新しい人生は新米ポケモントレーナー





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2章
会議は爆発する

「今頃ケイは招集とやらに行ってるのかな」
「まあ、会議の時間はだいたい午後が多いみてぇですし、そろそろじゃねぇですか?」
 足を折ったおかげでろくに動けないため、なにかすることはないかとソシャゲに手を出してみたが長く続けられない。ソシャゲは前世の頃からあんまり合わなかったというか、ポケモンばかりやってたんだよな……。
 目の前に本物のポケモンがいるためゲームをする意欲が極限まで低下している気がする。
「そういえば今日はイオトとエミはどうした?」
「えっちゃんならぷらぷらするのつまらないから短期でちょっと稼いでくるってどっか行ったです。イオ君はナンパしにいくとかほざいてたですよ」
「つまりいつも通りってことだな」
 もう二人がふらふらどっか行くのは慣れたことだし、いつの間にか戻ってきているので気にするだけ無駄だと諦めている。
「あ、でも念のためボクのお守りとしてマリルリさんとコジョンド置いていったですよ」
「まあ、その二匹いたら大概なんとかなりそうだな……」
 シアンを一人で放っとくのは危ないし、それこそケイに怒られるので護衛をつけとくのは正解だろう。
「でもマリルリさん、さっき病院の庭の方にお散歩行ったみてぇなので戻ってくるまではボクもここにいるです」
「護衛の意味」
 マリルリさん、前から思ってたけど自由だよなぁ。というかイオトはマリルリさんがふらふらどっか行っても心配じゃ……いや、マリルリさんだし大丈夫なんだろうな……。
 ベッドのそばでネギたろうが器用にリンゴを宙に放ったかと思うと携えたクキを振るう。すっと皿を差し出すと綺麗切られたイーブイリンゴが皿に並び、ネギたろうはドヤ顔で机に置いた。見ていたイヴが前足でぱちぱちとして感心している。かわいい。
「ヨツハは?」
「よっちゃんはなんかそろそろ自分も本職しないとーって行って町でお仕事に励んでるらしいです」
 まあ、俺達になんで同行してたかわからないけど、あいつの本職は技教え職人らしいしな。
「なんか本とか持ってきた方がいいです? それか映画とか借りてくるです?」
「映画ならイオトが頼んでもいないのにオススメ置いていったからなー、本のほうがいい」
 昨日、ケイが帰った後に見舞いに来た4人がそれぞれ長期入院ということもあって色々差し入れてくれたのだが、イオトだけなぜか古めのものからわりと新しいものまで揃った映画のDVDを無駄に多く渡してきた。

『オススメは「ポケウッドをぶっとばせ」なんだけどやっぱり名作の「そしてラプラスは行く」も一度見ておくべきだと思ってさー。あと「ラストエンペルト」も。「忘れえぬ記憶」と「タイムゲートトラベラー」も俺の一押しで特にこの二つは当時新人女優のメイって子が新人とは思えない演技と――』

 正直、あんな早口で喋るイオト初めて見た。ていうか後半のタイトル、微妙に覚えがあるぞ、ポケウッドのやつだよなそれ。
 イオトが映画マニアだとは思わなかったがまあそれは置いといて、やはり落ち着いて読書とかしたい。そういえば前世を思い出して以来、まともに読書をした記憶がないし、それこそ新聞でもいいから目を通しておいたほうがいいかもしれない。
「にしてもここ最近バタバタしてたからこうしてのんびりするのも案外悪くないかもなー。平和バンザイ」
「平和ですねー」

 涼しい風が外から流れ込み、カーテンを揺らす。骨折は痛いけど何もしなくても面倒見てもらえる生活は案外悪くないかもしれない。



――――――――



 ――ポケモンリーグ、オウシャ島。


 会議前のジムトレたちは準備の手伝いのため会議室から離れ物置へと向かう。
「ユーリさんだけ不参加してくれないかな……」
「無理だよ。アリサさんが不参加は全員潰すって勢いだったし」
 会議そのものに付き添うことはジムトレとしては大変名誉――箔がつくことだ。
 ジムリーダーや四天王といった有力者に顔と名前を覚えてもらえる。それだけで今後に繋がる可能性があるためそれこそ我先にと皆付き添いを希望するはずなのだが――

『あの生きた爆弾みたいなユーリさんと同室で会議とか耐えられる気がしない……』

 生きた爆弾。追尾式地雷。アマリト地方の魔王。常在炎上。ここ数年でついたあだ名は物騒なものばかりだ。
「でもまあ、会議の内容自体はコハクさんの処遇に関してみたいだし、ユーリさんがキレるようなことはないはずだよ」
「そうそう。怯えすぎだって。そりゃ爆弾みたいな人だけど刺激与えなければいいだけなんだからさ」
 ははは、と穏やかに笑い合うジムトレたち。必要な道具を持って会議室に戻る。

 ――すると、なぜか会議室でうずくまるジムトレ……オズとガンエがいた。

「嘘だろ……」
「終わった……」

 二人はジムリーダーたちのお茶と菓子の用意をしていたはず。確かに机には並んでいるが二人の様子が明らかに異常だ。
 というか、ジムトレの中でも古株かつ、片やリコリスに暴力的な扱いを受けてもヘラヘラしているオズと片や先代ジムリーダーの頃からクールかつ理知的に支える右腕的存在のガンエがここまで絶望するような状況が理解できない。
「ど、どうしたんですか……?」
 ジムリーダーたちはまだ会議室に揃っていない。先に準備を進めるジムトレと、四天王のフィルが何やら机のある席にカメラのようなものを取り付けているくらいだ。


「……本日の会議に……チャンピオン様が……参加されます……っ!」

「あの喋ったら確実にユーリ嬢ちゃんがキレることしか言えないクソ野郎が……! よりにもよって今日……っ!」


 爆弾に刺激を与えなければいいと思っていたら、その隣にラッタ花火が打ち上がったような絶望感であった。

 ――あ、これ死んだな。

 その場にいたジムトレは8割が察してしまい、胃薬を分け合うという事態なったとか。



――――――――


 ナギサはリーグの扉をくぐり、会議室へ向かおうとすると見知った背中を見かけて声をかける。
「ケイ兄! やっほー」
「ああ、お前も今来たのか」
 時刻は会議開始予定より10分ほど前。ナギサは前の仕事が押してしまったせいで本人の予定より遅くの到着となったのだが、ケイは予定通り、というかギリギリまで会議室に腰を据えたくないと思って廊下でぼんやり立っていた。
「急な会議なのに本当に皆集まれたのかな」
「というか、多分俺らが最後みたいだぜ」
 集まる時は無駄に早く集まるやつらだ、とケイはぼやく。普段ほとんど揃わない癖にこういうときばかり我先にと待ち構えているのだ。
「そういえばケイ兄は付き添い今日もなし? こっちは先にガンエを行かせてるんだけど」
「俺のところは付き添わせても面倒なだけだしな」
 主に脳筋ばかりのワコブジムの面々を思い出してケイは首を振った。というより、会議に連れて行ってもトラウマを抱えるだけなので連れて行かない方が精神衛生上いい。
「私、アンリさんとかオトギさん久しぶりだなー。イヅキ兄は最後に会ったの覚えてないし」
「イヅキはあいつ、なんで辞めないんだろうなぁ」
 他愛もないやりとりをしながら会議室へとたどり着き、ケイが会議室の扉に手をかける。

 ――入った瞬間、空気が重い。

 そこに立ち並ぶのは各地のジムトレたち。基本彼らは円形の机に席はなく、部屋の壁際にある椅子で待機するか立って自分のリーダーの傍に控えている。
 が、その彼らは全員漏れなく目が死んでいる。中にはよくわかっていないのか他のジムトレを見て怪訝そうに首を傾げている者もいるが、その様子から恐ろしいことが起きるということだけは予想がつくらしく、顔色が良くない。

 円卓にそれぞれ座るジムリーダーたちはそんな彼らの気持ちを無視して思い思いの会議が始まるのを待っている。

 リコリス。刺繍でもしているらしく、ちくちくと針を進めながらなぜか設置されたカメラとスピーカーに時折視線を向けている。
 アンリエッタ。普段こそ王子様のような彼女だが、今日は完全に萎縮しており、隣にいる人物に怯えている様子だ。
 ユーリ。この部屋の恐れを一身に受けているであろう彼女はイライラしているのか腕を組みながらトントンと指を動かして早く会議をしろと訴えている。
 オトギ。落ち着いた様子で本を読んでおり、入ってきたケイとナギサに気づくと穏やかに微笑んで手を振った。この状況でなぜ落ち着いていられるのかと問いただしたいほど自然体である。
 イヅキ。彼は例えるならクルマユのようにブランケットを頭から被って突っ伏している。相当会議に出たくなかったらしい。

 ――そして、問題のコハク。ユーリのせいで霞んでいるが彼女も相当に機嫌が悪い。

「二人ともきたし、少し早いけれど始めるわよ」
 アリサが仕切るように手を叩く。が、その前にとケイがアリサに耳打ちした。
「なんであんなお通夜状態なんだよ」
「……あの馬鹿チャンピオンが会議に参加するのよ。顔は見せないから声だけ。別室からこっちの様子見てる」
 一瞬で納得すると同時に完全に地雷原に放り込まれたことを察して思わず帰りたくなるケイ。ナギサはゴルダックを出しておこうかという不安そうな顔をするが予め出しておいても恐らく余計に怒りを買うだけなので無言で席についた。

「さて、事前に送った資料に目を通してる前提で話を進めるわ。単刀直入に言うけど――コハクにジムリーダーを辞めさせるかどうか。ジムリーダー、四天王は全員意見を出しなさい。規定通り、過半数以上賛成が出ればコハクはジムリーダーの地位を剥奪するわ」

 当然、ある程度の話し合いは行われるがとりあえずそれぞれが資料を見てどう感じたかの意見を求めた。まっとうな感性があればコハクの越権行為には眉をしかめたくなるだろうと。
 コハクとチャンピオンの意見はとりあえず置いておくとして、それ以外のジムリーダーと四天王の意見がプレートでそれぞれ示される。


 反対:フィル、ランタ、リコリス、ユーリ、オトギ、イヅキ
 賛成:アリサ、リッカ、ケイ、ナギサ、アンリエッタ


 結果、現状5対6。アリサは白目を剥いて倒れそうになるのをぐっと堪えて怒声をあげた。
「反対派、どういうことよっ!! 頭おかしいんじゃないの!?」
「落ち着きなさいアリサ」
 反対派のフィルが茶に口をつけてから全員を示す。
「彼らはきちんとコハクの行いを確認した上でこの結論を出した。話し合いで変わるかもしれないとはいえ、その結論をハナから否定するんじゃない」
「……っ! じゃあそれぞれ理由を聞かせてもらおうじゃない! 特に反対派!」
 どうにか冷静さを保とうとアリサが深く息を吸う。チャンピオンはまだ何も言わない。様子を見ているのだろうが――普段それこそ重要な会議にも参加しないこのチャンピオンが関わるということはコハクの一件に関して思うところがあるからのはずだとアリサは考える。
(じゃなきゃケイの告発とほぼ同時にチャンピオンの承認が降りるはずないじゃない。あいつ、どこかでこのコハクの一件を直で見ていたんだわ)
 それに関して追求したいところだがかわされて時間の無駄になりかねないのでひとまずはこの一件のケリをつけねばならない。
 まず最初に意見を出したのはフィルだった。四天王、それも最年長である彼は幼い容姿をしているが年長者らしく落ち着いて淡々と言葉を述べた。
「そうだね。僕が言えることは『彼女の代わりが少なくとも今はいない』ということだ」
「僕も同じ意見です。特に今は不安定な時期ですしね」
 オトギもそれに同意し、ちらりとケイを見る。
「それに……ファイトルールを行ったのであれば、それを指導した彼にも問題があると思いますが? 怪我をした新人も、彼の指導がなければファイトルールを受けることはなかったでしょうし」
 ケイは素知らぬ顔でトントンと指先で腕を叩き、アリサは怪訝そうにケイを見た。
「……何? ケイ、あんたなんかしたの?」
「ああ、ケイ君説明してないんですね。これは失礼。でも隠すのはよくないよ」
 オトギは爽やかな笑顔でケイを見て目を細める。
「君、コハクちゃんがファイトルールをふっかけるのをわかってて新人にファイトルールの指導をしたんだろう? しかもその話が出た時止めもしない」
 ケイは相変わらず無表情で茶をすする。しかし、内心しくじったと焦っていた。

 ――ジムリーダー・オトギ。エスパータイプの使い手で彼自信もまた超能力者である。なぜ知っているのか、と聞かれたらそのアマリトでも類まれなるエスパーの能力で心を読んだ、あるいは記憶を覗き見たか。いずれにせよ趣味の悪い行為だが隠していたことは事実なのでケイも強く出れるはずはない。

「……ケイ、あとでその話は詳しく聞くわ」
 アリサの静かな怒りは四天王としてか、はたまた姉としてか。オトギの話に関しては今の主題ではないということで流れたものの、反対派の意見はほぼフィルが口にしたものと似たようなことだった。
「ま、違反行為だけど賠償はもう済ませたんだろ。つーかそれで首にして新任が変なやつだったらどうするんだよ。新任決めるのだって試験やら審査で時間も手間もかかるってのに。すげ替えるにしてももう少し後任を育てるとかじゃねーと今の情勢じゃきついぞ」
 ランタのコハク継続の意見に、ナギサは眉根を寄せる。あまり見せないナギサの表情に内心ケイは驚いていた。
「……そうかな。確かに急な辞任は印象悪いけど、その個人でしか成り立たない組織なんて意味ないと思うな」
「はっ、有能な人間が組織を回して何の問題がある。別にコハクを辞めさせたところでジムとグルマシティそのものは回るだろうよ」
 嘲笑するようにユーリが口を開く。ナギサのむっとした表情に悪びれもせず彼女は続ける。
「だが、コハク以上に信用できて、コハクと同等の力量を備えたトレーナーが今どれだけいる? レグルス団のクズどもが新任決めの時を狙ってグルマの石を根こそぎ奪いにきかねんぞ。リコリスが不在のときを狙って襲撃事件を起こしたやつらだ。ある程度こちらの事情を把握していると見て間違いない」
 人格としては難ありだが個人の実力や信頼は確かなものだ。越権行為は確かに事実であるが――

「だいたい、アリサ。お前の弟何してるんだ? ふざけているのか?」

 アリサの顔が引きつる。言われたくないけど絶対に言われると思っていたことに頭痛がしてきた。
「俺がコハクの立場なら即刻町から追い出すぞ。ただでさえ、リーグ側の情報がどこからか漏れている可能性すらあがっているのにお前の弟が変なことしているせいでお前まで疑われる」
「……いや、それは普通に殺すのアカンから止めただけじゃ……」
 イヅキが恐る恐る口を開く。すると次の瞬間、イヅキの目の前にあったティーカップが割れた。ユーリが何かしたのだろうが大半の人間は何が起こったのかわかっていない。把握できたのはケイとオトギ、あとリコリスとフィルくらいだ。ギリギリアンリエッタも察したのか一瞬遅れて納得したような顔をする。
「――イヅキ、何か言ったか?」
「……なんでもない、です……」
 ああ、嫌な流れだとアリサは焦る。こうやってユーリが他のジムリーダーを黙らせる。このパターンだとユーリの意見で流れてしまう。
 どうにか話を賛成派側に持っていきたいアリサは賛成派かつ、まだ意見を出していないアンリエッタに話を振る。
「アンリ、あんたはどう思う?」
「そうだなぁ。双方、言いたいことは理解できるよ。ただ僕としては規則を破ったのだからジムリーダーの地位を剥奪するのは仕方のないことだと思うね。規則を破っても続けられるなら秩序の意味がない。彼女の代わりがいないという話も、先々代様がまだご存命だし、そちらに依頼するという手も――」
 アンリエッタが落ち着いて言葉を続けようとすると、すぐ隣のユーリが無感情な目でアンリエッタを見た。
「なんだ、お前、随分と口が達者になったな? ん?」
「ひえっ……」
 決して睨んではいない。むしろただ見ているだけなのだがアンリエッタは耐え難いプレッシャーを感じたのか自分のプレートを賛成から反対に変えてしまった。
「すい、ません……なんでも、ないです……!」
「そうか」
「あああああああっ! このクソジムリーダーども! どいつもこいつも! アンリ、あんたも自分の意見を捨てるな!」
 元々劣勢だった賛成派が減ってしまいアリサが発狂寸前で立ち上がるが隣のリッカに抑えられ手負いの獣ばりに息を荒くする。ただでさえ味方だと思っていたフィル(とついでにランタ)すら反対派という苦しい状況。ここからコハクの辞任に持っていくのは厳しいかもしれない。
「やーい! どうせアタイを降ろせるはずもないのに頑張っちゃってさ! 大人しくリーグの門番してればいいんだよ!」
 まだ確定ではないのに強気のコハクの煽りが飛ぶ。が、その煽りを受けて反応したのはアリサではなかった。
「いや、俺様は別にお前の味方じゃないぞ。お前も後で問題になるようなことするんじゃない。そんなだから二流なんだぞ、お前」
 ユーリの淡々とした言葉にコハクは「は?」と圧が強い言葉を向ける。そろそろやばいなと感じてきたジムリができるだけユーリのそばから離れようと壁伝いに移動する。
「二流? え、なに。ユーリさん。それもしかしなくてもアタイのこと?」
「それ以外に何がある? ジルコンのやつはお前よりは才能はなかったが今のお前と比べればあいつは一流だぞ。そんなこともわからないから新人に有利なファイトルールで無様な姿を晒して負けるんだよお前」
 次の瞬間、会議室が大きく揺れる。コハクのドサイドンが、ユーリに殴りかかった――はずがフローゼルがドサイドンの攻撃を受け止めていた。
 フローゼルの力で受け止めきれるような攻撃の重さではない、と思う前にユーリのつまらなさそうな声が響く。
「俺が言える義理ではないがお前、喧嘩売るなら相手を考えたらどうだ?」
 およそ2秒。フローゼルの素早い動きは何をしたのか捉えきれない。しかし、その2秒でドサイドンの鎧が剥がれるほどのダメージ。ジムトレの中で何が起こったのかわかった者は恐らくいない。ジムリーダーたちは「おー」「相変わらず……」とだいたいは察しているようだが多くは語らない。
「ナギサ、お前今見えたか?」
「見え……はしなかったけどだいたい何が起こったかは察した」
「まあお前の本職だしな、水タイプ」

 高速で放たれたアクアブレイクが数発。それを受けて防御の要である鎧が壊れ、そこにとどめのアクアテールでフィニッシュ、といったところだ。

 こんなこと、軽々とできる方がおかしい。ポケモンも相当芸達者だし、それを指示もろくにせずやらせるユーリも相当おかしい。
「いいから大人しく座ってろ。どうせお前の首は繋がったままだ。なら俺の小言くらい甘んじて受け入れるんだな」
 すごい最もなことを言ってるのだが、普段のユーリを知っている者からすれば「いやあんたも相当……」と思わずにはいられない。
 チャンピオン現役時代はかなりまともだったので、発言自体にはそうおかしなところはないのだが、今のチャンピオンのせいで過激な発言や無茶振りが目立つユーリ。それさえなければ、と思わずにはいられない。

『――いや、つーかお前が言うなよおチビ』

 誰もが口にしない、してはいけないと思っていたことを、ずっと無言を貫いていたスピーカーが吐き出した。

『お前だって僕に勝てないくせに何度も喧嘩ふっかけてくるけど人に言うくらいなら自分の行動改めれば? だからお前は弱いんだよ』

 あっ……とケイは守りに入ることを即座に判断し、オトギも涼し気な顔で手持ちに自分を守らせ、イヅキもトゲデマルを盾にするように頭を抱えた。アンリエッタも「やだもぅ……」と泣きそうになりながら自分を守らせ、リコリスに至ってはノーモーションで真っ先に防御を完璧にしていた。チャンピオンが喋りだした時点で予測していたのだろう。フィルもリッカも、慣れたように防御を取らせ、出遅れたアリサ、ナギサ、ランタと、チャンピオンが喋ったことに寄る驚きでぼけーっとしていたコハクとジムトレたちは間に合わなかった。

「ぶち殺してやらあああああああああああああああああああああああああああああ!!」

 リーグの会議室が派手に爆発し、青空会議室は汚れと瓦礫にまみれ、爆発したジバコイルが目を回しつつ、ユーリを爆発から守ったアイアントがジバコイルをつついている。
 ユーリはチャンピオンが部屋を見ているはずのカメラと、言葉を伝えるスピーカーを壊れているのに蹴り続け、憤怒の形相で絶叫する。
「出てこい! どこだクソ野郎! 今日こそ殺してやる!! 
「リコリス、そっち抑えろ!」
「あらあらまあまあ〜、はいどうどう」
 フィルとリコリスが二人がかりで暴れるユーリを取り押さえる。その間、ジムリーダーたちは呑気に自分のジムトレに声をかけていた。
「ハツユキ、コウジ。生きてるかい?」
「生きてまず……」
「な、なんとか……」
「修行が足りないなー、ははは」
 アケビジム一行はオトギは面白半分で軽傷の二人を見て微笑む。それを見たケイは「鬼かよ」と思わず言葉が溢れた。
「スー、ごめん。忘れてた」
「いや……事前に言われてたので対処できなかった自分にも問題ありますから……」
 ロードネジムはジムトレのほうが身につけていたモノクルが無残に破損している以外はなんとか軽傷で済んでいる。
「ひーん……また間に合わなくてごめんなさーい……」
「やはり次からは爆発防止したほうがいいですね……」
 ナギサとガンエが煤で汚れた顔をごしごしと拭っている。ついでに巻き込まれたランタもガンエが抱えていた。
「誰も俺の心配をしてくれねぇ……」
「すいません……心配できるほど自分も余裕がなくて……」
 ふっとばされて全身が痛いオズと、至近距離で巻き込まれたオルガルが倒れながら遠い目をする。自分のリーダーが止める側と暴れている側なので心配されないという悲しみを背負った二人。
「連れてこなくてやっぱり正解だった……」
「そっすね」
 無傷のケイとアンリは自分の判断が正しかったことを改めて痛感し、今頃ジムで呑気にしている自分のジムトレたちに思いを馳せていた。


「……こ、のっ……いい加減にしろおおおおおおおおおおおおお!!」


 そして、瓦礫の下から自力で這い出たアリサは目を回して気絶したコハクとシンを引きずって会議室だった場所の中央で善意に対する怒りを叫んだのであった。



――――――――



 会議室だった何かはやはりというか、ユーリが修理費用を全額負担する流れになり、コハクのジムリーダーは今後も継続。ただし次の違反行為は議論や採決を取らずにジムリーダーをクビにするということでまとまり、未だチャンピオンへの怒りが消えないユーリにこれ以上関わりたくない面々は早々にリーグをあとにするのであった。
 アリサも、会議するだけで爆発したりするこの状況を真剣に憂いながら、とりあえず一段落したのでケイへの問い詰めと、ヒロの見舞いを決めるのだが、ユーリが不機嫌そうながらもアリサの背に声をかけた。
「おい、アリサ。少し顔を貸せ」
「なんですか、もう。チャンピオンの馬鹿はいつの間にか雲隠れしてますし、話すことはもうないですよ。これ以上被害を増やしたくないんですが」
「いや、お前の弟のことで一つ確認したいことがあっただけだ」
 弟のこと、と言われて嫌な予感がする。大方例のコハクとの一件でレグルス団を逃したことについてだろうなぁと渋い顔をしていると、ユーリはアリサに顔を近づけて淡々と言った。
「お前の弟、あれは本当にお前の弟か?」
「……はあ? そうですよ。似てないってことですか?」
 確かにあまり雰囲気やら顔立ちやらは似ていないだろうが正真正銘姉弟であるとアリサははっきりと自信を持って言える。それにしても、ユーリがそんなことを気にするなんて珍しいと思っていると手をブンブンと振って否定する。
「いや、そうじゃなくてだな。ああ、俺の言い方が悪かったなこれは」
 ユーリはうーん、と唸り言葉を選んでいるのか表情が険しい。まるで、相手に伝わるニュアンスを測りかねているかのような。


「そうだな。これが適切だな。お前の弟の”《《中身》》”は本当に《《お前の知っている弟》》か?」


 中身、と言われてアリサはますます困惑する。まるで、別人がヒロに成り代わっているのではないかとでも言いたげな言葉にアリサは表情を固くする。
「いや、普通に本人ですけど。旅に出てからも何度か連絡取ってますし、誰かと入れ替わってるなんてあったらそれこそわかりますよ」
 アリサは、レグルス団の何者かがヒロに成り代わっているのではないかと言われていると判断したのだろう。その可能性はない、と断言し言葉を続ける。
「家族ですから。確かに一緒に住んでる時間はほかより短いかもしれないけど、さすがに別人だったらわかりますって」
「……まあ、俺もお前の弟に直接会ったことはないからな。気にするな、戯言だ」
 それだけ言って、ユーリは付き添いを連れてリーグを後にした。
「何なんだろ……」
 時折、会話の段階をすっ飛ばして話すようなタイプの人間なのでいまいちよくわからなかったが、まあ大したことないと片付けてアリサは今日の日程を再度確認する。
 リーグの修理はまた業者に頼むとして――急ぎの仕事はないのでヒロのお見舞に行こう。どうせならケイもまだリーグにいるから道中聞きがてら同行させればいいと。
「アリサ姉ー、ちょっといいー?」
「あれ、ナギサ。まだ残ってたの?」
 もう帰ったかと思ったナギサが駆け寄ってくるのでアリサは驚きで目を丸くする。
「ねえ、ヒロ兄のお見舞い行こうと思うんだけど、アリサ姉も行くよね? 一緒に行ってもいい?」
 おや、とアリサはナギサの様子を見て何かに気づく。反応からしてただ見舞いたいだけとは思えない。これはつまり――
「ナギサ、見極めさせてもらうわ……」
「え?」
 姉として、弟に近づく女の行動は事細かにチェックしておかねばとナギサの肩を叩く。

 ブラコンの本領発揮だった。





とぅりりりり ( 2018/04/28(土) 20:44 )