新しい人生は新米ポケモントレーナー





小説トップ
2章
反抗したいお年頃

 隠れるようにポケモンセンターの宿泊エリアを借りて俺たちは頭を抱える。
「で、シアンはお持ち帰りされたと」
 総括するとそういうことなのでイオトに頷いてみせる。困ったようにため息をつかれ、マリルリさんもうーん、と困ったように腕を組んでいるのが見える。
「いやぁ、あれの縄張りなのはわかってたけど運が悪すぎるでしょ……」
 ヒナガリシティのジムリーダー。たしかに管轄ではあるがこれだけ広い町の全てに目が行くはずない。半日ほど利用するだけのつもりが最悪のタイミングに居合わせてしまった。
「どうするんだよ。シアンがいなかったら困……こま…………?」

 ――いや、困らねぇな別に。

 三人揃って同じ発想に至ったのか顔を向き合わせて真顔でうんうんと頷く。特になんの問題もなかった。むしろ解放されたまである。シアンには悪いがこれにて家出に付き合うのは終了。平和的解決。
「はー、なんだ。真面目になって損した。さて、さっさと町出ようぜ」
「そうだね。長居は無用だし」
 イオトとエミがすかさずシアンをいなかったものとして荷物をまとめだす。いや、お前らなんか勘違いしてないか?
「別にシアンいないなら俺お前らと旅する理由がないんだけど」
『えっ!?』
 元々これってケイからシアンのお守りが3人いれば認めるというものだったのでそのシアンがいないなら俺は普通に一人でのんびり旅をさせてもらうつもりだ。2人と違って俺はヒナガリシティに滞在したいし。紹介状はあるがラバノシティは急ぎの用でもない。
 すると、なぜかイオトとエミは本気で困ったように俺を見る。
「えぇ……今更そんなつれないこと言うなよ」
「そうだよ、もう少し友情とか仲間意識とかないの?」
「えー、だって俺元々一人旅したかったし……」
 なんで俺が悪いみたいになってるんだろう……。
 いや、確かに一緒に旅してて友情めいたものは生まれてはいるけどそれはそれだし、連絡先さえあればいつだって会えるだろうし、それこそシアンみたいに突然の別れでもないから特に気に留めることでもないんだけどなんでこいつら俺と旅したがるの?
「少なくとも俺にお前らと旅する理由はもうないわけで……」
「よし、シアンを助けよう」
「そうだね、シアンも困ってるだろうし」

 本当にこいつらの考えが読めない。何、俺のことそんなに好きなの? お前らホモなの?
 ちょっと距離を取りつつまあシアンに関してはさすがに無視するのも後味が悪いので連絡を取ろうとするが当然のように繋がらない。
 さて、二人は助けると言うがその方法は決めているんだろうか。
 初めて直接顔を合わせたユーリさんは見た目からは想像できないほどのオーラ、強者の自信がにじみ出ており、それが過信ではなく実力に見合ったものだから手に負えないやばさを感じさせた。少なくとも俺はあの人にまだ挑む勇気も図太さも持ち合わせていない。
「いやー、まああれをどうにかするのはなんとかなると思うんだよ」
「まあねー。結局一番厄介なのはあれだし」
 あれ呼ばわりされてるユーリさん、なんか名前を出したら呪われるのかってくらいこの二人は頑なに呼ばないな……。
「なんとかなるって言うけどあの人めっちゃ強いんだろ?」
「《《俺より弱い》》」
「《《僕なら勝てる》》」
 どこからくるのかわからない二人の圧倒的な自信過剰発言。いや、でも二人が本気出したらどうなるか知らないのでもしかしたら……と思ってしまうが曲がりなりにもあの人この地方で一番強いって言われた人だぞ。そんな彼女を打ち破った現チャンピオンが今の最強なわけで、二人ともその現チャンピオンと同格と自分を評しているようなもんだからさすがに二つ返事で頷けない。
「こういうとき一番頼れるのはケイなんだけどなー……」
 イオトとエミは嫌いじゃないけど信頼度が圧倒的に足りない。こいつらいつの間にかどっか行くし。意見を聞こうにもこいつら絶対力押しだろうからケイに話を聞こう。というかケイはシアンのこと気にかけてたし、報告も兼ねて連絡をとった。
 しばらく通話に出る気配がなかったが諦めて切ろうとした瞬間繋がり、いつにもましてテンションが低い声が聞こえてきた。
『用件は』
「あ、えっと……シアンがユーリさんに捕獲されたんだけど……」
『だろうと思った……。今どこ』
「えーっとヒナガリの8番ゲート付近のポケセン」
『そっち行くからちょっと待ってろ。ついでに馬鹿二人に「来るまでに準備しておけ」って言っておけ』
 ほとんど一方的に言われ、通話が切られてしまいぽかんと間抜けな顔をしてしまう。恐らく来てくれるということなんだろうけどグルマのときと違って話が妙に早い。
「どうした?」
 間抜け面をしているせいかイオトが不思議そうに声をかけてくる。
「いや、お前らに『来るまでに準備しておけ』って伝言されて切られた。多分来てくれる……と思う」
「……あー、はいはい。そういうことね」
 イオトが何か納得したように頷いてちらりとエミを見る。エミはエミでうーんと悩んだ素振りを見せた。なんかケイはわかってるっぽいので俺だけ蚊帳の外みたいでやだな。
「サーナイト、悪いけどいつものお願いね」
「さな! さなー……」
 エミのサーナイトが元気よく返事したあとにちょっと気まずそうな鳴き声を出す。何言ってるかわからないけどだいぶ慣れてきたからか「いい加減自分でできるようになりましょう」的なことを言われてるに違いない。
 エミはパソコンや端末の扱いをサーナイトにほとんど任せている。まあ要するに触ると壊すしまずそもそも機械音痴だからまともに扱えないからなんだろうけどだからってポケモンにやらせるなって。
 二人はポケセンのパソコンでなにやら準備をしているようだがパソコンを使って準備することなんてだいたい予想がつく。あの二人、まだ隠し玉持ってるのか。




 しばらく待って早めに夕飯代わりの飯を食っているとケイが訪ねてきた。が、来たか、と振り返った瞬間ぎょっとして変な声が出た。
「おっ、お前その顔どうした!?」
 ケイの顔には明らかに怪我しているというのがわかるガーゼが貼ってあり、あのアホみたいな身体能力と人間辞めてるようなケイが怪我するってどんな事態かと驚きを隠せない。
「あー、これはジムトレのやつらが大げさに心配したからやってるだけだ。気にすんな」
 なんでもないように言うとため息をつきながらケイは頭を掻く。
「ま、俺もあの人に釘刺されてこのザマなんだが……正直放っておくとシアンの馬鹿は絶対にやらかす。断言できる。あいつお前らが助けようとしなくても一人で逃げる」
 シアン、お前……どんだけやらかしてるんだ。
 実際逃げられるかはさておき騒動を起こしそうなのは確実なシアン。本当はユーリさんに見つかる前にどうにか本人の気が済むことを願っていたらしいが思ったよりシアンがぐだぐだしていたことが今回の件に繋がった。
「あいつユーリさんへの対抗心というか反抗心というかなんかわからんけどすぐに反発するから絶対に意地でも逃げると思うんだよ。んで、お前らがあいつを保護するならユーリさんに喧嘩売るってことだけは覚悟しておけよ」
「やだなぁ……」
 あの人怖いんだけど。
 まあでもユーリさんのところから逃げて一人でフラフラさせるよりは……とは思う。シアンがちゃんと実家に帰るって決心できれば一番なのだが……。


「……なるほどなー」


 ふと、後ろで誰かが呟いたような気がしたがどっちの声かわからず、とりあえずケイからユーリさんの家と、ギリギリ犯罪にならない程度に回りこんでゲートへと向かうルートを教わる。
 そういえば、ちょっと気になっていたことがあるのでケイにだけ聞こえるくらいの声量で聞いてみる。
「あのさ、種族値ってケイわかる?」
「は? シュゾクチ……? 種族の……なんだ?」
「あ、わからないならいいんだ」
 どうやらケイは知らないらしい。やはり、前世由来のこの知識は一部の人間しか知らないようだ。ユーリさんがなぜ知っているのかはわからないが、もしかしたらこの知識、相当厄介なものなのかもしれない。
 どこかに、俺以外に前世の記憶を思い出した誰かがいるかもしれない。もしそんなやつと出会ったら俺はどうするのが正解なんだろうか。まだ答えは出ないが、ユーリさんに牽制された通り、俺はこの世界に生まれ直した以上、少し考えを改める部分があるかもしれない。






――――――――


 陽が暮れてきた頃、ユーリ邸ではマンキーが怒ったかのような叫び声とともに口論が繰り広げられていた。
「ユーリの馬鹿! アホンダラ! チビすけ! プライドテンガン山!」
「やかましい! 喚くな暴れるな幼児かお前は!」
 その辺にあるもの(クッション)を投げつけながらシアンはがるるると手負いの獣のようにユーリを睨む。
「ちゃんと一人じゃなくて仲間と一緒だからいいじゃねーですか!」
「馬鹿が! 男しかいないって聞いたぞ! お前世間体を少しは考えろ、16だぞ! 嫁入り前の娘がそんなでどうする!」
「きいいいいいい! ボクの邪魔するんじゃねーですよ! だいたい、おめーが婚約者になったりするから我慢できなくなったんです! ボクに二度と顔見せるんじゃねーです!」
「俺だって仕事でしばらく家を開けていたら勝手に話が進んでたんだぞ! 何事かと思って訪ねたらお前は家出してるしで最悪だ! 人を巻き込んで家族喧嘩するんじゃない!」
 ユーリはキレ散らかしながらタブレットで何かに目を通しつつシアンの攻撃を躱す。はたから見れば姉妹のじゃれ合いにも見えなくもない光景だが本人たちは本気で怒り狂っている。
「大人しくしろ! おじさんとおばさんは明日迎えにくると言っていた。今すぐ俺が送り届けてもいいが、二人とも今は仕事の関係で家にいないらしいからな。お前をあの屋敷に使用人とだけ置いておいたらまた家出しかねん」
「チッ! やっぱり読んでいやがったですか!」
 どうせすぐに飛んで行ける距離だからと理由をつけて実家に送れと言おうとしていたのだが案の定読まれていたためシアンは舌打ちを隠そうともしない。
「お前の考えることなどお見通しだ。わかったらさっさと用意した部屋で休め。食事もあとで持って行かせる。俺はお前の癇癪に付き合っていられるほど暇じゃない」
 言い方はきついものの、シアンから目を離さないために仕事を家に持ち込んでいるため蔑ろにしているわけではない。だが、頼むからおとなしくしていろと難しい願いをシアンへと向けていた。
「…………わかったですよ。でも、手持ちは返せです。どうせユーリは構ってくれないんですから、それくらい許せですよ」
 手持ちを返すことはつまり脱走の手段を与えてしまうことにも繋がる。だからユーリは渋い表情を浮かべるが、構ってくれないという言葉に反応してか少し悩んでため息をつく。
「……逃げるなよ?」
「逃げねぇですよ」
「……不本意だが、お前が旅をした結果少しは精神が成長したと見込んで手持ちは返してやる。俺の期待を頼むから裏切らないでくれ」
 疲れ切った声とともに呼び出しのベルを鳴らしたユーリはすぐさま現れた老執事に命令してシアンを部屋まで案内させ、手持ちを渡すよう言う。
「てっきりジムトレが闊歩してると思ったですよ。じいやなら見知ってるからありがてぇですが」
「あいつらはジムの方の仕事で手一杯だ。お前のことは俺の私用だ。昼間みたいな偶然居合わせたならともかく何度もあいつらにまで負担を強いられるか」
 昼間にタイミングよく現れたのはどうやら昼食を買いに出かけていたところを騒ぎを聞きつけたと口論中に判明した。本当にユーリにとっては運がいいがシアンにとっては最悪というところだろう。
 つまり、今この屋敷では元々ユーリが雇っている使用人以外はいない。
「……仕事、終わったら少しは昔みてーに相手してくれるですか?」
 しおらしい様子のシアンに対してユーリは少しだけバツが悪そうに、淡々と答える。
「無理だな。お前みたいに自由に使える時間はそう多くない。もうお前も子供じゃないんだ、それくらいわかれ」
 そう言うとシアンは寂しそうに顔を伏せて老執事に連れられてユーリの仕事部屋から出ていく。
 むすっとはしているがいつもよりは大人しく、老執事から手持ちを返された際も覇気がない様子で受け取っていた。
「お食事ですがもうしばらくお待ち下さい」
「かまわねーですよ。そういや、着替えたいですし、荷物一回返してほしいですよ」
「お召し物はこちらで用意しますが――」
「別にいらねーですよ。自前ので十分です」
 強く言われ、少々悩みつつも老執事はシアンの荷物を手渡してくれる。
「それでは何かありましたらそちらのベルでお呼びください。ピケ様、それでは」
「ぴか〜」
 老執事と入れ違いにユーリのピカチュウが部屋に入ってくる。ユーリの手持ちでも古株で、この一匹でシアンの手持ち全員を倒しかねない実力を秘めている。
 念の為の保険、要するに見張りだろう。
「ピケ、おめーは気楽そうでいいですね」
「ぴ?」
 ピカチュウを抱っこしたシアンはベッドにごろんと寝転がり、ピカチュウの頭を撫でる。
「ユーリの野郎は昔みてーに構ってくれねーですし、おめーも寂しいんじゃねーですか?」
「ぴかぴ〜。ぴー」
「全然わからねぇですがとりあえず飯来るまで暇つぶしてぇから撫でさせろです」
 わしゃわしゃと頭や腹を撫でているとピカチュウは楽しげににこにこしながら完全にリラックス状態だ。
 そこをすかさず、シアンはミミことクルみを出してピカチュウに寄り添わせる。
「ぴ?」
 何かおかしいと気づいたピカチュウ。だがミミこのてんしのキッスにより混乱し正常な判断が下せない。そんな中クルみが後ろでくさぶえを吹いてピカチュウを眠りへと誘う。リラックスしていたからだろうか。効きがよく、すんなり眠ってくれた。
 外に音が聞こえているかもしれないのでシアンは次の行動に移る。
「窓は……ムウな、頼むです」
「むあー」
 窓の鍵をエスパー技の応用で器用に開けて窓を開く。
「おめーの期待とか知ったこっちゃねーですよ。ユーリの馬鹿」
 本人が聞いたら憤死ものの発言を呟きながら窓から抜け出そうとするシアン。もう外は暗く、屋敷の灯りが照らすのみの屋外へと飛び出すのであった。




とぅりりりり ( 2018/04/28(土) 20:59 )