新しい人生は新米ポケモントレーナー





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2章
拡がる波紋


 コハクとのバトルの後、緊急搬送された先で関係者全員と俺含め医者にしこたま叱られ全治一ヶ月半を言い渡される。
「これだからファイトルールは! 本当怪我するくらいならやめてください! 痛いでしょう!?」
「痛いです……」
 正直潰されたときはマジで痛くてやばかった。でもまあなんとか意識は保てる範囲なんだなぁという妙な感心はあったけどそれ言ったらマジで怒られそうなので黙っておく。
「コハクさんどこですか!? あの人責任者なのになんで顔も出さないんですか!? ちょっと! 聞いてますかナグモさん!! せめてコハクさんがいないならシンを出せ!」
「すいませんちょっと今あの人とシンは別件が……」
「ほんっと次ファイトルールで怪我人出したら許しませんからね! コハクさんにそう伝えておいてください! このトンチキども!」
 医者の男はジムトレへの説教をくどくど延々と続けそうだったがナースさんに止められてようやく解放された。
 そして、グルマシティで一ヶ月半の入院が決定し、ようやく面会というか部屋で合流できた4人が揃いも揃って苦言を呈してくる。
「さすがに一ヶ月以上もグルマシティですることねぇですよ」
「ホントなー」
「僕ら入院中なにしてればいいの?」
「ヒロ君リンゴ食べる? あたし食べたい」

「お前らさっさとどっかいっちまえ!!」

 誰も労ってくれないのに涙が出そうだ。イヴがよしよしと前足で撫でてくれる。天使だ。
「まあ真面目な話、それこそ短期のバイトでもして路銀でも稼ごうかな」
 エミが俺の入院中の身の振り方を語る。そんな都合よく短期のバイトとか見つかるんだろうか。
「ボクは修行でもするですよー。やっぱりヒロ君見てるとボクももっと強くなりてぇですし」
「じゃあ俺修行付き合おうか?」
 おい待て唯一の成人。エミがバイトでもしようかと言っている横でなにこいつは少しも金銭的な貢献を考えないんだ。
 というかヨツハはいつまで一緒にいる気なんだろうか。
 陽も落ちて、そろそろ面会時間も終わってしまう。今色々考えても仕方ないのでまた明日集まることとなり、一人――手持ちもいるがそこそこ広めの病室で早めに休むこととなった。

 一緒に寝れないためかイヴが目を潤ませていたのでベッドに入れようとしたが、ナースさんにバレて怒られたりして激動の一日が終わった。





 次の日、朝食を終えたあたりで来客があり、まだ面会時間には早いと思っていると強面の男性が入ってきてぎょっとした。よく見ると後ろになぜかボロボロで疲弊したコハクがいるし、男に首根っこ掴まれているしで状況がわからない。
「この度はうちの姪が迷惑をかけてすまなかった……!」
 姪?と不思議に思っていると男は深く頭を下げてくる。話からしてコハクのことだろうけど……ということはおじさんだとして縁者がいたのかよこいつ。
「お前も頭さげろ馬鹿!」
「いーやーだー! アタイはこいつに頭下げるくらいなら――」
「黙らんか! お前それでもいい歳した大人か!」
 半ば無理やり頭を下げさせられたコハクが怨嗟のように「ぎいいいいいいい……」と呻いている。一瞬で力関係は把握したが、こう……コハクを制御できる人っていたんだ……。
 男はクロガスと名乗り、なんと別地方のジムリーダーをやっていると自己紹介される。なるほど、よその地方で活動しているせいでコハクの現状を把握していなかったのか。ある人物から連絡を受けコハクの話を聞いて駆けつけたらしい。
「こいつがジムを継ぐって話になった時、俺はもう別のジムがあるからとコハクにやらせたのがそもそもの間違いだった……ジルコンが知ったらなんて思うか……!」
「死んだ人間のこといちいち話に出すのやめれば!? まったく、死者は喋りも嘆きもしないっつーの!」
 また取っ組み合いが始まりそうなので病室での喧嘩はご遠慮願いたいと案に告げるとクロガスさんが改まった様子で俺を見る。
「君は仲間と旅をしていると聞いた。入院の費用やその間の滞在費用はこちらで負担しよう。あと何か希望があれば出来る限り叶えるが……なにかあるかな?」
 クロガスさんがこの地方のジムリーダーになって欲しいです、とは言えないがまともすぎて泣きそう。コハクとチェンジしてほしい。
 しかしいざ希望と言われてもぱっと浮かばない。諸々の費用を負担してもらえるだけでも割りと助かるというのに、他に何が――

「あっ……じゃあキーストーンとメガストーンください!」

 高価すぎて買えないであろうものを要求するのは本来はどうかと思うが、逆にはっきり要求したほうがケリがつくだろうしちょうどいいだろう。
「はぁ!? 論外論外! あんたにやるキーストーンなん、に゛ゃーっ!」
 文句をつけようとするコハクの頭を掴んでぎしぎしと音を立てながら押さえつける。すごい、こう……バイオレンスです……。
「わかった。あとでカタログを送っておくのでそこから選んでくれ。これは俺の連絡先だ。そこに型番をメールで送ってくれれば滞在中には用意しよう」
「あ、わざわざすいません」
「ふぎぎぎぎぎぎぎぎぎいいいいいい……なんでよー! おかしい! こんなのおかしい!」
 呻くコハクを掴んだままクロガスさんは退室しようと背を向ける。
「行くぞ。今日もみっちりしごいてやるからな」
「放せぇ! イドースに帰れぇ!」

 遠くなっていく二人の声は相変わらず揉めていることだけはわかる。俺は何もされていないのになぜかどっと疲れた。
 とりあえず、カタログって恐らくメガストーンの種類だと思うので今のうちに決めておこう。
「チルにするか、エルドにするか……」
 今のところメガシンカできるのはこの二匹。実際、カタログというくらいだしもしかしたらこの世界はゲームのときよりメガシンカできるポケモンが増えているのかもしれない。そう思うとワクワクしてくる。
 チルもいいがエルドは今回がんばってくれたしエルドにしようか。欲しがってたし。
 さすがに二つ要求する図太さは俺にはないのでどちらかになってしまうがそのうち余裕ができたら入手できなかった方も買おう。

 すると、ノックや声もなしに扉が勢い良く開かれ、イオトたちにしても早いはず、と思ってそちらを見ると静かに怒っているケイがいた。
「あれ……め、面会には早いはず……」
「ジムリーダー特権」
 さっきクロガスさんとコハクが来たのも多分それなんだろうなぁと思いつつ、隠しきれないケイの怒りから目をそらす。怒られる心当たりがあるせいでまっすぐ見れない。
「俺は避けろって言ったよなぁ?」
「はい……」
「何してんだ?」
「骨折しました……」
「なんで?」
 尋問されてるみたいで胃がキリキリする。こっちは一応怪我人だというのになぜ気遣ってくれない。
「いや……その……戦術的にほら……」
「お前一人でまともに動けない癖に手持ちをそばから離すとか馬鹿じゃねぇのか」
 肩を掴まれたかと思ったらめちゃくちゃ痛い。ミシミシ言ってる。聞こえてはいけない音がする。
「ギブギブギブギブ!! 勝ったから許してくれよ!」
「馬鹿野郎。そういうのは怪我しねぇでから言え」
 ケイ、その腕のどこからそんな力を出してるんだというくらい握力がやばい。肩潰されるかと思った。
「ったく……アリサに俺がしばかれるって。お前とコハクのバトル、ジムリーダー全員に回ってんだぞ」
「うぅ……姉さんには俺が……えっ、なんだって?」
 後半ちょっと意味がわからない。疲れてるのかな俺。
「明日、コハクの行動についてジムリーダーと四天王全員集まっての会議が緊急で開かれることになってその資料にお前とのバトルビデオが俺含むジムリーダーに一斉に送信されてんだよ」

 もう胃が痛すぎて胃が消えそうなんだけど。





――――――――


 ――ハマビジム。

「えー……ヒロ兄大丈夫かなぁ……」
 緊急招集のメールと、添付されたバトルビデオを確認したナギサは渋い顔をしながらジムリーダーとしての仕事と対面しながらこめかみを押さえる。
「んー……コハクさん、苦手なんだけど……」
 仕事中のジムトレたちから、明日自分が不在のときの仕事の割り振りを頭で整理しつつ、近くにいたジムトレに声をかけた。
「ミライ、明日の会議に付き添うようにガンエに伝言お願い」
「珍しいですね。会議にはいつも一人で行くことが多いのに」
「うん……まあ、私がついキレたときに、止めてくれる人がいたほうがいいかなって」



――――――――


 ――レンガノジム。

「はあああああああああああ……」
 リコリスはメールを確認して大きく、大きく……大きすぎて周りのジムトレが呆れるほどのため息をついた。
「コハっちゃん、何してんのもー……」
「ついにやらかしたのか?」
 オズが茶々を入れながらメールを覗き込もうとするがリコリスは容赦なくビンタしてそれを防ぐ。
「ちょっとは考えなさいよ。あんた何年ジムトレしてるわけぇ? 普通に考えてジムトレに閲覧権限はないわぁ」
「どうせ俺も同行するんだからいいじゃん」
 鬱陶しそうにするリコリスとオズを遠目から見ているジムトレは不思議そうに口を挟む。
「そういえば、ジムリーダーに同行するジムトレって何か意味があるんですか?」
「あれ、ハギは一回も同行したことなかったけ?」
 オズが驚いたようにリコリスを見る。リコリスはふんっとそっぽを向いて答える。
「そうよぉ。私の付き添いは結構シビアなんだからぁ」
「要するに、ジムリーダーの付き添いは将来有望、もしくは他のジムリーダーに顔を覚えさせたいっていうジムリーダーの右腕って意味――あっ、その関節はそっちに曲がりまっ、ガラガラヘルプ!」
「別にあんたを右腕とか思ったことないわぁ」
 リコリスとオズのじゃれあいを見ながら、ハギは自分もいつか同行させてもらえるんだろうかとちょっとオズが羨ましいと思いながら二人を見ていた。ただし暴力は受けたくないのでしばらくはご遠慮願いたいとも考えつつ。



――――――――


 ――ラバノジム。

「この忙しい時期に緊急招集なんて……」
 ジムリーダーアンリエッタは頭を抱えていた。ただでさえやることの多い中、確実に時間を取られる会議に出向かなければ行けないこともそうだが、内容も内容なので荒れること必至だ。
「リーホ……ユウタロウ君……僕の代わりに頼むね……」
「まあ、緊急招集ばっかりは仕方ないわね」
 リーホが肩を竦めながら仕事を片付けていく。同じく手伝っていたユウタロウは眉をハの字にして尋ねる。
「別にリーホさんも俺も同行出来ないのなら他に行きたがりそうなやつ連れていけばいいじゃないですか。えっと、ほら、あいつとか」
「ミリィね。いい加減同僚の名前を覚えなさい」
 ジムトレの大半はアンリのファンだ。誰か同行させるとなったらお祭り騒ぎになるかもしれないが一人が不安なら連れていけばいいのにとユウタロウは思ってしまう。
「ああ、アンリは私達以外は連れていけないわよ。ジムリーダーの集まりに出るとユーリさんがいるからね」
「…………ああ、ヘタレるんですね……」
 察したユウタロウが哀れみを込めながらアンリエッタを見る。
 明日の会議のことを思うと、不穏しかないと半ば確信しながら3人はできるだけ仕事を片付けようと再び机に向かった。



――――――――


 ――アケビジム。

「付き添いくじ引き! 超能力禁止だオラァ!」
 ジムトレの一人が顔を真っ青にしながら手を突っ込めるほどの大きさをしたボックスを机に叩きつける。ジムトレたちは負けられないとくじ箱を睨みながら生唾を飲み込んだ。
「何、あれ」
 白いゴスロリ姿のジムトレがくじ箱に集まる同僚から離れたところで足をプラプラさせ、近くにいた別のジムトレに問いかける。
「ああ、あれはオトギさんが明日行く予定の緊急会議の付き添い決め。後で俺らも引かないとねー」
 膝の上のエーフィを撫でながら緊迫した様子の付き添い決めを見ていると騒ぎの元凶とも言えるジムリーダーオトギがにっこりと笑みを浮かべながら部屋に入ってくる。
「毎回君たちも飽きないね。ちょっと付き添いを決めるだけだっていうのに」
 どこか他人事のように言いながらくじで付き添いから逃れたジムトレを見て意地悪く笑った。
「そんなに僕の付き添いが嫌なのかな?」
「オトギさん、あんまり俺達の胃をいじめないでください。ていうか一人で行ってください!」
 隣にアローラの姿をしたライチュウを従えた青年が苦言を呈すとライチュウもふわふわ浮きながら「らいらい!」と怒るようにオトギを責める。
「みんななんでそんな付き添い嫌がってんの? なら俺行こうか?」
 リーシャンを頭に乗せた少年が不思議そうに全員に提案すると一斉にジムトレたちが首を横に振った。
「馬鹿野郎ユキ坊死にてぇのか!」
「ジムリーダーの集まりってことはつまり――」

『あのユーリ氏がいるってことだぞ!?』

 その一言で、ゴスロリのジムトレは「あっ……」と察したように顔を伏せ、少年とリーシャンはわかっていないのか首を傾げる。
 その様子を見て、どこか面白そうに「じゃあ付き添いは一人じゃなくて二人にしようか」などと言いだしたオトギのせいでジムが阿鼻叫喚の様を示したのであった。


――――――――


 ――ロードネジム。

「嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ」
 ロードネジムのジムリーダーが電源の入っていないこたつに体を収めながら怨嗟のように呟き続ける。
 ジムリーダー・イヅキ。重度の引きこもりかつ、職人気質の人見知り。なぜジムリーダーを続けているのかわからないとアリサが常に苛立ちを増す人物の筆頭である。
「ほら、行かないと今度こそアリサ様にジムリーダー辞めさせられますよ!」
「じゃあ辞める……」
「ついて行くので愚図らないでください! もう!」
 ジムトレとの攻防(こたつ)を続けているのをほかのジムトレたちはまたやってる程度にしか思っておらず、一人が足を止めて声をかけた。
「ぶっちゃけ今度こそ行かなかったら今回のコハクさんみたいにイヅキさんが会議にかけられて強制招集になりますよ」
 ツナギ姿のジムトレはエレキブルにジャンクパーツを運ぶのを手伝ってもらいながらその場から離れていく。
 イヅキも、嫌々ながら今回は出席することを決めたようだ。
「……とりあえず……守りをかためないとな……スーも……行くならまもるは必須だ……」
「そんな戦闘しにいくわけでもないのに大げさですよ」
 イヅキは顔色を悪くしながら大きく首を横に振る。

「ユーリさんが……キレたら……多分死ぬ……!」



――――――――


 ――ヒナガリジム。

「……これがアリサの弟か」
 添付されていた動画に目を通すユーリは問題となったジム戦――あろうことかファイトルールであるそれを見ながら心の中でぼやく。
 ――あれの弟にしては弱いな。
 今回の一件に関して、ユーリはコハクに肩入れする気もないが、コハクを排除しようとする気もない。ただ、それ以上に気になったのはアリサの弟である青年のことだった。
「ユーリさん、明日のご予定ですが」
 いかつい外見の男が動画を見ているユーリに声をかける。ユーリは動画から視線を外してそちらを見た。
「オルガルか。緊急の招集がかかったからな。一部仕事を他に回す羽目になった。ああ、あと明日、俺の同行者は急ぎの仕事がないお前にしたから準備しておけ。お前もそろそろ顔見せした方がいいだろう」
「自分が、ですか? ありがたい話ですが――」
 コトッとなぜかオルガルのすぐ近くにある机に何かが置かれる音がし、そちらを見る。錠剤が入った瓶のようだ。ラベルで胃薬と書かれており、それをおいた人物はジムトレのイオリであった。
「惜しい同僚をなくした……」
「えっ?」
 次いで、ドタドタと何かが駆け寄ってくる音とともにリンドウが絶叫した。
「どうして付き添い俺じゃないんですか!?」
「お前に仕事が残ってるからだぞ」
 淡々と事実を告げるユーリに悔しそうにリンドウが歯を食いしばる。
「約束したじゃありませんか……っ!次の招集で付き添い決めるときは俺にするって……! 言ったじゃないですか!」
「いや一言も言ってないぞ」
 漫才を繰り広げていると、よくわかっていないオルガルにイオリは慈愛に満ちた目で言った。
「念のため、家族に言いたいことは伝えておきなよ」
「あの、これただの付き添いですよね?」






 ――意味を理解していないジムトレたちは次の日、嫌になるほどその意味を理解し、二度と付き添いたくないと思うのはまだ先のことである。




とぅりりりり ( 2018/04/28(土) 20:42 )