不明瞭な行き先は
そろそろ退院できそうだと検査で言われてようやくかと病室でのほほんと手持ちたちと戯れて暇をつぶしていると乱暴に扉が開いて誰か入ってきた。イヴが見るからに威嚇してなにかと思えば不機嫌そうなコハクがヤンキーも顔負けの態度で無遠慮に踏み入ってくる。
「は〜……」
「な、何……」
すごく嫌そうな顔をしているコハクはケッとツバでも吐きそうな様子で高級感ある箱を押し付けてくる。
「何ってキーストーンとメガストーン! おじちゃん経由で発注してたじゃん!」
「え、ああ! なるほど、ありがとう」
すっかり忘れていた。結局デバイスが決められなくて定番のバングルタイプにしたのだが、やはり定番というだけあってシンプルながらもまさにコレって感じで悪くない。デバイスは後でいくらでも変えられるし石に比べりゃ安い方だからいざとなったら変えられるし。
「ああもう……! キーストーンの購入者、または入手者に必ず説明しないといけないことがあるからよく聞きなよ」
渋々だがコハクは取扱についての注意事項を順に説明している。が、俺は早速腕につけて逸る気持ちを抑えきれない。子供が変身ヒーローのベルトをもらったかのような興奮に近いだろう。
今回メガストーンで選んだのはエルレイドナイトだ。今回のジム戦功労者だし、欲しがっていたので早速メガストーンを渡すと嬉しそうに目を輝かせている。チルはまた別の機会に金銭的に余裕があれば買おう。
こう、やっぱりメガシンカしてみたくなるんだよな。
「ってわけで、精神力等のエネルギーを激しく消耗するから不用意に使うとトレーナーの肉体への負荷が激しい――」
「メガシンカ!」
キーストーンが俺の意思に呼応するように輝く。それに反応するようにエルドが輝き――ぽすっと白い煙が出るだけで変化しない。
「あれ? げほっ、げほっ。なんで変わらないんだ?」
「ちょっと! 話の途中に何やってんの! どうせエネルギーが足りないかバトル時じゃないからポケモンのテンションが足りないかで不発だろうけ、ど――」
コハクが俺を見て凍りついたかのようにすごい目を向ける。なにかと思って視線の先にある自分の手を見る。すると――
血がべったりとついていて、白い病衣が赤黒く染まっていた。
「はああああああ!? 反動!? ちょ、ちょっと何その反動! あんたどんだけ才能ないの!? って嘘でしょナースコール――」
「頭がクラクラしてきた……」
一気に体が不調を訴え、起き上がっていられず、エルドに支えられるが意識が遠のいていく。
「またですかコハクさん! いい加減にしてください! もうすぐ完治しそうなのに余計なことして!」
「待って! アタイ何も悪いことしてないよ!?」
「やかましい、どきなさい! ヒロさん聞こえますか!? あなた先生呼んできて!」
慌ただしく、喀血して意識を失ったヒロを急いで治療室に運び込む医者とナースたち。
そして取り残されたコハクとヒロの手持ちたちは途方に暮れながら顔を見合わせていた。
「……えっ、これもアタイのせい……?」
話を聞いていなかったヒロが圧倒的に悪いのだが、この場でコハクを擁護してくれる者はいないのであった。
――――――――
シアンは高級そうな紙袋を携えてポケモンセンターの宿泊エリアへと帰還し、イオトもエミもいないのを確認してむすっとした様子で言った。
「誰もいねーですか。メガシンカ発動の訓練に付き合ってほしかったですよ」
シアンは道場で教えを受けていた頃からメガシンカの扱いにはとにかく強く言い聞かされており、1人で練習する気が起きなかった。バトル中に発動するものだし、相手がいるのがちょうどいいのだが、タイミングが悪い。
ふと、床に転がるなにかに目がいってそれを拾い上げてみる。
「これって――」
無骨ながらもきちんと手入れされているのが伺えるそれはシアンにも覚えがあった。
怪訝そうに誰のものか確認しようと手のひらの上でこねくり回していると部屋に戻ってくる人影。
振り向くと疲れ果てたイオトがマリルリさんとともにシアンを見て「なんだシアン、いたのか」と驚いた様子もなく言う。
だが、イオトはシアンの手にあるそれを見るなり「あっ」と表情を変える。
「……これ、イオ君のです?」
「あー、うん。それ俺の。落としてたのか」
困ったように言うイオトは穏やかな言葉とは裏腹にひったくるようにそれをシアンから取り上げて隠すかのようにしまってしまった。
「ちょうどいいです。イオ君ちょっとメガシンカの特訓に付き合うです」
「え? シアン結局キーストーン買ったのか?」
「はいです」
悩んだ挙げ句財布はすっからかんだがシアンはメガシンカに必要なものを一通り揃え、戦力を充実させていた。
そのメガシンカの扱いは生半可な気持ちでやると事故につながる。誰か信頼できる相手が見ていることが一番の安全策だ。
「はー、なるほど。じゃあ付き合ってやるからすぐ近くの公園行くか」
イオトが先に部屋から出ようと背を向け、マリルリさんがシアンに早く行こうと視線を向ける。
するとシアンは出ようとするイオトに聞こえるか聞こえないかくらいの小声で呟いた。
「イオ君、キーストーン持ってたんですね」
その言葉に応えはない。
――――――――
医者に死ぬほど怒られながら病室へと戻り、置いてけぼりくらったコハクが呆れた顔で戻ってきた俺に言った。
「人の話聞かないってよく言われない?」
「そんなことないぞ」
あるのだが本人はあまり自覚がない。
とりあえずもう一度しっかりメガシンカの扱いに関して指導を受け、今度こそ大丈夫だと頷いたヒロは退院したらまずケイに助力を乞うべきか考えた。恐らく一番指導者としてはまともだし。
でも何度も頼るとさすがに怒られそうだしイオトかエミでもいいかと考えていると病室に控えめなノックの音が響く。
誰かわからないがどうぞーと入室を促すとそこには修行中にパンをくれたおばあさんがのほのぼのとした笑顔手を振ってくれる。ウパーも足元で跳ねながら中に入ってきた。それを見たコハクは「げっ」と嫌な顔をして後ずさる。
「な、なんでばあちゃんがここに……」
「ばあちゃん?」
えっ、言っちゃ悪いがコハクにまだ親族がいたのか? 先代のジルコンさんの母親だとしたら祖母に違いないだろうが――。
「私はこの子の祖母じゃないわよ。そう呼ばれてるだけで」
「ああ、なるほど……」
「先々代だから何かと面倒見ることがあったからねえ」
「なるほど先々代……え?」
ジルコンさんの前のジムリーダーってことだよな? この穏やかで優しいおばあさんが?
「先々代ジムリーダー・スフェンばあちゃん。通称血染めの楔石スフェン……」
「昔の話って言ってるでしょ〜?」
あまりに一瞬、目にも留まらぬ速さでコハクの背中を叩いたおばあさんがお見舞いに持ってきてくれた花束を花瓶にさして穏やかに笑う。
なんか、コハクのあれって実はこの人の影響とかだったりしないかな……。
「まさか本当にコハクをどうこうするとは思わなかったのよ。久しぶりに見込みのある若者でおばあちゃん嬉しくって」
「ばあちゃんまさかアタイの話したのって……」
「ええ、私」
コハクはスフェンさんに強く出れないのかなにか言いかけてもごもごと結局言わずじまいだ。
なんでコハクより強そうなのにジムリーダー続けてないんだろう。
「隠居したならしゃしゃってこないでよ……」
「そうね。普段ならそうしたいところだったけど元ジムリーダーとしては思うところがあったから仕方ないわ。といっても、私はもうパートナーがいないから復帰する気もないのだけれど」
パートナーがいないという一言で察してしまう。そうか、ゲームと違って寿命があるからスフェンさんの現役時代の手持ちは――。
「この地方は実力主義。老兵はひっそりと消えるしかない。そういうところがこの地方をどんどんダメにしていくのだけれど」
前々から実力主義だと散々聞いているがたしかにそうだ。だがこの地方はそれで成り立っている。今更変えることなんてできるのだろうか。
「実力主義とは言うけれどここ数年で見込みのある若者は皆どこかへ消えてしまったわ。だからあなたのように見込みある子には挫折こそしてもしれんを乗り越えてほしくてね」
「よく言う……」
コハクのぼそっとした呟きに反応してスフェンさんはコハクのケツをひっぱたく。コハクが声にならない声をあげながら悶絶しているとスフェンさんは何事もなかったかのように話を続けた。
「本当はあなたが退院するころに会いに来ようと思ったのだけれど長引いてるみたいだから来ちゃったの」
「はあ……」
「それでね、提案なのだけれど。もし退院したあと行き先が決まっていなかったらラバノシティに行くつもりはない?」
突然のラバノシティに俺もコハクを首を傾げた。地図を見る限りではグルマシティで一番近いジムのある街はアケビシティだ。その次がヒナガリシティ。どうせならそっちのほうが早い。
「ラバノにいる博士――キスミ博士に一度会っておいたほうがいいと思って。私が紹介状書くけどどうかしら」
「うーん……」
別に予定は決まってなかったので構わないのだが、ここからラバノとなると砂漠を越えないといけない。結構ハードルが高いし悩みどころではある。
「別にラバノ行けばいいじゃん。どうせヒナガリ行ったってあの人に勝てると思えないし、オトギの野郎なんていつ行っても変わんないでしょ」
あの人、って多分ジムリーダーユーリさんのことだよな……。まあそれは確かに。街の特色を見るに、アケビシティは学問の町。ラバノシティは都会寄りで一通りのものは揃いそうだし先にラバノに行くのは悪くない。
「じゃあお願いします」
「ええ、キスミちゃ……博士はちょっと変わってるけどいい子だから安心してね」
いや、アマリトの人間って時点で善性にそれほど期待はしてないです。
などとは言えないので唇と引き結んで頷いた。
――――――――
その頃、リーグにてアリサの手伝いをしているナギサとケイが自分の担当部分に目を通しながら言う。
「アリサ姉、私の分はこれで問題ないよ」
「こっちも問題ない」
「ありがとう。ついでに悪いわね、手伝わせて」
四天王の仕事ではあるがアリサ以外の3人がそれぞれ別件で離れており、リーグのスタッフも手伝いない案件であるため急ではあるが手伝いを何人かのジムリーダーに要請していた。
当然のように、ケイとナギサくらいしか来てくれるジムリーダーはいなかったのだが、ユーリは自分の仕事が片付いたら向かうと言っていたため来るつもりはあるだろうがいつ頃になるかは定かではない。
「にしても思ったより早く終わりそうでよかったー! ナギサはできる子だと思ってたけどケイまでまさかこんな事務処理早いと思わなかったわ」
「これでもお前よりその手の仕事は長くやってるしな」
お茶に口をつけながらケイはとりあえず終わった書類の束を見てため息をつく。自分も道場に戻って仕事を片付けなければ。
「こういうときチャンピオンが何もしないと困るのよねぇ」
「あれに期待したところで……」
アリサとケイがどこか遠い目をしながらチャンピオンのことを考える。役に立たない穀潰しだがこの実力主義地方において最強であることは間違いなく、どうにかできないものかと頭を悩ませている。
唯一チャンピオンのことを詳しく知らないナギサは話を変えようと無理やり思い出したような素振りで話を切り出す。
「あっ、ところでアリサ姉とケイ兄。よかったら明日とかヒロ兄のお見舞いいかない?」
「うーん、行きたいけど時間があんまりないのよね」
「俺もパス。ずっとあんなの構ってられるか」
二人の反応にちょっとだけしょんぼりしたナギサは仕方ないと割り切って楽しそうに休憩トークを続ける。
「じゃあせっかくだしシアンちゃんとまたお茶しようかな〜。コハクさん苦手だからグルマあんまり行かないし、色んなお店巡りするの新鮮で楽しいんだ〜」
ナギサの言葉に反応するようにガンッと強い打撃音。何かと思って3人がそちらを見ると顔を伏せたまま近づいてくるユーリ。
音の正体はユーリの乱暴な動作のせいだろう。ケイは嫌な予感がして思わず腰を浮かせる。
「シアンだと?」
その目は完全に怒りがこもっており、自らの危険を察知したケイがその場から逃げようと立ち上がるがユーリのフローゼルがそれを許さない。
「どういうことか説明してもらおうか、ケイ」
その瞬間、ケイははっきりとヒロにコハクと戦わせたときのツケが回ってきたと感じてできれば軽傷で済むことだけを心の底から願うしかなかった。