新しい人生は新米ポケモントレーナー - 2章
琥珀印と昔話

 疲れると思考がまとまらなくなる。重い足取りで言われた通りに計算を続けるものの途中でどこまでやったかわからなくなるせいで時々ブツブツと違う、そうじゃない、と自分に言い聞かせるような呟きが漏れた。
「動き止まってんぞ」
 後ろから押されてバランスを崩しかけ、頭が真っ白になりながら受け身を取る。
「危ないだろ!」
「ぼさっとするなって俺は最初に言った」

 グルマシティのとある公園。イヴや他の手持ちたちはケイの手持ちと手合わせという名のレベルあげをしつつ、俺はなぜかケイに走り込みをするように言われ、しかも走っている間はよくわからない引き算をしながらというよくわからない決まりまである。
最初はそうでもなかったが、ずっとぐるぐる走っていたら疲れとともに計算能力が低下してきて途中でどこまで引いたかわからなくなってきた。

ケイの指導が始まってから二日が経過し、なぜ俺がこんな体育の授業みたいなことをしているのかは未だにわからない。



――――――――


 ――二日前、ジムから戻った直後のポケモンセンター。


「で、とりあえず一週間でジムリーダーに勝てるようにするなら今のままじゃ根本的に無理だ」
 イオトたちが予め俺用に買ってきてくれた惣菜パンや弁当を食べながらケイの話を聞く。シアンとネギたろうももしゃもしゃとポケモンのシールつきの菓子パンを食べながらちょっと他人事のように様子を見ていた。
「俺のジム戦のときにも思ったがヒロ、お前根本的に意識改革しないと勝てねぇ」
「そんなにか……」
 あの頃より色々俺も視野が広がったしまだマシだと思うんだが。レベルだってイオトやエミのおかげもあって結構高い方だし。
「細かい改善点をあげるのはまだ具体的には難しいがだいたいは予想がつく。まずこの馬鹿二人とバトルしすぎだお前」
 そう言ってケイは呑気に新聞を開くイオトと、メールを打とうとして失敗したのかサーナイトに手伝ってもらっているエミだ。
「お前、さてはこいつらとバトルすればレベルがあがりやすいからとか言って他のトレーナーとそんなにバトルしてないだろ」
「なんでわかったんだ……」
 実際その通りで、ジムトレーナーとかを除いて旅の道中で他の旅トレーナーとバトルをした経験がほとんどない。イオトとエミが修行に付き合ってくれるし、さくさくレベルがあがってしまうからそこで満足していた。
「えー、俺らが悪いっていうのかよー」
「僕たちは親切でやってるっていうのにさー」
「うるせぇお前らみたいなバケモノと一般人を同列に扱うな」
 バケモノ呼ばわりで切って捨てたケイは眉間の皺を深くしながらため息をつく。
「一人旅ならともかく、近くにこんなのが二人もいたらそりゃ矯正もできるはずねぇ。とにかく、ジム戦が終わるまでお前らはヒロとバトルをするな」
 ケイがそう言うとイオトは小声で「後から出てきておいて教師ヅラー……」と呟く。エミも口元を隠しながら「小姑……」と言った気がするがケイはそれを全て無視した。
「んで、ヨツハ」
「はいはーい?」
 元々顔見知りなのか意外と打ち解けるのが早いというか、自然なやりとりをする二人。少々不安そうではあるものの、ケイがヨツハに俺を示しながら言う。
「お前が見込んだなら一週間でできるだけ技を伝授してやってくれ」
「んー、まあちょっとコハクちゃんに思うところもあるしそうだねー。今回は協力したげる」
 ヨツハからの協力も取り付け、なんとか希望が見えてきたが実際、レベルをあげるだけじゃないとすれば何をすればいいのか。
 ふと、ネギたろうのくちばしのまわりについた砂糖を拭き取りながらシアンがケイの方を見て怪訝そうに声をかける。
「まさかとは思うですがツリガネ流の教えをヒロ君にです?」
「んー……それはまだ早いな。というか基礎が今のこいつだと無理だ」
「まあ、あれはそもそも人を選ぶやつですししゃーねーですね」
 ツリガネ流って何。俺いったい何をさせられるの?

「というわけで飯は食ったな?」
「あ、うん」
 自分で何も買えないので買ってきてもらったものだがとりあえず腹を満たしたので明日に備えてもう休もうと思っていると、ケイはさも当然のように俺に運動着を投げつけてきた。
「……なにこれ」
「今日からやるっつっただろ。おら、走り込みだ」
 さっさと着替えて準備しろと急かされ、わけがわからないまま手持ちを連れてケイの導くままポケモンセンターからも近い大きめの公園につくと、もう夜も近いというのに意外と人やポケモンがいるのが目に入る。
「とりあえず1000からはじめて7を引きながらランニングしろ。終わったら呼べ」
「ごめん、もうちょっと俺にもわかるように説明して」
「引き算しながら走り続けろ」
「これ以上の説明をしないという意思が見て取れる……!」
 しかし、一応指導してもらっている身分なので嫌だとも言えない。俺が走っている間はポケモンたちはケイの手持ちが相手してくれるようで、たまにそれを目にしながら公園をぐるっと周回する。
 引き算しながら走っているとだんだんしんどくなってきて、計算も微妙におかしくなってくる。脳が落ち着いてくれないのと、走り続けてちょっと息があがったせいでスピードを落とすと後ろから蹴られた。
「あばっ!?」
「ぼさっとすんな」
「いや、あの俺そんなに運動してないから慣れて――」
「いいから、やれ」

 ケイは、どうやらジム戦のときもそうだったけど指導者側として熱が入るとバリバリの体育会系なんだなぁと思いました。
 現実逃避気味に自分のことを他人事のように考えているとやっぱりケイに背を叩かれてランニングを続行する。

 こうして、なぜかジム戦対策の特訓、ランニングが始まったのである。




――――――――


「しんどい……」
 そして現在。俺はランニングを二日続けて疲れ果てていた。おかしい、旅をしてそこそこ鍛えられたと思っていたが足が死ぬほど重い。ベンチにぐったりを座り込みながら、エルドが水を差し出してくれたのでそれを半分くらい一気に飲み干す。
 しばらく休憩、となったところでケイのポケフォンが鳴り響いたので今は近くにおらず、どこかで通話中のようだが帰ってきたらまた走ることになりそうで気が重い。こう、もっとバトルの技術とかを教わると思っていただけに若干の期待はずれ感は否めない。
 というか理由も教えてもらえないし、モチベーションを維持できないのが致命的な問題だ。確かに勝たなきゃいけないからどんな特訓でも耐えるつもりではいたが先が見えないことを延々とやらされると不安になる気持ちもケイにはちょっとでいいからわかってほしい。
「トレーナーさん、がんばってるわねぇ」
 ふと、誰かに声をかけられてきょろきょろと辺りを見渡すと、隣のベンチのおばあさんが声の主のようだ。膝にウパーを乗せており、ウパーも俺を見て「うぱー」と呑気そうな鳴き声を上げる。
「お邪魔だったかしら?」
「あ、いえ全然……」
 実際、グルマシティの人に声をかけられるのが少し新鮮で、琥珀印は知れ渡っているだろうになぜ、という気持ちはあるものの、少しだけ嬉しかった。
「琥珀印のトレーナーさんは久しぶりだからどんな子かしらって、思ったの。普通の男の子でびっくりしちゃったわ」
 おばあさんは上品な雰囲気だが近寄りがたいという印象はなく、のほほんとしていて落ち着く人だ。琥珀印ということもやはり知っているようで、何を言われるのかと戦々恐々である。
「すっかり悪い意味で使われるようになってしまったけど、琥珀印といえば昔はいいものだったのよ」
「昔は?」
「ええ、それこそたくさんの人がもらうくらいにね」
 おばあさんは「長くなるけど聞いてくれるかしら?」と前置きして俺に尋ねてくる。実際、俺にも関係のあることだし、なぜこんなムラハチ文化が定着したのか興味があった。

「そうねぇ、まずはグルマシティの昔の話をしましょうか」





 グルマシティの先代ジムリーダー、ジルコンという男がいた。彼は真面目で人柄も良く、グルマシティを支え、盛り上げた。バトルの腕はジムリーダーの中ではそこそこ。優しいとはいうものの、悪く言えば少し頼りないようにも見えたらしい。
 そんなジルコンには一人娘がおり、母親のいない父子家庭。そう、その娘こそコハクである。
 幼い頃から町の仕事やジムリーダーとしての活動を見て育ったコハクは将来有望とされ、ジルコンも優しく真心を込めてコハクに「旅人にも優しくするように」と説いた。
 グルマシティは閉鎖的な地形もあって外部からの旅人が貴重であり、大切なお客様として新しい旅人に琥珀印を必ず与えていたという。
 トレーナーが必ず持っているトレーナーカードや手帳にその印があれば、グルマシティでのサービスが増え、それを聞いたトレーナーたちもグルマシティにやってくる。
『旅の人に幸運を。琥珀は私の一番好きな石だからね』
 幸運をおすそわけするという意味でつけられた琥珀印。コハクの名もそれにあやかってつけたというジルコンはグルマシティの住人に慕われていた。
 だが、キーストーンやメガストーンなどの原石が発掘されるようになってからグルマシティに大きな変化が訪れる。
 とても貴重な石であるそれを求める人間は多くいた。だが、ジルコンはメガシンカというものそのものに危機感を抱いていたのだ。
『強力なものだがそうやすやすとメガシンカをさせるわけにはいかない。メガシンカは絆の力ではあるが、それ以上に危険なものだ』
 そう言って、これらの石はジムリーダーが認めた者のみが手に入れる権利がないと手に入れられないように規制し、反感を買った。
 貴重なものを独占している、トレーナー間の格差を広めるだけ、など言われ続けたがジルコンは頑として規制をとくことはなかった
 しかし、他の地方でも一部のトレーナーのみが認められることによって扱えるという事実もあり、次第にそのバッシングも収まりつつある中、事件は起こった。

 ジルコンは何者かに殺害され、その第一発見者であるコハクがただ静かに、他のジムトレーナーに指示を下す。

『琥珀印を持ってる人間を全員集めて。犯人はこの町の人間じゃない』

 すぐ様琥珀印を持つ旅のトレーナーを一つの場所に隔離すると、目撃者でもあるコハクのおかげですぐに犯人がわかった。
 キーストーンを手に入れることのできない貧しいトレーナーが、ジムリーダーに直接交渉するも断られた結果、逆上して殺してしまったのだという。
 以来、グルマシティは外部の人間を表面上は歓迎はするものの、どこかでまた問題を起こすのではという考えを持つようになり、琥珀印の意味もそれを境に変わった。

『問題を起こすよそ者なんかに優しくする必要はない。少し優しくすればつけあがるやつらなんていないほうがいい』

 その後、正式にジムリーダーに就任したコハクはジルコンの後をついで立派に務めを果たすも、昔と違ってどこかよそ者に厳しい今のグルマシティができたのであった。





 結構長い話だったが、色々思うところがあり、疲れも忘れて少し息を吐く。
 慕われていたジムリーダーが殺され、元々閉鎖的で団結力のある町の人間が外部へ不信感を抱いているんだとしたら、俺も確かにあんなにコハクに毛嫌いされていたのは理解できる。
 コハクの立場からしてみれば、俺はレグルス団に味方をした挙句町に入り込んで何をするかわからない部外者。全員がそうとは限らないが、一度疑えばキリがないのも事実だ。
「本当に長くなってごめんなさいねぇ。年寄りってつい長々と話しちゃうのよ」
「いえ、むしろ色々聞かせてもらえてありがたいです」
「そう言ってもらえたならよかったわ。私ね、この町にずっと住んでいてここが好きなのよ。だからね、今のこの町を好きになれとは言わないけれど、どうか嫌いにならないでほしいの」
「ど、努力はします」
 とりあえずまずはコハクに勝つこと。それが第一。そして、その上で俺自身も今後の自分の行動をよく考えるべきだと。姉のことを抜きにしても、だ。
「ああ、もうこんな時間。ウパーのおやつ作らないとねぇ」
「うぱぱぱ!」
「そうそう、トレーナーさんこれあげるわ」
 ベンチに置いてあったバスケットをおばあさんは差し出してくる。中にはパンが入っており、どうやらおばあさんが焼いたもののようだ。
「え、でも俺琥珀印――」
「あー、最近耳が遠くて聞こえない事が多くてねぇ。それに、私はお店の人じゃないし、これも売り物ではないもの。いっぱい食べてがんばって」
 ウパーを抱きかかえたおばあさんはバスケットをそのまま公園から去っていく。バスケット、どう返せばいいんだろうか……。
 イヴがパンをさっそく一つ食べると美味しいのか尻尾を揺らして喜んでいる。かわいい。
「みんながみんな、別にこうしたいわけじゃないんだろうなぁ」
 実際、琥珀印の俺に対して冷たいというより、申し訳ないという顔をする店員も多かった。条例で定めたことを守っているだけで、ない方がいいに越したことはない。
 それを変えられるのはコハクか、それより上の人間。
「あ、美味しいなこれ」
 中にチーズが入っているパンは甘じょっぱくて美味しい。ほかにもきのみがはいっているものやクリーム系もあって結構腹が満たされる。
 名前も知らないおばあさんの優しさに感謝しつつ、水を飲むとケイが戻ってきて不思議そうにバスケットを見た。
「どうした、それ」
「親切な人にもらった」
「……何かやばいもん入ってたらどうすんだよそれ……」
 ……完全にその可能性を失念していたがイヴやエルドが匂いで警戒もしてなかったし多分大丈夫のはず。それにせっかくの優しさを疑いたくなかったし。
「まあいい。そろそろ頃合いだし移動するぞ。あいつらにも伝えておいたからチルタリス出せ」
「移動って、どこに」
「うちの道場」


――――――――


『押忍! おかえりなさいリーダー!』
「うっせぇ、せめて普通に出迎えろ」
 空を飛ぶでワコブシティまで移動し、もはや懐かしさを感じる景色と道場に向かうとジムトレが数人元気よく出迎えてくれる。
「そういえば俺のジム戦の時はこいつらとろくにやりとりしてなかったな」
「すぐにケイとバトルだったからなぁ」
 あれからそんなに経っていないはずだが遠い昔のことにも思えてくる。
「んじゃせっかくだしかるーく自己紹介でもしろお前ら」
「オッス! 俺ケンガです! ケイさんの一番弟子で――あだだだだだっ!?」
「一番弟子にした覚えはねぇよ」
 ちょっと軽そうな青年は俺と同じくらいの年頃に見える。ケイにアイアンクローを決められ、ほかのジムトレからはいつものことという目を向けられている。なんか一人だけちょっと羨ましそうに見ている男がいる気がするけど気のせいだろう。
「はい次ー」
「はいっ! アオイと言います! 好きなものは細マッチョとかわいい女の子です! よろしくお願いしま――あびゃー!?」
「自己紹介に必要のねぇ文言を入れるな」
 だいたいケイくらいの年頃だろうか。今並んでいるジムトレの中で唯一の女性だが何かがケイの気に障ったのか頭をぐりぐりと押されて悲鳴を上げている。ケイ、俺だけに厳しいと思っていたが指導対象には軒並み厳しいだけみたいだ。
「はい次ー」
「よっしゃー! リョウジって言います! これから大変だと思うけど根性で乗り切るっすよー!! うぼぁ!?」
「いちいちうるせぇ。声量くらい調節しろ」
 俺と同じくらいの青年は根性と書かれたハチマキを身に着けており、多分この中で一番元気というかうるさい。そんな彼は前の二人と比べると優しめというか軽く脇腹をどつかれただけで済んでいる。
「はい、最後」
「ヤツデと申します。ケイさんに直接しごいてもらえるなんて羨ま、げふんげふん、とても楽しそ、んんっ、大変ですけどがんばりましょう!」
 どうしよう、最後のやつ、一番ツッコミどころがあるというか、さっき羨ましそうに見てたのこの人だよな……。ケイのことだし蹴ったりするんじゃないか。
「……んじゃ早速やるぞお前ら」
 最後のヤツデにだけ何もせず、むしろ何も聞かなかったかのように無視して道場の奥へと足早に向かうケイ。あ、こいつ完全に扱いを心得てるなと思う一方でワコブジムも結構濃いのが揃ってるなぁと道場に改めて入る。久しぶりに見る強面サワムラーがじっと俺を見てぐっと指を立てて応援してくれる。癒やしだなぁ。
 道場の中でもバトルをするためかしっかりした内装の部屋にたどり着き、ケイはその奥であぐらをかいて座り込む。
「さて、そろそろ本格的に取り組むわけだが――まあまずはそいつらを4人抜きしてからだ」
 横に控える四人を見るとそれぞれにこにこ、へらへらと俺を見ている。事前に聞いていたのか何をするのかしっかり把握しているみたいだ。
「俺がすぐに相手するのはいいが、とにかくお前は色々な相手とバトルをするのが第一だ。こいつら相手に連勝したら俺が直接相手をする。ついでに、お前の問題点も十分把握できるしな」
 ジムトレも当然一般トレーナーより優秀であるのは間違いない。ジム戦のときはもちろん挑戦者に合わせて加減しているし、ジムリーダーの前座である以上そう圧倒的な実力でボコボコにしてこないはず――

「あ、お前ら。こいつには結構容赦なくやっていいからな。挑戦者じゃねぇし」

 ――果たして俺は勝てるんだろうか。今の一言で猛烈に心配になった。






とぅりりりり ( 2018/03/07(水) 16:20 )