新しい人生は新米ポケモントレーナー





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2章
煩悩クライシス



 ヒロとリジアが地下深くで暖を取っているその頃――。


「ひーろーくーん」
 シアンの声が反響するがそれに応える声はなく、疲れ果てたイオトとヨツハが岩に腰掛けため息をつく。シアンも疲れた様子だが二人ほどではない。
「どこまで落ちたんだろうなあいつ……」
「ここ結構深くまであるからねー……これ以上潜るとあたしもちょっと戻れるか不安……」
 洞窟の案内はできるといっていたヨツハすらこれ以上は危険だと判断し手詰まりかと悩んでいるところ、拘束中のキッドが抵抗にもなっていないが体を横に振って煽る。
「ざまーねぇな! 俺たちの邪魔しようとするからだっつーの!」
「お前の仲間も落ちてるんだけど?」
 こいつちょっとオツム足りないんじゃ……ともはや憐れみすら交じる目でエミは誰にも見えないところで小さく呟く。
「せめて生死を確認しないとなぁ……」
「えっちゃん今何か言ったです?」
 聞こえなかったのを聞き返すシアンだが両手を広げながらエミはやれやれと首を振る。
「いいや、最悪グルマシティの方先に行って救援呼んだ方がいいんじゃないって」
「そだねー。本職の人らなら多分あたしらよりは安全だろうし」
 遭難者を探して自分たちまで遭難したら元も子もない。テレポートも使えないこの状況をよく慣れ親しんだグルマシティの鉱夫たちなら――。
「……ん? 待て、何か聞こえないか?」
 イオトが動くなと静止すると地鳴りのような音がし、徐々に近づいてくるそれが何か察したイオトとエミはヨツハとキッド、シアンを掴んで上に戻るルートへと駆け出した。
「はえっ!? えっちゃんたちどうしたですか!」
「相手にしてらんない化物が来るんだよ――!」


 瞬間、5人の背後で壁が崩壊――否、何かが破壊して飛び込んできた。


「やばいやばい! こんなドリュウズこの狭い場所で相手してらんねぇ!」
 イオトが本気で焦り、エミはボールに手をかける。
「馬鹿野郎! 俺らなら勝てるかもしれねぇけど荷物3つ抱えてんだぞ! あっちは俺らの気を使うバトルなんてするわけねぇのにまた誰か落ちたらどうするんだ!」
 荷物3つ(シアン、ヨツハ、キッド)と言われたうちの2人は思うところはあるものの背後に出現したドリュウズのオーラからただのドリュウズだとあなどれないことを察して黙る。
 が、正真正銘荷物状態のキッドだけは違った。
「こ、こいつ! 探してたやつようやく見つけたのにリジ姉がいねぇ!」
「ご丁寧に目的報告ありがとな! 明らかにお前狙いだろうな死んじまえ!」
 ドリュウズの様子は明らかに縄張りを荒らされた怒りで興奮している状態だ。キッドとリジアのせいとイオトは推測するがキッドは「まだなんもしてねーよ!」と少しズレた返事を返す。
「おい! この縄解け! どうせお前ら逃げるんなら俺はこっからこいつぶっ倒してリジ姉探しに行くわ」
「お前立場わかってるかー!? 脳みそすっからかんなのか? このまま置いて行くぞ!」
 イオトはどうやらキッドがかなり気に入らないのかすごくいつもより口と機嫌が悪い。エミもちょっと隣でドン引きしつつコジョンドを出してドリュウズを向き直る。
「コジョンドなら周りに被害出さないでどうにか――」
「だから相手にするな! こいつはこの山の主だ! こいつを敵に回すってことはこの山全体のポケモンを敵に回すってことだぞ!」
 ポケモンと人間は本来有効的な関係を築いているのが大半だが、野生の中でも特に掟に反する者や縄張りを踏み荒らすものへの敵対心は尋常ではない。


「――なら好都合ッス!」


 その瞬間、キッドを拘束していたはずの縄が解け、素早い動きでイオトの横を駆け抜けた。
「はっ!? あのクソ野郎何し――」
 キッドの手持ちが一斉にボールから飛び出し、取り残されたリジアの手持ちであるネイティオたちもキッドにつく。シザリガー、ズルズキン、ゴロンダ、ワルビアル。4匹が激しく睨んでくるドリュウズに怯むことなく攻撃態勢に入る。
「リジ姉を迎えに行く手土産にいっちょ捕獲してやるッスよ! ゴロンダ、ワルビアル、抑えろ!」
 ゴロンダとワルビアルをドリュウズを牽制する役割にし、シザリガーとズルズキンで直接ダメージを与える。たしかにこの方法なら周りへの被害は少ないが――
「どうする?」
 エミがイオトに小声で確認する。このまま放って自分たちだけ安全を確保するという手もあるが、放っておけば最悪捕獲されかねない。ここにきた目的が果たされ、最悪自分たちより早くリジアと合流されでもしたら、ヒロは手持ちがエンペルトしかいない状況で放置されるか始末されるかの二択。
 イオトは死ぬほど面倒そうに「あ〜〜〜〜〜〜〜〜」と唸りながらマリルリさんを出して言った。
「安全第一。最悪逃げるけどギリギリまで捕獲の邪魔はする」
「オッケー。んじゃシアンはヨツハ念のため守っといて。僕らなんとかするから」
「はいですよ! 屋形船に乗ったつもりで任せるです!」
「大船って言ってほしかったなぁそこは……」
 マリルリさんとコジョンドは妨害のために渦中に飛び込み、ズルズキンとシザリガーそれぞれの邪魔をする。
 ドリュウズは自分以外は全て敵だと判断しているのかマリルリさんたちにも襲いかかるがまとめて倒そうとしているからか大振りな動きが目立つ。
「――あれは純野生?」
「トレーナーの飼育経験のある動きではないな」
 エミの呟きにイオトが反応する。
 トレーナーの元にいたポケモンというものは大なり小なり動きが洗練されている。ドリュウズにはそれがなく、圧倒的潜在能力とパワーでゴリ押しているのがイオトにははっきりわかった。
「あーなるほどねぇ……」
 エミの何か納得したような呟きにイオトは一瞬だけ目を細めるが今はそれどころではないと聞かなかったことにして目の前の戦いに集中した。




――――――――


 いや、普通誠意って言ったら責任取るとかそういう話だと思うじゃん。
 妙にリジアから距離を取られてしまい、居心地が悪い雰囲気の中早く服が乾いて欲しいと願うばかりである。
「頭おかしい……」
 時々呟かれる言葉で心が痛い。なんかでも、これはこれで有りになってきた。やっぱり俺たち相性ばっちりでは? そう前向きに捉えよう。
「俺は素直に言っただけなのに……」
「気持ち悪いです。結婚というものはそもそも愛し合う者同士がする契約であって私とお前では一切成立しないものです」
「リジアが受け入れてくれれば成立するから一切というわけでもないんじゃね?」
「受け入れる気がバチュル一匹もないから言ってるんですよ。まだぜったいれいどを連続で成功させるほうが確率高いです」
「それつまり俺もがんばればワンチャンあるじゃん。0%じゃないから」
「前向きすぎてイライラしてきたんですけど……」
 ずっと無言でいると空気が重いし俺も余計なことを考えてしまうのでこうして軽口を叩いていたほうが精神的に余裕が持てる。何も話してないとついつい邪なことを考えてしまう。
 と、そう思っていると会話が途絶える。あーもう、困った。助けてエンペルト先輩。
 なお、エンペルトはいつの間にかゲッコウガと水辺で黄昏れていた。お前ら何。何なの。主人放置するなよ。クレッフィは相変わらずリジアの見えないところですごい目向けてくるし。
「ぺる……」
「げこげこ」
 何話してるんだろうか……。様子だけではうかがい知れない。
 ふと、リジアの方を盗み見るがあまりの胸のなさに本気で子供時代の栄養の足りなさを心配してしまう。どんな生活したらそんなふうに育つんだ。
 とは言え、多分それを口にしたら踏まれても文句は言えないので別の話題で意識をそらそう。
「牛乳の成果出た?」
 違う、それ直球の地雷。
 何か話そうとしたらもろに胸の話で自分の思考を呪いたい。考えなし、単細胞が俺にはお似合いの称号だ。
 が、意外にもリジアはふふんと得意げな顔をする。
「はっ、お前と違って日々努力したおかげで成長してますとも。今お前の服が少し大きいからわからないだけです」
 そういえばリジアって胸のこと、どっちかって言うと気にしているというか勝ち負けみたいな思考で大きくしようとしているみたいで、最初も事故で触った時恥ずかしがったりしなかったんだよな。もしかしてだあリジアはそういうこと、一般的な女より気にしない性質なんだろうか。
 ――そして、つい邪心が芽生える。
「全然変わってないように思うんだけど」
「そんなことないですよほら」
 シャツを手で抑えて体のラインが出る。まあ確かに前よりはあるかもしれないが邪心は止まらない。
「触れば多分前と違いがわかる」
 さすがにそれは許さないだろうがちょっとはかわいげある顔が見たくてからかうと、リジアは至って普通の顔で「いいですよ」と言う。
「…………ぱーどぅん?」
「なんですかその顔は。ほら」
 うん? こいつは何を言ってるんだ?
「え、触っていいの!?」
「自分から言い出しておいて何を言ってるんですかお前は……」
 呆れた顔をしつつも受け入れ体制のリジアに思考が大乱闘状態だ。本当にこいつ恥じらいとか慎みとかないの? 一周回って怖くなってきた。

『オッケーもらったら遠慮なく触ろうぜ!』
『いやここは紳士として咎めるべきだろ』

 本能の俺と理性の俺が議会を開いた。理性大臣、がつんと言ってやれ。
『お前好きな子のおっぱい触れるチャンスを無駄にするの? 馬鹿?』
『それもそうだな』

 会議終了。理性大臣、即座に理解を示す。

「え、本当にいいの? あとで殴らないよな?」
「別に減るものでもないですし。嫌なら別に強制はしませんよ」
「触ります」
 俺は弱い生き物だ。目の前の幸運には飛びついてしまう。それと同時に、これ俺以外がこうしたらと思うと死にたくなる。
「あの、できれなこういうことは俺が言うのも何だけど他の男にはさせないでください……」
「はぁ……?」
 曖昧な返事は肯定と取っていいのかわからないが改めて今は目の前のことに集中する。事故じゃない許可を取った行為。思わず生唾を飲み込んでしまう。
 表情からしてなんでもないことだと思ってるのがわかるが俺からしてみれば結構な大事件である。
 そして、改めて普通に触るということは何が正しいだろうと伸ばした手が惑う。今までは事故だったからなぁ……。
「さ、触ります……」
「早くしなさい。なんなんですかもう」

 ――平常心平常心平常心平常心。

 右胸に指先が触れ、思い切って普通に触れてみる。
 触れるとわかることは僅かな膨らみによる柔らかさとだいぶ温まってきた体温。シャツ越しに触れるその感触に俺の理性はからをやぶるがごとくはじけ飛んだ。
 揉んだらさすがにやばい。それはやばい。はじけた理性をどうにか繋ぎ止め、手を放そうとした瞬間、激しい揺れで体勢を崩した。
「うわっ!?」
「わあっ!」
 前のめりになっていたからかリジアの方に倒れ込んでしまい、下から「いったぁ……」と背中を打ったリジアの声がする。
 揺れがおさまり、体を起こすとリジアを見下ろしている形になり、先程から無能だった理性はもう殉職しかねないほどか細い。
「今の揺れは――」
 自分の状況を微塵も理解していないリジアに、ここで手を出さないでどうすると本能が囁く。
「リジア――」
 背中を痛そうにしているリジアの肩に手を置いて乾いた口を唾液で潤してから喋ろうとし――


「あーもうめんどい!」


 ピシッとひび割れる音とともに少し離れた場所で何かが壁を突き破って出て来る。
 スッと冷静になり、何だ、と思ってそちらを見ると土煙がようやく落ち着いてきてそれが何者かがわかる。体格からして女性。けほけほと煙を手で払いながら後ろにドサイドンを連れていた。

「うっはー! ようやく知ってる場所に出たー! 危うく地元で遭難するとこだっ……」
 ゴーグルで顔が隠れた女性が作業着の汚れをはたきつつ、俺らを見て硬直する。




「邪魔してごめん」




 その意味を理解して血の気が引く。誤解です。未遂です。
 そそくさとこのエリアから出ていこうとするその女性に駆け寄り、誤解を解こうと声を上げる。
「誤解ですから! そういうのじゃないです!」
「最近のカップルすごいなー……」
「聞け!」
 腕を掴んで話を聞くように必死に声をかけるが目をそらされている。「はは……」と乾いた笑いがしんどい。



 そのせいで、俺はリジアの様子をちゃんと見ていなかったが、どこか驚愕したように目を見開いていた――ような気がした。



――――――――



「なぁーんだ! びっくりしちゃったじゃーん。そういうことなら一緒に行こ行こ」
 どうにか誤解は解け、リジアももう動けるということで上に向かうのだが、リジアは乾いていない服を俺に押しつけて荷物持ちをさせている。別に構わないのだが、さっきからだんまりだし少し心配だ。
 やっぱり押し倒し事故は怒っているのだろうかと思ったがそれではなさそうだ。
「大変だったでしょ。最近特に穴だらけで脆くなってるみたいなんだよねー。まあ派手に暴れてるのがいるし多分それのせいだと思うんだけど……」
 作業着の女性が苦笑しながら先頭に立って案内してくれる。道を知り尽くしたグルマシティの人間らしいが、彼女もついうっかり崩落で知らない場所に落ちて、つい先程見覚えのある地底湖へとたどり着けたらしい。
「うーん、やっぱり捕獲するしかないかな。ちょっと被害深刻だし。噂のドヒドイデもどこにいるんだか」
「あ、それなら――」
 リジアが捕まえたであろうドヒドイデのことだろうと思って言いかけるがリジアに袖を掴まれて止められる。リジアの目にはそれ以上は余計なことを言うなと目で訴えており、とりあえずあとでもいいかと先延ばしにしてしまう。
「おーや……?」
 大ぶりのツルハシを肩にかけ、女性は怪訝そうに上を見つめる。
「どうかしましたか?」
「いいや……あー上で戦ってるの、あいつかなぁ……」
 柄で肩をとんとんと叩きながら女性は上へ向かうはしごを目指す。
「すぐ町に連れてってあげたいけどちょっと寄り道。君らもどうせ連れ探してるんでしょ? 多分上で戦ってるの、君らの連れだと思うし」
「どうしてわかるんですか?」
 今の一瞬で何がわかるというのか。

「だって、うちの人間であの主に手を出す馬鹿はいるはずないもん」



――――――――


「いい加減っ! 諦めろ!」
 エミが苛立ちながら妨害を続けるコジョンドを一旦下げてローブシンに交代する。
 イオトの方はどうやら主を追い払う方針に切り替えたのか致命打ではない程度の攻撃で撃退を試みている。
 キッド一人なら相手にもならないはずだとエミもイオトも考えていたがドリュウズがいるせいでキッドだけを叩きのめすことができない。
 要するに、すごく面倒な戦況を維持していた。
「諦めるのはそっちだっつーの!」
 キッドも負けじとドリュウズにボールを放つが全て弾かれる。下手ではないがドリュウズの方が何枚も上手だった。
「くっそ! リジ姉なら――」



「はいはーい、そこまでねー。ドリュウズ、あんたも」



 争いの中心部に突如投げ放たれたツルハシに一同が驚いて後退する。今まで引き下がることもなかったドリュウズも、ぎょっとした顔で後ずさる。ツルハシの先端が壁に突き刺さるとヒロとリジアを伴ってその人物は姿を現す。

「ドリュウズ〜? 迷惑かけないで共存するなら好きに暮らせって言ったのにあんたって子はさぁ」

 作業着の女性はゴーグルで表情こそ伺えないが少し苛立っているのがわかる。投げたツルハシを引き抜いて後ろのドサイドンに言う。
「ねえ、どう思う?」
「どす、どす……」
 ドサイドンは目をつぶって首を振る。それで何を納得したのか女性は頷いて再びドリュウズに向き直った。
「うん、じゃあとりあえずアタイの元で根性叩き直してからだねっ! 仏の顔も三度まで、ってね!」
 女性がからのボールを取り出すとキッドが「おい! 俺の獲物――」と抗議の声をあげようとするがリジアがキッドに詰め寄って口をふさぐ。
 さすがにリジアの服を預かってるのでそう逃げたりはしないとは思うがキッドの近くに寄らせてよかったんだろうか。
 ドリュウズは大した抵抗もなくボールにおさまり、イオトとエミもぽかんとその様子を見ていた。
「何……誰?」
 困惑したエミは振り返った彼女を見て「うげぇっ」と奇妙な声をあげ、イオトすらも嫌なものを見たと言わんばかりに顔をしかめる。
「あ、あの人――」
 シアンが気づいたように目を丸くし、ヨツハが「あれ?」と首をかしげる。

「さて――」

 仕切り直すように女性は呟いて俺とリジア、そしてキッドを見てくる。
「リジ姉、代わりに捕獲できなてすいませ――」

「キッド君! 逃げますよ!」

 キッドの言葉を聞こうともせず、ネイティオたちを引き連れその場から駆け出すリジアとキッド。手を引かれて困惑するキッドと、預かったままの服と貸した服のままで逃げようとするリジアにぎょっとして引き留めようと手を伸ばす。

 が、今度は俺の目の前にツルハシが飛んできてすぐ近くの壁に突き刺さる。あと少し前に出ていたら顔に当っていた。



「あーあ、やだねー……」

 緩慢な動作でゴーグルを外し、首にかけた女はよく見えなかった顔が露わになる。
 なんで、今まで気づかなかったんだろうか。

 ――グルマシティ、ジムリーダー・コハク。

 テレビで一瞬だけ見たことのあるとはいえ、印象的である彼女にどうして気づかなかったのか。そして、リジアがずっと警戒していた理由がはっきりする。

「で? 君はどっち?」

 そして、なぜか彼女の敵意が俺にも向いていることにさっと血の気が引いた。
 虫けらでも見るような、明るさを徹底的に排除したその目に睨まれ、俺はへびにらみでもされたかのように硬直する。
 なぜ逃げるリジアやキッドをそのまま放置して俺を相手にしているのかはわからない。だが、その様子から敵意だけでなく、疑惑と、嫌悪が感じられた。

 ――要するに、リジアといたせいで俺まで疑われているのだ。




とぅりりりり ( 2018/02/07(水) 22:38 )