新しい人生は新米ポケモントレーナー





小説トップ
2章
シアンの憂鬱
 入院生活にも慣れすぎてそろそろ本格的に飽きが来ているこの頃、3人は暇なのか見舞いの口実で病室に来ていた。
 そして今日のシアンはやけに嬉しそう――というかにやにやしていて気色悪い。
「でへへへへ……」
「気持ち悪い」
「おぞましい」
「変なものでも食べた?」
 俺、イオト、エミの似たり寄ったりなコメントにシアンは怒る気配もなく幸せそうに崩れきったにやけ顔を見せつけながら返す。
「ふへへへ、わりーですね。ボクの幸せオーラはみんなみたいなモテねー野郎には毒みてーです」
「おい、俺は少なくともこいつらよりはモテるぞ!?」
 イオトの突っ込むところはそこなのか。それはさておき、よくわからないがシアンは何かいいことがあったのかデレデレしながらリンゴの皮を途切れさせることなく剥いて皿に乗せていく。その様子にクルマユのクルみも呆れ顔だ。
「にしてもほんっと、そろそろ治らないの? さすがに僕らも暇だよ」
「んなこと言われてもなぁ」
 ていうか俺としては一向に一人旅でも構わないからどうぞ勝手にしてくれという気持ちが強い。まあでもケイとの約束もあるし俺たち揃ってないとシアンを野に放つわけにもいかないか。
「んーでもまあ? ボクもちょーっとは強くなったですし、ヒロ君いなくても余裕ってやつですよ」
「ほぉー? 随分とデカイ口叩けるようになったな?」
 シアンの発言に返事をしたのは俺らではない。病室に入ってきたケイだ。今日もジャージ姿でシアンを見るなりまるで憐れむような顔をした。
「まあでもどうせこの部屋の中じゃ一番弱いからなぁお前」
「うるせーですよ! 家出したときよりは確実に強くなってるです! なんならボク一人でも旅くれー余裕です!」
 大きく出たなぁ。とは言うがシアンがバトルする機会って相当少ないし、イオトかエミに修行付き合ってもらうくらいで俺以上に実戦経験少ないからさすがに無茶な気がする。
「口だけは一人前だよな。ならテストしてみるか?」
 ケイが軽く言うとシアンはがるるるるとポケモンばりに威嚇しながら応じてみせる。
「おめーが認めるくらい成長したってこと見せてやるです! その代わり! 納得したらボクが一人で旅するのを容認しろです!」
「へいへい。まあ無理だろうけど」
 どうやらシアンとケイのバトルをするようだがにしてもどこでやるっていうんだ。さすがに病院では駄目だろうし――
「んじゃ移動するぞー」
 端末でどこかに連絡を入れたかと思うと一時的な外出許可を取り車椅子を借りてある場所へと向かう。やる気満々のシアンと面白半分でついていくイオトとエミ。ついた先は先日大惨事になったグルマジム――の裏手。
「どのツラ下げてアタイに物頼みにきてんのよ!」
 待っていたのはケイを見るなり怒り出したコハクと、そのコハクの頭を叩くクロガスさんだった。
「お前がどのツラ下げて生意気なこと言ってるんだ。どうせならケイ君のバトルを少しでも参考にしろ」
 クロガスさんはケイと一言かわしたかと思うとジムの方へと戻っていった。コハクはぐぬぬと複雑そうな顔をしつつ観戦席らしき場所を指さしてそこに俺たちを誘導する。
 バトルの気配を察知してかジムトレや町の人々も少し集まってきており、注目が高まる。どうやらここはジム管轄の屋外フィールドのようだ。
「ルールはお前が決めていいよ」
「ファイトルール! ファイトルールでぶちのめしてやるです!」
 シアンがシャモすけとクチねを繰り出し、ダブルでファイトルールというつい最近俺も体験した修羅の道を選択する。
 どうやらファイトルールでも練習試合とかならジムリーダーとやっても問題ないんだな。まあそうじゃないと稽古もできないしそりゃそうか。コハクみたいにバッジをかけたバトルではアウトなだけで。
「あー……ハチマキ奪取?」
「一本取りです!」
 一本取りってなんだろう、という顔をしているとエミが呆れつつも解説してくれる。
「あれだよ、剣道とかでいうあの一本。要するに相手トレーナーに有効打を一発でも当てれば勝ち」
「それめちゃくちゃ危ないルールでは?」
 ハチマキルールのほうがまだ優しい。ていうか普通に技とか食らったらものによっては死ぬぞ。
「うん、まあだから経験者向け。やる人も極わずか。つーかこのご時世流行らないし」
「ジムリの採用試験でも使われることのないルールだし、極論そっちの専門の人間くらいしかやらないルールだよ」
 コハクが補足を入れ、舌打ちしつつケイを見ながら吐き捨てる。
「あ〜なんか弱味ないかな〜。さすがに練習試合だとでっちあげられないし……つーかおっちゃんもしってるから無理か……」
 まだ根に持っているらしい。陰湿だぁ。
 そんなこんなで細かいルール決めを終えた二人が向かい合い、ケイもサワムラーを出してため息をつきながら開始の合図を待つ。ハンデなのか舐めきっているのかどうやらケイは1匹で相手するようだ。シアンはいつの間にか出した身の丈ほどありそうな棒を構え、息を吐く。
 試合開始の合図とともに両者同時に動いた――が、シアンはシャモすけにクチねを投げさせ、ケイの背後へとクチねが着地する。それに気づいたサワムラーだったが迷うことなくシャモすけに蹴りかかり、受け止めたシャモすけと力比べが拮抗する。
 対してクチねは背後からケイに大アゴで噛み付こうと迫り、シアンも棒でケイを突こうと距離を詰めた。シアンの動きが俺と比べて格段に早い。しかも相当慣れている。あいつファイトルールだとこんなに違うのか。

「だからお前は隙がでかいって前も言っただろ」

 一見不利かと思われたケイは余裕を崩すことなくクチねのアゴを避け――否、アゴの下に滑り込んで下顎を掌底で打ち上げた。ちょっと待て何だその動き。
 クチねはその衝撃でふらつき、怯んでいたところをケイに閉じたアゴを掴まれシアンのいる方へと投げ飛ばされた。
 冷静にクチートって体重どれくらいだっけと図鑑で調べてみたところ11kgほどだった。まあ……人より軽いっちゃ軽いけど片手で普通投げるかそれ。
 投げつけられたクチねはシアンとモロに直撃し、オマケとばかりにサワムラーからもシャモすけが飛んできてもう誰も疑うことなくケイの完全勝利だった。
「ほらな」
「うぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎいいいいいいいいいい」
 唸るシアンはもう一回!とケイに訴え、呆れられながらも1回だけな、と了承して2回戦目に応じる。
 その様子を見ていた俺らとコハクはやや引きつつそれを見守る。
「うっわ……何あの動きキッモ……」
 思わずケイの人間離れした動きを見ながらコハクが悪態をつく。気持ちはちょっとわかるけどお前は黙れよ。
 2回目も1分経たずにケイに打ち負かされ、性懲りもなく「もう一回!」と主張するシアンにケイはなにか意図があるのか文句を言いつつも付き合っている。
 そろそろワンパターンになってきたし早く終わんねぇかな。
「にしてもマジで化物だわ……。なんであれがアマリトの3大張ってるのがようやくわかったよ……」
「3大?」
 コハクの独り言に気になるワードがあったので聞いてみると知らないのかという顔をされるが一応答えてくれる。
「現行アマリトジムリーダーの中でもある程度格っていうかまあ、やっぱ素の力量が8人の中でもだいたい序列みたいなのがざっくりあるんだけど、あいつとリコリスさん、あと規格外のユーリさんは上の3人ってこと」
 リコリスさんやっぱりすごい人だった。あの人只者じゃない気はしてたけど規格外の人を除いても2番めか3番目か。ていうかケイもすごいんだけど俺なんでそんなすごいの二人と最初の方からジム戦してんだ? 明らかに挑戦の順番をミスってる気がする。結果的に言えばケイが最初でよかったんだけどさ。
「あんだけ相手を打ち負かしてるのにせいぜい擦り傷程度でほぼ相手への負担がない……どうやったらあんな風にやれんのよ……」
「どっかの誰かさんは人に怪我させたからなー」
 嫌味をぼそっと呟くと「あぁ?」と威圧されたので素知らぬ顔で無視した。
 一方まだやっているケイとシアンはついにシアンが駄々をこね始めたようで子供みたいに喚いている。
「んぎー! おめー全然手ぇ抜いてねぇですね!?」
「当たり前だろ。レグルス団が手を抜いてくれたか?」
 ド正論である。
 実際何か危険なことがあったとき相手が手加減するはずもないので言ってることは正しいんだけど、ケイの場合、明らかに怪我しないように気を使ってるからシアンはやっぱりまだ弱い部類なんだろうなぁ。手持ちを変えてもシアンに勝ち目があると思えない。
「お前さー、言わないでやろうと思ったけどやっぱり言わせてもらうわ。家に帰れ」
「嫌ですよ!」
 取り付く島もない。家出中の理由も聞いているし気持ちはわからないでもないがやはりずっとふらふらしているのもなぁ。というか親御さんも心配してるだろうし、今まで深く考えてなかったがそろそろ頃合いかもしれない。
「いいから一度帰れって。変なやつに騙されたり利用される前に――」
「ふん! 誰が帰るですか!」
 完全に意固地になっているシアンをどうすることもできないのかケイは困ったように肩をすくめる。無理矢理にでも連れ帰ることはできるだろうが、あくまでシアンの意思は尊重するのかそれ以上言うことはなかった。
「……あの人に見つかる前に帰っとけって。忠告はしたからな」




――――――――


 その後、バトルを終えたシアンは不貞腐れながらとある喫茶店へと向かっていた。もう既に慣れたコジョンドもそれに付き従い、待ち合わせているその人物の元へと向かう。
 キクジは店内で先に待っていたのかシアンに気づくなり穏やかに微笑んでこちらに来るように示す。
「いきなり会いたいとか言うからびっくりしたじゃないか」
「だってーだってだって!」
 家出中であることや、知り合いに諭されたことを愚痴るシアン。キクジはそれを嫌な顔ひとつせず聞いており、話し終えてから申し訳ない気持ちになってしまう。
「……急にこんな話してごめんですよ」
「構わないが、俺も一度帰ったほうがいいとは思うぞ」
 キクジの発言は予想外だったのか、シアンは「えぇー」と不満そうに声を上げる。
「嫌ですよー。だって普通かわいい娘に同性と婚約させるですか?」
「それは……まあ、そうだな。そこも含めてちゃんと話し合ったほうがいいだろ」
「うー……」
 元はと言えば自分の理想が高すぎて両親が半ば諦め、半ばヤケクソで勝手に決めた婚約。ユーリのほうがどういう気かは知らないがそんなことをする両親への反抗心は未だ衰えることない。
「それに、親は大事にしておけ。孝行できる内が華だぞ」
 どこか羨むような言い方に、キクジのことを少し見つめながら彼のことを思い出す。
 年齢は21歳。既に両親は他界し、今はポケモンを扱う仕事をしながらアマリトのあちこちに出向いているらしい。
 結局、今どういう関係かというとたまに会ってお話するような関係で付き合っているとかではない。まだお互いを知る段階である。
 その曖昧だが希望がある関係のことを考えると、確かに一度親に婚約の話を白紙にしてもらわないといけない。まだどうなるかもわからないし不本意ではあるが――
「うー……心の準備が……」
「せめて連絡だけでもしたらどうだ?」
 苦笑しつつ、妥協案を出すキクジを見ながらシアンは考える。
 逃げてばかりじゃ駄目なのはわかっているが、実家のアレを考えるとどうしても気がすすまないのであった。




――――――――


 ――その頃、ラバノシティの某所にてある人物が顔を真っ青にしながら嘆いていた。
「お嬢様ぁ……お嬢様ぁ……シアンお嬢様ぁ…………」
「見苦しいですよ。旦那様の前で」
 メイドにたしなめられる執事姿の青年は旦那様と呼ばれた男性に頭をさげながら懇願する。
「どうか自分にお嬢様を探しに行く許可を! お嬢様のことを思うと心配で夜も眠れないのです! お願いします!」
「君の気持ちはわかるんだが、ユーリ君に言われてるんだよ。君をシアンの捜索に行かせるなって」
「ユーリ君、こうも言ってたわ。あなたがいると出てくるシアンも出てこないって」
 旦那様とその横に控える奥方の言葉に絶望しながら執事はうめき声を上げる。
「うううううううお嬢様に悪い虫がついていたら……愛らしく可憐なお嬢様を騙す不埒な輩が近づいてたらと思うと……」
「お嬢様に限ってそれはないと思いますがねぇ」
 メイドが他人事のように執事に言いつつ掃除をテキパキと進め、旦那様に懇願する執事は今日も屋敷で嘆きを響かせるのであった。

 ――その一方でシアンが小さくくしゃみをしていたがシアンは自分の知らないところで誰かが噂をしているとは思わず、店の空調のせいかと思ってしまうのであった。



とぅりりりり ( 2018/04/28(土) 20:53 )