新しい人生は新米ポケモントレーナー





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2章
チャンピオン対元チャンピオン

 シアンの逃亡から一夜明け、慌ただしい足音を立てて昼間からリーグへと殴り込みの勢いで飛び込んだ人物がいた。

「あの馬鹿を出せ! 再戦だ!」

 ユーリは青筋を浮かべながらランチ中の四天王たちにそう宣言し、あまりにも唐突な再戦要求にフィルは額を押さえる。
「ユーリ……彼なら不在だ。それに、別に僕らに言わずともいつも勝手にバトルして――」
「違う! 正真正銘の公式戦だ!」
 公式戦という言葉に4人はぴくりと反応し、一瞬にして真剣な表情へと変化する。
 それが意味するものは――
「ユーリ、まさかあなた……晒し者になるわよ!?」
 リーグの勝ち抜き公式戦。通常挑戦者は選択できるがジムリーダーや特定の役職に就く者は強制で行わなければならないものがある。
 それはアマリト全域への公式戦の配信。つまり、勝負の結果を多くの人間に見られる。元々はバトルを盛り上げるために行われるもので、ジムリーダーが拒否できないのも、盛り上げの一環としてだ。
 普段はバトルをしていたがそれはあくまで非公式。何度もユーリは非公式で負け、チャンピオンの座は微塵も揺らがない。
 だが、もしアマリト全域にユーリとチャンピオンのバトルが配信されるようなことがあったらそれは、今まで一度も勝てたことないユーリは間違いなく敗者としての姿を衆目に晒す。これが他の人間ならばユーリも構わないだろう。だが、相手はあのチャンピオンなのだ。ユーリが唯一激情を抑えられない愛憎渦巻く唯一の相手。
「公式戦ならばお前も拒否できんだろう! いい加減コソコソしてないで出てこい!」
 誰かへの呼びかけは部屋中に響き、しばらくして重苦しいため息とともに人影が現れる。
「……昨日の今日でご苦労なことだよ、ホント」
「今日こそお前を引きずり下ろす! そして俺が勝ったら金輪際シアンに関わるな」
 シアンの一件をどうにかしようにもこの存在がいるだけで妨害が激しく、部下では対応できない。自分が出たところで冷静さを保てなくなったら結局シアンに逃げられるとユーリは考え、直接チャンピオンを退かせるためにわざわざ朝から仕事を片付け時間を作ってまで押しかけたのだ。
 チャンピオンも、ユーリが来るのを予想していたのかいつの間にかリーグへと帰還しており、四天王たちからいつの間に、という目を向けられている。
「……はあ……しょうもな…………お前まだそれ言ってんの? だからちゃんと送ってやるってば」
「お前を信用できないからこう言っている! 言っておくが今日の俺は本気だ!」
「……はいはい……。じゃああとよろしく」
 対戦の準備をフィルに押し付け、足早に奥へと引っ込んだ。四天王を順に倒すことでチャンピオンに挑戦できる。なので、多少はチャンピオンと戦うまでに時間があるのだ。
「ユーリさん、やめようぜ。あんなの相手してわざわざ負ける所を――」
「黙れランタ。俺が負ける前提で話すんじゃないぞ」
 殺気と見紛うほどのピリピリとした気迫にランタもこれ以上は何も言えず、大人しく準備を始める。四天王は全員乗り気ではない。ほとんどユーリの敗北を確信していたからだ。
 それでも、ユーリがやると言った以上もう止められることではない。



――――――――


 ヒロたちは夜が明けたあとバスに乗り、ヒナガリとラバノシティの間にある小さな町で休息をとっていた。が、当然のようにイオトとエミはポケセンにつくなりフラフラとどこかに行ってしまい、二人はいつものことだと軽く流しながらポケモンセンターの食堂でのんびりお昼を楽しんでいた。
「あんまり長居はしねぇほうがいいですかねぇ」
「そうだなー。明日の朝には向かおうと思ってる」
 視界の片隅でイヴがクルみとご飯の奪い合いをしているのが見え、止めようとするとネギたろうが仲裁に入った。ので放っておこうと思ったらネギたろうがサンドバッグになったのでやっぱり助けに入った。
「にしても追手はさすがにこっちまでこねぇみたいですよ」
「まあ、個人のことだろうからあんまり大々的には動けないんじゃないだろうか」
 若干の申し訳無さがあるので早いところシアンを説得したいけどこいつ、ふてくされたみたいに実家の話をしようとしない。
 ふと、テレビの前が騒がしいので何かニュースでもあったのかと聞き耳を立てると意外な話が聞こえてくる。
「もう四天王戦は終わるって」
「嘘、じゃあ本当にチャンピオン出るの?」
 チャンピオン。それは未だに謎の多い正体不明の存在。あのユーリさんを超える強者。
「騒がしいですね?」
 シアンも不思議に思ったのかもう食べ終えた食事のトレーを片付けるついでにテレビの前に移動する。俺も片付けてシアンに続くとほかにも数人のトレーナーがテレビに釘付けになっている。
 テレビにはユーリさんが映っている。バトルの中継だったようだが相手のニンフィアが倒れると同時にユーリさんの勝利が確定し、バトルから次のフィールドへの移動のためのCMが入った。
「ユーリさん……? いや、そもそもこれなんのバトル――」
「あれ、あんた知らないの? ジムリーダーユーリがリーグ挑戦中なんだよ」
 熱心に見ていたトレーナーの少年が不思議に思う俺に声を掛ける。爽やかな雰囲気の少年は肩にタマゲタケが乗っており、人懐っこいその様子にこちらも自然と反応ができ、足元のヒコザルがイヴにちょっかいかけようとしているのが見え、少年はさりげなくそれを制した。
「つまりリーグの勝ち抜きか」
「そうそう。まあ今のチャンピオンになってから中継なんて一回もなかったもんだからいい機会だ。どんなポケモンを使うのか気になるし、もしかしたら初めて顔出しするかもしれないしな!」
 隣のシアンは複雑そうな表情で唇を引き結んでいる。CMが明け、ユーリさんがトレーナーゾーンで待機しながらバトルの開幕を待つ。
 一方でチャンピオンの姿は見えない。というより、トレーナーゾーンを隠されており、徹底して正体を伏せることが伺えた。
「本当に正体を明かさないなー。何者なんだろう」
 少年がバトルを始まるのを予期してかそれからしんと静まり返り、開始を告げる機械音と同時に両者のポケモンがフィールドに姿を現した。


――――――――


 初手はユーリのエアームド対チャンピオンのヘラクロス。
 対面の有利はエアームドだ。しかし、チャンピオンは下げる気配がない。
(こいつは下げるつもりない。なら、その前にこちらが倒す!)
 深読みしそうにもなるがここで変えるメリットはユーリにない。そう、例え――
「――メガシンカ」
 チャンピオンの無機質な声がメガシンカを引き出し、メガヘラクロスがスピードを落としたとしてもだ。
「貴様相変わらず俺をコケにする野郎だな!」
 エアームドとヘラクロスはヘラクロスのほうがわずかに素早いとされている。が、メガシンカするとヘラクロスは少しばかり鈍足になり、ひこう技が弱点であるにも関わらず先手を譲った。
「エアームド!」
 エアームドが薄い羽を落とし、それを風で操ってメガヘラクロスの動きを封じた。エアームドの抜け落ちる羽は昔から刀等の刃物に利用されることもあるほど切れ味を有しており、本来頻繁には変わらないのだがユーリのエアームドはそれを攻撃手段として利用するためにある程度制御していた。
 下手に動けば即座に切れそうな羽の覆いで身動きが取れないメガヘラクロスを追い打ちとばかりにエアームドは力をためる。ゴッドバードの前準備だ。そして、チャンピオンも戻せないメガヘラクロス。それに突っ込むようにエアームドは飛翔する。
「ワンパターンじゃないところは評価しなくもないけどさ」
 チャンピオンの呆れ声とともにメガヘラクロスが今まで動けなかったのが嘘のように周囲の羽をかわらわりで粉砕し、迫り来るエアームドを受け止めるどころかそのまま勢いを利用して粉々になった羽にたたきつけた。エアームドは頑丈故にそれで戦闘不能にはならない。が、メガヘラクロスは追い打ちとばかりにつっぱりを連続して叩き込み、自分の羽がまるでまきびしのような存在となってエアムードは戦闘不能となった。
「チッ!」
 ユーリは舌打ちしつつ次のポケモンを瞬時に選んでバクフーンを出した。
「ふんかだ! 焼き尽くせ!」
 バクフーンのふんかはフィールド全域に及び、メガヘラクロスも燃やし、戦闘不能となったメガヘラクロスをすぐに戻したチャンピオン。
 2秒の間の後にカメックスを繰り出し、バトルは続けられた。


――――――――


 俺が普段経験していたバトルはまだまだレベルが低かったらしい。
 チャンピオン戦はなんか、もう説明するのも難しいが、とにかく瞬時に勝敗が決る。どちらが先に当てるかの勝負。言ってしまえば単純なのだが、ここまでくるとタイプ相性とかもはやないに等しいのでは?と錯覚するほど相性が仕事していない。今まさにバクフーンのソーラービームが全然溜めなしでぶっ放されてるし。
「チャンピオンもだけどユーリさんもやばいなこれ……」
 陽射しが強いわけでもないのにソーラービームを通常よりもすばやく撃つってそれどういうことなんだ? タイプ相性が悪いカメックスと相打ちにまでこぎつけている。
「すごいなー。トレーナーの力を器用に使いこなしてるし、技の撃ち合いだけじゃなくて技術的なことも絡んでくる」
 隣の少年が感心しながらメモを取り、テレビを見る目は純粋そのものだ。
 一方でシアンの様子は重く、ユーリさんを見る目がどこか不安げだ。
 両者が次に出したのはルカリオだ。しかも両方共ルカリオという点だけではなく、ほぼ同時にメガシンカをして殴り合いが始まった。
「えっ!? さっきヘラクロスメガシンカしてたよな!?」
「ん? 知らないの?」
 少年が不思議そうに、テレビから目を離すことはなく俺の疑問を解消してくれる。
「メガシンカは確かに原則一度のバトルで一匹といわれているけどそれは大会ルールとかのみの縛りで、ジム戦やリーグの公式戦は特に回数の縛りはないよ」
「えぇ……つまり使い放題ってことかよ」
「いや、メガシンカはトレーナー側も莫大なエネルギーを消耗するから、一匹しかできないじゃなくて一匹しかしないってのがほとんどだよ。あの人らみたいな規格外は別だけどね」
 つまり、一匹だけというのはトレーナー側の負担の問題もあって暗黙の了解ということなんだろう。大会……これはあれか、いわゆる前世での公式大会みたいな扱いだろう。そういった場所では明確に制限有りになるようだが実力試しのジム戦などではその限りではない。しかし、無闇に使うことでトレーナーの体力が持たないなら結局敗北に繋がるし、よほど自信があるやつしかやらないんだろう。
 ……俺はまだ使えないから将来的にも一匹が限度な気がする。
 そうだとするとチャンピオンは平気で二匹メガシンカさせているけどいったいどれだけ体力や精神力が高いんだ。本当に規格外だぞ。
 メガシンカした二匹のルカリオは種族的には同等。なら勝敗の決するのは育成、そしてトレーナーの指示と読み合い。それらの差が出るのには最初よりも時間はかかったものの、はっきりと、そしてわかりやすく表層化し、ユーリさんのメガルカリオが膝をついた。

 両者の攻防は時折ユーリさんがチャンピオンの手持ちを倒すも結果後続で更に潰されるという悪循環が出来上がっており、最終的に勝利を収めたのはチャンピオンだった。

 あとわずか、あとわずかというところで勝てるかもしれないという状況だったが故に、ユーリさんの絶望や落胆は計り知れないだろう。
 中継ではその場に崩れ落ちたユーリさんが映るのみで、もうリーグでの様子は伺えない。
 ただ、漠然とだが、ユーリさんが唯一一度も勝てない相手であるチャンピオンは様々な憶測と感情をもたらしている。

「結局勝てないのか……堕ちたもんだな」
「チャンピオンも感じ悪いよな。顔出しどころか名前や性別もNGなんだろ?」
「アマリト終わったな」

 ほかのトレーナーの好き勝手な発言が行き交い、複雑な気持ちになる。
 確かに、頂点に立つ者が何者かも曖昧で、ろくに貢献もしていないというのは不安を呼ぶのもわかる。それに勝てないユーリさんに失望、あるいは落胆するのも理解はできないが民衆としての気持ちはわからなくもない。
 だが、根本的に変わるべきなのは彼らだけでなく、地方全体なんじゃないだろうか。
「はー、こんなビックイベント、事前に言ってくれよなー。録画したかったぜ」
 まあさっきから隣にいる少年みたいなトレーナーもいるし、悪いものばかりでもないとは、思う……。
「あ、そういや自己紹介してなかったな。俺はゴウトだ。まだまだ駆け出しのトレーナーだけど未来のチャンピオン志望だ。よろしくな」
 大きく出たなぁと思いつつ、自分より少し下か、同じくらいであろう少年の明るい気質に嫌悪はなく、むしろいつか本当にやりそうだと思いかねない大物感を漂わせていた。
「俺はヒロ。俺もつい最近旅に出たばっかなんだ」
「へー、じゃあ同期みたいなもんだな! またどっかで会ったらバトルでもしようぜ」
 少年ことゴウトは用事は終わったとばかりに手持ちを引き連れてポケモンセンターから去っていった。テレビではもう中継はとっくに終わり、ニュース番組へと移行している。
「シアン、どうした?」
 ずっと無言であまり気分がよさそうではないシアンの様子を気にかけるが、シアンは「なんでもねぇです」とそっけなく返し、宿泊エリアへと足早に退散していった。
 目に見えての変化ではないものの、これを機に何かが変わっていきそうな、そんな予感がした。



――――――――


 ユーリは敗北した。それ自体は既に認めがたいものの何度も経験している。
「……お前っ! 手を抜いたな!?」
 明らかにいつもとは違うバトル。最中にそれを気に留める余裕はなかったが、バトルが終わって少し冷静になった今ではチャンピオンの戦い方に不自然な点を感じて眉根を寄せた。
「いつもの手持ちと半分くらい違った上にあんな不自然な接戦、お前がそんなお粗末なバトルするはずがない! 何が目的だ!」
「……えぇ……言わないとわかんないわけ?」
 チャンピオンが呆れながらため息をつき、わざとらしくユーリに向かって吐き捨てる。
「お前が普段どおり無様に負けを晒したら僕が文句言われるじゃん。ちょっとは気を使ってやったんだから感謝しなよ」
 ユーリはもう言葉を発することはできなかった。
 チャンピオンには勝つか負けるかではなく、どう勝つかしかないのだ。
 ユーリが必死にあがいても、どう負けるかしか、最初から選択肢にないように。
 そして、チャンピオンの感心はそこにはなく、業務的に処理したに過ぎないという態度はユーリを追い詰める最後の決め手だった。
「ッ――あああああああああああああっ!! お前、俺がっ! 俺がどんな気持ちで――」
「知らねぇよ」
 鬱陶しい、と斬って捨てられ、チャンピオンはまたどこかに姿を消した。



――――――――


 リーグでのバトルが放送されて数時間後、エミがあくびをしながら戻ってきた。
「おう、どこ行ってたんだよ」
「ちょっと野暮用。シアンは?」
「シアンなら部屋戻ってるよ」
 眠そうというより退屈そうな様子のエミ。それに続いてイオトがポケモンセンターに戻ってきた。
「……前評判の割にイマイチだった……」
 マリルリさんがポップコーンの入れ物をひっくり返して口に残さず放り込む。多分様子からしてこいつ映画でも見に行ってたな?
「にしても二人共タイミング悪いな。さっきチャンピオン戦が中継されてたってのに」
 バトルマニア二人なら興味ありそうなもんだけど、揃って反応はイマイチだ。
 すると、シアンが部屋から出てきて神妙な面持ちで俺達を見る。

「……ちょっと、頼みてぇことがあるです」




とぅりりりり ( 2018/06/12(火) 00:28 )