新しい人生は新米ポケモントレーナー





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2章
技教え

 さすがに死にそうになっている行き倒れを放置できなかったのでどうにか引きずってみんなのところへ戻ると用意中の食事の匂いにびくんびくんと脈打つ体が気持ち悪くて思わず手を放してしまった。なんだこの人……。
「どーしたですよ、それ」
「ひ、拾った……」
 拾ったという形容しかできない。それくらいにこう……なんかよくわからないものだった。
 シアンも不審そうに見ているが、エミもイオトもいるので危ない人物でもなんとかなるだろうと楽観視しているのが見て取れる。俺もそう思って拾ったので責められないのだがシアンはもうちょい危機感を持って欲しい。
「とりあえずシチュー作ってるですがその人も食うですか?」
 返事はない……が、右手で親指を立てながらへばっているので多分食べるという意思表示だろう。もう死にかけっていうかボロ雑巾じゃねぇか。
 そんなこんなで少々時間はかかったものの、とりあえず完成した熱々のシチューをボロ雑き……行き倒れマンに与えると乾いたミイラみたいな負のオーラを出していたそれは水を得た魚のように飛び起きてまだ熱いそれをかき込んだ。

「うう゛ううんっ! おいしい! ごはんおいしい! 熱い! いきてる! あっづ! あっ、おいしいあっつうい゛!」

 あ、この人多分アホだ。
 まだ熱いにも関わらずシチューをかき込むように平らげていく女の人は改めて顔を見るとのんびりとした顔立ちの美人だ。ただ、言動やファーストコンタクトが強烈すぎて美人という感覚が果てしなく薄い。割りと薄汚れてるし、微妙にボロボロだし。
 しばらく熱い美味しい熱いを繰り返しながらも満足したのか幸せそうな顔で水を飲み干して俺たちの視線に気づいた途端顔を赤くした。
「ご……ご飯を恵んでくれてありがとうね」
 今更恥ずかしそうに俯いている女はへへっ、とふにゃふにゃした顔で俺を見てくる。
「命の恩人だよ〜。この恩は多分数年くらいは覚えてるから〜」
「あっはい」
 別に恩を売りたいわけでもないので気にしないがその言い方、どうかと思います。
「改めまして〜、あたしはヨツハでーす。あ、この子はグミっていうんだよ。こっちがバリー」
「めた〜ん」
 うにょうにょとメタモンがボールから飛び出してくる。それに続いてバリヤードが眠そうに出てくる。
 二匹も呑気そうにきのみを食べて主人同様のほほんとした様子だがさっきまで行き倒れていたと思えないほど呑気で心配になってくる。俺達が通らなかったらどうするつもりだったんだ。
 ふと、腕に寄りかかってくるヨツハに思わずぎょっとする。わざとか天然かわからないが胸が腕に当たっており心臓に悪い。
「あの……」
「んー?」
「あんまりくっつかないでほしいんだけど」
 わざわざ腕に抱きついてくるもんだから胸が当たってどうも落ち着かない。
 いや俺も肉体的にも精神的にも17歳の男ですからそりゃ気になるよ。全く反応しないと言ったら嘘になる。
 でも俺はリジアをどうにか落とすためにせめて誠実でありたい。というわけで余計なフラグ立てはNGだ。ていうかあいつのことだから他に女がいるなら私は関係ないですねとか言いそう。うわ、言いそう。
「えー、意外と硬派だ。ちぇー」
 その反応は何なんだ。聞くのもはばかられるので何も言わないがもったいぶられても知ったことではない。
「えへへ、ご馳走になったしお礼しようと思うんだけど……」
 じろじろと俺たちを見る。それは値踏みするような視線で、何かと思えば急に納得したように手を叩いた。
「強いトレーナーと将来有望なトレーナーかな? ならその価値はあるね! 本当ならお代必要なんだけど――」
 そう言って荷物から何冊かの冊子や巻物のようなものを取り出してヨツハは得意げに「じゃーん」と見せびらかせた。
 その瞬間、先程まで興味なさげだったイオトとエミが顔色を変え、食いつくように詰め寄る。その迫力に怯むことなくヨツハはその手にしたものの説明をする。

「技一族の末席、ヨツハちゃんの出張教え技伝授。さあさあ、好きなの選んでね〜」

 お、教え技だと……?
 前世でもお馴染み、ポイントなどでポケモンに技を教えることができたNPC。この世界での教え技事情はどうなっていたのか気になっていたがまさかこんな人間が教え技の担当だったとは。
「えっ、それはその……どうすればいいんだ?」
「んーと、教え技で伝授できるものの一覧がこの本や巻物にあるから気になる技を言ってくれれば君たちの手持ちの中で覚えられる子に教えてあげられるよ〜。そんなに時間かからないし」
 要するにそこは前世とあまり変わらないらしく、問題はどれを誰が覚えるかということだが――
「あたしほとんどのポケモンがどれ覚えられるか記憶してるから」
 なんでもないように言うが俺ですらさすがに前世の記憶でも曖昧なポケモンのデータが多いのに700匹近くいるポケモンがどれを覚えるか覚えてるって……天才か何か?
「わーいですよ! 久しぶりの教え技職人さんです! みんなの技が増えるですよー」
 受け取ったリストを見てウキウキしてるシアン。でも技が増えると楽しい気持ちはわかるので俺も教え技リストを宝の地図を手に入れた子供のようにワクワクしながら確認する。ふと両隣の気配がおかしいことに気づいてそちらを見ると据わった目のイオトとエミがぶつぶつと何か呟きながらリストを見ていた。

「マリルリさんにアクアブレイク……いやこごえるかぜも……ブツブツ……」
「とりあえずパンチ系は覚えさせたいからそれ以外だとサーナイトにテレキネシス……ブツブツ……」

 両隣がバトルキチ勢なの忘れてた。多分俺より張り切ってる気がする。
「教え技職人って珍しいのか?」
 二人がこんな熱心に確認するなんて、普段機会のないことなんだろうと思うが。
「うーん、少なくともこの辺の地方だと珍しいかな? 今のところイドース地方とかシニオル地方には少なくともうちの血縁者しかやってる人いないし」
「お祭りのときとかくらいしか普段は見ねーですよ」
 めっちゃレアじゃん。偶然とはいえ人に優しくすると自分に返ってくるんだなぁ。
 とりあえずリストを確認しつつイヴにタネばくだんとか覚えさせようかなんて考えているとヨツハがじっと俺達を見ていることに気づく。いや、ヨツハだけではない。いつの間にかヨツハの肩にいたエイパムが真っ直ぐ見つめていたのだ。
「ぱむ!」
「君がそういうなら大丈夫そうだね」
 まるで会話でもしているかのような一人と一匹のやりとり。手持ちなんだろうが距離感がどうも違うというか不思議とポケモンと人との関係に思えない。
「君らなら特別コース、教えてあげてもいいかな〜」
 そう言って腕につけた時計のように見える機械のボタンを押してカチッという音が響く。

「君たちは遺伝技って知ってる?」

 遺伝技――。
 前にイオトに指摘された、ここでは新人トレーナーなら知っているようなことではない知識。別種のポケモン同士が卵を産んだときにメスの種族が生まれるが、オスの種族が覚える技を覚えて生まれてくることもある。
 ちらりとイオトを見るとイオトも怪訝そうな顔をしている。シアンは「いでん?」と首を傾げているがエミもすっと目を細くしていることから恐らくエミも知っているだろう。
「知ってるには知っているが……基本的には推奨されないし自然発生も極めて低い事例だろ」
 イオトが低めの声でそう言う。推奨されないってそういう話はもっと早く聞きたかった。まあでも冷静に考えれば種族が違うポケモンをかけあわせるんだから自然発生じゃなく人間がそれを誘導するのは倫理的にもよくないことだろう。ん? でもマリルリさんって遺伝技のアクアジェット覚えてたような……。
「うん、そうだよ。本来、他の種の親から受け継いだ場合のみ覚えるような技。あたしはこれを教え技として覚えさせることができる」
 ニッと笑って先程のとは違う、比較的新しめのノートを出すヨツハはイオトにそれを差し出すと挑発するような目でイオトを見た。
「そんな警戒しないでよ」
 イオトがおそるおそるノートを開くと、一例として他種族が覚える技を本来遺伝でしか覚えない別種が覚える特殊教え技としてリストが書かれていた。
 ほとんど真新しい手書き。ぱらぱらめくると過去に遺伝させた例や確実に覚えるものが列挙されている。
「本当にそんなことできるのかい……?」
「まあまだ試験段階よ。しょーじき、過去の事例……ああ、別種からの遺伝を全て網羅してないからどの種が何を覚えるのかをまだ研究中。でもある程度は確立してきたからそろそろ本格的に売りに出そうかな〜って」
 へらへらと笑いながらエイパムを撫でるヨツハは「で、やってみる?」と俺達に問いかける。
 リスクはなく、ただ覚えられないだけなら俺達にデメリットはない。
 だが、なぜ彼女が俺たちにこの話をもちかけたのかがわからないせいで即答できない。
「最初は言わなかったのになんで急に?」
 最初から言っていたら不思議ではない。だが、急に遺伝技の話を持ちかけてきたのは裏があるのかと思ってしまう。
「うん? いや、単にみ……エイパムが君たちを気に入ったから信用できるなーって思ったから」
「エイパム?」
 肩に乗ってるエイパムを見るとにこにこと純粋そうな顔をしている。かわいい。
 嘘はないようだし、実際エイパムに見られていたから変に疑わなくても大丈夫だろうか。
 イオトとエミも予想外の答えに毒気を抜かれたのか「まあいいか」と気楽な様子だし、シアンは多分何も考えていない。
「あ、もし希望があったら試すけど種族的に無理なのだったらごめんね。そこのリストは成功した例だからあくまで参考。普通に教え技でもいいから決まったら声かけてね〜」
 とりあえず、俺たちは何にするかリストをみなで見合ったりして決めるが遺伝技に関しては不明瞭なところも多いため覚えられそうなものを考えたり成功例を参考にしている。

 が、実は俺、遺伝技少しだけ覚えてるんだよなぁ……。

 というわけで俺はイヴにあくびを覚えさせようとメモに書く。
 あとはエンペルトにはこごえるかぜと……結構遺伝技覚えさせられそうだなこれ。
 教え技もリストを見つつ希望メモに書いていくとかなりの数になってしまった。手持ち全員分だしなぁ。今まで別段不満とかはなかったがあれもこれも覚えられると思うとついつい欲張ってしまう。
「はいはーい、じゃあこのメモの通りやるけど……ちょっと時間かかるね」
「別に時間はかかってもいいよ。どうせ野宿するし」
 朝にラヅタウンに戻る予定だったからどうせ今夜はここで待機だ。どれほどかかるかわからないがきっとそれだけ時間があれば明日戻る前には終わるだろう。
「うん? 君たちどっち方面?」
「グルマシティにいきたかったけど道に迷って一回ラヅタウンに戻ろうかなって」
「グルマシティならあたしもそっち方面だし一緒に行こうよ。どうせ遺伝技に数日はかかるし」
「数日!?」
 メモを見ながらヨツハが「そりゃこれだけあるし」と笑いながら言う。いや確かに4人の手持ち分あれば大変なのはわかるが。
「だ・か・ら! しばらくよろしくね、4人とも」

 軽率に遺伝技に食いついた代償とはいえ、ヨツハがしばらく同行することが確定し、なんとも言えない気持ちのまま、明日に備えて眠りにつく俺らであった。



――――――――



 翌朝、道がわかると得意げなヨツハの案内により驚くほど早くシシバの洞窟へとたどり着き、今までの苦労はなんだったのかと肩をがくりと落とす。
「ヒロ君、そういえば手持ち預かったままで大丈夫〜? 洞窟だし、野生のポケモンも出るから危ないよ」
「とりあえずエンペルトだけは俺が持ったままだし大丈夫。そのほうが早く終わるんだろ?」
 手持ちを預かっていたほうが効率がいいとか定着しやすいとかよくわからないことを言っていたがそのほうが早く終わるというならそれがいいだろう。どうせイオトもエミもいるんだし。
 シアンも俺同様に手持ちを数匹ヨツハに預けているがイオトとエミは「自分の手持ちを軽率に人に預けられない」と言ってそれだけは拒否している。気持ちはわかるので俺もとやかく言えないがそんなだと時間かかるぞ。
 一応いざというときのためにエンペルトだけは所持したままだがこれだけ近くにいるんだからすぐ返してもらえるだろうし。

 シシバの洞窟に入るとそこは自然に作られた部分と人が手を加えた痕跡が交互に見られる。元々鉱山であるため今でもよく炭鉱夫が出入りしている。グルマシティは宝石や石の採掘がメインで大地の町とも呼ばれているらしいが人があまり見られない。今日は休みなんだろうか。前みたいにレグルス団が何かしたかと心配になったが野生のポケモンは特におかしい様子はないので大丈夫だろう。
「ちょっと暗いけどこれならフラッシュがなくても大丈夫そうだね」
 エミがパチリスを出すが首を振ったのでそのまま進むことにする。必要になったら照らしてもらおう。
「足元不安だからヒロくん支えて〜」
 またなぜかヨツハが腕に抱きついてくる。その……これはやっぱりあれだろうか……。思わせぶりなそういう類の人間だろうか……。
 これがポケモンならウェルカムなのだが人間の女はちょっと……。リジアならともかく、別になんとも思わない相手にこういうことされても困る。
「エミ、フラッシュ頼んでいい?」
「はいはい。パチリス、頼むよ」
 明るくなれば足元も見えるし。ていうかくっついたほうが危ないからやめてほしい。
 光で照らされた洞窟内はさっきより見通しがよくなり、足元もはっきりと見える。
 そういうわけで腕から抜け出して距離を取ろうとするがすすすと近づいてくる。本当に何なの。
 すると、コンッと妙に響く音が聞こえてくる。野生のポケモンかと身構えると人の声が聞こえてきた。

「うおっ、まぶしー」
「急に明るくなりましたけどトレーナーでしょうか」

 岩影から姿を表した二人のトレーナー……否、よく見知った人物二人。

 レグルス団の下っ端キッドとリジアがそこにいた。


『あああああああっ!?』

 俺とリジア、ついでにキッドとシアンが互いに指差して絶叫し、洞窟内にその叫びが大きく響いたのは言うまでもない。




とぅりりりり ( 2018/01/12(金) 21:03 )