新しい人生は新米ポケモントレーナー - 番外編
夢の中なら好きだといえる


 グルマシティに向かう道中、野宿のため焚き火を囲みながら食後の談話をしている俺たちはもうすぐシシバの洞窟というグルマシティへと通じる場所のことを話していた。なんでもシシバ山という鉱山を掘り進めていたときにできた洞窟で中はポケモンだらけ。鉱山なので山を登るのも一苦労らしいため基本レンガノシティ方面からグルマシティに向かう場合はこの洞窟を使うのが一般的らしい。一応他のルートもあるが回り道になるので今回はやめておく。

「そういえば旅に出てからあんまり夢見ないんだよなぁ」

 唐突に、野宿の準備をしているとイオトが思い出したように言う。
「夢がどうしたですか?」
「いやー、昔は結構夢を見たんだけど最近見ないなーと思ってさ」
 夢を見るのって眠りが浅いとかだったっけ。そこまで詳しくないので曖昧な知識だが。
「夢なぁ……夢くらいはいい思いしてぇよな」
 先日の悪夢は忘れたほうがいい。夢を覚えていることがあんなにも嫌だったのは初めてだ。
 夢ではないが非現実的なことも嬉しくはないことが起こったりしてなぜこんなにも世界は自分に厳しいのかと思ってしまう。
「ボクも夢でたくましい筋肉男子に抱かれてぇですよ」
 シアンは何も言わないでほしい。お前は夢の世界ならピンクの世紀末覇王でマッスルボディだよ。お前自身が筋肉男子だ。
「あ、そういえば昔教えてもらったことあるな。理想の夢を見る秘訣みたいなの」
「へぇ、そんなのあるのか」
 エミが思い出そうとうんうん唸っているとイオトも何か思い当たることがあるのか「あ」と声を上げる。
「なんだっけ……ムシャーナかムンナを呼び寄せるみたいなやつだろ?」
「そうそう。枕元にソクノのみを置いておくとお礼にムシャーナがいい夢を見せてくれるってやつ」
「あれ、ソクノだっけ?」
 イオトは首を傾げるがこういうのって地域差とか微妙にあるから一概に何が正しいかわからないんだよな。
「僕はソクノって教えてもらったよ」
「じゃあせっかくだしためしてみるか」
 幸い、ソクノのみなら持っているので寝るとき頭の上に置いておこう。
「ヒロもこういうおまじないじみたことするんだなー」
「せっかく夢見るんならいい夢の方がいいだろ」
「ボクもやってみるでーすーよー」
 別に信じるというわけではないがこういう話を聞くとちょっと試してみたくなるものだ。起きて何もなければそれはそれでしょせんはそんなもんだと終わる話だし。
 夜も更け、頭の上にソクノのみを置いて寝袋に入るとあっという間に睡魔に覆われて眠りへと誘われた。


――――――――


 ぼやーっと曖昧な場所に気づいたら立っていた。寝る前と違う服装であることに気づいてああ、これ夢だなということだけはわかる。
 なんか覚えがあるような、と考えたところですぐ近くに人影を見つけてそちらを見た。
 そしてぼやけた視界がはっきりしてお互いの姿を見た結果、双方無言に陥る。

 そこにいたのは団員服を着たリジアだった。

「……」
「……」

 互いに顔を見合わせて反応に困りながら、距離と言葉を計りかねて無言になる。
 いや俺は嬉しいんだよ。でも向こうの反応がわからないというか夢なのに警戒してくるからまるで本人を相手にしてるみたいでどうしたらいいかわからない。
「最悪ですね……夢でもお前の顔を見る羽目になろうとは」
 俺の夢、再現度高すぎない? でもなんか俺を見たら即逃げるイメージあるから少し新鮮かもしれない。
「えー……夢くらい、いい思いさせろよ。なんで夢ですら俺に厳しいの?」
「知りませんよ」
 なぜ投げやりなのかは知らないがついには昔の記憶すら見せてくれない夢に若干苛ついてくる。
「夢くらい可愛いところ見せろよ……」
「なぜか知りませんがいちいち腹立たしいですね」
 夢だというのにリジアは相変わらずきつい。いやそれ含めて俺は割りと好きだけどなんていうかこう、もう少しかわいげがほしい。
 はー、なんかもう突然リジア猫耳カチューシャでもつけてくんねーかな。猫耳生やすのはなんか違う。わざとらしくつけてるくらいがちょうどいい。
 そんなくだらないことを考えているとカランと音がしてそちらを見るとなぜか青っぽい何かが落ちている。
 何かと思って拾い上げてみるとニャオニクスの耳カチューシャだ。
「なんですか、それ」
「こう、ポケモンになりきる系のカチューシャだな」
 遊園地とかだとよくあるイメージのあれだ。ピカ耳とかウケがいいみたいだけど。
「急に出てきたってことはこれをリジアはつけるべきだと思う」
「流れが強引すぎてつっこむ気も失せるのですが」
 俺の思考に反応するように都合よく現れたニャオニクス耳カチューシャ。これは夢特有の細かいことはさておきってやつに違いない。
「だいたい、その理屈ならお前がつければいいじゃないですか」
「一つ聞くけど、俺がつけるのとお前がつけるの、どっちが絵面的にマシだよ」
 真剣な声で問うとリジアは困惑したように、しかし真面目に考えているのか顎に手を当てて一つの結論にたどり着く。
「……わ、私ですかね……?」
 少なくとも夢のリジアはアホだ。まあそれも俺の願望かもしれないし、夢だから細かいことは気にしない。
 ぶっちゃけニャオニクス手持ちにいるんだしちょうどいいだろ。
「まあ、別に夢だからいいですけど……ちょ、ちょっとこういうの興味ありますし」
 恐る恐る、手を伸ばしてニャオニクスカチューシャを取る。鏡とかないけどそこはいいんだろうか。
 カチューシャをつけたリジアは照れつつ頬を掻きながら視線をそらしている。その姿だけでも割りと満足だが欲が出た。
「そこでニャオニクスになりきるのが常識だろ?」
「え? なんですかそれ」
「ポケモンなりきりグッズをつけたらそのポケモンのものまねをするのが一般常識だ」
 当然嘘だけど俺の夢だから俺がルールだなんの問題もない。いいから泡沫の夢だろうがなんだろうがリジアのかわいい姿を見たい。現実で出会ったらまず間違いなくまともに会話できねぇもんなぁ……。
「そ、そんな常識が……いや、でも……う……」
 意外なことに半信半疑の様子でリジアは悩んでいる。俺の夢だからやっぱり都合のいい展開になるんだろうか。
 すると、意を決したように唾を飲み込むのがわかる。

「に、にゃあ……」

 照れつつもニャオニクスっぽく立ってみたりまでして、やや視線をそらしつつも俺の方を向いているリジアは控えめに言って、今までのギャップもありとても可愛らしい。

 結論から言うと結婚したい。

「今世で一緒に墓に入ってくれ」
「は?」
 溢れ出るリビドーが変な言葉になって口から出てしまった。
 今世はポケモンたちに囲まれながらリジア嫁にして天寿をまっとうしたいです神様。
「こいつやっぱり頭おかしいんじゃ……」
 なんか小声で言われた気がするけどよく聞こえないのでスルー。
 もしかして、カチューシャといいリジアが割りと乗ってくれた件といい、俺が強く思えば夢に反映されるんだろうか。
 何か……夢じゃないと叶わないようなこと……。
 ふと、リジアの格好を改めて見る。いつもよく見るレグルス団の服っぽいがそういえばリジアはスカートじゃなくてショートパンツなんだよな。
 スカート……見たいなぁ。
 浮かぶのはゲームのミニスカートトレーナー。微妙にナギサも思い出したけど下にスパッツはいてたから今回のイメージとは違う。リジアがミニスカにならねぇかなぁ。
 じっと見ているのに気づいたリジアは「なんですか」と不愉快そうに聞いてくる。
 次の瞬間、リジアの服装がどこかで見たようなミニスカトレーナーのように変化した。あ、多分XYのやつだ。かわいいもんな、あれ。
「はぁぁぁぁぁぁぁぁ!? な、何!? やだ何これー!」
 口調が保てなくなってるなー。
「やっぱり念じると思ったことが夢に影響するんだな」
「お前は私にこんな恥ずかしい格好させて何が楽しいんですか!」
「そもそも短パンみたいな格好してる癖にスカートの何が嫌なんだよ」
「あれはズボンの一種ですから! スカートは無理です! いい歳してこんな短いの無理です!」
 似たようなもんだと思うんだけどなぁ。特にリジアの普段の格好ってショートパンツだからめちゃくちゃ足出してるし。ていうか19って言うほどミニスカきついか?
 ミニスカートの裾を抑えながら羞恥で顔を真っ赤にするリジアを堪能して夢の都合の良さに感謝する。
「わ、私も強く思えば――」
 ギッとこちらを睨むとミニスカートからゆったりとしたパジャマへと変化し、代わりとばかり俺の服がいつものものから、黒い服へと変わった。
「ん? あれ、これレグルス団の……」
「ああああぁぁああっ! 間違えた違います! そうじゃない! 戻れ! 戻れ!」
 なんかキッドだかサイクだかの下っ端服っぽいなと思ってたら元の服に戻ってしまった。何を間違えたんだろうか。
「な、なんで私だけこんな疲れる羽目に……」
 一人で騒いで一人ぐったりしたリジアの後ろ姿を見て、出会った頃を思い出すとしみじみしてくる。最初もっとクズいと思ってたのに。
「リジアって最初思ってたのより元気っていうか、結構面白いよな」
 クールだと思ってたんだけどそんなこと全然ないし、むしろかなり感情豊かな部類な気がする。
「もう嫌です……早く夢から覚めたい……」
「俺はしばらくこのままでいいんだけど、真面目な話全然起きれる気がしねぇ」
 意識ははっきりしてる。でも痛覚はあるものの体は眠っているのか、今動かしている体は実体がないようにも思える。
「こう、例えば俺が満足したら夢が終わるとか?」
「もしそうだった場合、都合がよすぎて腹が立ちますね」
 夢なんだからいいだろそれくらい。といっても、普通夢って思い通りにならないんだよな。しかも夢を夢と認識できてるから明晰夢だし。
「じゃあお前が満足するであろうことを言ってみなさい。興味ありませんがさっさと終わってほしいので」
 疲れた顔で言われて正直邪な気持ちが僅かに浮上したが多分夢だろうと口にしたら殺されかねないので口をつぐんでできる限りいけるかいけないか微妙なラインを提案してみた。
「んー……例えばリジアに好きって言われるとか?」
 まあ、夢でも言ってくれるとは思えない。なんせリジアだし。俺にとって都合のいい妄想でもリジアがそういうことを言うイメージが湧いてこない。
「嘘でもいいなら言ってあげなくもないですけど。その程度でこの夢が終わるなら、ですが」
「マジで!?」
 露骨に喜びすぎてドン引きされたが切実な問題だ。
「そうですね……跪いて靴にでもキスしたら――」
「なんだそんなのでいいのか」
 しゃがみこんでリジアの足を取ろうとすると割りと本気で蹴られた。痛い。夢は当然覚めないが痛い。
「お前にはプライドってものがないんですか! やめなさい! 気持ち悪い! 言います、言いますからやめろ!」
 好きな相手だし、別にそれくらい気にすることでもないのになんで俺が怒られるんだろうか。理不尽すぎる。
 まあ、なんか最近リジアに罵倒されるの慣れたのかもう気にならなくなってきた。むしろだいぶ楽しいまである。
「い、一度だけです。あと嘘ですから真に受けないでくださいよ」
「わかってるわかってる」
 もごもごと言おうと口を何度も開いてすぐに閉じるのを繰り返す。パクパクと動く口から時折「す……」だの「うぅ……」だの言葉にならない声がする。



「す、好き、です……」



 ようやく絞り出された言葉はやはり嘘だとわかっていても恥ずかしいのかリジアは顔を真っ赤にして、悔しそうに唇を噛んでいる。言い終えて「あぁぁ……うぅ……」とよくわからないうめき声が聞こえてくるも、その一連の言動全てがかわいくてにやにやするどころか真顔になった。
 思ったより破壊力が高い。ギガインパクト級だが言った当人も恥ずかしくて硬直している。気持ちフリーズスキンのだいばくはつを受けたガブリアスくらいのダメージである。
「ち、違います。これは屈辱的だからであって照れているとかではありませんから。じろじろ見ないでください。やめなさい、やめて、やめろ!」
 ついには俺の視線に耐えきれず顔を覆う。これっぽっちも好かれていないのは知っているが照れてる様子はぐっとくる。
 ていうかめちゃくちゃかわいい。
「子供は二人か三人くらいがいいな」
 とっさに出た言葉はそれだった。やましい気持ちはありません。多分。
「だから何わけのわからないこと言ってるんですか! 孤独死して!」
 さっきから思っていたがリジアは余裕がなくなると敬語がちょくちょく消えるらしい。普段敬語な分、やはりリジアはギャップ萌えの素質が強いのでは?
「そういえばリジア、なんで敬語で喋るんだ?」
「え? いや、普通に癖ですが」
「俺にまで敬語なのおかしくない?」
 悲しいことだが現状俺らって敵対してるようなもんだし。リジアはポケモンにも敬語だった気がするのでかなり徹底しているだけなのだろうが、目上でもない嫌いな相手にも敬語とかすごいと思う。
「試しにタメ口で喋ってみろよ」
「えぇ……」
 すごく嫌な顔された。なんでだ。
「ほら、俺みたいにさ」
「いや……私別に今の口調で困ってませんので……」
「堅苦しいんだよな。もっと軽くいこうぜ。ついでに俺に優しくなろう」
「どさくさに紛れてわけのわからない要求をするんじゃありません」
 とりあえずリジアにもっとさせたいことはあるが夢とはいえリジアに本気で嫌われそうなので少し落ち着こう。
 ……いや、現時点で現実のリジアから本気で嫌われてそうだからいっそ夢くらい調子に乗っていいんじゃね?
「何ぼけっとしているのですか」
「あ、いや、夢覚めねぇなって」
 リジアに邪な思考がバレたのかと思ってとっさに嘘をつく。まあ夢が覚めないのも気になるので大きくまちがってはいないのだが。
「こういうときどうしたらいいんだろうな」
 ダークライの一件以来、夢で不思議な出来事に遭遇するのに慣れてしまったというか、変な夢を見すぎてあまり危機感がない。が、ダークライのときと違って何も危険なことが起こらないのが不気味ではある。
「私も詳しくはありませんから。よくあるのは眠りから目を覚ますには愛のこもったキスとか言いますけど――」
「それだ」

 好きな相手がいる目の前でキスの口実ができたらそりゃ乗るしかない。

「あれは寝てる人間に起きてる誰かがするものでしょう! 夢の中でやってどうするんですか! 馬鹿! 単細胞! スケコマシ!」
「いやお前から言い出したことじゃん! 完全にそういう流れだっただろ!」
 フリでしかない。そりゃ俺は乗っかるよ。
「駄目です! キスは絶対に駄目です! 夢とはいえ私はそんな破廉恥な人間ではありませんので!」
「挨拶みたいなもんだからセーフセーフ」
「何言ってるんですか! どこの挨拶ですかそれは! ふしだらワンダーランドですか!」
 ふしだらワンダーランドってもはやなんだよ。どういう発想だ。
 というかこの世界だとキスはそんなに抵抗ある行為なのか。あまりに嫌がるのにやっても仕方ないから諦めよう――

「諦めるとでも思ったか! 夢くらいは好きにさせろ!」
 リジアの腕を掴んでガードを突破しようと試みるが体全体で拒否されてキスどころか腕しか触れない。
「この変態! 女の敵! 色情魔!」
「そこまで言われることはまだしてねぇ!」
 変態までなら許容範囲内だが後ろ二つを言われるほどのことはしてないはずだ。だいたいイオトの方がよっぽど女の敵だろ。
「だいたい、俺の何が不満なんだよ!」
「そのしつこさとお人好しぶりと、あと立場の違いです! いい加減わかりなさい!」
「どうしようもねぇところばっかかよ!」
「そこでしつこくしないとかこちら側の仲間になるとか言えないあたりが嫌いなんですよ!」

 体感どれほどかわからないがしばらくアホみたいな言い争いを繰り返していたせいで二人してどっと疲れてその場にうつ伏せになる。夢は覚める気がしない。

「ら、埒があきません。で、でも試さないと本当に目が覚めるのかわからないですし……」
「大丈夫だって。夢なんだから現実ではしてないしノーカンノーカン」
 この夢なら押せばイケる。そんな確信を持ってリジアにぐいぐい迫る。
 すごく、すごーく不満そうだが仕方ないと自分に言い聞かせたのかリジアは俺を睨みながら言った。
「夢だからであって私はお前なんか好きでもなんでもないですし絆されたわけでもないのです。そこを勘違いしないのであれば許可します」
「よっしゃ!」
 露骨に喜びすぎたからかリジアのゴミを見るような視線が痛い。喜ぶくらいさせてほしい。
 そうと決まればさっそく、とリジアに近寄ると許可を出したといいのに慌てだすリジアがわたわたと手で顔を覆う。
「夢ですから! 夢だから許すのであって! その、思い上がるんじゃありませんよ!」
 再三言い聞かせ、わかったわかったと俺が相槌をうつと腹をくくったのか、リジアはゆっくりと目を閉じた。
 キスされるのを待つ顔は恥ずかしそうだが、心底嫌そうという表情ではない。緊張しているのか強く目を閉じたリジアに顔を近づけると改めてこちらが恥ずかしくなってくる。そもそもキスってどうすればいいんだ。普通に、というけどその普通がわからねぇ。そりゃ前世含めて経験ないから当たり前なんだけど。
「ま、まだですか? さっさとしてくださいよ……」
 顔が近いせいかリジアが喋ると息が少しかかって妙にくすぐったい。やばい、舐めていた。この状況は危険だ。
「っ――」
 リジアの肩に触れて唇を近づけるが触れる直前になってこれでいいのかと不安になってくる。でもリジアにそんなこと聞けるはずもないし、薄目で見てみると顔が真っ赤なリジアが目を閉じている。
 夢だから、夢だからセーフ。
 そう言い聞かせ、胃を決してキスをしようと――


『おーい起きろー』





――――――――


 最悪の目覚めだ。目の前にいるのはクソ赤毛眼鏡のイオトだ……。俺を見下ろしているそのクソ野郎の脛を蹴ってやりたい。
「……」
「どーした? そういや俺より起きるの遅いとか珍しいけど」
「起こしたのお前?」
 呑気なイオトを指差すと「そーだけど?」と軽い声が返ってくる。ああ、これが殺意というものだ。
「ぜってぇ許さねぇ」
「え、何で。起こしただけでなんでそんなキレてんの」
 せっかく楽しい夢を見ていたのに台無しだ。夢とはいえ最後の最後にし損ねたし。
 もやもやしたまま朝食準備を終えたシアンとエミの近くに行くと眠そうなシアンがむにゃむにゃと目元をこする。
「夢見られなかったですよー……」
 シアンはなにもなかったのか。俺は……見れたけど肝心なところで強制終了されたしなぁ。
「あ、そういえばその夢のことだけど」
 エミが朝から無駄に元気にけらけら笑いながら昨日の夢をみるおまじないについて補足する。

「夢のまじないはいくつかあって、昨日のは会いたい相手と同じ夢を見る方法だったの忘れてたんだよね」

 からん、と手に取ったスプーンが手から滑り落ちる。

 つまり、なんだ。俺は夢だと思ってリジアにちょっかいかけたけどそれは相手も同じ夢を見ているから共有されているということに――?

「あれ、ヒロ君汗がすごいですよ?」
「起きてからなんか様子が変なんだよ」
 イオトやシアンの声が遠くに聞こえるほど焦りが加速していく。未遂で終わってある意味マシだったのかもしれない。いや、俺の行為を向こうが覚えてたらどうしよう。俺完全にはっちゃけてるやばいやつじゃん。
 だ、大丈夫。向こうも夢だと思っているだろうし。
 夢だからを理由に好き放題してしまったことを今更後悔し、色んな意味で冷や汗が止まらないのであった。



――――――――



「……あう……」
 目を覚ましたリジアは恥ずかしさで顔を覆っていた。先に起きていたキノガッサが心配そうにリジアの肩を叩く。
「お……おはようございます。大丈夫なので気にしないでください、キヌガ」
 顔を覆ったまま答えるとキノガッサはクレッフィを起こしに壁際へ向かう。ようやく落ち着いてきたリジアはまだ少しだけ赤い顔を洗おうと洗面台へと向かい、鏡を見てまた自己嫌悪した。

 この赤みが熱であるならどれだけよかったか。

 夢を気にしても仕方ないのに、その日のリジアは夢のせいで一日中本調子が出ず、気持ちが落ち着くまで悶々と過ごすこととなった。

とぅりりりり ( 2017/12/20(水) 21:44 )