Expedition - 3 ギルドへ
――「ここがプクリンのギルドだよ?」
ナエトルに案内されてやってきたのは海岸から程近くにある高台の頂上であった。
緩やかな傾斜を上がってたどり着いたのは、東西南北にのびる大きめの十字路。その中の1本、北へと続く道の先にあった岩を削って造られたであろう天然の階段を登りきると、そこには建物が1件佇んでいた。
日暮れが近いこともあり、周辺を照らすように焚かれた大きめのかがり火と、まるで門のように佇むポケモンで形づくられたトーテムポール以外、周囲を見渡しても他に商家はもちろん、民家などは何もない。それはまさしく陸の孤島であった。
そびえ立つ「それ」を前にして、ピカチュウは言葉を失ってしまう。外装が、プクリンというポケモンの顔を模していたのである。
ピンク色のドーム状の屋根のてっぺんには、トレードマークであるくるりとカールした巻き毛と、うさぎのような長い耳。口元から腹部にわたる白い体毛部分と、細部にいたるまでほぼ完璧にプクリンの姿が再現されていた。どちらかというとテーマパークなどに設置されているアトラクションのような外見であり、お世辞にも基地とは言い難い見た目をしていた。
……なんという、手抜き……とゆうか、安直すぎる。
プクリンが親方だから建物までプクリンって……
――ポケモンのセンスってわかんない。
想像していたものとかなり違う可愛らしい外観を目の当たりにしどう
反応していいのかわからず、ピカチュウは呆然として立ち尽くしてしまう。
「探検隊になるにはまず
ギルドでチームの登録をして、一人前になるまで修行しなきゃならないんだよ」
「あれ?
でもここ、入り口閉まってるよ? どうやって中に入るの?」
ピカチュウは入り口を塞ぐ鉄格子に目をやる。
把手もなにもついてないそれはとても頑丈そうで、持ち上げることはおろか、押して引いてもびくともしなさそうである。
「入り口の前に穴があるでしょ? あそこに乗らないと扉が開かないんだよ」
「あー……」
説明を受け、ピカチュウはナエトルが今の今まで
ギルドの中に入れなかった
理由をなんとなく理解した。
つまり、ビビってあの穴の上に乗ることができなかったのだ。
よく見てみると、穴の上には木製の細かい格子がはってある。おそらくあの穴の下で誰かが見張っているのだろう。上に乗っても落ちることはないのであろうが、乗るには多少なりの度胸が必要そうであった。
「うぅ……でもなんか怪しげな所だよね。やっぱり。
何度来ても慣れないや」
不安そうにナエトルは震えだす。どうやらせっかくの決心が鈍りだしているようであった。
その様子にピカチュウはこめかみを軽く押さえる。
「あ―、もう。ここまで来て何迷ってんの。
ホラ! さっさと行った行った!」
ピカチュウは後ろに回り込み、穴目がけてナエトルの背中を思いっきり押し出した。
押された勢いにのって、ナエトルはたたらを踏みながら穴の上に乗ってしまう。
「もう! いきなり押さないでよ!」
「ポケモン発見! ポケモン発見!」
次の瞬間、真下から湧いた声にびくつくナエトル。
「わわわっ!?」
「誰の足型? 誰の足型?」
今度は鉄柵の向こうから響く声。穴から聞こえた高めの声色とはまた別の
口調である。低い重めのその声に、ナエトルは逃げ出したくなる衝動に駆られるが、ぎゅっと目をつむり、ぶるぶると震えながらも必死でそれを押さえ込み、懸命に耐えていた。
「足型はナエトル! 足型はナエトル!」
「……よし。後ろにいるもう1人。お前だお前!」
キョロキョロと周辺を見回していたピカチュウは自分のことを呼ばれていることに気付き思わず自分を指差す。
「お前も乗れ」
ナエトルは足早にその場から離れ、代わりに今度はピカチュウが格子の上に足を乗せた。乗った瞬間、ピカチュウの体重で僅かに軋んだ音を上げて下へと沈み込むが、なんてことはない。それ以上のことはなく、それだけだった。
「ポケモン発見! ポケモン発見!」
ナエトルの時同様、乗った瞬間即座に真下から声が上がってくる。その声に、一瞬だがピカチュウは驚きの表情で目を見開く。目の前で見ていたとはいえ、自分で体験するとなると、最初はちょっと驚くかもしれないと感じていた。
「誰の足型? 誰の足型?」
「足型は!……足型は……?」
沈黙。
突然穴からの声が途切れてしまった。先ほどの流れを見ている限りでは次に言われるのはポケモンの種族名のはずだが――一体?
「どうした!? 見張り番!?
応答しろ! 見張り番のディグダ!」
ディグダと呼ばれた者は、穴の中で一筋の汗を垂らす。記憶の底をたどり、迷いながらも彼が次に出した言葉は――
「…………えーっと、足型はぁ…………多分ピカチュウ! 多分ピカチュウ!」
その返答にピカチュウはもちろん、横にいたナエトルまで思わずひっくり返りそうになる。
……いーのか。こんないい加減な見張り番で……
見張りの意味をまるでなさない曖昧な解答に、ピカチュウは突っ込まずにはいられない。
「なんだ! 多分ってー!」
今の応答にやはり納得いかないらしく、低音の声が怒りの声を上げる。
その声に、高音の声――ディグダは困ったような声で、
「……だ、だってぇ、この辺じゃ見かけない足型なんだもん」
「あーもう情けないな! それでも見張り番かー!?」
「そんなこと言われてもぅ……」
何やら小競り合いが始まってしまった。
その様子にピカチュウとナエトルは思わず顔を見合わせる。
「……なんか、揉めてるみたいだね」
「そうね……」
それからしばらく経った。
その後も高音と低音はしばらく言い合いを続け、その間、どうしていいのかわからずピカチュウとナエトルは立ち尽くしていた。
「いつまでこうしてればいいわけ?」
「ボクに聞かれても……」
期待はしていなかったが予想していた通りの返答をそのまま返され、ピカチュウはため息をつく。
「……諦めて帰ろっか」
「えぇっ!? そ、それはダメだよっ。せっかくここまで来たのに……!」
「待たせたな。
まあ、確かにピカチュウはこの辺じゃ見かけないが、怪しい奴ではなさそうだな。
よし! 中に入れ!」
ピカチュウが格子の上から離れようかと思い始めていたころにようやく声が聞こえてきた。
どうやら入室の許可が下りたらしく中へ入れてもらえるらしい。
低音が言い終わるのと同時に、塞がっていた鉄柵が重い音と一緒に上へと上がっていきギルドの入口が姿を現した。
因みに今のでビビったナエトルはピカチュウの後ろに隠れたりしている。
「じゃあ、いい、行ってみようか……」
「どうでもいいけど、なんで後ろに隠れてるわけ?」
「や、やだなぁ。隠れてるわけじゃないよ。
ただ、ピカチュウに先に行ってもらおうかなぁ、って思っただけで」
「……あっそ」
これ以上の問答は無意味と判断したピカチュウは肩をすくませ歩を進める。
中に入るとそこは何もなく、殺風景な景色が広がっていた。
木でできた枠組みの上から雨避けの布を被せ、天幕にしている作りのようである。どちらかというとテントに近いものなのかもしれない。
見ると、中心に梯子が1つ、ぽつんと設置されていた。太めの木を縄でしっかりくくりつけてあるその梯子は、縁を石で丸く囲った穴の下へと伸びている。どうやらここから下へと降りる形になっているようである。
2人は足を滑らせないよう、慎重に梯子を降りていく。辿り着いた先には広い空間が広がっており、たくさんのポケモン達の姿で賑わいを見せていた。
「う……わぁ〜! ポケモンがたくさんいる!
これって皆探検隊!? すごいや!」
「おい!」
はしゃぐナエトルの後ろから声がした。
振り向くとそこには、派手めな出で立ちで、頭の形が音符のような形をしている鳥ポケモンが立っていた。
「さっき入ってきたのは、お前達2人だな?」
「え?……あ、はい!」
返事をするのに何故か直立不動になるナエトル。
ナエトルの返答に、鳥ポケモンは大きく胸を張り、
「私はペラップ。
ギルド一の情報通にして、プクリン親方一の子分だ」
……うわ。自分で一番って言った。
こういうのに限って大したことないのが多いんだよね。
ピカチュウはふんぞり返るペラップに冷ややかな感情を抱きながらも黙って話を聞いていた。
「勧誘やアンケートならお断りだ。さあ、帰った帰った」
どうやら売り子(セールス)の営業と勘違いされているようである。ペラップは欝陶しそうに羽でピカチュウ達を払うような仕草をしてきた。
「ち、違うよ! ボク達、探検隊になりたくて!
このギルドに修行しに来たんだよ!」
これに慌てたのはナエトルである。追い返されてはたまらないといった感じで慌てて取り繕おうとした。
ナエトルの言葉に、今度はペラップが驚かされることになる。元々大きい目をさらに大きく見開いて、ぎょっとした表情で2人を見た。
「えぇっ!?
……た、探検隊!? だってぇぇぇ!?」
ペラップの悲鳴に近いわめき声に、周りにいたポケモン達から何事だと言わんばかりの視線が一斉に3人に向けて注がれる。そのような事態にあまり慣れていないのだろう。ナエトルが慌てた様子で、すみませんすみませんなんでもありませんと頭を下げてなんとかその場を収めた。
本来なら騒ぎを起こした張本人がそれをしなければならないところである。がしかし、肝心のペラップはというと、周りの様子などお構いなしの様子でピカチュウとナエトルに背を向けて、何やらぶつぶつと独り言を始めた。
……今時珍しい子だよ。このギルドに弟子入りしたいだなんて。
あんなに厳しい修行はもう耐えられないと言って脱走する
ポケモンも後を絶たないというのに。
ペラップは肩越しにチラリとピカチュウとナエトルを見る。ぱっと見た感じ、どちらもひ弱そうでお世辞にも力量(レベル)が高そうには見えない。むしろ頼りなさそうに見える。とても修行に耐え切れるとは思えなかった。
ペラップはなおも2人に背を向けたまま何やら1人でぶつぶつ言い続けている。
ナエトルはそんなペラップの姿を見て持病のビビり病を発症したのか、不安げな眼差しをペラップへと向けて、
「……ねぇ、探検隊の修行って、そんなに厳しいの?」
「はっ!」
ナエトルの言葉に、ペラップは肩をぎくりとさせる。
……い、いかん! このままではせっかくの貴重な人材が
他のギルドへ流れてしまう!
ただでさえ人手不足で経営状態もぴーぴーなのに、その上社員待遇が他と比べて最悪だのと悪評まで立てられたら今度こそうちはお終いだ! それだけはなんとしても避けねば!
ナエトルの問いに暫く固まっていたペラップであったが、突然くるりとピカチュウ達の方へと向き直った。それも満面の表情のオマケ付きで。
「いやいやいやいやいやいや!
そんな事ないよ!? 探検隊の修行はとーーっても楽チン!」
ペラップはそう言って笑顔を崩さぬままピカチュウとナエトルの肩をベシベシと叩いた。
いきなり急変したペラップの態度に、ピカチュウとナエトルは逆に不安に駆られてしまう。
「……なんか、急に態度変わってない?」
「……かなぁ」
「そっかー♪ 探検隊になりたいのかー♪ なら早く言ってくれなくちゃー♪」
「……言ってる暇なんか与えられなかったような気が――」
「しっ」
「じゃあ、チームを登録するからついてきてね♪」
言うが早いか、ペラップは梯子の方に向かってぱたぱたと飛んでいく。
ピカチュウとナエトルは、ペラップのあまりの変わり身の早さについてゆけず、呆然としてその場に佇んでいた。
「何してんの? こっちだよ♪ さあ早く♪」
ピカチュウ達の動揺など微塵も感じていないペラップは、動かないピカチュウ達に再度声をかけるとさっさと降りていってしまう。
ピカチュウとナエトルは互いの顔を見て頷くと、ペラップに続き順番に梯子を降りていった。
辿り着いたのはさらに下の階。
先ほどまでの賑やかだった上の階と打って変わり、ポケモンの数は少なく、静かな空間が広がっていた。
「へぇ〜。上とは違って随分静かだね」
ナエトルは辺りを見回しながら感じた感想をぽつりと洩らす。
「ここは主に弟子達の居住区になっているからね。こっちだよ」
そう言うとペラップは一番奥の部屋――扉にポケモンのマークが刻まれた部屋へと向かった。
「ここがプクリン親方のお部屋だ。
くれぐれも粗相がないようにな!」
ペラップは"くれぐれも"の箇所を特に誇張する。それは、なにがなんでもプクリンを決して怒らせないようにとの強い明確な意志表示だった。
その言葉に、ナエトルの背に緊張が走る。
プクリンのギルドのプクリン親方といえば、探検家としてはもちろん、あらゆる意味で名を馳せる探検家の間で知らぬ者はいないとまで言わしめるほどの人物(ポケモン)であった。
いわく、1000人近い盗賊団をたった1人で壊滅させてしまったとか。またあるところでは、書物でしか名前を聞かないような伝説上のポケモン、いわゆる神族と呼ばれるポケモン達とも知り合いであるとか。またまたあるところでは、探険中行き倒れになり、食べ物に釣られて一時とある探検チームに所属した等々。都市伝説的なものから俗物なものまで、様々な噂が飛びかっていることで有名なポケモンである。
そんなポケモンが穏やかで親密的であるはずがない。きっと、ギャラドスのように気性が荒く、ガブリアスのようにいかつい風貌をしているに違いない、そう考えたナエトルは早くも足が震えそうになっていた。
「親方様。ペラップです。入ります♪」
ドアを2、3度ノックすると、ペラップは扉を開け中へと入っていく。ピカチュウもそれに続き、最後、ナエトルが緊張の面持ちのまま扉をくぐっていった。
大小様々な木箱が所狭しと並べられている部屋の中央に大きな椅子が1つ、後ろ向きに置かれていた。おそらくプクリンはそれに腰掛けているのであろう。後ろ向きのためピカチュウ達からその姿は確認できない。しかし、プクリンの特徴の1つであるうさぎのような長い耳が椅子からはみ出し、ゆらゆらとその存在をアピールしていた。
「親方様。新しく弟子入りを希望する者達を連れてきました」
「……………………」
しかしプクリンからの返事はない。
『?』
ピカチュウとナエトルは首をかしげ、ペラップはプクリンの方にパサパサと飛んでいく。
「……親方様?」
居眠りでもしているのかと思い、恐る恐るペラップが声をかけた。その時――
「やあっ!
僕、プクリン♪ ここのギルドの親方だよ♪」
いきなり振り向いた。
それも――椅子ごと。
一体どうしたらこういう
芸当ができるのか。
突然の出来事にピカチュウとナエトルは言葉を失い唖然とする。
「君達探検隊になりたいんだって?
じゃあ、まずチーム名を登録するからチームの名前を教えて♪」
「はぁっ!? チーム名!?
そんなの考えてないけど……どうしよう?」
結成して僅か数十分足らずのコンビである。当たり前だがチーム名などというものは存在しない。
ピカチュウがどうしようか悩んでいると、そこへすかさずナエトルが、
「ポケダンズです!」
自信をもってはっきりきっぱりと言い放った。
「ポケダンズ?」
ナエトルが発した『ポケダンズ』という言葉に思わず聞き返すピカチュウ。
……一体いつの間にチーム名なんて考えていたんだろうか?
まさか、この短時間(すうびょう)の間に考えついたのかな?
「ポケモン不思議のダンジョンズで『ポケダンズ』! ボク、
以前からずっと考えてたんだ♪」
嬉しそうにピカチュウの方を向くナエトル。その言葉に、期待を込めて見つめていたピカチュウは自身の表情が引きつっていくのがわかった。
……あぁ〜。そうですかぁ。ずっと前から考えてましたかぁ。
入門できずにいたのに。チーム名だけは。しっかりと。
いろいろと突っ込みたい所が満載であるピカチュウであるが、あえてそれをしようとせず。乾いた笑いを浮かべながら、そう、と返す。
ピカチュウが黙ってしまったことにより、意見はまとまったと判断したのか、
「決まったみたいだね♪ じゃあ、『ポケダンズ』で登録するよ?」
プクリンはそう言って大きく息を吸い込み始めた。
その様子を見ていたペラップは慌てて部屋の隅まで飛んでいき、しゃがんで耳を塞ぎ始める。
事情を知らないピカチュウとナエトルは訳がわからず、ペラップの奇行に眉をただひそめているだけだった。
「とうろく♪ とうろく♪ みんなとうろく――
たあぁぁぁぁぁぁぁーーーーーーーーーーー!」
瞬間、烈風が吹き荒び、衝撃が辺りを襲った。
置かれている木箱はガタガタと音を立てて揺れ、半開きの状態で置かれている別の木箱から顔をのぞかせている無数の紙束はばさばさと宙を舞った。
突然のことでピカチュウとナエトルは咄嗟の対応が間に合わず、それをまともに受け、大きく後ろへと吹っ飛ばされる。まるで小型の
竜巻に巻き込まれたかのように、小さい2人の肢体は面白いくらいにぐるぐると宙を舞った。
暫くしてようやく風が収まると、ピカチュウとナエトルは無造作に降り積もった紙束の上にぼすんと落ちる。上からはまだ地上に落ちず、未だ空をさ迷っている紙の雪がちらほらと舞っていた。

「あわわわわわわわ……」
「な……な……な……?」
衝撃で混乱したのかピカチュウとナエトルはひたすら「あ」と「な」を繰り返すばかり。
「おめでとう♪ これでキミ達も今日から探検隊だよ♪」
と、登録……って、もしかして今のが登録なの? ただ単にハイパーボイス食らっただけのような気が……
「記念にこれをあげるよ♪」
ピカチュウの心の声など聞こえていないプクリンは、いつの間にか奥へと下がり大きめの黄色い箱を取り出し、ピカチュウ達の前に置いた。
「これはポケモン探検隊キットだよ♪」
『ポケモン探検隊キット!?』
オウム返しのように問い返すピカチュウとナエトル。
「そうだよ♪ 探検隊に必要な道具(もの)がたくさん入ってるんだよ♪」
そう言って探検隊キットを開けるプクリン。箱の中から3つのアイテムを取り出した。
「まず、探検隊バッジ! 探検隊の証だよ♪ これはいざというとき救助信号を発信する役目もしているから、なくさないでね♪
そして、不思議な地図。新しい地域へ行くとその情報が自動的に描き込まれていくとっても便利な地図。今はギルドとその周辺しか表示されてないけど、活動を続けていくうちにどんどん上書きされていくと思うよ♪
最後にトレジャーバッグ。ダンジョンで見つけた道具を中に入れてとっておけるよ。バッグの中も見てみて♪」
そう言うとプクリンはピカチュウにトレジャーバッグを手渡す。
ピカチュウはバッグを開け、中を探ってみる。
出てきたのは青いバンダナと白いリボンだった。
「……何これ? 白いリボン?」
「これは……波導のリボンだよ!」
目を見開き、驚きの口調で言うナエトルを見て、そんなに珍しい物なのかとピカチュウは興味が湧く。
「波導のリボン?」
「
持ち主のポケモンの持つ波導に合わせて色が変わる不思議なリボンだよ。
ピカチュウ、触れてみなよ」
「う、うん」
言われた通りにリボンを手に取るピカチュウ。
すると、純白だったリボンは淡い光を放ち、ピカチュウの波導に合わせて色を変えていく。最後に鮮やかなミントブルーの色に落ち着いた。
「ミント色だね♪
君の波導は森の木々のように穏やかなんだね♪」
「そうは感じなかったけど」
ナエトルがボソリと呟いた。
本当ならば誰にも聞こえぬようこっそり洩らしたつもりなのだろうがしかし、その独り言を、ピカチュウの敏感な耳はばっちりとらえたらしく、言った瞬間素早くそれに
反応する。
「なんか言った?」
「う゛ぇっ!? ううん!?」
聞こえていたとは思っていなかったナエトルは慌てて首をぶんぶか横にふる。
「ナエトルは何色?」
「ボクはリボンじゃなくて、これ! キトサンバンダナ!
これを身につけてると防御力が上がるんだよ。すごいでしょ!?」
いつの間に巻いたのか、ナエトルの首には青いバンダナが巻かれていた。
「へぇ。なんか
バンダナの方がいいなぁ。
ねぇ、取り替えようよ?」
「えぇっ!? い、いやだよ!
ボクだって
バンダナがいいよぅ」
「コラコラコラコラ!
お前達! 親方様の前だぞ!」
ペラップの叱責に2人は慌てて向き直る。
プクリンに怒られるかと思いびくつくナエトルであるが、当のプクリンは気にしていないらしく、にこにこと笑みを浮かべて佇んでいる。
どうやら怒られることはないらしい。そのことに、ナエトルはほっと胸を撫で下ろした。
「その2つの
道具は特別な物。キミ達の探検に役立つと思うよ♪」
「あ、ありがとう!
ボク達、これからがんばります!」
「うん♪ でもまだ見習いだから、がんばって修行してね♪」
『はい!』
プクリンの激励で気合いが高まったピカチュウとナエトルは、声を合わせて力強く応えるのであった。
――「――此処がお前達の部屋だ」
ピカチュウとナエトルはペラップに案内され、ギルドの一番奥の部屋を宛がわれた。
中心に藁が2つ敷かれ、どうやらこれがベッドのようである。その他に家具などの調度品などは一切ない。高めの位置にぽっかり空いた窓以外はなにもない、実に簡素な部屋であった。
「わーい! ベッドだぁ!」
部屋へ入るなり、ナエトルは一目散にベッド目がけ向かっていき、思いきりダイブする。
子どものようにはしゃぐナエトルの姿に苦笑を浮かべるピカチュウであるが、気付いたことが1つ。
「――って、同じ部屋!? ワタシとナエトル!」
「当たり前だ。1チームにつき1部屋がギルドの
規則だからな」
いくら規則とはいえ、性別の違う者同士を同じ部屋に入れる普通……まあ、ポケモン同士でなにかあるなんてことないだろうし、別にいいけど。
そう思いピカチュウはもう1つのベッドに腰掛ける。
「お前達には住み込みで働いてもらう。
ギルドでは毎朝、朝礼を行うから寝坊して遅れないよう今日は早めに寝るように。じゃあな」
言うことだけ伝えると、ペラップはさっさと部屋を後にする。
………早起きかぁ。苦手だなぁ。
ナエトルと2人、部屋の中に残されたピカチュウはそんなことを考えていた。
――月の光が窓から差し込む。
月光が
夜用ランプの代わりとなり、暗闇に包まれた部屋の中をぼうっと照らしていた。
「………………」
青白く輝く部屋のなか、ピカチュウはベッドに仰向けになりながら、1人物思いにふけっていた。
――あの後ナエトルと相談し、今日はもう特にすることもなくなったため、明日に備えて早く寝てしまおうということになった。
ベッドに入ったナエトルはアッサリと眠りに落ち、今はもうすっかり熟睡していた。
一方、ピカチュウはというと、なかなか寝付けずにいた。
理由は自分の身に起こった出来事。
考えれば考えるほどわからなくなった。
何故自分はポケモンになったのか。何故あの海岸で倒れていたのか――
――自分は一体、何処から来たのか――
……………………
あまり深く考えすぎると眠れなくなりそうな気がしたためピカチュウはそれ以上考えるのを止めることにする。
ナエトルの言う通り、探検隊を続けていけば、いつかポケモンになった理由がわかるかもしれない――
そう思うことにした。
ピカチュウはナエトルの方に目をやる。
よく眠っている……
楽しい夢でも見ているのだろうか、気持ちよさそうに眠るナエトルの姿に、思わずピカチュウは笑みが零れた。
……とりあえずはギルドの仕事を頑張らないとね。
これからもヨロシク。ナエトル。
ピカチュウは小さくあくびをすると目を閉じる。
数分後には、小さな寝息と共に、ピカチュウの意識は、深い夢の中へと落ちていった――