新しい人生は新米ポケモントレーナー





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2章
邂逅の時は近い
 リーグでシアンの居所がバレた数日後。ケイは道場の中庭で今一番会いたくない相手と対峙していた。
 あの後、仕事が詰まっていてシアンを連れ戻しにすぐ動けなかったのは幸いだった。町でおとなしくしているし、仕事を放ってでも連れ戻すという強硬手段に出るほど暇ではなかったらしい。
「言い訳なら今だけ聞いてやる」

「別に……」
 唐突に現れたかと思えば不機嫌な顔で睨んでくる姉弟子に、嫌な予感しかしない。念の為ジムトレたちには首を突っ込むなと言い聞かせたができれば見られたくないことが起こるのは間違いないだろう。
「別に? よその子供が家出してそれをこちらに知らせるでもなくそれを隠していた分際で別にだと?」
 吐き捨てるようにユーリは言い、その指摘も事前に言われることはわかっていたためケイは反論できない。
 ユーリは一見理不尽だが根本的には善人だ。だからこそ、こちらに非がある時への居心地の悪さと容赦の無さは誰よりも強い。
「どうせお前のことだ。あいつに俺が気づいたことを知らせるつもりだろう」
「そんなことは――」
「ならなぜ最初に俺が確認したときに黙っていた」

 一瞬で距離を詰め、問答無用の回し蹴り。リーチが短いから至近距離でなければ当たらないのは昔からの弱点だ。それをわかっているので受け止めること自体は容易。
 しかし、それだけで終わるようなら最強の名を恣にした元王者ではない。
 接近した時か、いつの間にか背後にボールが転がっており、しくじったと悟った瞬間にはフローゼルの一撃を受けて壁に叩きつけられる。ダブルアタックだからまだ加減されているが自分以外がくらったら大怪我じゃ済まない打撃を食らって呼吸が乱れる。
「げほっ、うっ……」
「お前のせいでシアンの両親がどれだけあいつの心配したと思ってるんだ! 責任も背負えないくせに無責任に家出の手助けなんてするんじゃないぞ!」
 前髪を掴まれて強制的に上向きにさせられてうめき声が漏れる。無理やりユーリを押しのけることはできなくはない。それこそ本気を出せば一方的にやられるなんてことはない。しかし、ここで下手にやり返すと火に油なのは明白で、元々いじめられっ子のせいか、耐えてやり過ごすという癖が無意識のうちにあった。
「何か言ったらどうだ! そのなんでもわかったようなツラで黙ってれば終わるみたいな態度、気に入らん!」
「だって……何言っても怒るじゃないですか……!」
「ああ当然だ! お前のせいで俺も長々と仕事とあいつの捜索を両立するハメになったからな! あいつのことは俺のプライベートでの問題だ! やること放り出してあいつを探そうと思えばすぐにでも見つけられるが、そんなことしていたら周りに迷惑がかかると思っていたのにお前ときたら!」
 自分のプライベートが削られたからというのは大きな理由ではないだろうがそれも間違いなくあるだろう。ジムリーダーの中で恐らく一番仕事量が多いのは副業を抜きにしてもユーリかアンリがトップだ。
 そんな彼女が貴重な時間を使っていたのに周りがやることは無責任な家出娘の味方。怒り狂うのも無理はない。
「リコリスもリコリスだ! あいつに問い詰めたら『私は本当のこと言ったのにぃ』などとほざいて逃げやがる……! どいつもこいつも俺を馬鹿にしているのか!?」
 それ俺には関係ない、と言おうとしたところで顔を殴られて久しぶりに歯を食いしばった。力が凄まじく強いわけではないがものすごく痛い。
「――それにお前、まだ何か隠しているな?」
 一瞬だけ動揺し、それを隠す。恐らくだがアレのことだとケイは悟る。が、多分それを認めた時点で本格的に殺されかねない。あの馬鹿チャンピオンがふらついているなんて知られたら――。
 だんまりを貫いているとすっと温度が冷えていく感覚。完全に殺る気の目だ。
「言うことを聞かないなら結構。ならシアンの問題が片付くまでお前が関われないようにボコすまでだ」
 冷徹な言葉は明らかにこちらを下に見ている。それは昔からのことなのでわかりきっているがいい大人になってませ力づくはどうなのだと内心愚痴る。
「だいたいシアンと同行してるアリサの弟は――はっ、まあお前には関係ないか。歯食いしばれ」
 さすがにどっかの馬鹿みたいに骨を折ることはないだろうが本気でやられたら動くのに支障がでる――と身構えた瞬間、ユーリの端末が鳴る。

 舌打ちしながらユーリは通話に応じると怪訝そうな顔から徐々に目を見開いて「わかった。すぐ戻る」と落ち着いた声で言った。
「今日はこれくらいにしておいてやる。これにこりたら二度と馬鹿な真似をするな」
 ユーリはそれだけ言い捨ててさっさとワコブシティから離れていく。取り残されたケイは何が起こったのかさっぱりわからないが、とりあえず命拾いしたことに安堵し、そのせいか体や顔が痛むのを遅ればせながら実感して溜息をつくのであった。



――――――――



スフェンさんから紹介状を書いてもらうことになった数日後。無事完治したので退院することになり、飽きた3人も早く町を出ようとせっついてくる。
 まだ激しい運動はするなと再三言い聞かされたが旅をするのは果たしてセーフなのか。
 早く行こうと急かす3人を無視して約束していたスフェンさんから紹介状を受け取りにジム前に向かう。わかりやすいからとジム前を待ち合わせにしていたがコハク絶対いるんだよなぁ。
 案の定、コハクがぶすっとした様子でスフェンさんと並んでおり、スフェンさんはたしなめるも効果はない。
「改めて退院おめでとう。気をつけるのよ」
「ありがとうございます」
 受け取った紹介状を濡れたり破れたりしないようにしっかりとしまって礼をするとコハクがちらちらとなにか言いたげにしているので声をかけた。
「なにか言いたいことがあるのか?」
「ないっ! もう二度と来るな!」
 本当にジムリーダーとしてどうなんだこいつ。案の定、スフェンさんに足踏まれてるし。
「まったく……クロガスにしばらくは自分のジムに戻るのは諦めろって言うしかないわね」
「うっ……」
 相当クロガスさんが嫌なのか渋々、本当に嫌だけど――ちょっと恥ずかしいのか色黒でもわかるほど顔を赤くして早口でまくしたてた。
「も、もっとマシな腕前になったら今度こそ叩きのめしてやる! それまで来るんじゃない!」
 要約すると、次来たときは再戦しようってことなんだろう。そういうことにしておこう。面倒だ。
 コハクの相手の仕方はなんとなくわかってきた。軽くあしらうのが一番というか、マジになって相手するほうが馬鹿らしい。
 まあ、でも最初よりはマシになったからある意味進歩なんだろう。

 そんなわけでようやく旅を再開できるわけだが、リハビリしていたとはいえ体力の衰えを感じる。また少しずつ筋トレとかしたほうがいいかもしれない。ケイも少しずつでいいから習慣付けろと言っていたし。
「言ってた通り次はラバノ行く予定なんだけど……シアン、なんでそんな嫌そうなんだよ」
 シアンがぶすくれた様子でそっぽを向き、ブツブツと文句を垂れる。
「だって……知り合いいたら面倒ですし……てっきりアケビだと思ってたです……」
 半分くらい聞き取れないがとにかく嫌なようだ。そして、道を確認して思ったが砂漠越えは今の俺たちだと準備が足りない。グルマで買い揃えてもいいが少し遠回りでもいいだろう。
「砂漠迂回したいからまずヒナガリシティ経由してからラバノ行こうと思うんだけど」
 すると今度はイオトが死ぬほど嫌そうな顔をした。無言で首を横に振って俺にやめろと伝えようとしているがなぜそこまで嫌がるのかわからない。
「行き先決める主導権はお前だけどヒナガリはやめようぜ……ほんと、確かに都会だし何でも揃うし色んな店や施設はあるし広いけど」
「そんないいところばっか挙げられるとそれでいいじゃんって思うのは普通だからな?」
 町そのものに不満はないようだがなぜこんなに嫌がるのか。
 エミとシアンを見てみるとイオトほどではないがちょっと……みたいな顔をしている。なんなんだよお前ら。
 ヒナガリは大都会であり、アマリト地方の中心でもあるため恐らく旅の間に何度か経由することにもなるだろう。なら早めに覚えておくに越したことはない。
「はあ……ユーリの野郎と鉢合わせしませんように……」
「やだなぁ……ヒナガリやだなぁ……」
「まあなるようになるさ……」
 妙にテンションの低い3人とともに、ヒナガリへと向かう迂回路を進み、いつの間にか元気になったマリルリさんが先陣を切るように早足で進んでいくのであった。


――――――――



「イオリ! 何がどうなっている!」
 ジムへと駆けつけたユーリは不機嫌を隠そうともせず怒鳴る。もはや日常茶飯事なのかジムトレたちは平然としているがジム内は慌ただしい。
「それが……挑戦者が山のように押しかけて……その、ここ数日の予約もいっぱいになるくらい……予約なしも同時挑戦で捌いているけどそれでもジムトレ総出でそろそろ厳しい――」
「そうじゃない! なぜこんな妙な時期にそれだけの挑戦者が押しかけ――」
 言いかけてユーリが唐突に天井へとボールを放ち、空振りに終わったことに舌打ちして視線を彷徨わせる。キキッと悪戯な笑い声がしてまるで陽炎のようにその場から消えた何か。ユーリもその正体まではつかめなかったが、自分が足止めをされていることを悟り、即座に切り替える。
「全員配置につけ! オルガルは事務所側の仕事をこっちに持ってこい! イオリはグルマからアケビ、ラバノに直通の道に事務所のやつを回せ! さっさと全員片をつけるぞ!」

 本来ならシアンのことでジムから離れようとしていたユーリは予定外の仕事に苛立つ。普段の挑戦者の来訪頻度であればシアンを連れ帰るくらいはできるが、これだけの挑戦者が殺到していれば手が離せない。
 ケイを疑ったがボコしたばかりでそれはないだろう。ナギサもそのようなことをする理由がない。アリサも当然意味がないため除外。なら誰が――と考えたところで情報が足りていない現状で答えが出せるはずがなく、ユーリはただジムを突破してきた挑戦者を迎え打つ。
 その全てに勝利することは容易だが、数の暴力により、ジムから離れることができないのだけはどうしようもできなかった。






 ヒナガリシティから少し離れたところでヨツハはにやにやしながら誰かと通話していた。
「兄ちゃんありがとねー」
『いや、こっちも宣伝ついでになった。ヒナガリジムならリピーターの感想も参考になるしな』
「ヒナガリジムが挑戦者を求めている。この技でヒナガリジムを攻略しよう、ってね」
 元々難攻不落のヒナガリジムは再挑戦するトレーナーも多い。そのトレーナーたちが何をするかといえばレベル上げではなく技マシンや技教え職人による新たな力を習得することだ。
 兄経由でヒナガリジムに人を集めるヨツハの作戦は面白いくらいに成功し、ジムに様子を見に行かせていたエイパムも肩で笑っている。元々真面目なユーリのことだから対応そのものは雑しないはずなので少しは時間を稼げるだろう。
『にしても、急にどうした?』
「別にー? ちょっとだけお節介みたいなものかな」
 ヒロやシアンたちと過ごしたのは僅かなものだがそれでもちょっと楽しかったとヨツハは心の中で呟く。兄との通話を終わらせ、足早にヒナガリシティを離れるヨツハはまるで独り言のように言う。
「みっちゃんも使いっ走りみたいにして悪かったね。お詫びになんかスイーツでも食べる?」

【――いや、それならリンゴがいい!】

 エイパムの姿がゆっくりと変化し、ヨツハが振り返るとそこにいたのはエイパムではなかった。
「みっちゃんリンゴ好きだねー」
【セカイイチがいい!】
「はいはい。次に行くところに置いてたら買ってあげる。にしてもみっちゃん以外の”ミュウ”もリンゴ好きなのかな」
 エイパムだった姿は幻のポケモンとされるミュウのへんしんによる擬態。
 ヨツハのみに心を許したそのミュウは世界に何匹かいるうちの1匹だがそれでも貴重であることに変わりはなく、普段は姿を偽っていた。テレパシーで言葉を伝えるのもヨツハだけであり、二人の間には特別な絆がある。
「みっちゃんが気に入った子たちだからちょっと贔屓したけど、大丈夫かな」
【大丈夫だよ。彼らには星の子の加護があるから】
 ミュウの姿を再びエイパムへと変え、とってつけたように「ぱむぱむ」と鳴く。
 ヨツハはそう遠くないうちにまたヒロたちと会うことを確信していた。例え加護があろうと、困難と試練は、選ばれし者にはつきものだ、と。





■筆者メッセージ
シアン:親が勝手に知り合いの女(ユーリ)と婚約しようとしたせいでキレて家出。実家に一度も連絡してない。
ユーリ:知り合いの娘(シアン)と知らない間に婚約候補にされてて急いで確認しにきたら家出されてて仕事が忙しい中時間を作っては捜索するも他人が出しゃばって捜索の妨害ばかりされる
ケイ:両者共通の知り合い。シアンに条件付きで旅(家出)するのをこっそり支援したらユーリに激怒された
リコリス:嘘は言っていない。嘘はな

ヒロ、イオト、エミ:巻き込まれ野郎ども
とぅりりりり ( 2018/04/28(土) 20:57 )