新しい人生は新米ポケモントレーナー





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2章
Who your Darling?

 件の病院についたリジアは早々に頭を抱えていた。正面から入ろうとしたのになぜかジムリーダーコハクがそこでうろうろしていたからだ。
「さ、さすがにバレますよね……」
 クレフもこくこくと頷き、どうするか考える。別ルートから入るにしてもジムリーダーと鉢合わせたらまずい。注目されない服装にしたつもりだが何かの拍子に気づかれるかもしれない。
「……諦めて帰りますかね……」
 別に無理して危ない橋を渡る必要はないのだ。
 とりあえず見つからないように裏に回って様子を見るかと周囲をよく見ながら病院から離れようとしたとき、世にも恐ろしいそれは現れた。

「まったく……あいつどこで油売ってるんだ……」

 不機嫌そうにまっすぐこちらに来るのはなんということでしょう。ジムリーダーユーリであった。
「あわわわわわわわ……」
 コハクなんか大したことないレベルの過激派かつジムリーダー最強格であるユーリが迫っている。こちらに気づいているわけではないが手配書のこともあるので下手したら気づかれる。
 運がいいのか悪いのか、窓の空いている部屋がすぐ近くにあるので物陰に潜みながらそこに忍び込み、早くユーリがどこかに行ってしまうことを強く念じる。
 足音とぶつくさ言う声は遠ざかり、一安心したところで忍び込んだ場所が物置であることに気づいてクレフが何かを示す。
 そこには万が一の為か替えのナース服が何着かダンボールに袋詰めされていた
「……確かにこれがあれば馴染めますけど……」
 顔でバレるんじゃ……という目をクレフに向けるがいけるいけると謎の応援をされてしまい、渋々一つ拝借してナース姿に変装する。メガネをかけ、髪をアップにしているので普段と印象はだいぶ違う。胸に詰め物をしたり薄く化粧をしたのもあってよほど顔を見られない限りはバレない……と思いたい。
「さっさと済ませて帰りましょう」
 物置から出て手にした袋の取っ手を強く握るとヒロの病室を探しながら院内を歩く。さすがに他のナースに部外者だとバレるかと思ったが大きな病院だからか全員を把握していないようで特に呼び止められることもない。
「骨折だから整形外科でしょうか」
「クレ?」
 どういった部屋割りかわからないのでとりあえずそれっぽい場所を目指すが大部屋ではなくどうやら個室のようだ。
「困りましたね……さすがに個室を一つ一つ見て回るわけには――」

「イヴ? ついてくるのか?」

 聞き覚えのある声に驚いて思わず物陰に隠れてしまい、恐る恐る声の主の方を影から伺う。病室から出ようとしているヒロと、それについていくリーフィア。
 松葉杖を使いながら「検査の間くらい部屋で待っててもいいんだぞ」とリーフィアに言うがそれでもついていくようでもたもたと離れていく。
 運良く部屋を発見出来たが中に誰もいないだろうかとこっそり様子をうかがうと手持ちすらいる気配がない。チャンスだと言わんばかりに部屋に入ってゼリーと服を――とそこで自分の袋の中を見て気づく。服を持ってきていない。
「あぁ……ちゃんと確認しないから……」
 慌てて言い訳がましく出てきたせいか素で忘れていた。仕方ない、ゼリーだけでもとたくさん見舞いの品が並んでる机にそっと置いて出ようとしたその時、病室の扉が勢いよく開かれた。
「ヒロ君元気ー!? ヨっちゃんのおでましたよー!」
 大声にびっくりして変な声が出そうになったが寸でのところで留まり、クレフが慌ててベッドの下に身を潜めた。
「あれ? ナースさん、ヒロ君は?」
「け、検査中です……」
 ナースに変装していたのが功を奏した。怪しまれることはないが顔を見られたらどうなるかわからない。早くクレフを回収して部屋からでなければ。
 ちらりと入ってきた人物を見ると先日ヒロと一緒にいた女性で、そういえばこの人も腕を組んでいたなぁなどと考える。あの男、何人女に粉かけているのだろうか。
「え〜じゃあ待とうかな〜。……って、ナースさんどこかで会ったことある?」
 まじまじと後ろ姿を見られている気がして冷や汗が止まらない。しかしここで不自然な行動を取るほうが怪しいので恐る恐る振り返ってぎこちなく笑う。
「き、気のせいじゃないですか?」
「……うーん……」
 じろじろと顔を見られ――次いで胸のあたりに視線が行き首を傾げられた。
「ごめんね、気のせいみたい」
 こいつ、どこを見て判断しやがった。
 どうせ自分は絶壁ですとも、ええ身軽でとても助かっていますとも。そちらみたいに大きくて肩がこりそうではないですよ。
 別に元々体型を気にしたことはないのだがヒロと出会ってからは何かと引き合いに出されて腹立たしい。胸がないことの何が問題だというのか。
「ヒロ兄ー! お見舞い来たよー……ってあれ?」
 内心イライラしているとまた新たな来訪者が病室に入ってくる。花束を抱えながら入ってきた少女は見覚えがあって当然の人物。――そう、ジムリーダーナギサだ。
 頭を抱えたくなる人物の登場にもう泣きたい。なんでこの病院にジムリーダーが3人も集まっているのか。自分はなにか悪いことをしたのか。してました。今日だけで不法侵入と窃盗です。
「ヨツハちゃん? ここヒロ兄の病室……」
「ナギサちゃんじゃーん。どう? 元気?」
「う、うん……元気だけど……」
 なぜ彼女がここに、という困惑の表情を浮かべながらも花束を花瓶に移そうと勝手知ったる様子でベッドのそばへと移動し、こちらを見てくる。
「……ナースさん? あれ、どこかで会ったことありますか?」
「キノセイデスヨー」
 もうヤケだ。絶対手配書で顔を知られている。さすがにジムリーダーの目を誤魔化せるか怪しい。どうか鈍感でありますように。
 じろじろと顔を見たナギサは次いで――やっぱり胸を見てくる。本当に失礼ですね。
「ごめんなさい。ちょっと見覚えがあったからつい」
 鈍感だったようだ。
 いや、でもなぜみな胸を見て違うと判断しているのかこれがわからない。普段の私はそんなに特徴的な絶壁なのですか。
「ヒロ兄は?」
「検査中だってー」
「そっかぁ……あ、もしかしてナースさん。シーツとか替えにきたのかな? お邪魔だったら私達お外行きますけど」
「あ、はい! できればそうしてほしいです! すぐ! すぐ終わらせるので!」
 勝手に都合の良い解釈をしてくれる子で助かった。ここで手伝うとか言われたら胃痛で死んでいた。
「じゃあヨツハちゃん、ちょっと外に――」

「ひーろーくーん」

 ようやく出ていくかと思ったら第三者が来てもう許して欲しい。前世で私は何か悪いことでもしたのだろうか。
 というか、この声は――
「……あら? あらあらあら?」
 きょとんとしているがその目は笑っていない。そう、シレネである。
 昨日のうちに行けって言ったのになんで今日来てるんだとかもうそんなことはどうでもいい。さすがにシレネにはバレる。いや味方なのでバレても問題はないのだがすごく気まずい。
「ヒロ君……お留守……?」
「……どちら様ですか?」
 ナギサがシレネに怪訝そうに声を掛ける。シレネもどこか冷ややかな声でナギサを見た。
「そっちこそ……ジムリーダー様が……なんでヒロ君の病室にいるの……?」

 しゅ、修羅場だ……。

 まったく、あのアホ男がこの場にいないことが悔やまれる。そして、関係ない私がこの場にいることで胃が死ぬ。
 お互いの問いに答えることなく、冷戦状態が続くがヨツハと呼ばれる女が間に入ってへらへらと笑いながら言う。
「ヒロ君は今検査中なので〜、ナースさんの邪魔になるのも悪いし揃って出ようね〜」
「……そう」
 シレネはつまらなさそうに返事し、次いで私を見る。気づかないでください。どうか気づかないで。流石に無理か。
「……ナースさん? もしかして会ったことあるかしら」
「あ、ありませんねー、すみませんー」
 やっぱり顔の次に胸を見られ、納得したのか「気のせいか」と呟いたシレネ。3人は揃って部屋から出ていき、ようやく誰もいなくなった部屋で安堵のため息をついた。
「クレフ、早くボールに」
 ベッドの下から急いで出てきたクレフがボールに収まるとすぐさま部屋から出ようと扉に手をかけようとして――自分の手ではない誰かによってそれは開いた。

「あ?」

 幼くも整った顔立ち。小柄ながらも尊大な素振りを隠そうともしないその人物――ジムリーダーユーリだ。
「……ここにもいないのか。コハクのやつ、本当になにしてるんだか」
 独り言のように呟いて、私を見た彼女は首を傾げながら低い声で問う。
「ここのやつは?」
「け、検査中です……」
「そうか。タイミング悪いな」
 時計を確認しながらユーリは舌打ちし「流石にこれ以上時間がとれん」と悪態をついて部屋にろくに入ろうとせず背を向ける。が、確認のように私を見て首を傾げた。
「どこかで見た……ような……気のせいか。あんな胸なかったし」
 どいつもこいつも私のことを胸でしか見てないのか……!!
 叫びたい衝動をこらえながらユーリが完全に見えなくなるのを確認して部屋から離れようとする。すると、背後から「ふぃ?」と鳴き声がした。
「イヴ?」
 最悪のタイミングで戻ってきたらしく、振り向こうにも体がこわばってしまう。
 足元でリーフィアがちょっと威嚇しているのでリーフィアは恐らく気づいている。頼むから気づくな。でも見た目で判断しないだけリーフィアのほうがさっきの女性陣より賢いかもしれない。バレないほうがありがたいんだけどなんだろう、この気持ち。
「イヴ、こらやめろって。すいませんナースさん」
「い、いえ……」
 離れないと、と言い聞かせてそそくさと距離を取る。
 ヒロも特に気にした様子なく部屋に戻ろうとしている。これでいい、余計なことせずもう帰ろう。

「――は、早く治るといいですね……」

 ほとんど無意識に言葉が出ていた。なぜ、と考えても答えは出ない。ただ、ついこぼれていたその声はヒロにも聞こえたらしく「そうですねー」とのんきな声が返ってくる。
 こんなことしてバレたらどうするんだと自分に怒りながら足早のその場を離れ、病院から出てさっさとテレポートで帰ろうと角を曲がると誰かとぶつかってしまう。ちゃんと見てなかったせいでバランスを崩して転んでしまうが、相手はそんなことなかったようだ。
「いっ……す、すみませ……」
「ああ、ごめんね。ちょっと考え事してて……」
 ぶつかった相手が手を差し伸べてくる。素直にそれに受けて顔を上げるとそこにはジムリーダーコハクがいた。
 さすがに血の気が引くとはこのことでもろに顔を見られた挙げ句、明らかに不審そうにこちらを見ている。
「……見たことない顔だけど……いや、会ったことある……?」
 さすがに地元ということもあってか見覚えのないナースの存在に違和感を抱いたのだろう。
「……」
「さ、最近きたばかりでして……」
「……いつ? 聞いた覚えないけど」
 どこまで把握してるんだろう。ジムリーダーとはいえ一病院の所属なんて把握してるわけないのだが妙に圧迫感を感じる。
「そ、それより、先程ジムリーダーのユーリ様が探していましたよ!」
 幸か不幸か、さっきのユーリがコハクを探していたことを思い出して話を逸らす。
「え……?」
 驚きながら端末を取り出したコハクは「うわ」とどうやら連絡があったにも関わらず気づいていなかったようで表情を変える。
「うっわ……やっちゃった……それもこれも全部あいつのせい……」
 ブツブツと恨み言のようなものを吐きながら私を無視して恐らくだがヒロの病室に向かっていく。
 もう、人目を気にする余裕もなく、猛ダッシュで外に出てネネを出してアジトに帰還する。ようやく落ち着く場所に戻ってこれたからかついて早々に腰を抜かしてしまった。
「生きた心地がしなかった……」
 ヒロの周りには厄介な女が多い。それが全て好意とも限らないが関わらないほうがいい相手であることは間違いない。
 その、はずなのに――

「好きとか言うから……気になっちゃうじゃないですか」

 もはや否定することなく、気にしてしまう自分に自己嫌悪しながら自室のベッドでばたばたしながら、少しだけ冷静になる。

 ――でも、私以外にいくらでも選択肢があるんだ。

 そう思うと少しもやもやして、憂さ晴らしに作ったヒロのぬいぐるみをつまんで呟く。
「どうせ他の子のほうがいいんでしょう。私より胸はあるしかわいいし――」

 あなたのそばに|胸を張っていられる人ばかりなん《私はいる資格なんてない》だから。



――――――――



 これはいったいどういう状況なんだろう。

「えーっと……まず順番にいいかな……」
 目の前に揃うのはナギサとヨツハ、シレネにコハク。
 約一名めちゃくちゃ不機嫌そうだけど追い返せない迫力があるしどうすればいいんだこんなの。
「あたしはお見舞いと〜あとそろそろグルマから離れないといけないから改めて挨拶〜」
「ああ、そういえば仕事するって言ってたもんな」
 ヨツハは教え技職人なのでそのうちどこかで別れるとは思っていたがずいぶんと急だ。
 まあ、別に二度と会えないわけでもないしそう寂しくはない。
「てなわけで、ヒロ君は特別に連絡くれたらお仕事受けてあげる〜。交換した番号にいつでも連絡してね〜」
 なんだかヨツハから若干距離を感じてしまって不思議だ。いや、ベタベタされるのはさすがに困っていたのでこれが適切な距離感なのだがこう、色々急すぎて困惑する。
「……ま、さすがに本気っぽい子いるのにちょっかい出すわけにもいかんしね〜」
「何が?」
「こっちの話〜。じゃああとはごゆっくり〜。あたしは先にバイバイするよ〜。まだあと何日かはいるからよろしく〜」
 ちらりとナギサを見たヨツハはそのまま退室し、次にとナギサが手を上げた。
「わ、私もお見舞いに来ただけだから特別用事ってほどのことはないんだけど……」
 待機している不機嫌そうなシレネとコハクを一瞬だけ見て少しだけ緊張しているのか目を泳がせている。
「その……あんまり私じゃ力になれないかもしれないけど……頼ってもいいんだよ?」
 ナギサは前々からちょっとだけその気があるのか?という気配はあるのだが微妙に好意的なだけでさすがに俺の思い込みかもしれない。だってこんなまともでかわいくてまともな子が俺のどこを好きになるのかわからないし。
「またなんかあったら次は頼らせてもらうよ」
「う、うん……それじゃあ、ほかの人も用があるだろうし私はこれで……」
 シレネとお互い見――いや、若干睨んでいるのか? 初対面のはずなのに微妙に険悪そうな二人だがナギサが出ていくと同時に満面の笑顔でシレネは俺に近づいてくる。
「お見舞い……遅くなって……ごめんね……! これ、マフィンと……」
 見舞いの品で手作りっぽいマフィンを机に置かれ、次いで出てきたのはボール。
「はい、グーちゃん」
 シレネに預けていたグーがボールから飛び出し、俺にすり寄ってくる。まるでずいぶんと離れていたような感じだ。久しぶりに会ったグーは前よりちょっとたくましくなっている気がする。あとずいぶんと毛並みが良い。
「元気だったか〜? 心配かけたな〜」
「ぐー!」
「フフ……喜んでもらえてよかった……タイミングもいいし、一回ヒロ君に返そうと思って、たの……」
「わざわざありがとな。どれどれどれくら――」
 図鑑を開いてステータスを見ようとして思わず絶句する。あれ、なんか随分と見覚えのない技がたくさんある……。
「えへ……驚いた……?」
「驚いた」
 しんそくやらいかりのまえばやら覚えてるんだけど。えっ、しんそくってゲーム時代特別な個体だけだったよな? この世界本当にどうなってるんだ。
「あんまり長居するのも……よくないし……また来るね……。また預けたい子いたら預かるから……」
 そう言ってシレネは名残惜しそうに手を振りながら出ていった。忙しくてなかなか来れなかっただろうにわざわざ来てグーまで返してくれるとか随分とサービス精神旺盛だ。
 で、問題のコハク。他の面々がいなくなったというのにずっと無言である。イヴも警戒してはいるが攻撃的な素振りがないからか威嚇まではいかないが小さく唸っている。
「…………さい」
「え?」

「ごめんなさいって言ってんの! はい、謝った! もうこれ以上謝らないから!」

 勝手に謝ったかと思うと勝手にキレてる。こいつはいったい何がしたいんだ。
「あんたのせいでユーリさんの呼び出し無視しちゃったしばーちゃんにも嫌味言われるしおじちゃんに毎日怒られるしほんっと最悪!」
「それは俺のせいじゃない。俺は絶対悪くない」
 なんで素直に謝れないんだろうかこいつ。
 といっても、正直俺としてもうだうだ引きずるつもりもないというか、俺が勝ったし文句をつけられるいわれはないので強気で対応できる。
「別にもう謝らなくていいから出ていってくれね? 謝るつもりないんだろ?」
「うっ……」
 するとなぜか困ったように言葉に詰まった様子で顔を背け、もごもごと何か言おうとしては言葉を飲み込んでいる。
 しかし、意を決したのか褐色の肌が目に見えてわかるほど赤くなり、耳を澄ませていないと聞こえないほどの小さな声で言った。

「……い、いじわるしてごめんなさい」

 言い逃げるようにそのまま全力疾走で病室から出ていったコハク。こちらがなにか言う前に出ていってしまったため、残されたイヴやグーとともに首を傾げて他に誰もいない病室でため息をついた。
「何か食えるものあるかな……。あ、エルド、悪いけどちょっと机のやつ取ってくれないか?」
 ボールからエルドを出して机にある見舞いの品のどれかを取ってもらおうとする。
 すると、見覚えのない袋を見つけてエルドにそれを取ってもらうと中身はゼリーのようだった。
 誰の差し入れだろう。正直色々渡されすぎて把握しきれていない。
 一応イヴがくんくんと匂いを嗅いで危ないものではないことはわかったのでせっかくだしそれを貰おうと一口いただく。ブリーのみのゼリーは子供の頃からの好物なので嬉しいが、シアンたちは知らないだろうしやっぱり姉か両親から届いたものだろうか?
「これ美味いな」
 手作りっぽいそれの送り主がわからないので本当はよくないだろうがつい食べきってしまい、まあ美味しいからいいかと適当に流すのであった。



――――――――




 ――レグルス団のアジトにて、イリーナはブリーのみのゼリーを口にしながら差し入れてくれたリジアに問う。
「なんでまたブリーのみ? 今まで作ったことなかったわよね?」
「ああ、それはですね――」
 ヒロへの差し入れに作って余った分、とはさすがに言えずなんで作ったのかほかに理由を作ろうと考える。
「子供の頃食べてた気がして、懐かしくてつい」
「……子供の頃?」
「ええ、子供の――」

 ――子供の頃のことなんて、覚えてないはずなのに。

 頭痛がして、何かよくない気配を感じて口をつぐむ。なぜかヒロに作るならこれでいいと思ってしまったが、あれの好みなんて知っているはずもない。それこそシレネのように適当に焼き菓子でも良かったのになぜわざわざブリーのみを選んだのか。
「覚えてないはずなのに変ですね。あ、私そろそろ夕食の準備するのでこれで失礼します」
 イリーナの言葉から逃げるようにリジアはその場からそそくさと退散し、残されたイリーナは忌々しげに舌打ちする。
「まさかあの小僧と出会ってるんじゃないでしょうね……」
 イリーナはキッドやサイクに確認すればわかることなのにそれを確認しないのにはわけがある。
 まず、イリーナの完全に独断行為。テオにすら知られていないそれを誰かに気づかれるわけにはいかない。ただの、私欲での行いだからだ。
「あの小僧の記憶は確かに弄ったはずよね?」
 そばにいるフーディンに確認するとこくりと頷いたフーディンにイリーナは眉をしかめる。
「……ココナを使いましょう」





とぅりりりり ( 2018/04/28(土) 20:52 )