新しい人生は新米ポケモントレーナー





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2章
VSジムリーダー・コハク

「うわああああああっ!?」

 大地が割れ、砂塵が舞い、降り注ぐ岩を前にして未だ無傷な自分はかなり健闘しているとどこか他人事のように思う。
「あー? 当たんないなぁ。もしかしてケイ君の仕込みか? どうせ付け焼き刃でどうにかなるはずないでしょ」
 こんなに明確に殺意を感じたのはリジア以来だ。気を抜いたら本当に死にかねない。腹に力を込めて止むことのない攻撃をかわし、同じく逃げ惑うイヴに叫ぶ。
「イヴ! タネばくだんだ!」
 こちらに向けられるのはドサイドンによるロックブラストの嵐。一度に放たれる量ではない。タネばくだんでどうにか撃ち落として事なきを得るがもう一方もひどく苦戦しているのが見える。
「ぺるぁっ!」
「ふりゃー!」
 こちらが実質イヴとドサイドンの戦いになっているが向こうはエンペルトとフライゴンのどちらが先に攻撃を当てるかの争いが勃発している。恐らくだがどちらも弱点を受けたら勝負がつく。が、互いにギリギリのところでかわし、かすりを繰り返して決着がつかない。互いにフィールドに出た時点で相手をライバル視しているかのように即座に両者トレーナーから離れたせいでろくに指示も届かない。
 こういうとき、アドリブというか指示を聞き入れてくれないときの対処法を聞いておけばよかったと後悔する。
 一旦戻す、というのも考えたがこの状況で一瞬でもエンペルトが引いたらこちらの守りが死ぬ。
 ドサイドンの猛攻と、コハクの目から逃れるために大きめの岩影に身を潜め、呼吸を整える。どうする、と自分に問いかけ、ナギサと戦ったときのことを思い出す。
 そうだ、こういうときに任せっぱなしはいざというときに失敗する。

「かーくーれーんーなーよー!」

 ゴッと風を切る音が耳のすぐ横を通り抜け、何かと思えばコハクのシャベルが少し離れたところに突き刺さって倒れる。
 そこを目印にドサイドンが地中から現れ、イヴにどくづきをしかけようと腕を振りかぶった。というか、俺も完全に射程圏内に入ってるよこれ。
 その瞬間、よぎったのは修行中のケイの言葉だ。

『恥とかは捨てろ。いざとなったらみっともなくても手持ちに頼れ』

 恥ずかしいなどと考えたことはないが本当の意味で窮地に陥ったことがない自分はこの瞬間、何も考えずに叫んでいた。
「エンペルトー! 助けてくれぇー!」
 イヴはこの距離だとどくづきをどうにかできても俺までカバーできない。エンペルトがドサイドンの注意を一瞬でも引いてくれれば――。

 そう考えた瞬間、広大なフィールドが一瞬にして凍りついた。
 目の前のドサイドンも凍って動きを止め、危うく巻き込まれかけたイヴと即座にその場から離れてエンペルトの方を見る。こんなことまでできたのか、と驚くと同時に妙に息苦しく、体が重いことを実感する。
 エンペルトは凍りついたフライゴンにとどめの一撃を食らわせ、俺の元へと滑るように近づき、コハクを示した。
 足元が凍って動きが鈍っている今がチャンスだと。



――――――――


 ――フィールド全体が凍りつく瞬間を目の当たりにした観戦ルームの4人とジムトレたちは皆それぞれの反応を示す。驚き、感心、焦りなど様々だ。
「な、なんですあれは!」
 シアンが驚いてモニターを示すとイオトが渋い顔をしてみせる。
「あれはいわゆる必殺技ってやつだ。トレーナーの体力や精神力を消耗することによってポケモンの潜在能力を一時的に高める、かなり危険な技の一つだな」
 それを聞いてヨツハは「あー、アローラのZ技的なやつか。納得ー」と妙に気の抜ける声で呟く。
 エミも戦闘が始まってから今のタイムを確認し、イオトほどではないが芳しくない様子でモニターのヒロを見ていた。
「本来なら奥の手に使うようなものを、ヒロは無意識に使ったから自分の体力管理ができてない。ファイトルールでそれは致命的なミスに繋がりかねないよ」
 モニターで見てるだけでもわかるほどヒロの動きが鈍っている。エンペルトは確かに強力だがコハクの手持ちはまだ2体残っており、相手のハチマキを奪うか相手を全滅させるかという勝利条件なのに肝心のヒロがバテたら詰みだ。
 イオトとエミ以外はヒロとエンペルトの技に感心しているものの、コハクも二人と同じようなことを考えているだろう。

 ――これは完全なやらかしだと。




――――――――


 コハクは目の前で起こった事象に舌打ちしていた。
 足元が完全に凍って動きを止められた。手持ち2匹も凍って、フライゴンに至っては戦闘不能。戻して別の手持ちを出そうにも戻すことができない有様だ。

 ――が、これが必殺技であることと、ヒロが意図しないものだと気づいたコハクはすぐさま冷静さを取り戻し、ぴたりと動きを止めた。

「これもケイ君の仕込みかな……だとしたら随分と入れ込んでるじゃん。でもちょっと早すぎたね」

 声が低くなり、だらりと肩の力が抜けたコハクは眼前に迫るヒロと手持ちのリーフィア、エンペルトを一瞥するとにやっと笑った。

「は、そっちがその気ならこんな半端なものじゃなくて手本見せてやりゃいいんでしょ」



――――――――


 コハクが笑っていることに気づいてぞっとする。この状況、どう考えても俺のほうが有利のはずなのにどうして笑っていられるんだ。
 コハクのハチマキへと手を伸ばす。これさえ取れば――

「ばーか!!」

 伸ばした腕を逆に掴まれ、ぎょっとして引っ込めようとするが既に遅い。エンペルトとイヴも慌てて引き離そうとアクションを起こしかけ、俺とコハクの距離が近すぎて巻き込んでしまうためか躊躇してしまう。
「ジムリーダーがお行儀よくインドアしてるわけないでしょ!」
 そのまま足元の氷を無理やり打ち破ってコハクは俺をエンペルトの方へと投げ飛ばした。エンペルトも慌てて受け止めようとするが勢いがあって危ないためイヴが間に入って衝撃を和らげる。
「いつまでおねんねしてんのドサイドン!」
 俺の受け止めで二匹ともコハクの方を意識していなかったのか既にその場を離れて戦闘不能になったフライゴンを戻し、新たにもう一匹ポケモンを繰り出した。
「ドサイドン、ドリュウズ! 拓け!」
 氷から抜け出たドサイドンと新たに出たドリュウズ――あの時捕まえていたドリュウズと同じ個体が文字通り大地を震わせた。
 フィールドはまたたく間に変形し、地面が隆起して、真っ平らなフィールドは一瞬で不安定な山の地表のような景色へと早変わりする。
「ちょっとエネルギー消耗した程度でヘバってる君にアタイを出し抜けると思ってんの!?」
 ドリュウズは地中に潜り俺たちを狙ってくる。コハクはドサイドンの肩に乗って逃げる俺たちへ再び攻撃を再開する。
「イヴ! たねばくだ――」
「ドサイドン、メガホーン!」
 イヴのタネばくだんはドサイドンに命中する。が、まだ余力を残してるドリュウズのメガホーンが入れ違いにイヴに叩き込まれ、先程までの戦闘で消耗していたイヴが完全にダウンした。
 ドサイドンの特性はハードロックで間違いない。間違いないがわかったところで絶望的なことだけが理解できただけで何も嬉しくない。
「エンペルト、しおみず!」
「ドサイドン、ドリルライナー!」
 ドリュウズも後ろから迫ってくる。うるさいくらいに戦況が目まぐるしく変わる中、イヴの代わりにエルドを出して動きを止めさせる。
 エンペルトとドサイドンがほぼ相打ちになり、両者倒れるとコハクも俺も次の手持ちを繰り出して場を仕切り直した。向こうはドリュウズとバンバドロ。こちらはエルドとミック。向こうはあと二匹だがこちらは最大戦力のエンペルトに相性もレベルも高いイヴが落ちている。楽観視している余裕はない。残りはチルとドーラだし、相性で言えばかなりこちらの分が悪い。おまけにげんきのかけらを使う余裕すらないときた。
 そして、先程から息切れが激しく、動くのも正直きつい。対してコハクはほとんど疲れた様子を見せない。
「疲れてきてるみたいだね。いいよ、ちょっとだけ待ってあげる。どうせ勝つのはアタイだし」
 コハクの当然のようにこちらを見下している発言に苛立ちながらも、ペースを乱さないようできるだけ落ち着いて深く息を吐く。

 修行中にケイに言われたことを思い出す。
『まああとは相手の冷静さを欠く盤外戦術的なものもあるが……あれはコハクには意味ないだろうし覚えなくていい』
『盤外戦術?』
『ほら、囲碁や将棋なんかで相手の集中力を乱したり、心理戦仕掛けたりするやつな。これ、バトルでも結構有効な時もあるが怒りの情は時には相手を逆撫でして逆に強くなったりするんだよ』
『要するに煽ったり相手が動揺するようなことを言えばいいのか』
『そんなとこだな。コハクは腐ってもジムリだし通用するとは思えないがいつか使うことがあるかもな』
 あまり推奨されなかったものの、一つの手として言われたあの戦術。少しでも、コハクを乱せたらという気持ちで口が動く。

「そんなによそ者に邪魔されたのが嫌だったのかよ。お父さんが殺されたからか?」

 コハクの表情はきょとんとしている。まるで、何を言われたのかわかっていないこどものようだ。
 が、意図を理解した途端顔に翳りが見え、どこか面倒そうな様子でシャベルを担いだ。
「ああ、誰が言ったのか知らないけど……不愉快だなぁ、その話されんの。一人前に盤外戦のつもりかしらないけど、白けるわー」
 怒っているわけではない。声音も冷静そのものだし、まるで別人のようにテンションの低いコハクは首をまわしながら言った。
「ていうか、勘違いしないでほしいんだけどアタイ別に、あの人が死んで悲しいとか憎いとかそういう気持ちで琥珀印の意味を変えたわけじゃないよ? つーかどうでもいい」
「は……?」
 それならなんだと言うのか。コハクの内面はうかがい知れない。そのせいで不気味さが増し、コハクの一挙一動がまるで違う生き物のもののように見える。
「父親のことがどうでもいいっていうのか……?」

「父親、ね。まあ血の繋がりもないし、世話になったしいい人だとは思うけどアタイにとってはそれだけだよ」

 本当に、こちらがわけがわからなくてぽかんとしてしまいそうになるほどどうでもよさそうに、コハクは吐き捨てる。
「だってあのままいけばアタイが次のジムリーダーなのによそ者のせいでジムリーダーの座を逃したら腹立つじゃん」

 本当の親なんて知らないまま、気づいたらサイホーンと一緒にいたとコハクは語る。
 孤児なんて、場所によっては珍しくもない。捨てられたポケモンなんて孤児なんかよりもよっぽど多く、トレーナーと手持ちというものを意識するまでもなく一人と一匹で生きていたところ、ジムリーダージルコンに拾われたと。


「拾われた時、運がいいって思ったよ。だって、最初からどん底の人間が這い上がるならそれなりの環境がないと限界がある。アタイは運がよかったし、あの人はアタイの才能を見抜いて育ててくれた。でも、あの人アタイにジムリの座を譲るの渋っててさぁ――」

 優しすぎたジムリーダー。彼は才能こそ認めていたがその性根を修正できない限りコハクにジムリーダーを継がせるわけにはいかないと、コハクに言い聞かせていたのにも関わらずそれは叶わなかった。コハクが何かしたわけではない。それはほんの偶然。だが――

「だからあの人が死んだとき、やっぱアタイって運がいいなって」

 ――正直、もう聞きたくなかった。

 不愉快だとか、許せないとか、色々ある。元をたどれば俺が挑発したのが原因だが、コハクと決定的に相容れないことを理解した話を聞かされ、感情が高ぶる。
「お前……お前には絶対勝たないと気がすまねぇ!」

 ――これが、コハクなりの盤外戦術返しだとすればやはり俺なんかよりも何倍も上手だ。
 それでも、やはりこいつに負けるのは腹が立つ。

「やれるものならやってみれば! できるならだけど!」


 小休止は終わり、後半戦は両者の手持ちが動くのを合図に始まりを告げた。




――――――――



 観戦ルームは二人の動きが止まったことで少々困惑していた。さすがに会話の音は拾えないのか時折断片的に聞こえるだけで、様子を見守ることしかできない。

(――ああ、やっぱりあいつ、こっち側っぽいなぁ)

 誰かがモニターのコハクを見つめながら心の中で呟く。
 ヒロの戦いとは別のところで、誰かの思惑が密かにうごめいていた。



とぅりりりり ( 2018/03/07(水) 16:26 )