新しい人生は新米ポケモントレーナー





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番外編
めたもるふぉーぜ! 〜イヴ・マリー編〜

 こんにちは。私はリーフィアのイヴっていうの。
 ご主人様のことが大好きで他の子よりもずっと一緒にいるんだよ!
「はあ〜お前はいつもかわいいな〜」
 頭をナデナデしてくれるご主人様の笑顔にこっちまで幸せになるのー。
 旅はおうちにいたときと違って大変なこともあるけど強くなれるし、お友達も増えたからイヴは幸せなのー。

【お前は生きるの楽しそうだよな】
 スナック菓子をボリボリ音を立てながら食べてるのはマリルリちゃん。ご主人様の仲間の手持ちでとっても頼りになるお姉さんなの。
【マリルリちゃんは楽しくないの?】
【まあ半分半分】
 あーっと大きく口を開けてひっくり返した袋からお菓子の残りカスを口に放り込んだマリルリちゃんは口元を拭ってから言う。
【私はとりあえず元のご主人に会えたらそれでって感じだし】
【そっかぁ】
 自分もいつかご主人様以外の手持ちになったりするのかな。そうだとしたら寂しいな。
【ずっと一緒にいたいなら……そうだ! ご主人様とけっこんってやつをすればいいんだ!】
 人間は結婚してずっと一緒にいることを誓うってテレビでやってたの。つまり私とご主人様が結婚すればずっと一緒にいられるの。
 天才の発想。さすが私。
 なのにマリルリちゃんはドン引きするような目で見てくる。なぜ。
【いや、普通にポケモンと人間は結婚できないからね?】
 至極当然という顔で言われ衝撃が走る。人間とポケモンは結婚できないなんてひどい落とし穴。
【そんなぁ……ご主人様とずっと一緒にいれないの……?】
【つーかそもそも結婚の意味わかってんの?】
【えーと、一緒に生活してー、卵がいつの間にかできるから育てて家族作る!】
【大きな流れは間違ってないんだけどさぁ……】
 マリーちゃんが呆れた顔でこっちを見てくる。間違ってないならいいのにどうしてそんな顔するんだろう?
 すると突然、聞き覚えのない声が聞こえてくる。

【そこの迷えるポケモンよ……聞こえますか……】

 あたりを見回すけど特に人間もポケモンもそれらしい相手はいない。ご主人様はシアンちゃんとお買い物だから留守だし、イオト君とエミ君もいないから手持ちもお昼寝中の子しかいない。
【マリーちゃん、今の声聞こえた?】
【声? 誰の――】

【二匹ともすぐ近くの湖に来るのです……願いを叶えましょう……】

 今度はマリーちゃんも聞こえたのかすごい変な顔で虚空を見上げる。
 やっぱり声の主はわからない。
【湖ってここの裏のあそこかな】
【お願い叶えてくれるって! マリーちゃんも行ってみようよ!】
【やめなさいよ。あんたそうやって騙されたらどうす――】
【いってきまーす】
 ちゃんとしまっていなかった窓から抜け出してすぐ近くの湖へと向かう。後ろでマリーちゃんが叫びながら追いついてくる気配がする。
【ここなのー】
【あーもー! 変なのについてくなってヒロのやつ言わなかった?】
【お願いを叶えてくれるならいい人じゃないの?】
【知り合い以外についていくな。マジで】
 マリーちゃんと湖のほとりで話していると湖がキラキラと輝きだして語りかけてくる。
【小さきものよ……私はこの地で静かに過ごしている神です。純粋な思いが届き、眠りから目覚めました】
【かみさまなの?】
【うさんくせー……】
 マリーちゃんが信用していないって顔をするけどこんなキラキラしてるからきっと本物だよ。
【昔、人とポケモンは結婚したこともあったのです……そのときに使った我が奇跡、君たちにも授けましょう】
【わーい! なの!】
【え、マジで。やめときなって。絶対ろくなもんじゃないよ】
 輝きが一層増して目の前が真っ白になる。すると私の身体がむずむずと変な感覚がして形が変わっていくような気がする。
【って私まで巻き込むなぁぁぁぁ!?】
 マリーちゃんの声がなんか聞こえるけど人間の姿になったら絶対にご主人様に喜んでほしいからご主人様が好きそうな見た目を願う。
【ご主人様が好みそうなのがいい! ご主人様の好みわかんないけど!】





 ――意識がぱたりと途切れ、目を覚ますと湖が目に入る。身体を起こしてみるといつもと違う感覚がして前足を――前足を動かしたと思ったら人間の手が見える。
「ほ、ほああああ!」
 本当に人間になったのかと慌てて湖に近寄る。
 水面に映るのは二つのゆるいみつあみの人間の少女。おっとりしてる顔立ちで、服もゆったりした女の子らしいものになっている。水面を見ながら自分の顔をペタペタ触り、本物である実感を得る。
「おお……! しゅ、しゅごいの! 人間になってるの! マリーちゃん見て見て!」
 言葉まで人間のものになっており、思わずテンションがあがってしまう。これでご主人様とお喋りできるの。
「ま、マジで人間になった……」
 体を戦慄かせた青髪ツインテールの少女が自分の顔や腕を触っているのが目に入る。もしかしなくてもマリーちゃん本人であるのは明白だ。
「マリーちゃんかわいい!」
「まあ、私は至高のマリルリだからかわいいのは当然なんだけど……」
 自分の体の変化に困惑しつつ、閃いたかのようにマリーちゃんは叫ぶ。
「てことはご主人のところに自力でいけるじゃん! あ、でもその前にイオト殴ってからにしよ!」
 マリーちゃんそこブレないの。
「つーか……これポケモンの姿に戻れるの?」
 自分の頬をむにむにとつまみながらマリーちゃんが言う。少なくとも戻る方法を神様に聞くしかない。
【私の役目はこれで終わりです。楽しく過ごせるといいですね。それでは……】
「はぁ!? おいこら自称神! おい! 隠れてないで出てきなさい!」
 自称神様の声は聞こえなくなり、泉には私たちだけしかいなくなる。
「ま、マジで人間になっちゃった……戦える……のか?」
「うーん、どうだろう。えいっ」
 試しにはっぱカッターを出してみるけど出てこない。人間は出せないもんね。となると完全に人間になったんだろうか。
「とりあえず、イオトたち探さないと。手分けして探すよ」
「わかったの! 見つけられなかったら最悪ここで合流するの!」
 楽しみだなー。ご主人様にこの姿見せるの。



――――――――


 人間になってしまった。最強にして最高に可愛いマリルリである私が人間になってしまっては凡俗に落ちたと同じではないか?
 いや、でも人間状態の私もそこそこかわいい。ご主人の次くらいにはかわいい。
「さーて、イオトを見つけてご主人のとこに……」
 すぐに見つけるのは困難かと思っていたら割とすぐに公園の近くにイオトを見つけた。エミや手持ちのサーナイトもいる。
「あの子いいなぁ……」
「ねえ、できるだけ僕と距離を置いてくれないかな。同類と思われたくないんだけど」
 そんな声が聞こえてきたのでイオトの視線の先を見る。10代前半の少女がノコッチと戯れている。
「声掛けるか……」
「気持ち悪……」
 あの野郎、私がいないからって調子にノリやがって。
 人間の身体だとポケモンのときと比べて思うように動けない。だが私は最強である。きっとすぐに慣れるはず。
 助走をつけ、ポケモンのときより長くなった手足でリーチの長さをカバーできる利点に気づいて少し早めに跳んだ。
「このクソ眼鏡ェエエエエエエ!」
 何もかもがスローに見える。イオトの驚いた顔。エミのぽかんとした顔。サーナイトの困惑した顔。それぞれ動くも私のほうが早い。勢いをつけた回し蹴りはイオトの顔にヒットし、勢いで倒れたイオトにそのまま馬乗りになる。
「てめぇ! 私がいないときにまた女の子にちょっかいかけようとしてたな!? いい加減にしろこのクソ眼鏡!」
「……え、えーと……誰?」
「喋るな喚くな息をするな! 黙って私の怒りを思い知れぇ!」
「え、何。イオトの元カノとか?」
 エミが茶々を入れてくるがんなわけないでしょあんたもしばくわよ。
「いやー……これだけかわいければさすがに忘れない、はず……だけど……」
「かわいい以上に強烈すぎないかな」
「ていうか気づきなさいよ! マリーよ!」
 いくら人間になってるとはいえさすがに気づくものだと思っていた。ここ数年ご主人様以外の女と接点なんてろくに――
「マリー……? えっと4年前の相手……いやあれはマリーじゃなくてサリーだっけ……」
「はああああああああああ!? お前、私が見てない間にほかにもちょっかいかけてたの!? ぶっ殺してやる! ご主人に土下座して謝れ!」
「……ご主人?」
 唸れ私の拳。人間になって特性とか技とかはなくなったようだけどそれでも私にはこの拳がある。そう我こそは戦いに生きたマリルリの中のマリルリ。技などなくともこの意思がある限り拳は永遠。
「待て待て待てもしかしてマリルリさ――」
「死ね! イオトォォォォオオオオ!」



 謎の少女に思い切り殴られるイオトを少し離れたところで面白そうに見ていたエミはサーナイトに頼んでその様子を撮影させ楽しんでいる。
「修羅場面白いなー。サーナイト、動画できる?」
「サナ……」
 止めましょうよ……と言いたげなサーナイトだったが一応動画モードに切り替えてその様子を収め、せめて早く誰か通りかかって止めますようにと念じるのであった。



――――――――



 この見た目だとやけに男の人が見てくるの。人間基準だとかわいいのかな? だとしたらご主人様も喜んでくれるだろうし嬉しいの。
 町でご主人様を探しているけど中々見つからない。うーん、人間って結構不便なの。
「そろそろグルマシティ向かうですか?」
「イオト曰く、洞窟通るか山越えする必要あるから準備でき次第だなー」
 ご主人様の声がするの!
 シアンちゃんも一緒にいるようなので二人の姿をきょろきょろ探すとようやく見つける。
「ごっしゅじんさまー!」
 お買い物したのか荷物が多いご主人様に駆け寄って抱きつく。ご主人様よりは低いけどいつもよりご主人様と目線が近いのー。
 でもなんでかご主人様はびっくりした顔で黙ったままだ。
「ご主人様ー! これでずっと一緒にいられるよー!」
 改めてご主人様に抱きつく。けどご主人様は困惑したように私に言った。
「え、あの、えっ……どちら様……?」
「こんなかわいい子に抱きつかれて覚えがないとかヒロ君もすっかりモテ男ですねぇ」
「いやマジで心当たりないんだって」
 あ、そっか。見た目が違うからわからないんだね。人間って匂いとかじゃわからないし。
「ご主人様私だよ! イヴだよ!」
「いやいや何言って……」
「ご主人様、信じてくれないの? ご主人様の部屋の机の引き出しにえっちな本隠してることも知ってるのに!」
 大丈夫だよ。つぼきち君も人間のオスはそんなものだって言ってたしおかしいことじゃないよ。
「え……お前、まさか本当にイヴ……?」
「そーだよ?」
 なぜかご主人様、ちょっと震えてるの。寒いのかな? ぎゅーってすれば寒くないかな。震えるご主人様の腕をぎゅっと掴む。ご主人様、今日は全然撫でてくれないの。でも今の私は人間の言葉が喋れる! ちゃんと気持ちを伝えられるの!
「これでずっとご主人様と一緒にいられるの! ご主人様ほめてほめてー」
 するとご主人様の顔はみるみるうちに青くなって、すごく苦いきのみを噛み潰したような顔で叫んだ。

「俺はポケモンの擬人化は守備範囲外なんだよ!」

 すっごく気持ちのこもった叫びだけどよくわからない。しゅびはんいってなぁに。
「ヒロ君のポケモン好きはある意味で筋金入りだです」
「ごしゅじんさま……? 私、人間になったよ? どうして喜んでくれないの?」
 ご主人様はのたうち回って「無理……なんで……」と呟いている。おかしい。喜んでくれるって思ったのにこんなの全然想像してなかったの。
「あのですね、ヒロ君はポケモンが人になるのが受け付けないタイプの人なんですよ。地雷ってやつです」
 シアンちゃんの言葉にかみなりを撃たれたような衝撃が走る。

 ガーン……。ご主人様……私が人間の姿になったら嫌がってる……?

 そんな、このままだと捨てられちゃうのかな……ど、どうしよう。
 もとに戻れるかもわからない。そんな状況でご主人様は私と一緒にいてくれるのかな……。
「う、うわああああああああああああああんっ」
「ど、どうしたですか!?」
「ごめんなさいなのおおおお゛」
 涙が止まらない。ご主人様に捨てられたら悲しくて辛くて、耐えられないの。
 ご主人様が苦しんでいるのを見ていられなくて思わず駆け出す。どうにか湖の神様に戻してもらえないか聞いてみないと。
 人にぶつかったりしながらようやくたどり着いた湖のほとりで神様を探す。
「神様―! お願いなのー! ポケモンに戻してくださいなのー!」
 声はない。湖のコダックさんがうるさそうに私を見る。
「コダックさん! ここの神様を呼んでほしいの!」
「ぐわー?」
「……あれ?」
 コダックさんが何を言ってるのかわからない。言葉が理解できない。
 本当に人間になっちゃったことを改めて思い知り、取り返しがつかないことに恐怖が募る。
「ぐすっ……ひっく……ご主人様に嫌われちゃうのぉ……お願いだから戻してなの……」
 応える声はない。
 するとガサガサと茂みが揺れる音がして神様かと思って振り返る。けれどそこにいたのはご主人様だった。
「イヴ……」
 悲しそうな目をしたご主人様にこの姿を見られたくなくて蹲って顔を伏せる。
「ごめんなさいなの……ご主人様……」
 だから捨てないでとは言えない。ご主人様の嫌なことしてしまったんだもん。いらないって言われても仕方ないの。
 すると、頭に温かい手が乗せられる感触がする。少しぎこちないけどご主人様が撫でてくれているのがわかった。
「イヴ、悪かった。姿は変わってもお前はイヴだもんな。見た目で拒絶してしまったこと、反省するよ……」
「ごじゅじんざま゛ぁ゛……」
 顔をあげて涙目になりながらご主人様を見上げる。でも若干まだ距離があるの。撫でる手はあっても腰が引けてるの。でも仕方ないの。イヴの元の姿方がご主人様はいいんだもん。
「ごめんなさいなの……人間になったらご主人様と一緒にいられると思ったの……」
「どうやってそうなったのかが気になるけど俺はお前の姿が変わっても変わらなくてもちゃんと一緒にいるぞ? まあ今後手持ちの都合で一旦離れたりとかはあるかもしれないけどさ」
「嫌なの。イヴはそれもやなの。イヴわがままだからずっとご主人様のそばがいいの」
 わがままな子は嫌がられるかもしれないけどご主人様に気持ちを伝えられる今しかない。ご主人様が望まないこの姿の唯一の利点。
「ご主人様のことが大好き。いつかご主人様が人間の誰かと幸せになってもそばにいたいの。私以外のポケモンがそばにいるのは寂しいの」

 だからずっとそばにいてなの。

 そう言おうとして急に眠くなってくる。身体が重くて起きていられない。ぐらついた身体は地面に倒れる前にご主人様が受け止めてくれる。
「イヴ? イヴ! どうした? 大丈夫か!?」
 ご主人様の声が遠くなっていく。悪い子だからバチが当たったのかな……。
 まるで人間の姿に変わった時のように意識がぷつりと切れて、私の世界は白く染まった。




――――――――



「りぃ……」
 うーん、眠いの……。
「イヴー。」
「ふぃー……」
 むにゃむにゃ、ご主人様の声がする……。
「ほら、イヴ。お前の好きなポフィンだぞ」
【ぽふぃん!】
 甘い誘惑に眠気はどこかへ飛んでいく。差し出されたポフィンにがっついているとふと自分の姿が見慣れたものになっていた。まるで人間になったのは嘘のように。
 きょろきょろとマリーちゃんを探すとマリーちゃんもソファーでお昼寝中だ。

 ――全部夢だったのかなぁ。

 うん、人間になんてなれるはずないよね。
 ポフィンの美味しさに幸せを噛み締めながら、これからもずっとこの姿でご主人様と一緒にいられる当たり前の日々を大事にしないとと改めて思ったのでした。






「イオト、なんか顔すごいボロボロだけど」
「マリルリさんにちょっと……」
「ああ、動画見る? すごかったよ。マリルリさんがさー」
「こっちもすごかったですよー。なんとイヴちゃんがですねー」





とぅりりりり ( 2017/12/20(水) 21:43 )