新しい人生は新米ポケモントレーナー - 2章
歓迎されないグルマシティ

 グルマシティにたどり着いてまず目につくのはポケモンが作業の手伝いをしている姿だった。人間と協力し合いながら作業を進める彼らの様子は爽やかさすら感じる。
 ワンリキーが邪魔な岩を運んだり、カラカラがいわくだきで運びやすくしたりと、活気に満ちた現場はそれぞれがはっきりとした絆があるようにみえる。
「はー……普段ならいい気分なのに変なのがいるから嫌な気分……」
 露骨に悪態をついてくるコハクさんはちょうど行き先が同じだったこともありまだ近くにいて非常に気まずい。いや俺も俺でやったことがことなので強く言えないのだが。
「お、コハクさん。そっちは旅のトレーナーさんか?」
 気さくそうな作業員がコハクさんに声をかけ、俺達を見る。が、コハクさんは冷たくいい放つ。
「そこのボサ頭君は琥珀印だから無視していいよ」
「えっ……」
 ざわ、と俺を見る目が変わるのがわかる。こはくじるしってなんだ? コハクさんの名前にちなんだなにかだとは思うが
「琥珀印って……」
「何やらかしたんだ、彼……」
 そんな困惑の声がどこからか聞こえてくる。ボールから出たままのキルリアがたくさんの視線を感じたからか俺の後ろに隠れるようにするがかわいい。でもこいつオスなんだよな。かわいい。
「ふーんだ! さっさと出ていってね、ヒロ」
 んべ、と舌を出されてその仕草そのものはまあ子供みたいでかわいげはあるのだがさっきのことを思い出すといやねぇわぁ……と思わされる。なんで俺の知り合う女にまともな女少ないの? ナギサくらいしかいないんじゃねぇか。
 そんなことを考えていると町の方から誰かが近づいてくる気配がし、そちらを振り向くとコハクさんが「げっ」と後ずさる。
「ようやく見つけたぞこのクソリーダーがぁ!」
 鬼の形相で駆け寄ってくる男がとっさに逃げようとしたコハクさんを逃すまいと腕を掴んでそのまま放り投げたかと思うと後ろから現れたホルードの耳にがっしりと掴まれて身動きが取れなくなるコハクさん。
「ギブギブ! シンこれマジで痛いんだからやめよう!?」
「てめぇジムに大穴開けといて気遣ってもらえると思ってんのか! おかげさまで特別工事の手配しないといけねぇ羽目になっただろうが!」
 ……多分ジムトレの人だと思うが、ジムそれぞれの特徴が顕著に出ているなぁとしみじみ思う。ケイやナギサのところのジムトレは真面目そうなの多かったし、リコリスさんところはなんかちょっと変わったの多かったけど、グルマのジムトレは苦労人かなんかだろうか。
「……っと、旅のやつか。見苦しいところを見せてすまないな」
 振り返ったジムトレの男は目の下のクマがひどく、疲れているのが伝わってくる。
「どうせうちの馬鹿が迷惑かけたんだろ。悪かったな。せっかくだしこれやるよ」
 迷惑料ということなのか、ぽんと渡された革袋を置いて男はホルードにコハクさんを持たせて去っていく。なんというか、嵐のようで正直まだ思考が追いついていない。
「と、とりあえずポケセン行くか……」
 割りと汚れたし、町についたらポケセンで宿を取るいつもの行動パターンだがさっきの琥珀印の発言のせいか、妙に周りからの視線が痛い。
 ふと、キルリアがぴょんぴょんと俺の腕につかまろうとしてくる。急にどうしたんだろうか。
「お、おい、どうかし――」
 すると、キルリアがぶつかってきたせいで手に持っていた革袋が手から滑り落ち、中身が転がり落ちてキルリアの足元へと転がった。
 それは宝石のような何かで、転がった先でキルリアに触れる。薄荷色の丸いそれは淡く光を反射して輝いて――ん?

 それめざめいしでは?

「あーっ!? タンマタンマ!! 待て待て触るなキルリアーッ!」

 輝き出したキルリアはそのまま急激に大きくなり、そして進化が終わると同時に俺の目の前には凛々しい姿のエルレイドがいた。
「えるっ!」
「あ……あぁ……」
 サーナイトにしようと思っていたのに不可抗力で進化してしまった。あのリアクションからしてエルレイドになりたかったんだろうが俺のショックは計り知れない。いやオスだったしエルレイドかっこいいもんな。オスならやっぱりそっちになりたいんだろうな……。
「えるる!」
 エルレイドのキラキラとした喜んだ姿を見せつけられ、嘆くわけにもいかず、改めてエルレイドを見ると、あれ……もしかして最高にかっこいいんじゃ?という気持ちになってきてショックは3秒で忘れた。なんかどうでもいいわ。俺の手持ちは今日も最高だった。
「かっこいいなお前〜!」
「えるえる〜」

 なんか毎回分岐進化関連で色々不可抗力なことが多い気がするけど多分気の所為だろう。さすがにもうないだろうし。
 さて、ちょっとしたトラブルはあったがせっかくなので進化したばかりのエルレイドに名前をつけがてらポケセンへと向かう。
 ずっと名前決められなかったがエルレイドに進化したのでサーナイト前提の名前にしなくてよかったとちょっとだけ安心したのは内緒だ。
「うーん……よし、じゃあエルド。エルドにしよう。ごめんな〜ずっと名前つけてやらなくて」
「えーるるー!」
 エルレイドってこう、結構凛々しい感じの印象が強いがやっぱり大きくなってもまだ幼さを感じるせいかかわいさとかっこよさのコラボレーション、これぞまさしく尊さ5兆点。

「結構おっきいですねー」
 町中はもちろん普通の住人もいるが炭鉱のほうの作業員も多いのかかなり賑やかだ。もちろん、観光客向けの店も立ち並び、都会ではないにしろ人で賑わっていた。ハマビもそこそこだったがこちらは密度がすごい。
「そりゃグルマは進化の石や装飾品の名産地だもん。トレーナーはもちろん、ポケモン愛好家やセレブも宝石を買いにくるからね〜。それにメガシンカに必要なキーストーンもここでしか手に入らないし」
「えっ、キーストーン売ってるのか!?」
 ヨツハの説明に思わず驚きの声を上げてしまう。
 ゲームのときは基本的に誰かからもらうとかそういう立ち位置だった気がするがここでは購入するようなもののようだ。しかし、メガシンカの話担った途端、イオトとエミの顔が曇る。
「いやぁ……確かにアマリトでは少なくともここでしか、だけど……」
「キーストーンもメガストーンも、まず買うには条件が……」
 言葉を濁した二人の言葉にかぶさるようにエルドがある店を見てそちらに向かって一匹で向かってしまう。えるー!と妙に元気な鳴き声をあげるがなんの店だろうか。
 たどり着いた先はなんと、ちょうど話をしていたメガストーンがショーウインドウに並んでいるこじんまりした店だ。
 恐らくだがエルレイドナイトが鎮座されており、エルドはキラキラした目でそれを見つめる。
「メガシンカとか憧れるよなー。やっぱりかっけーもん」
「ボクもシャモすけとメガシンカしてーです」
 俺とシアンがテンションをあげている一方で、妙に哀れみの目でイオトたち3人に見られているがどうしてそんな目を向けるんだ。まるでかわいそうなものを見るようなのはやめろ。
 どうせまだ値段的にも厳しいだろうけどちょっとだけ店の中に入ってみようとすると、中から店員が出てきて申し訳無さそうな顔をされる。
「すみませんお客様。当店はグルマジムのジムバッジをお持ちの方か、特殊な身分証明ができる方のみの利用が可能となっております」
 いきなりものすげぇハードルにぶち当たった。
 あれか、いわゆる富裕層以外はジムリーダーのお墨付きがないと店にすら入れないってか……。コハクさんのジムかぁ……正直認めてもらえる気がしない。
 こんなところで駄々をこねても仕方ないので、しょんぼりしたエルドを引っ張って改めてポケセンへと向かう。道中、何度か訪れたことのあるヨツハがこのお店美味しいよと教えてくれながら散策していると、クレープ屋が目に入り、エルドがまたしてもこちらに期待するような目を向けてくる。しかも今度はエルドだけではなくボールがかたかたと揺れながらイヴも食べたいと主張してくる。
 かわいい手持ちにねだられたとあってはまだ途中ではあるが4人に少しだけ待ってもらってクレープ屋に近づいてポケモン用のクレープを注文しようと口を開きかける。
 が、店員さんの怪訝そうな顔が一転して険しいものへと変わった。

「お客様、失礼ですが琥珀印のヒロさんですね?」

 だからこはくじるしってなんなんだ。よくわからないが実際コハクさんにもそう言われたので曖昧に頷いてみると店員さんが申し訳なさそうに言った。

「大変申し訳ありませんが、琥珀印の方に何かを売ることは条例で禁止となっています」





 ――ぱーどぅん?





――――――――



 ――ワコブシティ。

 ケイは今日も道場に誰もこないことを少し物悲しいと思いつつ、煩わしい手間がなくて楽だと考えながらジムリーダーとしての業務を片付けていく。ここ最近の行方不明者の情報をまとめたり、レグルス団に関する調書に目を通したりと通常よりやることが多くはあるが責任ある立場な以上、こなすべきだと考えていた。
 庭では手持ちたちがお互いを高め合うために組手をしているのが目に入る。うるさすぎず、少し聞こえる拳の音が心地よいと、ケイは穏やかな気持ちでいた。

 が、ポケフォンが鳴り響き、妙に嫌な予感がして渋い顔で画面を見るとヒロからのコールが延々と続く。
 出たくねぇ、と眉間を押さえるが鳴り止む気配がないし、気になってしまうのでおそるおそる通話に出た。
「もしも」

『ケイーッ! 助けてください!!』

 つんざくような絶叫で耳がキーンとし、思わず耳からポケフォンを離してしまう。ケイはいっそ通話を切ってしまいたかったがどうせかけ直されるだろうと判断して一応相手をする。
「少し落ち着いて話せ。いきなりなんだよ」
『グルマシティ総出のムラハチされた挙句ジムにも入れてもらえねぇから詰んだ! 助けてください!!』

「えぇ……」

 急に電話がかかってきたと思ったらよくわからない助けを求められ、ケイは困惑する。ムラハチってなんだ、と考え村八分のことか?と思い当たる。町ぐるみで村八分って本当にわけがわからないと思いつつ、真剣に乞われているせいで無下にもしづらい。
『頼む! ちょっと本気で困ってるんだ!』
「いや、何があったらムラハチされるんだよ……つーかグルマってことはコハクだろ? あいつは……いや、あいつならまあ……そういうことするか……」
 ジムリーダーの中でも割りと危ない人物なので対応を間違えたかと予想するが詳細を電話越しで語られても正直整理が追いつかない。というか単純にやかましいから声のトーンを落とせとちょくちょく相槌がてら告げるが全く改善されない。
「……あーもう、わかった。ちょっとそっち行くから待ってろ。どうせ助けって取り次ぎとかだろ。グルマのポケセンで待ち合わせるぞ」
『ありがとうございます……ありがとうございます……!』

 あまりにも切実すぎてケイは色んな意味であいつにシアンを任せたのは間違っていたかもしれないと若干考えたが、もはや後の祭りである。




――――――――


 グルマシティについたケイは待ち合わせ先で死体と見まごうレベルで生気がないヒロとイヴ、そして見覚えのないエルレイドに困惑した。どういう状況だ。
「あ、ケイのやろーきたですよ」
「あ、ケイ君だー。やっほー」
 馴れ馴れしく声をかけてくる人物に一瞬誰だ、と思ったがすぐに教え技一族のヨツハだと気づいてなんで一緒にいるんだ?と更に謎が増えていよいよ整理できない。
「とりあえず順を追って説明してもらいたいんだが……」
 真っ白に燃え尽きたヒロの背。反応はあるがなにかブツブツ言っているだけで正直ホラーであった。
「俺は駄目なトレーナーだ……手持ちのためのおやつすら買えねぇ……生きてる意味がねぇ……」
「こいつ本当に大丈夫か?」
「まあこの状態をなんとかするためにお前を呼んだんだよ」
 イオトも肩を竦め事情を説明する。
 クレープ屋でいきなり告げられたこと。コハクに確認しようとジムに直行したらジムへの出禁を食らっていたこと。琥珀印はジムリーダーが認めない限り解除されないこと。ポケモンセンターはリーグの管轄なので寝泊まりは最低限できるがそれ以外の食事やフレンドリィショップなどもアウトだったこと。
 ――グルマシティでの行動が大きく制限され、それをどうにかする手立ても現状絶望的ということだった。





「要するに、この町ではコハクが定めた『琥珀印の烙印』がある限り、施設や店での買い物はほとんど不可ってこと」




とぅりりりり ( 2018/03/07(水) 16:18 )