新しい人生は新米ポケモントレーナー





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2章
無知は罪
 とりあえず色んな闇を知ってしまったのはさておき、ユーリさんは話が終わったというのに帰る気配がない。まるで何かを待っているみたいだったがイライラしているように見えて声をかけづらい。
 イヴが縁側でお昼寝しながらゴロゴロしているのが見えて心が癒やされるがそれ以上にユーリさんがいて恐怖しかない。
「おい」
「は、ハイッ!?」
 つい裏返る声にユーリさんは呆れ、頬杖をついて嘆息する。
「取って食うわけじゃないんだぞ。少しは落ち着け」
 無理だよ。
 先日のことがあってまだ完全に打ち解ける空気は難しい。いや、悪い人ではないし多分コハクよりはマシそうなんだけど、転生者云々のこともあってかすごく気まずい。
 おそらく、俺のその秘密を知る唯一の人だ。
「……お前ばかりみたいのだったら、苦労しないんだがな」
 困ったように息を吐いて手持ちのピカチュウのアゴを撫でるユーリさんは暇なのか話し始める。
「お前は一度でも他人の上に立ちたいと思ったことがあるか?」
 唐突な質問に首を傾げる。よくわからないがあんまりそうは思わない。しいて言うなら実家を継いでポケモンと穏やかに暮らせたらとは思う。ジムを巡ってはいるが、根本的にゲーム時代の憧れからくるものでチャンピオンになるという目標とかもないし。
「そうだな……例えば、優れた能力を持つ者はだな、どうしても自分は特別だと思いがちなんだが、こと転生者においてはそれが顕著に表層化する」
 まあ、前世の知識で有利に立ち回れるだろうしそれはそうだろう。俺はあんまり興味ないけど。
「上というのもまあそれぞれだがな。自分の影響力を理解しているのかしていないのか、転生者どもは昔からアマリトに面倒事しか持ち込まん」
「あの言ってたやつですか?」
 生態系の乱れとかそういうやつ。あんまり詳しくは覚えていないけど。
「そうだな。外来種族、元々この地方に野生のミミッキュなぞおらん。エンペルトなんかもそうだ。元来、この地方特有のポケモンは確かにいないが、いつ頃からか転生者どもがアローラやイッシュ、シンオウなんかからも好き勝手持ち込んだせいで生態系がひどく乱れた。元々この地方の気候も適応しやすい環境だったのだろうが、外来種族が増えるわ増えるわでもうここ十数年は当たり前のように生息している」
 なるほど。確かにアローラのポケモンなんてあそこの土地柄に大きく影響を受けているし、この地方で普通に見かけるほうが不思議かもしれない。
 でも逆に、元々この地方にいたポケモンってなんなんだろうか。
「天の郷里、天の都。アマリトというものはここ数年で発展もしたが同時に大きく乱れや歪みも起きている。ここは最も天に近いとされる地でもあり、神が羽を休める安息の地。まあ迷信だがな、そんな地が乱れることがあってはならん」
 宗教的な考えっぽく感じるが少し意外だ。ユーリさん、そういうの全く興味なさそうなのに。というかむしろ神をか否定しそう。
 そんな俺の考えを読んだみたいにユーリさんはむっとして俺を睨んだ。
「なんだ、俺が神とか迷信を口走ることが意外か?」
「えーっとまあ……はい」
「まあ俺は神なんぞ信じていないしな」
 ですよね。
「ただ、宗教や迷信の類は否定はせんぞ」
「えぇ?」
 なんかそっちのほうが意外な気がする。宗教とかくだらん! 科学的根拠がない!とか言いそうなのに。実際俺も胡散臭いと思っているからなぁ。
「お前、宗教や神話ってなんのためにあるかわかるか?」
「えー? 心の支え……とか?」
「まあ概ね間違っとらんな」
 ユーリさんが自分の毛先をくるくるとしながら答える。
「教訓、あるいは知恵だ」
 想像していたのとは違う答えに更に首を傾げる。視界の端でイヴが目を覚ましておおきくあくびをし、ユーリさんのピカチュウがビクッと後ずさる。そのあくびは技じゃないから大丈夫だと思うぞ。
「まあ、よくあるだろう。これはしてはいけないことだとか、これは食べてはいけないだとか。ああいうのは人の伝聞よりも宗教や神話のように一つの形としてまとめたほうが記憶にも残りやすい。毒性があるだとか、人体に悪影響だとかそういうものを子孫が誤って食べないように先人の知恵を伝えている」
 なるほど、そう言われると悪いものではないんだな。宗教のイメージってどうしてもこう、詐欺とか洗脳してる悪徳な宗教のイメージが先行してしまうのだがそれこそきちんとした普通の宗教ってそういうものなんだろう。
「あとは災害とか理不尽なものを神……まあ伝説のポケモンとかが実際に起こしたものもあるんだろうがそう扱うことによって恐ろしさを伝え、忘れないようにする役目もある。神話とはだいたいそんなものだ。ポケモンはよき隣人であると同時に、いつか牙を剥く可能性だって潜んでいる」
 ユーリさんのピカチュウが両手あげて「ぴがおー」と威嚇するような声を出すが絵面のせいで全然怖くない。むしろかわいいまである。イヴも真似して前足を角みたいに頭上に伸ばす。
「神と呼ばれるポケモンはいるかもしれんし、わからないことも多いが、少なくともこの地方の神話に関しては目を通しておいて損はないぞ。どうせラバノかアケビあたりで図書館に置いてあるだろうし暇なら見てみるといい」
「行く機会があったら見てみますね」
 この地方の神話か。確かに興味はある。シンオウの神話とかみたいなのだろうか。
 ふと、気になったことがある。俺は前世の記憶を思い出し、ゲームとよく似たこの世界で新しい人生を送っているが、これっていったい何が原因なんだろう。それこそ神の采配というものなんだろうか?
「なんだ? 聞きたいことがあるなら言え」
「あ、いや。俺の前世が別の世界だし、やっぱりこれって神の仕業とかなのかなーと……」

「あ? んなわけねぇだろ」

 すごい顔で俺のささやかな疑問を一蹴された。
「だいたい、それこそ神なんていたとしてもろくなもんじゃないぞ。それに、何億といる生き物の生き死にとか全部把握できるか。お前の場合、なんらかの記憶に関する干渉が――」
 そこでユーリさんはふと口をつぐみ、なにかに気づいたように「ん?」と口元に手をやる。
「そうか、こいつもなんらかの影響でとなると……」
「あの……?」
「お前、記憶を取り戻したときに頭をぶつけたとか、エスパータイプに記憶をいじられたとかあるか?」
「いや、それが俺、記憶を取り戻した時その直前が曖昧で」
 なんかふんわりとしていて、急に記憶が蘇ったというか。一応子供の頃に記憶いじられてるのは確実なのでそれを伝えるとユーリさんが渋い顔をする。
「……お前のその記憶をいじった景観に関しては気になることがあるので調べてみるが、お前、本当にここ最近での心当たりはないか?」
 少なくとも自分の身に起こったことを把握している限りではないはずなのでそれを伝えると悩むように頭を抑え、ユーリさんは嘆く。
「うーん……やはりただの突発的な事故か……? いやでも爺様がユンゲラーの能力でいじったら記憶がとか言ってたしな……」
「もしもーし」
 完全にブツブツと自分の世界に入っている。声をかけてもスルーされ、ピカチュウも足をつんつんしているが完全に無視だ。
「現状じゃ情報不足か……。仕方あるまい……」
 諦めたようにユーリさんが呟くと同時にポケフォンの着信音が鳴り響き、ユーリさんがそれに応じた。
「なんだ? ……挑戦者また来たのか。わかった今から戻る」
 電話の相手はジムトレだろうか。ため息をついた後に立ち上がり、身を整える。
「あいつ、やっぱり俺のこと避けてやがる……結局全然戻らん……」
 ブツブツ愚痴っぽく呟く内容はほとんど聞こえなかったが何かを待っていて結局成果はなかったらしい。
「おい、ヒロとやら」
 去ろうとしたユーリさんが名刺っぽいものを放り投げ、イヴがそれを口でキャッチして俺に渡してくれる。シンプルな名刺の内容はおそらくユーリさんの探偵事務所の連絡先と――下の方に別の番号とIDが手書きで書かれている。
「お前、記憶のことで思い出したことあったらそこに連絡しろ。あと……」
 言葉に迷っているのか視線を彷徨わせ、帽子で顔を隠したかと思うと本当に小さな声で言った。
「お前の連れ……その……なんだ、うん……。連れの話も暇なら聞かせろ」
「はあ」
 連れってあれか、シアンではないだろうしイオトかエミか。あれ、でもどっちだろう。二人ともユーリさんと会ったことあるっけ? あれか、ユーリさんももしかしてこう……アキコさんみたいな趣味なんだろうか……。
 幸い、ユーリさんがこちらを見ていなかったので俺のすごい複雑な顔は見られなかったが、旅の仲間がホモ疑惑かけられてそれについて詳しく求められても困るというかなんというか……。
 まあ暇だったららしいし、別に無理して送らなくてもいいだろう。

 そしてユーリさんが帰った後、ほどなくして入れ違うようにイオトとエミがしれっと戻ってきて妙に言い訳がましく「腹が痛くて」とか「野暮用が……」とかほざくのでもうお前らのことなんて知らねぇよとイヴを撫でで二人を無視するのであった。



――――――――



 夕食の時間になり、案内された先でむすっとしたシアンとメイドたち、そしてケニスが準備を終え席へと案内してくれる。
「イオ君えっちゃん! どこ行ってたですか!」
「いやーその、腹の調子が悪くてさ」
「僕は急に野暮用が……」
「どんだけトイレと野暮用に時間かかってるですか!」
 ぷんぷん怒りながら手持ちたちの分の食事も合わせて用意され、メイドさんたちが見守る中やたら高級感漂う器にちまちまと色んな料理が並んでいるそれをいただくことにする。うわ、うめぇ。
 ポケモンたちも元々シアンの手持ちだった奴ら意外はポケモンフードが高級なやつだとわかると夢中でがつがつ食べだし、一部おかわりをメイドさんに要求しているのすら見える。あれ、エンペルト先輩? 何普通におかわり要求してんの? そういうキャラだった?
 食事を楽しんでいると急に苛立ったようにケニスが悪態をつく。
「ったく……少しは卑しいのを恥じればいいものを」
 トレーナーの俺らに対してか、ポケモンに対してか。どちらにせよ気分のいいものではない。シアンは完全にスルーしており、メイドたちは何か言いたげだが余計なことを言うだけ悪化すると察しているのか存在をいないものとしてテキパキと自分の仕事をこなしてる。そもそもこいつはなんのためにいるの? 多分メイドたちがポケモンの世話をしているのでシアンの世話がケニスの担当なんだろう。
 聞き流せばいいんだろうが聞き流せなかったのか、わざと挑発に乗ったのか、エミが嫌味を打ち返す。
「躾がなってない駄犬が吠えてるけどもうちょっと教育考え直したら?」
 食事中の穏やかな空気が一転してバチバチと電流がほとばしっているかのような痛みを感じさせるものとなり、胃が痛い。
「生意気なやつだな。明日を前に俺が相手してやってもいいんだが?」
「へぇ、それは大層な自信家だね。僕は構わないけどそれは君が決めることじゃないんじゃない?」
 エミがシアンの方に視線を向けるとシアンは無表情で「別にボクは構わねぇですよ」とどうでもよさそうに言う。
「はっ、お前みたいな女男に負けるはずがない!パチリスなんて見るからに弱そうじゃないか!」
 もぐもぐと高級フードを口にしていたパチリスがそれを聞いた途端ぽろっとフードを落としてかわいい顔を「あぁん?」と歪めてケニスを見る。やばい、パチリスはエミの手持ちの中でもそういうアレなやつだぞ。こいつは命知らずか?
「パチリスだとかマリルリなんて女が使ってそうなポケモンを連れているやつなんてどうせ愛玩目的の雑魚に決まってる」
 一番喧嘩売ったらいけない手持ちに喧嘩売ったぞこいつ。嘘だろ。
 案の定マリルリさんが「は?」と言いたげな顔でシャドーボクシングを始め臨戦態勢だ。おかしい。なんでこうも的確に地雷突き抜けるの? こいつ死に急ぎすぎだろ。
「シアンー、ご飯終わったらちょっとバトルするねー。場所借りるからー」
「あ、俺も俺もー。マリルリさんがやりたがってるし」
「まとめてかかってこい軟弱野郎ども!」

 ――知らないって怖いなぁって思いました。



――――――――



 ――バトル会誌から10分後。


「はい、3回目もこっちの勝ち。いい加減やめれば?」
「うぐぐぎぎぎぎぎぎぎぎぎ」
 ボロ負けを繰り返すケニスの姿はなんか……もう言葉に表すのもひどいくらい愚かしい。
「ボク付きの使用人じゃ一番弱いのがケニスですよ」
「ああそういう……」
 だからシアンがどうでもよさそうにしていたのか。結果が目に見えていたから。
 俺から見ても弱いのはわかる。いや、一応一定の実力はあるっぽいんだけど相手がイオトとエミじゃ無理だろ。まあでも少し痛い目見たほうがいいだろ。
 ケニスの手持ちはレパルダスとムクホーク。他にいるのかはわからないがとりあず今の所はその二匹しか出してこないので一瞬でバトルが終わり、回復させて再戦を繰り返す。
「4勝ー」
 イオトもつまらなさそうに4戦目の勝ちを告げ、マリルリさんも拍子抜けした様子で目を回すレパルダスを見ている。
 ふと、そんなイオトとエミに近づいたのはアキコさんだ。
「あの……大変不躾かとは思いますがお二人のお写真を撮らせていただいてもよろしいでしょうか」
 アキコさんが少し顔を赤くしてイオトたちに言い、エミが嫌そうに「えー」とぼやくとイオトがエミを黙らせるように肩を組む。
「いいですよー。ほら、お前もそんなことでわざわざ渋るなよ」
「うわ邪魔。離れろクソメガネ。まあ少しくらいはいいけどさ……」
「ありがとうございます」

 アキコさんの連写音が妙に虚しく聞こえる。うん、あの、あれってつまり……そういう……。


 俺の心は今完全に無の境地へと達していた。もう、ただひたすら俺にその被害が降りかからなければいいな、ってことしか考えられないし、シアンと不用意に離れるとこういう目に合うんだなと思うと気軽にシアンから離れられない。
「シアン……これからも俺たち一緒だからな」
「お気持ちはありがてぇですがボクの好みじゃねぇです」
「そういう話じゃねぇよ」
 だいたい俺にはリジアがいるし。そういえば俺リジアに最後に会ったのグルマシティの手前だから結構前では? 会いたいんだけど会ったら会ったでだいたい悪事に関わってる時だろうし複雑だなぁ……。

 騒がしいケニスの意地っ張りが続く負けバトルとアキコさんの写真を撮る音だけが妙に響き渡る夜であった。




とぅりりりり ( 2018/06/12(火) 00:39 )