新しい人生は新米ポケモントレーナー





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2章
『恋』の香りと『変』の匂い

 今日も今日とて暇を持て余している。なぜか土気色の顔でイオトとエミが早々に見舞いに来たけどきっと俺にはどうでもいいことだ。
「誰がホモだよ……クソ……」
「死ね…………クソメガネ死ね……」
「空気悪くなるから呪詛吐くなら出ていってくんね?」
 イヴがきょとんとしながら二人を見ている。そういえばマリルリさんが先日いきなり掴みかかってきて以来ずっとぼーっとしていて怖い。心ここにあらずと言わんばかりに虚空を見つめている。
「で、まあ心底どうでもいいけどどうした」
「ナンパしようとしてもなぜかもう知れ渡ってるのか避けられる……俺はどうやってこの寂しさを埋めればいいんだ……」
 本当にどうでもいい。
 一方のエミは見慣れない上着を羽織っていた。病室に入ってきた時、目深にフードをかぶってるものだから誰かと思ってしまった。
「街中どこに行ってもホモ寝取り野郎って言われるんだ……僕はそんなことしない……確かに寝取りものは好きだけど誰がこいつなんか……」
「お前ら本当に何があったの?」
 どうでもいいんだけど漠然とした情報しかないせいで全くわからない。
 とりあえずこいつらはホモってことでいいんだろうか。
「どこ行っても視線が痛いんだって。少しくらいここで人目を避けようとしたら――」
「僕が先に思いついたのにイオトが真似してついてきやがったんだよ! 誰がこんなのと同行するもんか!」
「うん、まあ、とにかくここはお前らの避難所じゃねぇぞ」
 割ときちんと病室だ。マリルリさんのせいで窓は盛大に割れてるが。
 正直本当に、いや心底どうでもいいんだけどこいつらが町に居づらいのはわかった。
「なんだったら俺の入院中、ケイのところに世話にでもなれば?」
 俺の修行にも付き合ってくれたし、なんだかんだで広いから頭を下げれば少しくらいは融通してくれそうだ。ていうかなんだかんだでケイって優しいし。
「そうか、その手があったな! じゃあ俺ワコブに――」
 イオトが我先にと立ち上がったかと思うと俺のポケフォンが鳴って、連動するように動きが止まる。噂をすればなんとやら、ケイからの通話だ。
「もしもし?」
『いやな予感がしたから先に言うけど俺の道場は駆け込み寺でもなければ避難所でもねぇ。ほかの奴にも言っておけ』
 こいつどっかで聞いてるのかと思うほど話していた内容に合致していてびびる。イオトとエミにも聞こえたのか「えぇ……」と露骨に残念そうな顔をしていた。
『どうせお前が入院中暇だからとかで俺のところに来るかもしれないからな。割と本気でやめろ』
 微妙に想像していた理由とは違うけどタイミングがばっちりすぎて怖い。
 というわけで機嫌の悪そうなケイとの通話は終わり、再び行き場のないイオトとエミはぐでっと顔をうつむけた。
「はぁ……もう僕なんか元々目立つ顔してるからちょっと歩くだけでじろじろ見られるんだよ……おかけで上着まで引っ張り出す始末だし」
「ああ、その上着、普段は見ないもんな」
 フード付きの上着はポンチョみたいであたたかそうではあるがさすがに今着るのは暑いだろう。
 にしても、こう、あんまり考えたら悪いとは思うがどうしても気になってしまう。
「ん? 何、ジロジロ見て」
「怒らないか?」
「何。怒らないから言いなよ。そっちのほうが気になる」
 うん、まあ、なんかさっきホモだなんだって聞いたせいだと思うんだが――

「お前それ、イオトとお揃いみたいだよな――」

「ダッシャオラァァァァァァァァ!!」

 一瞬のうちに上着を脱いだかと思うと窓の外へとぶん投げたエミはキレて血管がはちきれそうなくらい怒りで顔がやばい。
「気持ち悪いこと言われたせいであの上着二度と着れねぇ……」
 おーおー、いつもより口が悪い。
 イオトの方も見慣れたパーカーを脱ごうかとすごい顔をしていたが逆に脱がない選択肢をとった。なんかこいつら面白いな。
「まあ、せっかくなんだし仲良くすれば?」
『死んでもお断りだ!』
 そのくせ旅にはついてくるんだよな、二人揃って。本当にこいつらはよくわからない。

「そういやシアンは?」
 連日見舞うこともないのだがマリルリさんもここにいるので一人になっているのではと少しだけ心配になる。いやまあ、なにもないとは思うが。
「シアンなら僕のコジョンドと一緒にいるから大丈夫。なんか用事があるとかでどっか行ったよ」
 まあ、コジョンドがいるなら大丈夫だろう。にしても何が悲しくて野郎3人で集まってるんだか。
「暇だし映画でも見るか。イオトから預かったやつまだほとんど手つけてないし」
「せっかくだしコマタナマンとか見ようぜ」
 まあ結局よくわからなかったけど暇なので映画を見ながらまた一日が過ぎていくのであった。



――――――――


 ――ヒロたちが映画を見ている一方、シアンはというとキーストーンを売っている例の店の近くでそわそわしながら誰かを待っていた。

 先日、ナギサとお茶したときに悩みを打ち明けてみたのだ。
『ナギサちゃん……ボク……恋しちゃったかもです……』
『えぇっ!? どんな人? もしかして一緒に旅して――』
『それだけはねぇです』
 偶然出会った好みの男に親切にしたら連絡先を交換できることになった。メガストーンの件は実家のコネもあってちょっと言い出せなかったがおおまかな事情を説明するとナギサは楽しそうに、どこか羨ましそうに言う。
『いいなー。絶対脈アリだよそれ』
『あると思うです……?』
『あるって! 待ってるだけじゃ駄目だよ。試しに一回連絡してみたら?』
『で、でも、向こうから来るまで連絡したら迷惑じゃ……』
『もー! それで迷惑って思うようなら連絡先なんてくれないって! ほら、女の子は度胸と愛嬌、だよ!』
 ナギサの後押しもあって、無事キクジに連絡を取り、今日待ち合わせることとなったのだが、緊張でシアンはいつもと比べてぎこちない。
 待ち合わせの時間よりまだ10分も前だというのにしきりに時間を確認してはそわそわとあたりを見渡す。
「あれ、早いな」
「びゃあ!?」
 後ろから声をかけられて驚いて前に転びそうになるがキクジに受け止めてもらい、怪我はしなかったが早速やらかしたからかシアンはやはりどもりながらキクジを見る。
「あ、ありがとうです! よ!」
「もしかして、待たせたのかな?」
「ぜ、全然ですよ! ボクが早くついちゃっただけです!」
 やり取りがまるで恋人のデートみたいで自分で言っておいてシアンは動揺を隠しきれない。
「……で、先日の礼に何か返そうと思うんだが……何がいい?」
「えー……えっとですねー」
 正直何も考えていなかったのだが会う口実になるからととりあえずそのときに決めようなんて適当に思っていたせいでとっさに思いつかない。
 あまりうだうだ迷って面倒に思われたくないとシアンは冗談めかして言ってみた。
「じゃ、じゃあ今日一日ボクとデートするですよ! なーんて……」
「そんなことならお安い御用だが……そんなことでいいのか?」
 はえ?とシアンは状況が理解できていない。不思議そうに差し出された手にほとんど無意識に手を出すと自分より大きい手に引かれて道を進んでいく。
「デート、するんだろう?」
「あ、う……うん……」
 冗談のつもりだが割と普通に受け入れられて気恥ずかしい。繋いだ手は汗をかいてしまって変に思われないかとヒヤヒヤしている。
 運動してもこんなに心臓がばくばくすることなどないのに、と大きな背を見ながら考える。
 今日、お返ししてもらったら終わっちゃうのかな。

『女の子は度胸と愛嬌! だよ!』

 ナギサの言葉を思い出してシアンはもごもごと口を動かすが肝心の言葉が出てこなくて足が止まる。
 それに気づいたキクジは振り返って「どうした?」と少し目線を下げながら聞いた。
「あの、その……」
「うん?」
 キクジはシアンの言葉を待つ。それが余計になんとも思われていないようで、自分ひとりで舞い上がっているのではと不安を加速させてしまう。
 それでも、言わないと後で後悔する。
「……ボク、わがままなんです」
「そ、そうなのか?」
「だから……その……今日だけじゃ、やです」
 こんなにも、口が乾いて、心音がうるさいこと、初めてだ。
 もしかしたら拒絶されるかもしれないという可能性が幾度となくよぎって、それを振り払って願いを告げた。

「……今日以外も、デートして欲しいです。グルマ以外も、一緒にお茶とかしてぇです……」

 言ってしまった。恥ずかしくて顔が不自然に熱い。うつむいて口を引き結びながらキクジの言葉を待つ。うつむいたせいで彼の顔が見えないが、驚きや困惑の声はあがらなかったことだけはわかる。
「……その……勘違いだったらもうしわけないんだが」
「はいです……」
「君は俺と……その……付き合いたいとかそういうことなんだろうか……?」
 恐る恐る顔を上げるとキクジは自分ほどではないが口元を引き結んでおり、よく見ると耳が赤い。
「……そ、それはその……まだ会ったばかりですし……いっぱいお話とかしてぇなーって……」
「そ、そうだよな……うん……だよな……」
 ようやく状況を理解したのか先程までの落ち着いた様子が崩れて動揺の色が見え始める。
 が、その動揺は悪い意味ではなさそうだ。
「えっと、じゃあまず今日のデートでちょっとお互いのことを話そう。俺は君の歳も好きなものも何も知らないしな……」
 紳士的で、けど反応からして嫌というわけではないことが伺える。ただ、彼も自分と同じで慣れないことに戸惑っているようだ。
「は、はいです……その、じゃあ、今日はよろしくです……」
 とりあえず、第一段階はクリアし、あとはこの後どう思われるかだ。
 けど、今更かわい子ぶるつもりもないし、とうに取り繕う仮面もない。だから今更どうしようもないことなのだが――
 それでも、少しでもかわいく見られたいと思ってしまうのだ。



――――――――



 一方、レグルス団のアジトでは厨房が騒がしく慌ただしい音を響かせていた。
「だから異物混入はやめなさいって言ってるでしょう!」
「おまじない……」
「不衛生だと言っているんです! 怪我人に食わせるものではないでしょうが!」
 珍しくリジアがシレネに怒りながら異物混入する手を止め、後ろでネイティオも怪しい物体を回収するという大騒ぎ。
 それを遠巻きにキッドが見守りながら試食待ちの札を首にかけて呟いた。
「俺……ちゃんとしたもの食えっかな……」
「ぐる……」
 グラエナが不安そうに唸る。今のうちに逃げとけという顔だがリジアを信じてキッドは完成を待とうと決める。
「だ・か・ら! 血とか論外だと言っているんです! あなた育て屋業してるくせにそんなこともわからないのですか!?」
「ヒロ君に……! 早く元気に……! なって欲しい……から……!」
「そんなもの入れたら余計に長引くでしょうが! 止めなさい! 私に教えを請うなら言うことを聞きなさい!」
 決断したはずなのに、不安が再び襲ってきてキッドははらはらしつつも様子を見守り続け、なんとか完成して息絶え絶えのリジアを心の底からねぎらった。
「まったく……お菓子一つ作るくらいでこんな疲れるなんて……」
「ふふ……ヒロ君喜ぶかしら……」
「焼き菓子ですから今日にでも届けるんですよ。傷むといけませんし」
 軽く忠告するとシレネは「わかってる……わよ……」と言って嵐のように厨房から出ていった。味見担当のキッドはシレネ作のマフィンを口にはするが、感想を言う前に去られたので「あいつはそういうやつだったわ」と悪態をつく。
「にしてもあいつ、組織の人間でもないのに男に入れ込んで大丈夫なんスか?」
「……まあ、うまくやるんじゃないでしょうか。シレネはなんだかんだで要領のいい子ですし」
 リジアは考えたことないが、実際問題、組織の人間ではない相手と恋に落ちたりしたら裏切りの可能性もあるので褒められたものではない。元々、アジトの場所に関しては特にデリケートな問題なだけあって、連れ込みは当然NGだ。
「つーかうまいこと組織に引っ張り込んだら一番いいんじゃねぇッスか?」
「そうですねぇ……」
 リジアもそれが一番の安牌だろうなぁと考え、少しレグルス団にヒロがいる想像をしてみる。
 が、どうしても自分にまとわりついてくる想像しかできなくて自分の頭を机に強く打ち付けて雑念を振り払った。その音にグラエナもびっくりして毛を逆立てる。
「り、リジ姉?」
「あ、お気になさらず。ちょっと気持ちを切り替えただけです」
「そ、そっか」
 変な想像はどうにか振り払ったものの、ヒロの怪我はタイミングや原因からして自分のせいなんだろうというのは察しがついた。自意識過剰かとも考えたが、いくらなんでもジムリーダーが一般人に牙を向けることなど通常考えられない。
 自分をかばったせいで入院するほどの怪我を負わせたと思うと、敵対しているとはいえ、心が痛む。
「……はぁ……」
「あれ、リジ姉また何か作るんすか?」
「あー……えっと、そうですね。ちょっとだけ……」





 次の日――。


「違うんですよ、借りを作ったままだと落ち着かないだけです。服も返そうと思ってただけですから」
「うん、別に僕に言い訳しなくていいからね?」
 グルマシティに行くにはさすがに警戒されているだろう。そのために変装をして行こうとサイクに変装の手ほどきをしてもらうと伺ったのだが呆れられてしまった。
「実際、髪型変えてメガネでもかけて――あとは、胸に詰め物とかしたら案外バレないよ」
「詰め物必要ですか? あの、本当に必要ですかそれ?」
 いいからいいから、と言われるがままに髪を下ろしてメガネをかけ、服装もいつもとはかけはなれた女性らしいものをまとって――不自然ではないくらいに胸に詰め物をしてグルマシティに向かうのであった。


 保冷剤と一緒に、作ったブリーの実ゼリーを袋に入れて出かけ、言い訳にした返す予定の服を見事に忘れたのだが、それに気づくのは帰ってきてからのことであり、さすがのサイクも呆れを通り越して哀れみすら抱いてしまうのであった。







――――――――


 ジムリーダーコハクはイライラしながら病院の前でうろうろしていた。
 昨日はいきなり誰かの上着が頭に落ちてきて気を削がれてしまったが今日こそ行くしかないかと決心――しようとしてうじうじと歩みを止める。
「謝らないったら謝らない……」
 ブツブツと恨みがましく吐き捨てつつも、足は院内へと向かっている。が、何度も途中でUターンしてはまた進んだり戻ったりを繰り返し、ここ数日では見慣れたその光景に病院の人もさすがに困惑している。

 連日、不審者のようにうろうろするだけうろうろして結局何もせずに帰るコハクは今日こそはと何かを決心していた。
 先日の院内での揉め事のときもうろうろしていたからすぐに駆けつけられたりとある意味では役立っているが最近ジムリーダー業が疎かになっているのでジムトレとしてはそろそろ早くケリをつけて欲しいと願うばかり。が、肝心のコハクが一向に心が揺らいでしまって何もできずにいる。
 クロガスからもそろそろ叱られてしまうので今日こそ、今日こそはとコハクは病院の入り口でうろうろしている。
 そこに、明るい声が飛んだ。
「あー、コハクちゃん」
 ヨツハが陽気に手を振ってコハクに近寄る。コハクは知り合いだからかいくらか落ち着いた様子で話しかける。
「ヨっちゃん? どうしたの?」
「どうしたってそりゃコハクちゃんのせいで怪我したヒロ君のお見舞いだけど?」
 事実だが微妙にトゲのある言い方にコハクはふんっと拗ねたように鼻を鳴らした。
「あんなの、馬鹿なことしたあっちが悪いっての」
「あーあー、そんなこと言っちゃって。ま、コハクちゃんのせいで暇してるだろうヒロ君を慰めに行ってきますかー」
「あっ、待っ――」
 コハクの制止も聞かずヨツハは軽い足取りでヒロの病室へと向かう。
 残されたコハクは再びうろうろし始め、それを再びある人物に目撃されることとなる。


「……コハクさん?」


 挙動不審なコハクの様子を、花束を抱えたナギサが不思議そうに見つめ、会いたくないのかコハクを避けるようにヒロの病室へと向かうのであった。







とぅりりりり ( 2018/04/28(土) 20:51 )