イオトとエミの話
「……エミって冷静に考えると謎すぎないか?」
ふと、エミが不在の中、道中にあったポケモンセンターで休息を取っているとぱっと浮かんできた疑問を口にした。
「謎、です?」
「父親は研究者っぽくてあの歳で初めてフラフラ旅してる上に極度の機械音痴で触るだけで壊すレベルの天災って、今まで何してたんだよ」
そんな有様じゃ父親を手伝うとかもできないだろうし、俺みたいに家業手伝うでもなければ旅もしてなかったとか引きこもりか何かとしか思えない。
「いうてイオ君も謎ですけどね。ボクらよりずっと歳上ですし。旅の経験はあるからえっちゃんよりはまだ納得いくですけどぶっちゃけるとニートですよニート」
まあ25にもなって旅だけしてるってのもやっぱり珍しいらしく、本来は若いうちに旅をしてある程度経験を積んだら社会人になるのが割りと一般的らしい。ポケモンバトルの腕前は就職でも影響する場合があるので旅は結構重要だとか。あと旅でコネを作るとかも結構当たり前らしい。主にはジムリーダーとのコネで、将来的にジムトレになるとかいう話も聞く。
旅なんてとっくに終えてるだろうに、25にもなって職なしのイオトも確かに謎だ。
「それで、今日一日二人を観察しようと思う」
「ほうほう?」
シアンが興味深そうに頷いてくる。というのも、ポケモンセンターはあるが周りはなんもない。自然だけであとは次の町への案内板とかそれくらいだ。
つまり、することが修行くらいしかない。
まあ本当ならすぐにでも旅立てばいいのだが、せっかくの宿があるのだし、レンガノシティから急に飛び出したのもあって一度ゆっくりしたかったのだ。
「まあボクもあの二人には興味あるですしおもしろそーなんで一緒に生態観察するですよ」
「ていうか、あいつら目を離すといつの間にか消えるしな……」
いったいどこにいってるんだか。いつの間にか戻ってきているし害はないとは思うが妙に気になる。
ちなみにイオトはまだ熟睡中で、エミは食事を終えた後、外に運動しにいった。もう昼なのにイオトはいつ起きるんだか。
「そうと決まったらえっちゃんの様子見に行くですよ!」
ポケモンセンターの外、少し離れたところに拓けた場所があり、エミはそこで手持ちたちと向き合っていた。
「――はっ!」
手持ちのコジョンドに蹴りを入れるがコジョンドはなんなく躱してエミを受け流す。舌打ちしつつもエミはそのまま跳んでコジョンドと打ち合っている。
「……ま、前から思ってたけどポケモンと打ち合うって正気かよ……」
「ケイの野郎とかもわりとよくやってるですよ。ていうか格闘家は結構フツーにやってますですし、ボクも一時期はシャモすけとやってましたです」
「うわ、かくとうかつよい」
人間とは明らかに力もスピードも違う生き物であるポケモンと真っ向から戦うとか本当にできるんだろうか。
「ていうか、えっちゃんは格闘家なんですかねぇ」
「さあ……」
少なくとも格闘家というには細すぎる気もするがケイだって細身だったしそのへんはわからない。第一、父親がインドア派っぽいのにそっち方面に行くんだろうか。
普段体力が俺たちの中でもある方のエミがコジョンドとの戦いで汗を流している。あれだけ激しく打ち合えば当たり前だがちょっと珍しい光景だ。
「はー……休憩。まったく、ちっともお前に勝てなくなったな」
ドヤ顔でエミを見下ろすコジョンドに、エミはぶすっとした様子で飲み物を放った。
「なんだよその顔は。昔は僕にすら勝てなかった癖に」
エミの意地の悪い発言を聞いたコジョンドはぷんぷん怒り出すがサーナイトに止められてエミに近寄れない。
「あっつー……」
首まである服なので余計に暑いのだろう。襟をくつろげてパタパタと扇いでいるとサーナイトもうちわで扇いでやっているのが見える。
思ったより微笑ましいというか、普通のやり取りに毒気を抜かれた俺たちはエミよりイオトの観察をするかと音を立てないように後ろに下がる。
が、何かにぶつかって二人揃って振り返るとむすっとしたウインディがいた。
「おわぁ!?」
「びゃー!?」
心臓に悪い。まったく気配がしなかったせいで度肝を抜かれてしまった。
「ん?」
今のでさすがに聞こえないはずもなく、エミがこちらに気づいて苦笑しながら近づいてくる。
「何してんの二人とも」
「いや、エミがなにしてんのかなーって」
「そうですそうです。やましい気持ちはポケマメほどもないですよ!」
「ふーん……」
じーっと見つめられて、責められているような錯覚に陥りそうになる。いや、ちょっと観察してたくらいで悪いことはしていない、はず。
「で、僕は面白くないからイオトの観察でもしようって?」
こいつエスパーかよ。
「顔見ると図星みたいだね。ま、実際僕はちょっと鍛錬してたくらいで面白くないだろうけど」
俺たちの浅はかな考えはエミの前では無力だったようだ。
こういうところもエミの謎を深めるんだけど、バレた以上今は探りを入れると怒らせそうだしやめておこう。シアンと目を合わせてイオト観察へとシフトチェンジだ。
「えっちゃんも一緒にやるですか?」
「いいよー。どうせ暇だしねー」
へらへらと笑うエミも観察に加わることになり、俺たちは一旦ポケモンセンターへと戻ることになった。
「……あぶねー……」
エミが何か呟いた気がしたが他の利用客の声で掻き消されて聞こえることはなかった。
――――――――
イオトが起きてきたのはそれから一時間後。放っておくとこいつはいつまでも寝るしだらしない。まだ寝ぼけてんのか若干目付きが悪くなっているし、そもそも眼鏡を忘れている。
マリルリさんがふとももをひっぱたいて。眼鏡を手渡すとようやくかけるほどだ。
「なんか……改めて見るとあいつってだらしないな……」
普段こそ先輩ぶってるところもあるが精神年齢は俺らと同じかそれ以下なんじゃないかと思えるほどだ。
「イオ君、ご飯も食べないで何してるんだです」
物陰に潜みながら3人でイオトの様子を伺っている。イオトは無表情でポケセンのソファに腰を落ち着けながら出入りする人間をぼーっと見ている。
しかも、よく見ると目で追っているのは全員女である。
「……ナンパでもしようとしてるのか?」
「しっ! 何か言ってる」
エミに口をふさがれて耳を澄ますとボソボソと「15……20……13……微妙……」という声が聞こえてくる。なんのことだ、と目で追っていた女たちを見ると、それが恐らく年齢のことであると気づいて3人揃ってぞっとした。
「13で微妙ってどういうことです!?」
「お、落ち着け。もっと歳上がいいって可能性もまだ――」
「あっ、見て二人とも!」
エミが指差した先にはまだ未発達な少女。年の頃は10歳か11歳くらいだと思われる。具体的には昔のポケモンゲームの主人公くらいの年齢だ。
それを見たイオトの目つきが変わり、完全に見たことないくらいのニコニコした笑顔で立ち上がるのを見て思わず寒気がしてシアンと抱き合った。
「おい……あいつ……11歳くらいの子にコナかける気か……?」
「ぞっとするですよ……」
「やばい……やばいよ……」
割りと本気の恐怖である。
年端もいかないっていうか完全にアウトだこれ。いくらイオトの顔が若く見えるっていっても11歳前後はやばいって。
「ねえ君。旅してる子かな?」
「は、はい!」
さも自然に声をかけにいくイオトを止めるべきかとハラハラしながらとりあえず成り行きを見守ってみる。いや、大丈夫、まだ何もしてないから下心とかない親切心だけの可能性も――」
「そっかー。どっち方面? 俺ラヅ方面なんだ」
「れ、レンガノシティです!」
「あー逆か。同じだったら一緒にどう?って思ったんだけど」
アウトです。
目の前で10代前半の少女をナンパする25歳の仲間を見せられた俺たちの気持ちを考えてほしい。怒るとかそういうのじゃなくてもう、なんか怖いんだよ。
「せっかくだし連絡先交換しない? 旅の先輩だから何か困ったことあったら――」
「マリィッ!」
ボールから飛び出たマリルリさんが綺麗な回し蹴りをイオトに入れ、倒れたイオトを引きずりながら少女から離れていく。
マリルリさんがいるからいつもなんともないのか……。さすがというか、まあそれもそうかという謎の安心感である。
「あいつ……俺たちが見てないところでいつもあんななのかな……」
「だとしたらホラーですよホラー」
あの洋館事件に勝るとも劣らないホラーではある。
今後、目を離した隙にあんなロリコンを野放しにしてはいけないという使命感が湧いてきた俺らは別行動はできるだけやめようと密かに心に誓ったのであった。
――――――――
3人の目がなくなったことに気づいたイオトは困ったなぁとばかりに頬を掻いた。
(まあ、さすがに何度も消えてりゃ疑われるか)
それはエミも同じなのだが、イオトは特に自分が疑われる自覚があるのか声には出さないものの、内心ため息をつきたくなっていた。
(しばらくは自重するかー……)