新しい人生は新米ポケモントレーナー - 2章
舌禍前線

「はぁ〜……」

 一通り話を聞いたケイは眉間を抑えながら深いため息を吐き、真っ直ぐ俺を見る。
「コハクもコハクだがお前も何してんだよ」
「いや、まあそれは俺もちょっとは反省してる……」
 世間一般から見れば指名手配されているレグルス団を捕縛しようとしたジムリーダーの邪魔をした一般人。これだけ聞けば俺が悪いのは明白だ。
 実際はコハクさんがかなり過激だったことや俺もリジアと無関係ではないこととか色々あるのだがそれを差し引いても完全に部外者が余計なことをしたとしか言えない。
「まあお前のその行為が仮に問題だとしてもコハクのやりすぎなのは間違いない。……けど、俺じゃなくてアリサに言った方が対応は早いと思うぞ」
「いや……姉さんに頼るのも考えたんだけどよ……さすがに姉さんにも悪いしさ」

 例えば俺が姉さんに事の顛末を――リジアの正体とかもろもろ全部伝えたら間違いなくどうにかして助けてくれるだろう。
 だが、前述の通り俺の行動も、はたから見れば問題がある。
 そんな俺や今は一応レグルス団のリジアのために”四天王”である姉が動いたら周りからどう見られるか。何も知らない人間からすれば身内贔屓、最悪の場合姉の立場も危うい。
 そんなこと、ちょっと冷静に考えればわかることなのに俺にはその配慮が足りなかった。

 それをケイにも告げると妙に複雑そうな顔をされたが次の瞬間には仕方ないと言わんばかりに目を伏せられる。
「まあ、あいつのことを考えてのそれなら、及第点だな。わかった、取り次いでやる。ただし、俺もグルマシティのことやあいつにそこまで強く言える権限はないからある程度は自力でどうにかしろよ?」
「ありがとう、ケイ……。悪いな、本当……」
「そう思うなら今後は気をつけろよ。少なくとも、コハクは極端な例だがアマリトのジムリーダーは揃いも揃って過激な思考をしてるのが多い。リコリスさんだってお前はうまくやったみたいだがあの人も大概だぞ。下手すりゃコハクなんかよりよっぽどやばい」
 リコリスさんはこう、なんとか険悪にはならなかったが出会いが比較的まともだったんだろう。リコリスさんも過激寄りだとは思ったがコハクさん以上ってあの人いったいどんな地雷抱えてるんだ。
 とりあえず、大勢でぞろぞろ行くわけにもいかないので俺とケイで再びジムの方へ。他の4人は俺ができない買い物を代わりに行くという流れになり、重い足取りのままこの町の中央にあるジムへと向かうのであった。



――――――――



 ジムに入ろうにも先程出禁を言い渡されたこともあっておとなしくケイの後ろについて控えめに入る。受付のジムトレが申し訳なさそうな顔を浮かべる。
「あのー、何度も来られてもジムリーダーが許可しない限りは……」
「へぇ、俺がいるのに?」
 すっとぼけたようなケイの言い方に受付のジムトレは一瞬驚いたように目を丸くし、三秒ほど間を置いてから「えっ!」と驚いたように慌てだす。
「あ、あのケイさんですよね? どのようなご用件で……」
「コハクと話をしにきた。いるだろ」
「で、でも……」
 ちらりと俺を見て困ったような顔をされる。まあ俺を勝手に入れるわけにいかないんだろう。悲しくなんかないぞ。
「いいよレイナ。二人共応接室に通して」
 困ってるジムトレに声をかけたのは奥から出てきたコハクさんだった。タオルを首にかけて汗を拭っているが、俺を見るなり鼻で笑うように言う。
「まさかケイ君をひっぱり出すとは思わなかったけどね。てっきりお姉ちゃんに泣きつくと思ってた」
「俺でよかったな。アリサと違って俺ならまだ今なら穏便に済むぞ」
「はっ、ご冗談。まあ部屋で待ってなよ。話くらいは聞いてあげる。レイナ、お茶よろしく。すぐ行くから」
 コハクさんはどこかに行ってしまい、俺たちは応接室に案内されたが居心地が悪くて胃がぐるぐるしてきた。ケイは平然としており、いつの間にか煙管に火をつけていた。いや、灰皿はあるけどお前、よく一服できるな。
「あんまおどおどすんな。あいつのペースに乗せられるぞ」
「いやでもケイほど図太くできねぇよさすがに」
 ややうつむきがちに煙管を吸う姿は様にはなっているが、他人事とはいえどうしてこんな堂々としてるんだ。
「いいか、こういうのは相手を逆に調子に乗らせたらいいんだよ。逆上だろうが慢心だろうがな」
 そう呟かれ、妙に実感がこもっている声音になんか慣れてる感がする。もしかしたら頼って正解だったかもしれない。
 出された茶の味も微妙にわからないくらい緊張が解けないでいると乱暴に部屋の扉が開いて作業着の上着を羽織った姿でコハクさんが現れた。この人、よく上着をちゃんときないで着崩してるなぁ。
「で、何?」
「まさかわからないなんて言わせねぇぞ。ジムリーダーとあろうものが一から十まで言葉にしないとわからねぇのか?」
 開幕から煽りにきてるー! ケイの言い方は淡々としているがこの人にそんなこと言ってほんとうに大丈夫か。
「そう? じゃあ言うけど嫌なら出ていけば? アタイは止めないしむしろありがたいんだけど」
 どうでもよさそうにそう言ってコハクさんは俺の方を一切見ない。どうやら本当に嫌われているようだ。いや、わかってはいたけどここまでされるとさすがに傷つく。
「お前、一般人相手に大人げないと思わないのか」
「そっちこそ一般人相手にご執心だね。面倒くさがりの君がなんのつもりか知らないけど」
 聞いてるだけで胃が痛くなってきた。キリキリと締め上げられる感覚に口元を引き結ぶ。
「話を聞いたらお前にそこまでされるほどではないと判断しただけだ。それに、俺がバッジを渡したトレーナーにケチがつくのも納得いかねぇ」
「へー。ワコブジムって”その程度”のトレーナーにバッジ渡すんだ。ケイ君の基準ってかなり低いんだね」
 ガンッ、とコハクさんの言葉に反応するように灰皿に煙管を叩きつけたケイは「ああ、吸い終わったんでな」となんでもないように吸いカスを灰皿に落とす。ピリピリしていて正直俺が口を挟むタイミングがない。
「何、もしかして怒った? 気に障ったならごめんね? 別に責めてるわけじゃないよ。まあケイ君だけじゃなくてナギサちゃんとリコリスさんもバッジ渡してるみたいだし、よほど立ち回りがうまいのかな。アタイなら絶対認めないけど」
「お前のその無意識か知らないがナチュラルに人を見下すその態度は今に始まったことじゃないし俺はそういうこと言われ慣れてるから構わないがあまり俺が認めたトレーナーへの侮辱を繰り返すようなら俺も本気でお前を潰すぞ」
 ケイの低い声にコハクさんはつまらなさそうに頭を掻く。心底「あほらし」と呟いた声は自分以外の考えは受け付けない冷淡さがあってぞっとする。
「こっちが内々に済ませてるっていうのにそんな風に言うんなら公にしてもいいんだよ」
 急に態度というか表情が変わったかと思うとニコニコと、出会った時のように人の良い笑顔でケイと俺に向かってコハクさんは言う。

「四天王、アリサの弟が、レグルス団逃亡に加担したってね」

 血の気が引いた、と陳腐な言葉になってしまうがこの瞬間、この女――コハクとは友好的にできないと悟った。
 ケイじゃなくて姉を呼んでいたらどうなっていたかなんて想像するまでもなく、この女は俺の家族を盾に、何が何でも俺を認めないつもりだと。
「コハク、お前――」
「事実でしょ? 何か今の情報に誤りがある? どう受け取るかは人それぞれだけどね」
 実際に、コハクの言うことは確かに間違っていない。そして、それが大衆に知られた時、マイナスに見られるのは名前が出ない俺ではなく姉のアリサだ。
 たとえ本人が悪くなくても、身内の失態を理由に叩かれないことなどない。
「ああ、そういえばアリサの実家ってきのみ屋だったね。ご両親もご近所もどう思うかな」
 実際、俺の不始末は俺だけの問題ならまだいい。どうしても無理なら町から出てしまうというのも一つの選択だとどこかで思っていた。
 だが、この女にこんな風にネチネチと家族が迷惑するぞと責められるのだけは嫌だった。
「俺自身の問題なら俺にだけ嫌がらせすればいいじゃないですか! 姉も実家も関係ない。そんな脅迫みたいな――」
「レグルス団なんて最低な集団を擁護する一般人とジムリーダーのアタイ、どっちが正しいかなんて火を見るより明らかなことでしょ。だから君だけを出禁にしたのに文句つけてきたからこっちも使える手を使った。それが脅迫だと思ってるの? すごい考えだね。厚かましくて反吐が出る」
 胃がムカムカしてくる。ここまで来ると俺が冷静さを保てない。が、ケイが軽く腕で制してきた。
「コハク。お前はアリサのことが嫌いってわけでもないのになんでそんなことしようとする? いいのか、後悔するぞ」
 ケイの言葉に対しても、コハクは鬱陶しそうに吐き捨てるだけだ。
「アタイは嫌な思いしてないからどうぞご自由に。アリサもかわいそうにね。弟の出来が悪いとさ」
 俺のせいで姉に迷惑をかけるのは嫌だ。だったら俺が我慢して町から出ていけば丸く収まるかと言うと、俺はこの女に弱みを握られ続けていると思うとはっきり言って不愉快だ。
「なんで俺にそこまでするんですか。確かに迷惑だったかもしれないが――そこまで言われるほど悪逆を働いた覚えはない!」
「はっきり言わないとわからない? 目障り、邪魔、気持ち悪い。いいご身分の癖してレグルス団とかいうクズの集まりに加担しているかもしれない君をこれ以上この町に滞在させたくないの。そりゃわかんないか。あんなところで乳繰り合うような男だもんね、君。頭への配慮が足りてなかったことは謝るよ」
 怒涛の罵倒にさすがに我慢の限界だ。そこまで言われる筋合いはない。
 こいつ、どうせ何があっても俺を認めるつもりはないんだろう。俺があまりに文句をつけるならそれこそこの件を公にするつもりだろうし、はっきり決着をつけなければ納得がいかない。

「なんも挽回のチャンスを与えねぇのは違うよな?」

 ケイが頃合いを見計らって場を仕切り直す。
「本来、ジムリーダーが挑戦者からの挑戦に対して別件を持ち出して対戦拒否するのはフェアじゃないな。だから一度は戦え。その戦いでヒロが勝ったら琥珀印の取り消しと、マスコミや公的機関への情報リークは今後しないと誓え。それがこちらが出す最低条件だ」
「随分と要求が多いことで。それに、アタイにはメリットがないんだけど?」
「その程度と切り捨てたなら勝てるだろ? 逃げるのか?」
「はっ。月並みなお言葉どうも。いいよ、その挑発乗ってあげる」
 俺一人だとここまでこぎつけられなかっただろう。だが、ケイがここまで真剣に付き合ってくれると思っていなかったので迫力にびびるというか、道場でのんびりしていた姿とのギャップが激しい。やっぱりジムリーダーなんだなぁ、こいつも。
「ま、予約者がいるからすぐにはできないよ。そうだなぁ……シンー! ちょっと予約予定表取ってきてー」
 どこかに声をあげて伝えるが返事はない。静まり返った間に、怪訝そうにコハクは首を傾げる。
「シーンー! 予約ひょ――」

「うるっせぇ!」

 扉が開くと同時に分厚いファイルがコハクの顔面を直撃し、先程コハクを連れ帰っていたジムトレの男性が現れる。
「自分でそれくらい取りに来いっつてんだろ! んなことも出来ねぇのか!」
「いったぁ……ちょっと、一応ここ応接室なんだしもっとちゃんとした態度……」
「どうせケイさんなんだから今更だろうが! というか琥珀印の話、俺聞いてねぇんだけどどういうことだ!」
 あ、これジム漫才の予感がする。ジムリーダーとジムトレってこう、関係はそれぞれだがだいたいみんな漫才というか気安い関係が伺える。
「あー、その話あとでね。ん、次予約空いてるの、最短でも一週間後の13時だね」
「ヒロ、それでいいか?」
「十分だ」
 かっこつけたけど正直不安はある。リコリスさん相手だってギリギリだったし。が、どうせレベルを上げても相手はレベルを合わせてくるし、センスや戦法をどうにかするしかないのだ。一週間ぐらいでちょうどいい。
「じゃ、さっさと帰って。はーもう、鬱陶しい……」
 応接室から足早に体質したコハクと、取り残された俺たち、そしてジムトレのシンさん。微妙な間を打ち破ったのは笑いをこらえるケイの声だった。
「くっ……ははっ……」
 怖。完全に悪役笑いである。いや、なんか笑うと妙に怖いというか、いいやつなのはわかっているんだけどびっくりする。
「悪いな、シン。お前んとこのジムリのダーテング鼻、叩き折らねーと俺の気も済まなくなったわ」
「……多分ですがうちのコハクが悪いっぽいのでそれは甘んじて受けます……」
 苦労してるなこの人も……。

 ジムを出て、とりあえずポケセンへと戻るが、ケイのあの妙に怖い笑いが気になってしまう。
「あ、あのさ……さっきなんで笑ったんだ?」
「いや、久しぶりに俺も本気出すか、って思っただけだ」
 何の、とは聞けなかった。多分俺にマイナスはないだろうがあの顔を見た瞬間、一番敵に回してはいけないのはケイだと思うほどに怖かった。
「ま、やっぱ俺も自分の認めたトレーナーが馬鹿にされるのは気に入らないからな。俺だけじゃない。あいつはさっき、ワコブジムを下に見た。なら俺が協力するのいちいち理由もいらねぇだろ」
「ケイ……」
 なんか、ケイとナギサが最初の方のジムで本当によかった。トレーナーとして、人として本当に尊敬できる。
「んじゃ、今日からやるぞ」
「ん?何をだ?」

「決まってんだろ。ワコブシティの華である俺の誇り、ツリガネ道場。その師範である俺がお前の稽古をつけてやるって言ってんだよ」


 傾きかけた陽を背に、ケイは先程の恐怖の笑みではなく、どこまでも穏やかに微笑む。


「特別だ。ありがたく思えよ?」





とぅりりりり ( 2018/03/07(水) 16:19 )