Expedition - 4 最初の依頼
――夢を、視ていた。
どこからともなく聞こえてくる声――いや、聞こえるというよりは、頭の中に直接響いてくるような――不思議な感覚だった。
存在を確認しようとも、辺りは真っ暗で相手の姿を捉えることはできない。
――……む……え……て……れ……!
……誰かが、呼んでる……?
――…………は……に……る…………は……こ……………!
……よく、聞こえない。何て言ってるんだろう?
ピカチュウはどこからともなく聞こえてくるこの声を、もっとよく聞こうと耳をすませた。
次の瞬間――
「――起きろおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!
朝だぞぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉーーーーーーーー!」 突貫工事とハードロックを足して倍にしたような凄まじい振動がピカチュウを襲う。
体を揺さ振るほどのバカでかい
衝撃に耐えきれず、ピカチュウは目を覚ます。気がつけば、無意識に両手で耳を押さえていた。
「……ぅ、ぁぁぁ〜……」
「いつまで寝てんだ! さっさと起きろーーー!」
騒音に加えて今度は足音のオマケ付きである。ドスンドスンと大きな音を立てて地団駄を踏む度に部屋の中がぐらぐらと揺れ、まるでちょっとした地震のよう。ここまでくると立派な災害であると言っても言い過ぎではないだろう。
……わかったから騒ぐのだけはやめて。神経が壊れるから。
これ以上続けられたら部屋の中を破壊されかねない――堪り兼ねたピカチュウはもはや寝るどころではなくなり、渋々ベッドから起き上がる。
気付けば、隣で寝ていたナエトルも目を覚まし、やはり同様に耳をふさいでいた。
「……み、耳がぁ〜……」
――最悪の目覚めだった。
ひょっとしてこれから毎朝このうるさい目覚ましで起こされるのだろうか?
だとすればたまったもんじゃない。いつか必ず耳が逝ってしまう。絶対に、だ。
「寝ぼけてんじゃねぇ! とっとと起きて支度をしろ!
でないとあれが……親方様のあれが……」
目覚まし係のポケモンは何かを思い出しているのか、ぶるりと体を小さく震わせる。
相手が何に対して怯えているか、初対面のピカチュウとナエトルにわかるはずもなく。故に、あれと言われてもその正体がなんであるかがさっぱりわからず、
反応のしようがなかった。
「お前達が遅れたら俺までとばっちりで親方様のあれをくらうんだからな!?
親方様のあれを食らいたくなきゃ、とっとと集合しろ!」
言いたいことを言い終えたのか、目覚まし係のポケモンは鼻息荒くしながらドスドスと足音を立てながら出て行った。
嵐が過ぎ去り、室内はようやく元の平穏さを取り戻す。一方、ピカチュウとナエトルは眠気と騒音のダメージとで完全に意識が覚醒しきれておらず、未だ頭がボーっとしていた。
「うぅっ、耳が痛い」
ピカチュウは耳をさすりながら息を吐く。人間だった時と比べて飛躍的に聴力が高まった影響なのか、先ほどの
騒音はピカチュウの耳だけに止まらず、脳神経にまで
衝撃を与えていた。おかげで頭の中がぐわんぐわんと鳴り響き、酷い頭に見舞われていた。
「なんか支度って言ってたよね? 支度って一体何の――」
そこまで言ってはっとする。
ここはプクリンのギルド。2人は昨日
ギルドへ弟子入りしたことをようやく思い出した。
「そうだ! ボク達ギルドに入ったんだった!」
「マズイ! 寝過ごした! 早く行かなきゃ!」
2人は文字通りベッドから飛び起きると、身支度もそこそこに慌てて部屋から出て行くのであった。
朝礼はいつもプクリンの部屋の前の広場で行われる。
既にピカチュウ達以外の
弟子達は全員集合しており、開始の時をいまかいまかと待ち続けている。それを見ても、2人の入団初日から遅刻という不名誉極まりない失態はもはや避けられないのは明らかであった。
「遅いぞ! 新入り!」
到着するなり一番最初に文句を言ったのはさっきの
目覚まし係。ドゴームと呼ばれるポケモンである。大声ポケモンと分類されるとおり、スピーカーのような耳を持ち、元々大きめの声量をその耳でさらに拡散させ、周囲に響き渡らせるのが特徴のポケモンである。
「ウルサイッ! 朝からお前の
騒音は聞きたくないよっ!」
ドゴームの叱責を素直に受けとめ眉を下げるナエトルであったが、すかさずペラップが会話に割り込み羽をばたつかせた。
どうやらドゴームの声をうるさいと感じているのはピカチュウ達だけではないらしく、ペラップの言葉にその場にいる他のポケモン達も賛同するかのようにこくこくと頷いていた。
ペラップの叱責と圧倒的多数意見に完全アウェイのドゴームはうっと呻き、それきり喋らなくなる。
ドゴームが黙ったことで騒がしかった室内が静かになると、ペラップは辺りを見回してこほんと咳払いを1つ。
「全員揃ったな。では、これより朝礼を行う」
――朝礼で話すことは大体決まっている。
弟子達の成績の評価や他のギルドの活動状況、さらには世情などである。
また、朝礼は弟子達の顔合わせの場でもある。事実、ピカチュウとナエトルはこの場で簡単な挨拶と自己紹介をすることとなり、ナエトルがガチゴチに固まってしどろもどろになりながら話して周囲を和ませるという微笑ましいエピソードが出来上がっていたのはまた別のはなしである。
「では最後に親方様、今日の一言を――」
朝礼も終わりに差し掛かった頃、ペラップはプクリンへと声をかけ一歩後ろへと下がる。
因みにプクリンは朝礼が始まってから一言も言葉を発してはいない。
ピカチュウはそのことに少し疑問を抱く。
……一体?
「……ぐぅ……」
「え゛っ。」
一言。
ただ一言。「ぐう」という言葉が聞こえてきた。いや、これは言葉ではなく明らかに寝息である。その声にピカチュウは思わず声が漏れた(ペラップに睨みつけられ慌てて視線を下げたが)
……も、もしかして寝てますか? この人。いや、間違いなく寝てますよね。しかも、目を開けたまま!? ある意味器用ですよっ!?
ピカチュウがそんなことを考えていたその時、ふと、他の弟子達のヒソヒソ話が聞こえてきた。
ピカチュウ自身は全く聞く気がないのだが、元来ピカチュウという種は音に対して非常に敏感なポケモンである。聞く気がなくても、その耳は勝手に周囲の音を集め始めていた。
「……プクリン親方って相変わらずスゴイよな」
「……ああやって朝は起きてるように見えて……」
「……実は目を開けたまま寝てるんだもんなぁ」
……め、目を開けたまま寝れるって、なんてどうでもいい能力。昨日は椅子ごと回転してみせたり、プクリンって一体…………
「ははっ! ありがたいお言葉、ありがとうございます!」
ペラップがプクリンに向かって一礼する。
……お言葉……って、ただ「ぐぅ」しか言ってないし。いくらなんでも強引すぎな気が――
「みんな! 親方様の言葉を肝に銘じるんだよ♪
それでは最後に、朝の誓いの言葉! 始めっ♪」
今の流れにツッコミを入れたくてしょうがないピカチュウであるが、ペラップもそれを予期しているのか、まるで阻むかのように言葉を続けて無理矢理話を終了させてしまった。
ペラップの合図に、ピカチュウ以外の弟子達は朝礼の締めとなる毎朝の日課を実行すべく一斉に斉唱を開始した。
『ひとーつ! 仕事は絶対サボらなーい!
ふたーつ! 脱走したらお仕置きだー!
みっつー! みんな笑顔で明るいギルド!』
……なにこれ怖い。どこの軍隊ですかここは。
爽やかな朝の日差しのなか、にこやかに斉唱するには似付かわしくない物騒な内容を含んだその言葉に、ピカチュウのツッコミは止まらない。
しかも、他の弟子達はまるで保育園のお遊戯のようににこやかに声を合わせているのだからなおのこと怖い。気がつけば、ナエトルも真面目に斉唱に参加していた。
……もう好きにして。
寝不足もたたってピカチュウは1人、大きなあくびをしながら一連の様子を静観するのだった。
「さあ、みんなっ♪ 仕事にかかるよ♪」
『おぉーーーーーーー!』
ペラップの掛け声を最後に、他の弟子達はそれぞれの持ち場へと散っていく。後に残されたのは、昨日入ったばかりで仕事を割り振られていないピカチュウとナエトルの2人だけとなった。
「ボク達、一体どうすればいいのかなぁ?」
「ワタシに聞かないでよ」
すがるような眼差しでナエトルは視線を送る。だが、どうすればいいのかわからないのはピカチュウも同じ。冷たいとは思いつつもそう答えるしかなかった。
その時、
「おい、お前達。こっちに来てくれ」
声のした方に目をやると、梯子の所にペラップの姿があった。ペラップは2人が気付いたのを確認すると、ぱたぱたと上へと飛んでいく。
僅かに互いを見合うピカチュウとナエトルであったが、直ぐ様ペラップの後を追って1階へと上がっていった。
梯子を登り1階へやってくると、大きなボードの前に立つペラップの姿を見つけ、そちらへと向かった。
「お前達は初心者だからね。まずはこの仕事をやってもらうよ」
「何これ?」
ペラップの説明を聞きながら、ピカチュウはボードを見つめる。
そこにはメモ用紙やら貼り紙などがたくさん貼り付けられており、まるでなにかの伝言板のように見えた。
「これは掲示板だ。各地のポケモン達からの依頼が貼られている。
最近悪いポケモンが増えているのは知っているな?」
ペラップの言葉に頷くナエトル。
「うん。なんでも
時間が狂い始めた影響で、悪いポケモンがどんどん増えてるって聞いたよ」
……時が――狂い始めてる?
時って、時間のこと?
時間が狂った影響で悪いポケモンが増えている――一体どういうこと?
ピカチュウは2人の会話が理解ができず、ただ1人首を傾げた。
「そうなのだ。
時間の影響で悪いポケモンが増えてるせいなのか、この掲示板の依頼もどんどん増えてきているのだ。
そういうわけでお前達には
掲示板の依頼をバシバシ捌いていってもらいたいのだ♪」
つまり、ここに貼られている内容を解決するのがワタシ達がやるべき仕事というわけですねなるほど。
ペラップの説明に今度はちゃんと納得した様子でピカチュウは頷いた。
「とりあえず最初は……これがいいかな」
ペラップは掲示板の中の1枚の紙を剥がしてピカチュウに手渡した。
受け取ったピカチュウは内容を確認しようと目を通してみるのだが、それは見たこともない文字で書かれていたため何と書いてあるのか、ピカチュウには全くわからなかった。
ピカチュウが眉をひそめる横からナエトルがのぞきこみ、依頼書を声に出して読み始めた。
「えー、なになに――
――初めまして。私バネブーと申します。
ある日、私の大切な真珠が悪者に盗まれてしまったのです!
真珠は私にとって命。頭の上に真珠がないと私落ち着かなくて何もできません!
そんなとき! 私の真珠が見つかったとの情報が!
どうやら岩場に捨てられていたらしいのですが、その岩場はとても危険なところらしく、私そんな所恐くて行けません!
ですのでお願い! 誰か岩場に行って真珠を取ってきてください!
お願いします――
――って、これ、落とし物を拾ってくるだけじゃない!?」
依頼書を読み終えたナエトルの口から出てきたのは文句である。
ナエトルにしてみれば、一生分の勇気を振り絞ってギルドに入門したのである。当然やりたいのは、宝探しや未開地の探索などの探検隊らしい高揚感溢れるものなのであろう。
だがしかし――
「新入りは下積みが大切なんだよ。ガマンしな」
「うぅ……」
昨日一昨日入ったばかりの新米探検家にそのような
仕事を当たり前だが任せてもらえるはずがない。ある種的を得たペラップの言葉に、ナエトルは言葉を詰まらせる。心なしか頭の葉っぱも頼りなさげに萎れていた。
「さあ! わかったらとっとと行った行った!」
ペラップに促され、渋々といった具合のナエトルを引っ張り、ピカチュウはギルドを後にした。
――ポケダンズは依頼書に従い南へとやってきていた。
ギルドから程近くの浜辺を海岸線に沿って進んでいくと、目的地である洞窟を発見する。
探検隊としての初仕事で緊張しているのか、はたまた単に洞窟にビビっているだけなのか、入口に立つナエトルの表情は緊張でガチガチに強ばっていた。
怯えるナエトルに短く声をかけると、ピカチュウは内部に向けて足を進めていく。その後を、ナエトルはぴったりとくっついて追っていった。
歩き続けていくと、2人はこの洞窟の特徴である異様なまでの湿度の高さに顔を顰めることになる。ピカチュウとナエトルが遺跡の欠片を取り戻した海岸の洞窟も湿度が高めであったが、今いる湿った岩場と呼ばれるこの洞窟はその群を越えていた。
天井からは水滴が忙しなく零れ、壁からは水が染みだしいたるところで水溜まりを作っている。まるで洞窟内全体が一面水浸しといっても言いすぎではないほどに。おそらく、洞窟が保有している水分量が他の洞窟と比べて桁違いなのだろう。水が大量にあるということは、比例して水分蒸発量も高まることになる。結果、洞窟内の湿度はほぼ100パーセントに近い状態で保たれていた。
海岸の洞窟と違い、この洞窟は外へと通じているのが入口しかないのかもしれない。ゆえに、風の通り道は失われ、空気がこもってしまい異様な湿度の高さが保たれているのだろう。その中を、ピカチュウとナエトルはひたすら奥へと進んでいた。
「……なんか、蒸し暑い所だね」
草タイプであるナエトルですらこの洞窟内の湿度の高さは堪えているようである。頭上の葉が、出発数分前と同様に力なく垂れ下がっていた。
「そうだね。早く真珠見つけて帰りたい……」
ピカチュウも体毛が水分を含んで重たくなっていく感触を不快に思いながらも奥へと進んでいく。
それから暫くして、特に目立ったトラブルに遭遇することなく2人は奥へと到達する。
最下層は広い岩場になっており、所々地下から湧きだした水が泉をつくり、泉から溢れた水は床を水浸しにしていた。溢れだした水を養分にしているのか、泉の周辺は一面緑色の苔でびっしりと覆われていた。
「ここが一番奥なのかな?」
ナエトルは適当に辺りを見回してみる。映るのは、クラスターのように連なる岩と、合間を縫うようにこんこんと湧きだしている水ばかりで特に目につくようなものは何もない。
だが、そこに、先の方で何かがきらりと光ったのが目に入る。
「ピカチュウ、あれ!」
ナエトルが指差した方向にピカチュウも目を向ける。段上に連なった岩盤の中央に桃色のまばゆい光沢を放つ丸い物体が1つ、確認できる。この洞窟の岩石は水晶などの光を放つような鉱物を含んではいない。よってこの洞窟の天然資源でないことは容易に推測できる。仮にそうだとしても、特別な条件が揃わない限り、加工をしていない宝石の原石が完全な球体を形成して発見される可能性はほとんどない。となると、考えられるのは一つ。
「もしかして、あれがそうじゃないかな?」
「行ってみよう」
2人が走り出したその時――
―― おーーっと、ちょーーっと待ったーーーー!――
掛け声と同時に、ピカチュウ達の前に4人のポケモンが立ちはだかる。ある者は太古の昔に生きていたと言われる蛯のような姿を模しており、またある者はピンク色で頭部に瘤があるうみうしの姿をしている。さらに別の者は黄金色の鈴のような姿、最後の者はこれまた古代を思い起こされるうみゆりのような姿をしていた。
「俺はアノプス!」
「私はカラナクシ!」
「僕はリーシャン!」
「リリ〜〜ラ〜〜!」
『我ら、岩場戦隊! シメッターズ!』
4人のポケモンはそう言い放つなり決めポーズを取る。
リーダーと思しきアノプスがピカチュウに向かってびしっと爪をむけ、
「どっから来たか知らないがここは俺達のナワバリだ!
従って、
真珠も全て俺達のもの! 欲しかったら俺達を倒――」
ピバシィィィィィィィーーーーーーーー!
「やっぱりそうだよ! バネブーの真珠だよこれ!」
桃色に輝く真珠をじっと見つめながらナエトルは瞳を輝かせる。
「――うん、間違いないね。持って帰ろう」
ピカチュウも真珠を確認すると慎重にバッグの中にしまい込んだ。
『…………………………』
「さてと、それじゃあ帰ろうか?」
「うん!」
電撃でコゲたポケモン達を無視してピカチュウとナエトルはその場から立ち去っていった。
「……こんな終わり方……か?……ガクッ……」
――「あ、ありがとうございます!」
バネブーは何度もお辞儀を繰り返す。その度に、両耳の間に乗せた真珠がコロコロと揺れていた。
湿った岩場から戻ったピカチュウとナエトルは依頼者であるバネブーに会い、発見した真珠をバネブーに返しているところであった。
「本当にもう、なんてお礼を言えばいいか」
「そんなぁ、いいんだよ。
これが
ボク達の仕事なんだから」
バネブーに感謝されて上機嫌なのか、少し胸を張って得意気な様子になってナエトルは答える。
浮かれ気味のナエトルを、ピカチュウは少し呆れた様子で見ていたが、やがてバネブーの方を向き、
「もう盗まれないように気をつけて、ね?」
その言葉に、バネブーは微笑みを浮かべこっくりと頷いた。
「これはほんの気持ちです」
そう言ってバネブーが取り出したのは布袋と3本のビン。それを2人の前に置く。ビンのラベルには、足形文字でキトサンやブロムヘキシンなどと書かれてある。恐らく栄養ドリンクの類であろうとナエトルは理解する。そして布袋。中から出てきたのは大量の黄金色に輝くコインであった。
「2.000ポケあります。どうぞお納めください」
因みに”ポケ”というのはこの世界の通貨の単位である。1ポケが人間世界の貨幣価値、幾ら分に相当するのかはわからない。そのため、2.000ポケという金額がどれくらいの価値を要しているのか、人間だったピカチュウにはよくわからずいつもと変わらぬ表情を浮かべていた。だが、ナエトルはそのあまりの額の多さに、面食らってしまう。
「えぇっ!? に、にに2.000ポケも!?
こんなにもらっちゃってもいいの!?」
「ええ。もちろんですよ。真珠に比べたら安いもんです」
バネブーはそう言ってにっこりと頷いた。
「それでは、私はこれで。本当にありがとうございました」
バネブーはもう一度深々と頭を下げると、嬉しそうに去っていった。
「ピカチュウ見た!? ボク達いきなり大金持ちだよ!?」
バネブーが去るやいなや、それまで抑えていた感情が瓦解したかのようにナエトルは喜びの感情を露にしだす。
「え、なに? 2.000ポケってそんなにすごい金額なの?」
「当たり前じゃない! なにおかしなこと言ってるのさぁ!
あ、さてはピカチュウ、嬉しすぎて混乱してるんでしょ?」
いやいやいや。もしもし? お宅さまこそ忘れているのではありませんか?
ワタシは人間ですよ?(記憶はないけど) 人間だったワタシがポケモンが使うお金のことなんか知ってるわけないでしょう?
大金(ピカチュウにはよくわからない)を積まれて完全に舞い上がっているナエトルに何か言いたげな様子でジト目を向けるピカチュウであるが、今は何を言っても無駄だろうと諦めため息を吐く。
はしゃぐナエトルをよそに、ペラップが
お金の入った袋を見て何やら勘定をしだしていた。
「ふむ。オマエ達よくやったな。
――だが、お金は預かっておこう」
「えぇっ!?」
ペラップの言葉に、ナエトルは反射的に振り向いた。
「殆どは親方様の取り分。
オマエ達は――うん、これ位かな♪」
そう言ってペラップは袋から何枚かの
お金を取り出し、ピカチュウに手渡した。
その額は――
「えぇ〜〜っ!? たったの200ポケだけぇ!?
ヒドイよ!
働いたのはボク達なのにぃ!」
「これがギルドの
原則だよ。ガマンしな♪」
……そりゃそうだろう。
いくら
個人が営業でたくさんの契約を取ってきても、その利益が全て
個人に還元されるわけではないのだ。えてして企業とはそういうものである。ピカチュウはそう考える。
……にしても、
売り上げの1割しかもらえないなんて。
……人間の世界なら確実に裁判沙汰だよね。
「まあ、初めての仕事にしては上出来だよ♪ 明日もこの調子でがんばっておくれ♪」
そう言うとペラップはお金の入った袋を持って下へと降りていってしまった。
「……うぅっ……」
ペラップが去った後、ナエトルはがっくりと項垂れた。どうやらよほどショックだったようだ。先程までの陽気さはどこへやらである。
ヘコむナエトルに、ピカチュウはやれやれといった表情で息を吐いた。
「ナエトル、キミはいつから賞金稼ぎになったの?
お金の為に探検隊になったんじゃないでしょう?」
「それは……そうだけど……」
「ならいつまでもくよくよしない。
元気出して。ね?」
ピカチュウはナエトルの甲羅をペシペシ叩く。
「…………うん」
ピカチュウの言葉でようやく気を持ち直したナエトルは顔を上げた。その表情はまだ納得がいかなそうではあるが。
その顔に、ピカチュウは苦笑を浮かべた。
「それにしても、お腹空いたなぁ。
ダンジョンにいると余計そう感じるけど。ご飯まだかなぁ」
「皆さーーん! 食事の用意ができました。
晩ご飯の時間ですよーー♪」
ちょうどその時、タイミングよく鈴の音が聞こえてきた。
食事当番のポケモン、チリーンの鈴の音だった。
「やった! ドンピシャのタイミング♪
行こう、ナエトル!」
「うん!」
2人は食堂に向かって歩いていった。
『いっただっきまーーーーす!』
食事の時間はいつも戦場だった。
なにせ、山積みに盛られた果物が、一瞬目を離したスキに全て無くなってしまう。そんな過酷な状態なのだから。
たくさんの量を食べたければ1分1秒も無駄にはできない。隙があらば自分の皿の上に乗った食事までなくなってしまうような状況である。その様子はある意味野生ポケモンとの
戦闘より過酷であった。
『ごちそうさまーーーー!』
食事が終わると弟子達はそれぞれの部屋へと戻っていく。ピカチュウとナエトルもそうであった。
基本、夜に仕事を言い付けられることは滅多にない。どう過ごすかは各自の裁量に任されていた。
「ねえ、ピカチュウ。今日はいろいろあって忙しかったね」
ナエトルは窓の外を見つめながらピカチュウに声をかける。
「うん、そうだね」
ピカチュウはバッグの整理をしながら答える。
今日入った
湿った岩場で使えそうな道具を見つけたのでいろいろと拾っていたのだ。
「でも、初めての仕事が上手くいって良かったよ。
まあ、プクリンの所にお金を持って行かれちゃったのは悔しかったけど」
……まだ根にもっとるんかい。
意外と執念深い一面をのぞかせるナエトルの言葉にピカチュウは呆れた様子で眉をひそめた。
「でも、これも修行だし仕方ないよね。
それにボク、バネブーに感謝された時すごく嬉しかった」
「うん。それはワタシも同じだよ」
そう言って顔を上げるピカチュウ。2人は顔を合わせ暫し微笑みあった。
「……なんだか眠くなってきちゃった。ボク先に寝るね。
おやすみ。ピカチュウ――」
ナエトルはベッドに横になると目を閉じる。
数分も経たぬうちに聞こえてきた寝息にピカチュウは小さく微笑むと、窓から差し込む月の光に目をやる。
「……おやすみ――」
誰にいうでもなく、ピカチュウは静かにそう呟いた――