まさか? まさかって何?相手も私を知っている? そんなまさか。

「えぇ、良い目をしている。見た瞬間にわかりましたね。これは貴方と同じ、常に何かを知りたがる目ですね。流石貴方の娘さん。遺伝でしょうねこれ」

娘?
遺伝?

娘って、親の子のうち女子を表す普通名詞のこと?
遺伝って、両親から子が引き継ぐ身体の特ちょ――。

ちょっと待ってよ。

こんなことになるなら、話なんて聞くんじゃなかった。ポケナビなんてどうでもいいよ。察してにやにやとジト目で見つめるほむらがちょっとむかつく。

「じゃあ代わりますね、オダマキ博士」

紛れもない、サファイアの父だった。

青年の信用だけは、保証された。

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■筆者メッセージ
読んでいただきありがとうございました。
露草長靴 ( 2014/12/06(土) 23:49 )