新しい人生は新米ポケモントレーナー





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2章
ヒナガリシティの守護者

 グルマシティを出て数日が経った。3人の希望により、ヒナガリシティはできるだけさっさと抜けたいとのことなので最短でラバノへ向かう方向を確認しながら道路を歩く。
 ヒナガリシティは相当に大きい町で、中央都市ということもあってか中継地点としてもよく利用される。そのため地図にはどの町に行くかによってどのゲートから出ればいいかが事細かに記載されている。
「えーと、11番ゲートから入って8番ゲートに向かえばいいんだな」
 本当は休息も兼ねて泊まっておきたかったが3人がどうしてもというので今回は必要な買い物だけ済ませてしまおう。今はちょうど昼頃なので夕方には町を出れるはずだ。
「買い物だけど食材と回復アイテム、それに旅に使う道具――あとコインランドリーで洗濯だけして……うーん、これは手分けしたほうがよさそうだな、やっぱり」
 全員で行動してるとどうしてももたつくので2人ずつくらいのほうがさくっと終わりそうだ。洗濯と買い物担当を分け、手早く済ませよう。
「じゃあどっちやるかくじで決めようか」
 エミがテッシュでちゃっちゃと担当を決め、色がついているほうが買い物、色なしが洗濯。
 洗濯のほうが楽そうだけど4人分だしなぁ……。まあどっちにしろ荷物は多くなるしたいして変わらないか。
 結果、俺とシアンが買い物。イオトとエミが洗濯となった。うーん、この二人、最近険悪さに磨きがかかってるようだけど大丈夫だろうか。
「くじのやり直ししたらダメ?」
「いいだろ、たいして長い時間二人きりってわけでもなしに」
 イオトが渋そうな顔をしている。エミも自分で作っておいていやーな目でイオトを見ていた。
「まあ、どうせ洗濯だけだし。イオトと一緒は嫌だけど。こっち楽そうだし。イオトは嫌だけど」
「えっちゃん最近イオ君に冷たいですね」
 そんなやりとりをしているとヒナガリシティの入り口である11番ゲートが見えてくる。ゲートの警備をしているおじさんが笑顔で見送ってくれる中、ゲートを抜けた先に映るのは整備された町並みと、いたるところにあるオシャレそうなカフェや店の数々。住人らしき人たちがポケモンを連れながら買い物を手伝ってもらったり、散歩したりと観光地とはまた違う賑わいを見せている。
 まさに都会、中央都市として完璧だった。現代的なビルが立ち並びつつも区画である程度分けられているのか全てがビルというわけではなく、中央にいけばいくほどビルが目立つ。
「すごいなー」
「ヒロ、都会は初めて?」
 エミがマップを確認しながら「あ、コインランドリーちょっと遠いな」と呟きつつも都会の町並みに目を奪われている俺に声を掛ける。
「いやー、ここまで都会なのは記憶にないな」
「まあ、アマリト最大の町だもんね。カロスとかのミアレシティには及ばないだろうけど」
 あの町はゲームで迷子になる思い出しかねぇよ。
 前世のことはともかくとして、実際ゲームでの大都会は現実に即せばこのように一日じゃ回りきれないくらい広大なんだろう。ヒナガリシティもいつか色々見てみたいものだが、それこそ一ヶ月あっても全体を把握できるかは怪しいと思うほどだ。
 とりあえずイオトとエミが買っておいて欲しいものを確認し、俺とシアンの服を二人に預け、終わり次第連絡を取るということで一旦別れた。シアンは自分の服をマリルリさんに預けていたがあれか、一応女だからマリルリさんに任せたんだろうか……。
「まずはあんまり重くないのから買ってくか。キズぐすり系だな」
「そういやちょっと安めの店があっちの方にあった気がするですよ」
「ん? じゃあそっちいって……食料品もそっち方面にありそうだな」
 イヴとネギたろうを連れて店へと向かう俺たちはどこか呑気に構えていた。
 イオトとエミがいなくても町だし危険はないだろうと。




――――――――


 一通り買い物を終え、4人分ということもあって2人で持つと少しかさばるものの、旅用のお得セットで買えたので思ったよりは軽い。まだ時間がありそうだし雑貨とかも見てみようと店内をぶらぶらしていた。
 そういえば、わざマシンとかも買いたいんだけどこの店では置いてないようだ。もっと大きな百貨店とかならありそうだがわざわざそれのために寄り道するのも憚られる。
「ぐぬぬ……ヒナガリはやっぱり便利ですよ……。うちも負けてねーですが」
「そういえばシアンって実家こっちなんだっけ?」
 詳しくは聞いていなかったがそういえば都会寄りとかだった気がする。にしてもワコブ付近にいたしどうやって家出したんだろうか。結構な距離あるが。
「はいですよ。ラバノシティの辺境、まあいわゆる住宅街の隅っこなんで行こうと思えばヒナガリもバスとか使えばすぐのとこです。
「バスなぁ。せっかくだし使ってみたいな。えーっと時刻表――」
 ポケフォンでバスの時刻を確認しようとした次の瞬間、少し離れたところで爆発音とともに店内が激しい音を立てて悲鳴があがる。
 ここ最近レグルス団の事件を聞かなかったのもあり、まさかやつらの仕業かと騒ぎの中心へと視線を向ける。
「ここは我々が占拠した! 全員動くな!」
 黒い服――だがレグルス団のものではない。恐らく強盗の類だろう。店員の女性が人質になっており、足元で女性の手持ちらしきピィが目を回している。
 店内にはトレーナーもいる。が、人質がいるためうかつに動くわけにはいかない。
 強盗の数は最低でも5人。店内を占拠ということでおそらく俺たちも下手に動けない。
「あいつら、アマリトの人間じゃねーですね」
 隣でシアンがこっそりと囁き、隙を伺っている。袖にボールを隠して隙あらば不意打ちでも仕掛けるつもりだろう。
「なんで断言できる?」
「アマリトの人間がこのヒナガリで事件なんか起こせる度胸あるはずねーです。それはよっぽどの自信家か――単なる馬鹿ですよ」
「おい! お前ら何話して――」
 こちらの会話に気づいた強盗の1人がドガースを差し向けようと指示を出そうとしたその時、店内のざわめきを無にする旋風が巻き起こる。

「随分とお粗末だな」

 凛とした、不機嫌そうな少女の声。
 強盗がはっとしたときには既に遅く、人質の女性店員を支え、毅然とした立ち姿の少女は店内に現れた。メタグロスを連れた少女は帽子を目深に被り、吐き捨てるように言う。
「俺を相手にまだやるつもりなら相手をしてやるが推奨はしないぞ。大人しく地に伏せ」
「だ、誰か知らないがガキ1人――」
 強盗が一気に手持ちをボールから出したところで少女の余裕は変わらない。
 なぜなら、少女だけでなく強盗たちを組み伏せる人間が他にもいた。キリキザンのみねうちを食らってその場に膝をつく者もいれば、ナゲキの拳で吹き飛ばされる者もいる。少女だけでないことに焦ったのかリーダー格の強盗男はミルホッグを囮に自分だけ逃げようとする。
 だが、それを見逃すはずがないことは明白だった。

「俺を知らない? そうか、それは失礼したな。まさかそこまで物知らずだとは俺も考えが至らなかった」

 帽子を深く被り直した彼女は無感情な声でただ思ったことを口にしているだけ。その異様なまでの落ち着きと、他者の上に立つ風格が俺に畏れを抱かせる。

「俺はヒナガリシティジムリーダーにして楪探偵事務所の所長、ユーリ・ハシバミだ。覚えておけ」

 覚えておけと言われた強盗はきっと生涯彼女を忘れることはないだろう。
 言葉と同時に強盗の手持ちであるミルホッグが一瞬で瀕死になり、いつの間にかその場にいたルカリオが犯人の背後に回って動きを封じた。何が起こったのか、ずっと見ていたにも関わらず俺にはわからない。ただ、次元が違う強さとそれに見合うオーラを備えている。

 この地方で最強と言われた元チャンピオン。その人が声をかければ聞こえるような距離にいる。
 ちらりとシアンを見ると本気で焦っており、強盗なんか欠片もびびっていなかった癖して彼女の視界に入らないよう物陰に潜んで外に逃げようともくろんでいる。
 人質になっていた女性にお礼を言われていたり、強盗犯どもを縛り上げている今しかひっそり逃げるチャンスはないだろう。
「リンドウ。こいつは警察に引き渡せ。あの穀潰しども、また給料泥棒でいい身分だろうからな。説明もお前に任せる」
 こちらを見る気配はない。同行している男2人もジムトレと見て間違いないだろう。
「おい、シアン」
「に、逃げるですよ……! 最悪です……!」
 小声で商品棚を盾に外へと駆け出し、バレていないことに安堵しながら早く少しでも離れて身を隠さねばと考える。だが――

「さて……」

 俺たちの安堵を踏みにじるように、重く音を立てて前に立ちふさがるメタグロス。そしてその隣には不機嫌そうなユーリさん。ケイみたいに怒ってるように見える顔ではない。確実に不機嫌と怒りが滲んでいる。
「久しぶりだな……この……っ!」
 俺の隣で気まずそうに視線をそらすシアンは俺の後ろに隠れようとするが耳が痛くなるほどの怒声をを浴びせられる。
「この馬鹿シアンがっ!! よくも今までそのアホ面下げて歩き回れたものだな!!」
 激怒、という言葉すら生ぬるく、感情が形となって目に見えるのならこの周囲一体は怒りの情で燃え盛るであろうほどに、空気が痛い。
「今なら許してやるなんてふざけたこと言うつもりはない! お前は少し甘やかすとつけあがるからな! これ以上俺の機嫌を損ねたくなければさっさとこっちに来い。俺の予定も詰まっている!」
 有無を言わさぬ確定事項にシアンは怯みつつもユーリさんを睨んで言う。
「うるせーですよ! おめーには関係ねーです!」
「あるに決まってるだろ! お前本当にオツムが足りていないな! ええい、反抗期は終いにしろ! オルガル!」
「失礼、お嬢さん」
 スキンヘッドの男がいつの間にか背後にいてシアンを軽々と持ち上げる。シアンがボールを取ろうとして、何もないことに気づいてハッとして俺を見る。
「ヒロ君へるぷ! へるぷみー!」
「おまっ、シアン!」
 抱えられたシアンとユーリさんを交互に見るとシアンのボールベルトを手に無感情のユーリさんが俺に言う。
「お前はついでに別件で話がある。オルガル、屋敷につれていけ。絶対に逃がすな」
「承りました」
 シアンを抱えた男はユーリさんが出したポリゴン2とともに消え、止めようにも止められない。
「シア――」
「さて、アリサの弟。俺の目を見ろ」
 刺すような視線。幼い容姿であるにも関わらず威圧感が半端なく、まるで俺が子供になったような錯覚に陥る。
「どうして旅をしている? なぜシアンと行動をともにしていた?」
「旅は別に……その、したかっただけで……シアンとは成り行き――」
「はっ、シュゾクチも知らん素人の癖にか」
「種族値とかそんなの旅に関係――」

 血の気が引いた。それは己の失言によるものか、それとも彼女の言葉を理解したからか。
 指先の感覚がなくなっていくようなざわざわとした奇妙な感覚。刺すような視線はいつの間にか半ば殺意すら入り混じったものへと変わる。


「お前……やっぱり”転生者”だな?」




――――――――


 その頃、イオトとエミはコインランドリーにて洗い終わった服を袋に詰めながらぼやいていた。
「にしても少し前まではコインランドリーで人の服を洗濯するハメになるとは思わなかったよ……」
「旅に同行している以上はそういうこともあるだろ」
 4人分の替えも含めてそこそこ量があるそれをしまった2人ははあ、とため息をつく。
「つーかさ、君結局何が目的なわけ?」
「んー、秘密」
 イオトがミックスオレを最後まで飲んでゴミ箱に入れると話を逸らすように言った。
「あいつらも買い物終わっただろうし合流しようぜ」
 するとマリルリさんが耳をぴくぴくさせてコインランドリーから飛び出す。耳がいいマリルリさんが早く来いと2人を急かすのでどうしたのかと外に出るとどうやら町の何処かで強盗騒ぎがあったようだ。
「……まさか?」
「まさかぁ……」
 まさか、と二人して顔を見合わせ、そのまさかがあの二人ならありえるので急いでそちらへと駆け出すのであった。




――――――――


 転生者と、半ば確信を持って言われたせいで混乱を隠しきれない。確かに口を滑らせたがなぜ彼女がそれを知っている?
 この世界で努力値や種族値は一般的に知られる言葉ではない。むしろその概念すら存在しているか怪しい。
 ばくばくと早鳴る心臓がうるさい中、震えそうな声をようやく絞り出せた。
「なに、言って――」
「しらばっくれるんじゃないぞ。突然人が変わったように旅に出たかと思えばジムを次々とクリア。家で何かしていたかと思えばそうでもない。バトルの仕方がちぐはぐで不自然。カマかけてみたら案の定例の言葉の意味を知っているときた。行動が不自然すぎるんだよ、お前」
 確かに前世の記憶が蘇ったのをきっかけに世界が一変したような忙しさだったがそんな言われるほどのことだろうか。バトルについてはケイにも色々言われていたのできっと細かいわかる人間にはわかるなにかがあるんだろう。そんなのわかるはずないじゃないか。
「わけのわからないことを……!」
「お前がいくら否定しようがこちらはもうお前をそうだと判断した。認めないなら強硬手段に出るが?」
 強硬手段が何かはわからないがこの人に逆らってはいけない。そう思わせるビリビリとした空気が肌を刺す。絶対に勝てないと本能でわかるのだ。
「……仮に、俺がそうだとして何か不都合でも」
「ああ、大いにあるとも。祖父と師父の遺言でな。転生者を野放しにするとろくなことにならんから早めに牽制しておかねばならん。お前、今後その異界の知識を無闇に乱用しないと誓うなら俺はもう何も言わないぞ。旅するなり実家の店を継ぐなり好きにすればいい」
 予想とはだいぶ違うが腑に落ちない。転生者を野放しに、ということは過去に俺以外にそういった事案があったということ。いったい何があったのか、それを聞かないと俺が一方的に制限されるのは納得がいかない。
「転生者の何が問題なんですか! 別に誰にも迷惑なんて――」
「迷惑? そうだな、このアマリトだけでも生態系の乱れの原因やポケモンの不法売買、虐待を思わせる非道な育成問題に技遺伝の倫理に反する研究などキリがないな」
 ちくしょう、俺以外の転生者ろくなことしてねぇ!
 そりゃ俺を牽制するわけだわ。社会問題に踏み込んでいることをやらかした事例があると言われたら俺はやらないにしても転生者が目の敵にされるのは仕方がないとも言える。
「……チッ、まあ悪人ではなさそうだな。だが忘れるなよ、お前はこの世界の人間になった。ならこの世界の外から余計なものを持ち込むと災いの種になる」
 それだけ言い捨ててユーリさんは背を向けた。もう話すことはないということだろう。だが、この話はともかくシアンの件が残っている。
「待ってください! シアンをどうするつもりですか!」
「あれの両親の元に送り届けるだけだ。お前にも迷惑かけたんだろう? 馬鹿な家出娘のことなど忘れてしまえ」
 確かに迷惑は結構かけられたしいてもいなくても困らないけど、シアンはこんな終わり方を望んでいないだろう。有無を言わさず引き離されたのもどうかと思うし、成り行きとはいえイオトやエミも別れすらろくにせず忘れろなんてさすがに横暴だろう。
「せめて一緒に同行してる奴らと最後に挨拶くらい――」
「ダメだ。ちょっとでもそんな隙を与えたらまたあいつが逃げるかもしれん。別に今生の別れでもないだろう。大人しく引け」
「……っ、じゃあ俺がバトルで勝ったら会わせてください」
 言っていることは最もだが、今後連絡がとれるかも怪しいのにここで引いたら後悔するかもしれない。
 もう会えないかもしれないなんて、二度としてたまるか。
「……お前じゃ不足だ。俺と俺の手持ちに攻撃すら通らんぞ。せいぜい腕を磨いて出直し――」
「負けるのが怖いんですか!?」
 乗せるために煽ってみたが一瞬で後悔した。先程までの刺すような空気はまだ優しかったのだ。一瞬で氷点下のような視線が俺を刺し殺さんばかりに睨んでくる。
 いや、一切勝てる気がしないけどやってみないとわからないし、それくらいしかチャンスがないんだよ。でも無謀すぎた。この人、今までの誰よりもやばい。
「ほざいたな? いいだろう。撫でてやる、さっさと出せ。その喧嘩買ってやるぞ」
「エルド!」
 鋼タイプのジムリーダーということはわかっているので少しでも有利を取れるエルドを選出する。しかし、エルドが構えるといった途端にいくつかの攻撃を受けたかのように傷を受けて膝をつく。
「言っただろ。お前じゃ不足だと」
 何が起こったのかわからない。ただ、今の俺では手持ちのレベルだけでなく、俺の戦術、ひいてはトレーナーとしての能力が圧倒的に足りていない。
「で、誰が負けるのが怖いだと?」
 圧をかけながら俺の肩を突き飛ばし、よろめいた俺の胸ぐらを掴んだユーリさんは苛立たしげに俺を睨む。
「礼儀もなってないお前のような転生者ごときに甘い態度をしたのが間違いだったようだな――!」
 締め上げられて息が苦しい。子供みたいな体でどっからこんな力出してるんだ!?
 許しを乞おうにもろくに声が出ない上に完全に怒っている彼女は恐らく俺の言葉なんて届かない。
 やばい、真面目に息ができない。
 やや命の危険すら感じていると、急にユーリさんが手を離して俺を突き飛ばす。
「バルメン!」
 何者かの攻撃を受けたのかメタグロスにそれを防御させるが襲いかかるはっぱカッターは全て防げず、ユーリさんの頬に1枚かすってわずかに血がにじむ。
 その隙に俺と倒れたエルドを抱えてウインディがその場から跳ぶように離れた。エミのウインディだ。ということはさっきのはっぱカッターはイオトのフシギバナか。
逃げた先は路地裏でイオトとエミが青ざめた様子で俺の腕を掴んで猛ダッシュを強制してくる。
「お前何あれに絡まれてんだよ!」
「あんなの相手にするだけ無駄だからさっさと逃げるよ! 話は後で聞くから!」
 この二人が本気で相手にするなと訴えるからやばさが伺える。
 でもあの人、突き飛ばしたのは俺にはっぱカッター当たらないようにだし、多分悪い人ではないんだろう。微妙に感じ悪いまま別れてしまったのが気がかりだがとりあえず今はこの場を離れないといけないのでエルドをボールに戻して路地裏を駆け抜けるのであった。




――――――――


「……逃げたか。まあいい」
 ユーリは手持ちをボールに戻して頬の傷を指で触れ、血がついた指をハンカチで拭う。
 ヒロへの圧は今後問題を起こさないようにとの牽制なのでもし無害なら大して興味はない。
 それよりも、残った仕事とシアンの件をどうにかせねばと帽子を被り直してため息をついた。

『負けるのが怖いんですか!?』

 ヒロの言葉がじくじくと心の傷をなじるように響く。
 負けることより、相手に見向きもされないで踏み台にされるそのことのほうがよっぽど恐ろしい。
 もう二度と、そんな気持ちになりたくないから、負けるわけにはいかないとユーリは自分に言い聞かせるのであった。




とぅりりりり ( 2018/04/28(土) 20:59 )