新しい人生は新米ポケモントレーナー





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2章
泥まみれのサンドリヨン

「エルド、けたぐり!」
「潰せ、バンバドロ!」
 けたぐりでバンバドロを落とそうとするもバンバドロはヘビーボンバーで対抗してくる。ぶつかり合い、互いにまともにダメージを与えられなかったため互いに後ずさるもミックがドリュウズを誘導して二匹の間に割って入る。足元が大きく揺れ、バランスを崩しかけるが予期できたことなのでふんばるとコハクが面倒そうに呟いた。
「ほんとさー、自分の思ったこと素直に言うだけで非常識だの心がないだの言われるの意味わかんない。それとも嘘ついて『私は親を失った悲劇のヒロインです』って言えばいいわけ?」
「そういうことじゃねぇだろ!」
「あとさ、君みたいにクズの悪党庇ったらアタイは聖人なわけ? 違うじゃん。むしろ無様に取り逃がすほうがよっぽどみっともなくて無能だっていうのに君はアタイが悪いみたいに言う」
「だからって一歩間違えれば死ぬようなことをする必要ないだろ!」
 エルドがワイドガードでいわなだれを防ぎ、ミックと俺を守る。
 コハクは相変わらず鬱陶しそうにため息をついて頭を掻いている。
「いいじゃん。いっそ死んだら。人に迷惑かける悪党なんてどうせ生かしておいても迷惑かけるだけ」
 コハクの考えを一片たりとも俺は理解できない。したくもない。間違いなくグルマシティでコハクは慕われているのはわかるがこの本性を知った上で慕っている人間はそういるはずがない。それだけ不愉快だった。
「好きで悪事を働いているわけじゃないかもしれないってのに……!」
「悪いことしないと生きられなかったーとか、そういうの、嫌いなんだよね。言い訳がましいし」
 恐らく自分が基準なんだろう。だから人の気持ちを推し量れない。
「ほんとさ、どうせ全員に好かれるなんて土台無理な話なんだから別にどうでもいいんだよね。たとえあのレグルス団を殺したとしてもアタイを批難する人間と支持する人間、どうせ半々程度だよ。それくらい、あいつらって迷惑かけてるクズ集団」
 わかってはいる。実際悪事の規模はこの地方全体に広がっているということも、その被害を目の当たりにもした。
 それでも、コハクの考えは受け入れられない。
「それなのに一般人に邪魔されてなーんも成果がないんじゃこっちのほうが恥だっての。君、レグルス団の被害者家族の前で言える? 自分はあなたの家族を連れ去ったレグルス団を一時の感傷で逃しましたけど自分は正当な行為だと思います、って」
 言えるはずがない。
 コハクの言葉はそれだけ聞くと正論で、立場的にもあちらが正しい。
 ただ、俺の考えも変わらないので平行線のままでしかない話だ。
「ま、お互い変わるつもりも譲る気もないんだから仕方ないか。大人しく町から出ていけばいいものを……」
「エルド!」
 俺の声に反応してエルドが意図を察して動く。コハクははっとして自分のハチマキを即座にドリュウズへと投げ渡しドリュウズから離れる。
「トリック――やっぱケイ君の入れ知恵――」
 コハクがハチマキを手放したことでトリックは失敗し、エルドはドリュウズから力づくで奪おうと向かっていく。

『まあ、定石って言えば定石だけどあんまりやる人間が多くないのがトリックとかすりかえ、あとどろぼう戦術だな』
『ああ、持ち物交換でハチマキを……っていう?』
『そうだ。禁止ではないけど面白みにかけるという理由であんまりされないし正直わかりやすいから最近はあんまり成功しないんだよな、これ』

 手っ取り早く勝つならハチマキを奪うことだがその隙もなければ手持ちも強い。有利な二匹を回復させる余裕もないならこれに賭けるしかない。
「トリックなんて、失敗したら最後に決まってんじゃん! ドリュウズ、つばめがえし!」
 エルドに向かってくるつばめがえし。避けきれない――そう思った瞬間、ミックがエルドを庇ってばけのかわが犠牲となる。
「えるっ!?」
 エルドも驚いてミックを見るがミックは平気だというようにウッドハンマーでバンバドロを叩き潰そうとする。
 どうにかもう一度、今度はドリュウズが守っているハチマキをトリックで奪えれば――

「っ! エルド、ミック! 俺を守らなくていい! 取ってこい!」
「みっ!?」
「えるぅっ!?」
 正気か、と言われているようだが至って正気である。二匹ともそばにいなければ自分の身を守るのは自分しかいなくなる。
 コハクも怪訝そうな顔をしているが俺がトチ狂ったとでも思ったのかあまり気にした様子はない。
「頼む! お前らを信じてるから必ず取ってきてくれ」
 二匹とも心配そうに、だが俺の期待に答えるため二匹揃って前に出た。
「馬鹿じゃないの! ドリュウズ、バンバドロ! いわなだれ!」
 そのいわなだれは二匹ではなく俺への攻撃だった。
 要するに、二匹が俺を守るために背を向けるよう誘導している。
「構うな、突っ切れ!」
 降り注ぐ岩を避け、コハクたちから距離を取る。二匹分の岩なだれは激しい勢いで俺に襲いかかる。
「は!? ばっ、馬鹿じゃないの!? 死にたいなら他所で死ね!」
 コハクの声が遠く聞こえる。避け切った――と思ったその瞬間だった。
 がくん、と足がもつれて前のめりになり、全てがゆっくりに見える。本能的にまずいとわかるが体が言うことを聞かない。

 ――ここにきて前半でエンペルトに力をやったのが体に影響を及ぼした。

 避けきったと思ったのは慢心。まだ岩は落ちてきており、倒れそうになる俺の上に影を作った。
 頭だけはまずい、ととっさに回避するも完全にかわすことはできず、落ちてきた岩は俺の左足を潰すように直撃した。

「いっ――――てええええええええ!?」
 覚悟はしていたが骨が折れた痛みで脳が警鐘を鳴らす。これくらい耐えろと自分に言い聞かせ、ドン引きしたコハクがそれに気を取られてぽかんとしており、一瞬の動揺が終わりの合図だった。

 エルドがミックを高く、コハクの頭上へと投げ、影を落としたのに気づいたコハクはとっさに顔を伏せた。ミミッキュの布の下を見てはいけない。その知識があるからこそ取るであろう行動はミックのどろぼうの間合いから逃れられない。
「ど、ドリュウズハチマキを渡して!」
 ドリュウズから半ばひったくるようにハチマキを取ったコハクは次の瞬間、手から消え失せたハチマキに声を失った。
 コハクはドリュウズとの連携がまだ他の手持ちと比べてとれていない。それはエンペルトで俺もナギサのときに実感した。時間や経験というものを重ねてようやく成立するそれを、コハクは一週間しか経っていないのに過信しすぎていた。そして、能力の高さでドリュウズを採用してしまったこと。
 それがコハクの敗因だ。
「みみっ!」
 ドリュウズの頭の上に着地したミックが得意げにエルドを見て体を揺らす。

 ――エルドのトリックが成功し、勝敗は決した。




 ――そして、ついでに俺の意識は飛んだ。


――――――――



 グルマジムは阿鼻叫喚だった。

 怪我をしたヒロを病院に搬送しなければならないし、それを医者に説明しなければならないし、コハクが負けたことで明らかに機嫌が悪くなっているしでジムトレとしては散々な結果に終わったのだ。
 シンはその状況を瞬時に理解し、逃避からか気絶してしまう始末で、見ていたイオトたちもあまりの結果に呆然としていた。
「びょ、病院! 病院に連絡ー!」
「ちょっと待てシンが倒れた!」
「あの野郎病院に事情説明したくないからって! 俺だって嫌だよ!」
「コハクさんの目がやばいやばい! 嘘でしょー!?」
 大混乱のジムトレたちに声をかけられない4人はヒロが搬送される病院へとついていくが、最後に見たコハクの顔が恐ろしすぎて放っておいて大丈夫かと不安になるのも仕方のないことだった。
「……あれ、怪我やばくない?」
「まあ、折れただろうな……」
 エミの呟きにイオトが諦めたように返す。あれで骨が無事だったら是非ともその体づくりのコツを知りたいものだと言わんばかりに傍目からも骨が逝っていた。

 ――全治一ヶ月半。

 ヒロ一行がグルマシティに長期の足止めを食らう羽目になると知るのはもう少し先のことだった。


――――――――



「むかつくむかつくむかつく――ああああっ!!」

 ジムトレたちがバタバタして大半が出払ったり中で手続きをしたりと慌てふためいてる裏でコハクは荒れていた。
 自分が負けたこともそうだが、あれだけの怪我を負うような真似を目の前でされて動揺した自分が腹立たしい。
 元はと言えば自分から巻いたタネではあるが理不尽な苛立ちは増すばかりだ。
「くそっくそっ! ああ、もうこんなことになるなら最初から町に出禁にしてやれば――」





「こーはーくーちゃーん」



 ゴン、と部屋の扉が不自然に鳴る。聞き覚えのある声は今一番顔を合わせたくない相手。
「あーけーろーあーけーろー……開けろ開けろ開けろ開けろ開けろ開けろ開けろ開けろ」
「怖っ!? ホラーみたいなことしないでよ!」
「あーけーてー、あけてー、あけてよ、あけろ、5秒の猶予あげるわ。いーち、よーん」
「ちょっ、待っ」
 カウントになっていないカウントで扉がこじ開けられ、ストッパーのおかげで完全に開ききっていないものの、わずかに開いた部分から満面の笑みで顔を覗かせるアリサがいた。

「わぁ、なんでそんなびびってるの?」

 猫なで声、というか気色悪いほどよそ行きの声にコハクは血の気が引く。アリサが完全にキレていることがそれだけで察せられた。

「ねえ、なにか怒られる心当たりでもあるわけ?」

 すっと真顔になったアリサは扉を更にこじ開けて中に入ろうとする。慌ててドサイドンに扉を抑えさせるが、アリサは再び声のトーンを高くして言った。
「うんっ、やっぱ実力行使しかないねっ! ボーマンダ、りゅうせいぐん」
「はあああああ!? タンマタンマ! 何、なんなの! アリサ何しに来たの!」
 さすがにりゅうせいぐんを扉とはいえこんなところで使われたらまずいと思ったのかコハクは慌てて対応する。アリサはまだ気色の悪い高い声で話を続ける。
「えー、なんかー、こっちに無許可でファイトルールとかいうふざけたことしてるって聞いたからー……ぶちのめしてやろうかと」
 最後だけ完全に声が低すぎて地獄から這い出てきたみたいになっていた。
「なんで知って――」
「ケイがねー、親切なことに情報提供してくれてねー」
 手元のボイスレコーダーを再生するとノイズとともにコハクの声が流れ出す。

『アリサもかわいそうにね。弟の出来が悪いとさ』

 今日のではなく、ケイとともに交渉に来た時のもの。その時からコハクはケイに負けていた。
「琥珀印もなんか知らない間に意味合い変わってるしさすがにこっちも我慢の限界よ。あと――誰がかわいそうだって? ねえ?」
 アリサは普段から怒りっぽいが今回ばかりは完全にキレており、淡々とコハクを追い詰めている。
「な、何! 自分の身内だからって動いたわけ? 今まで何も言ってこなかった癖に都合――」
「言っとくけどヒロへの対応に関しては咎めないわよ。いい? あたしが言ってるのは『一般人にファイトルールをしかけやがったクソジムリーダーを反省するまで許さない』って言ってんのよ」
 コハクはとっさに、アリサ一人ならなんとか倒しきれるかと考える。四天王だからと言ってジムリーダーより絶対に上とは限らない。反省なんて別にする理由もないとコハクは開き直った。
「はっ、やれるもんならやってみれば!」
「あ、そう? じゃあこっちは二人だから」
 半開きの扉の隙間からアリサが退いたかと思うともう一人、殺気をまとって顔を見せた人物にさすがのコハクも「ひっ」と息を呑んだ。

 四天王、リッカ。別名雪女。四天王ではフィルに次ぐ古株で実力も高い彼女とアリサ二人がかりではさすがにコハクも無理だと諦めざるを得ない。
「よりにもよってフィルがいないときに余計なことしでかしてくれて……ちょっとしばらく頭冷やしたほうがいいんじゃない……?」
「待って、ずるい、さすがに二人とか聞いてない――ちょっと待って入ってこないで!?」



 直後、グルマジムにコハクの絶叫が響き、気絶していたシンが何事かと目を覚ましたがあまりにも恐ろしくて口を噤んだというアリサとリッカの折檻は密かにグルマシティで噂になり「悪いことをするとドラゴンと雪女に追いかけられるよ」と子供を諭すときに使われるようになったとか。




――――――――


 ヒロが勝利し、アリサの訪問から数時間後、陽が傾きかけたワコブシティの道場に突然の来客があった。
「ケイーッ!! あんた何してくれてんの!」
 ボロボロのコハクが道場破りの勢いで押し入り、のんびりしていたケイを睨む。
「なんだ、もう折檻終わったのか」
「あんたのせいで……あんたのせいでぇ……っ!」
「お前、俺にチクるなって条件に含めてないよな。確認しないお前が悪い。証拠もある」
 悪びれもせず茶をすするケイにコハクは顔を真赤にさせる。
「だいたいアタイがなんでこんな言われなきゃいけないわけ!? アタイが全部悪いみたいに言いやがって……!」
「事実だろ? 何か問題があるのか? ま、どう受け取るかは人それぞれ……だろ?」
 コハクははっとしてケイの言葉に歯ぎしりする。先日の自分の発言をそのまま返されたことに気づいて何も言い返せないのだ。

「俺は嫌な思いしてないから」

 トドメとばかりにまたも自分の発言を流用され、コハクは怒りのあまりぷるぷると震えだす。
「こ、このっ――この性悪男おおおおおおおおおおおおおおおお!」
「誰が性悪だっつーの。自滅した負け犬の遠吠えってどうしてこうも似たり寄ったりなんだか」
 ハラハラとジムトレたちが影から様子を伺っていることに気づいたケイはあっちに行っとけと手で示す。コハクは今にも胸ぐらを掴んで揺さぶりそうなのを必死に抑え、ケイはそろそろいいかとタイミングを見計らって口を開く。
「ああ、そうだ。お前のためにわざわざ呼んどいたんだから感謝しろよ」
「呼ぶって何――」
 ざっ、と砂利を踏む足音にコハクは振り返る。そこには仏頂面で強面の中年が腕を組んで立っていた。

「お、おじちゃん!?」

「よお、コハク……俺の知らん間に随分とやってくれたな」

 先代ジムリーダージルコンの弟。イドース地方ジムリーダー・クロガスが青筋を隠そうともせずそこにいた。
「はっ!? な、なんでおじちゃんがここにいるわけ!? イドースからわざわざ何しに来たのさ!」
「おめぇが人様に迷惑かけてるって聞いたからわざわざ出向いたってのに何だその態度は! ジルコンの野郎もそんな風に育ててねぇだろうが!」
 コハクの苦手な相手、永遠の1位がこの男、クロガスだった。血縁はないものの、叔父と姪ということもあってなにかと叱られた記憶しかなく、ジルコンとクロガスがそれぞれ飴と鞭のような存在だった。
「しばらくこっちでお前の性根を叩き直してやる! ったく、この馬鹿姪が!」
「やだああああああああああああ!! 帰って! おじちゃんだってジムリーダーしてるんだからアタイに構う暇ないでしょ!?」
「ねぇよ! ねぇけどお前の話を聞かされて放っておけるほど俺は呑気じゃねぇんだよ! ジルコンに合わせる顔がなくなるだろうが!」
 ケイは二人の口論をのんびりと茶をすすりながら見守り、一息ついてあくびをしながら大きく体を伸ばした。
「ま、これで少しはマシになるだろ」
 サワムラーが両腕を広げて呆れたように首を横に振る。まだまだ、アマリト地方のジムリーダーたちの問題は尽きないのであった。






とぅりりりり ( 2018/03/07(水) 16:26 )