新しい人生は新米ポケモントレーナー





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2章
元王者と匿名希望

 ヒナガリシティの高級住宅街を不審に思われないようなるべく自然に移動しながらケイに聞く。
「ユーリさんに見つかったらお前やばいんじゃないの?」
「まあ確実に折檻コースだろうけど要はバレなきゃいいんだよ」
 詰めの甘さは最近よく思い知ったしな……とぼやくケイは後ろのイオトとエミを見て呆れたように呟く。
「それにまあ、ユーリさんが俺たちやシアンがどうでもよくなる切り札があるしな……」
「切り札?」
「あ、ついたけど回り込むからな」
 話を打ち切るように示されたのはまさに豪邸といった建物。3階建てくらいか?敷地面積を考えるだけで頭がおかしくなりそう。やべぇ、ガチの金持ちじゃん。
 陽も落ちているので暗色に溶けているが外観は非常に美しく保たれており、庭も遠目からでも手入れされているのが伺えた。
「元とはいえチャンピオンってやっぱりこれくらい金持ちじゃないとできないのかな……」
「いや、それは関係ないと思うぞ。今のあいつ別に普通だしな」
 そう言われつつ裏手へ回って灰の壁が敷地への侵入を防いでいるのを目の当たりにする。法に触れない程度にしたいがこれ以上近寄るにはこの塀を越えないといけない。
「どうするんだ? これじゃシアンを助けるなんて――」
「まあ見てろ」
 ケイが時刻を確認しつつ、塀の上を見ている。何かと思って見ていると潰れたガマゲロゲみたいな声とともに塀をよじ登ってきたシアンが顔を覗かせる。
「うぎぎぎぎぎぎぎげぇえええええ……」
「ほらな」
「あっはい」
 シアン、お前行動読まれてるけど本当に大丈夫か?
「俺たち助けにくる必要あった?」
「ここで合流しとかないと面倒だろ」
 シアンが塀の上で四苦八苦している横で俺らは果たして俺らが必要なのかを問う。もうあいつ一人でも逞しく生きていけると思うんだよ。
「おめーらどうでもいいこと話してねーで降りるの手伝ってくれですよ!」
「しーっ! 大きな声出さないでよ。ていうかスカートの中見えるよその体勢」
 エミが渋々コジョンドとサーナイトの力を借りてどうにか塀から降りたシアンは俺たちに向かってぶつくさ文句を垂れる。
「おせーですよ! 誰も迎えに来てくれねーから一人で逃げるとこでした!」
「文句言うなら置いてくけど」
「びゃー! 置いてかないでですよー!」
 生意気なこと言うなら問答無用でユーリさんに引き渡す。ちょっとは感謝しろ。
 まあシアンも機嫌が悪いのはなんとなく察しているのでこれ以上は俺も言わない。というか泣かれてもなだめるの面倒だし。
「じゃ、こっからは一旦別行動だな」
 イオトが両手あげて体を伸ばし、気だるそうに呟く。エミも鬱陶しそうに首を回してそれに同調する。
 事前にシアンと合流したら俺とケイで町から抜けるという話はしていた。イオトとエミはその間ユーリさんたちに俺らが追跡されないように足止めしてくれるらしい。俺はユーリさんに顔割れてるし、たしかに二人ならユーリさんと会ってないだろうから万が一会っても大丈夫なんだろう。
「本当に大丈夫か?」
 ユーリさんを相手にするというそんな暴挙、いくら実力に自信があるからって怖いもの知らずとしか思えない。
「大丈夫大丈夫。あ、そうだマリルリさんそっち行ったげて」
「コジョンドもシアンについてあげて」
 マリルリさんとコジョンドがグルマの一件以来慣れたように俺とシアンに貸し出される。二匹ともしゃーねーなという顔をしているが嫌ではなさそうだ。
「じゃ、後でな」
「こっちは心配しないでさっさと町から出なよ」
 イオトとエミを残して俺たちは8番ゲート方面へと向かう。ケイが横で微妙な顔をしていたが走り続けるとさすがに聞く余裕がない。まだまだ体力は不足しているようだ。
「8番ゲートに待ち伏せされてる可能性とかねぇですか?」
「多分あるからゲート付近でヒロはチルタリス出せ。シアンをそっちで外に出してお前は普通にゲート抜けろ」
 まあネギたろうだと明らかにシアンだってバレるし、チルならシアンをうまく隠せそうだ。
 ここまで順調だがあっちの二人はどうだろう――。




――――――――


 気の抜けた顔ですやすや寝ているピカチュウを見てユーリは顔を引き攣らせながら開け放たれた窓と、一切の痕跡がなくなったシアンのことを考えて頭を抱えながらピカチュウを抱っこする。
「ピーケー!! お前! 何気を抜いてるんだ! 起きろ、寝るにはまだ早いぞ!」
 柔らかいほっぺをびよーんと伸ばすとようやく目を覚ましたピカチュウのピケははっとして垂れていたよだれをごしごしと拭う。
「じいや! 各ゲートへ人を回せ! 俺も追うが足止めさせろ!」
 窓から飛び降りてシアンが逃げた先を辿ろうと足跡や痕跡を探る。が、違和感を抱いて慎重に気配を探る。
 シアンの足跡以外にも複数痕跡があり、しかもついさっきのものだ。シアンに同行していたヒロともう2人の男はどんな人物かはわからないが可能性に浮上してきた。
「隠れていないで出てきたらだどうだ!」
 すぐ近くにいる。それはわかるのに巧妙に気配を隠されていて苛立ちを隠せない。いったい、どんな――


「ほら、だからお前は弱いんだって」


 暗闇の中に淡々と、馴染みがあるその声が耳に届く。
 いるはずがない。だって、あいつはずっと自分に見向きもしなかったのに――

「で、いつまでボサッとしてるの? ああ、小さいから見えないのか」
 暗闇でほとんど姿は見えないが声だけははっきりと、ユーリの前に現れた人物は鬱陶しそうに吐き捨てる。
「別にお前がみっともなく頑張るのは構わないけど僕の邪魔しないでくれる? そんな心配ならちゃんとシアンのこと、親元まで送ってやるから」
「おま、え……っ! まさかシアンの同行者って――、ケイはお前のこと知ってて俺に黙っていたのか!?」
 感情がぐるぐると渦巻いて嫌悪と期待、苛立ちと困惑が一緒になって言葉となり吐き出される。
「まあ、アレのついでだけど、しばらくは一緒にいるつもり」
 その時ユーリが抱いたものは怒りではなく明確な嫉妬の情だった。
 自分が届かないものをシアンはずっとそばで享受していたという事実に、多少面倒ではあるが嫌いではない妹分への妬みがその身を焦がす。
「ふざけるなっ!! お前、お前――! 俺がどんなに……!」

「お前いい加減うざい。ちょっとは大人になれば?」

 冷淡な返答にユーリは最後の、ギリギリまで保たれていた理性が完全に崩壊する。
「あああああああああああああああっ!! そこに直れ! 今日こそお前に敗北を教えてやる!」
「できない癖に大きな口だけ叩くなぁ……」
 ユーリがエアームドを出し、それに応じるようにガルーラを繰り出して対応する。轟音と高ぶったポケモンたちの絶叫は筆舌に尽くしがたいほどの戦闘となり、近隣住民は何が起こったのかと気になりはしたが渦中に身を投じる勇気もなく遠巻きにそれが終わるのを待っていたとかいないとか。

 ユーリ邸にて過去ないほどの激しいバトルが繰り広げられ、その時のユーリからは完全にシアンを追うということが頭から抜けていた。
 後に、それが作戦だったことを理解し「あいつへの激情が制御できるようにならんと……」とめちゃくちゃになった裏庭と壁を見て頭を抱えるのであった。



――――――――


 なんとか8番ゲートの外に出て、シアンとも合流したがケイとはここで別れることになった。まあいつまでもついてもらうのは悪いし、もう夜だしな。
「とりあえずシアン。お前今回だけだからな。ちゃんと自分で覚悟決めて家戻れ」
「……うるせーですよ。帰ったところでなんもなんねーです」
 ふてくされるシアンはクルみを抱きかかえて頬をふくらませる。
 だが、ケイは呆れながらシアンにデコピンして背を向けた。
「そうやって何もかもちゃんと見ないで向き合ってないからなんも解決しないんだよ。クルマユが進化しないのもお前わかってないだろ」
「え……?」
 抱きかかえたクルみと見つめ合うシアン。しかし、クルみは鳴くこともせずシアンから目をそらした。そういえば、クルみは結構修行もしてるみたいだし、懐いてるからそろそろ進化してもよさそうと思っていたが一向に気配がない。
「じゃ、俺は帰るぞ。はー……絶対あとでまたキレられるんだろうなぁ……」
 愚痴をこぼしつつも協力してくれるケイはやっぱりいいやつだと思う。ひとまず、イオトとエミと合流したいがヒナガリシティの近くにいるのも不安なのでもう少し町から離れよう。
「……クルみ……進化したくないんですか?」
「くる……」
 ケイに言われた言葉を気にしているのか抱きかかえたクルみと対話しようとしているシアン。しかし、今のシアンに話すことはないと言わんばかりにのらりくらりと躱されてしまい、シアンはもやもやとしたまま強くクルみを抱きしめることしかできなかった。
 何か察したようなマリルリさんとコジョンドはシアンとクルみを見て肩をすくめる様な素振りを見せ、根本的にシアンが変わらねばいけないことを感じさせるのであった。


――――――――


 数時間後、ようやく合流したイオトとエミは疲れたーとそんな疲れた様子はない顔で現れ、さっさとラバノ方面へと向かおうと促した。
「二人共、やけに時間かかったな」
「そりゃあれがシアンを足止めするために部下呼んだからそれの妨害もね」
 それは大変だっただろう。どれくらい相手にしたかはわからないけどご苦労様だ。
 とりあえず、追跡とかには気をつけてラバノシティへと向かおう。しかし、シアンの実家もそっち方面なんだよな。
「シアン、お前どうすんの?」
 ケイに言われたことを気にしてるんだろうがむむむと眉根を寄せたシアンは黙りこくっている。
「……もうちょっと待ってほしいです」
 とりあえず、ラバノへは向かうがシアンの件に関しては保留ということになった。まあいいだろう。
「あーやっぱ朝になったら途中のバス停でラバノ行こうぜ。すごい疲れた」
「君、相変わらず体力ないなぁ」
 イオトが体力の限界を訴える中エミはそれを呆れつつバスそのものは否定しない。
 シアンがどうしたいのか、できれば朝になったら決めて欲しいものだ。



――――――――


 ラバノシティの研究所にて散らかったデスクの上で突っ伏した女性が電子音に反応して体を起こす。
「うぅん……うるさい……」
 音を消そうと手をがさがさ動かすが見えていないのか色んな物にぶつかっている。眼鏡を書け直し、ようやく音の正体がポケフォンだと気づくとそれに手を伸ばし、その途端に音が途切れと女性は首を傾げた。
「ん? こんな時間に誰が……」
 長い髪を適当に一括りにして通話をかけ直す。そうコールがならない内に相手は通話に応じて朗らかな声を出した。
『やあ、キスミちゃん。寝てた?』
「なんだアーサー。私の貴重な睡眠時間を削るほどの用件じゃなかったら承知しないぞ」
 通話しながら研究室の灯りをつけ、寝起き特有の間延びした声で相手に応じる。
『いやー悪いね、実はキスミちゃんに協力して欲しいって人がいてね。俺はその仲介』
「私にできることなんぞたかがしれているが?」
『謙遜しなくていいよ。ねえ、キスミ博士』

 アマリト地方でも有数の研究者にして図鑑の普及に一役買ったキスミ博士。
 少々変わり者としても有名ではあるがその頭脳と経歴は高く評価されている。
「とりあえず話は聞く。受けるかはそれからだ」
 相手もそれを了承し、彼女は話に耳を傾ける。
 ここからそう遠くないヒナガリシティ方面で自分に会いに来る青年がいると思いもせず、キスミ博士はある仕事を引き受けるのであった。





とぅりりりり ( 2018/06/12(火) 00:27 )