新しい人生は新米ポケモントレーナー





小説トップ
1章
ワコブシティ


「遅い!」
 ポケモンリーグの会議室。席はたくさんあるというのに座っている人間はたったの3人。それぞれの手持ちがくつろいだり遊んだりしているほどに空間に余裕がある。
 今日は定例会議だというのに昨日に引き続き四天王しか揃っていない。アリサはイライラしながら机を指でトントンと叩き、隣りに座るリッカへと話しかけた。
「ジムリーダーたちの連絡は?」
「水の子以外全員無視、もしくはまだ気付いてないっぽい」
 リッカが割りと適当に返事をし、フィルがモニターを繋げると数秒して困り顔の少女が画面いっぱいに映し出された。
 水タイプのジムリーダー、ナギサ。水色の髪をサイドテールでまとめたセーラー服の少女だ。といっても水兵のセーラー服だが。
『ご、ごめんねっ! ようやくホエルコ問題片付いたと思ったら今度はなぜか海にヘイガニとシザリガーが大量発生して……そっちに直接行けないからテレビ電話でお話し聞くね』
 唯一の良心に涙が出そうになる。他なんて無視か気づかないかだというのに。
『あれ、ランタはいないの?』
「ああ、そういえば。リッカ、知らない?」
 四天王の一人、ランタがなぜか見当たらない。別に普段サボるタイプではないのに珍しいなと思いつつ不在の理由を聞いていないため会議の意味があるのかとこの人数にため息しか出ない。
「ランタなら今日は修行するって言って不在」
「ナギサが会議に出られるときに限ってあいつ……」
 ランタとナギサは双子の姉弟だがランタがナギサのことを大好きないわゆる――シスコンというやつでナギサからは少し鬱陶しがられている。決して仲は悪くないのだが。
『いいよ別に。ランタだし』
 姉の辛辣すぎる発言を聞いたら泣き出しそうな最年少に憐れみを向けながらアリサは自分の弟のことを思い出す。
「やっぱりちょっと様子見に行こうかなぁ……」
 昼に旅に出たという弟。チルットを与えたがそれでも少し不安だった。
(昔からいつの間にか変なことに巻き込まれるタイプだし)
 シスコンと言われるのは重々承知だが会議の後、少しだけ会いに行こうと心に決め、今後に関する話を少なすぎる人数で話し合うのだった。


――――――――




「つっかれたああぁぁ……」
 4人で森を抜け、出口でへろへろに座り込むとエミが困惑した様子で俺とイオトを見た。
「シアンはともかくなんで男二人もへばってるんだよー」
「これだけ休み無しに歩き続けたら流石に疲れるよ……」
「ものすげぇ疲れるですよ……ちょっとした鍛錬になっちまったです……」
 イオトとかエミの手持ちに乗せてもらうという手も道中何度か思いついたりもしたが森の中で移動するとなると明らかに自然破壊とかいらない迷惑がかかりそうだったので止めた。シアンは時折「カイリキーにお姫様だっこされてぇですよぉ……」と弱音を吐きながら歩いていたけどカイリキーに運ばれるあれって喜ぶやついたんだな……。
 一人、疲れを知らないエミはやれやれと手を広げる。
「みんな若いんだから鍛えたほうがいいよー」
「若いって……俺より年下だろ……」
 エミは見た目からして14〜15歳程度に見える。だいぶ幼い顔をしているがもしかしたら発言からして16くらいかもしれない。
「え。僕19歳だけど」
「えっ?」
「は?」
「ひょえ?」
 俺、イオト、シアンの間抜けな驚きの声にエミは怪訝そうに眉をハの字にさせる。
「……え、君たち何歳?」
「俺17……」
 2つも年上って、冗談だろ……?
 バトルの腕前は確かに高いかもしれないけどその顔でその歳は詐欺だと思う。
「ボクは16ですよ」
 シアンの年齢はまあ予想通り。特別驚くこともない。
 ふと、なぜか今まで基本ヘラヘラしていたイオトの表情暗い。具体的にはメガネを上げて顔を覆っている。
「い、イオト……? イオトさーん……?」
「……もしかして…………エミ、お前俺のこと自分より歳下に見えてたのか……?」
「え、イオト、君いくつなのさ。18歳くらいじゃないの?」
 イオトは17か18くらいに見える。シアンもクルマユを抱えながらうんうんと頷いていた。
「……に……」
『に?』
 3人の声が揃い、気まずそうにイオトが視線をそむけながら数秒置いてようやく言葉を絞り出した。

「に……にじゅうご……」

 沈黙。それはとてつもなく長いような、もしかしたら一瞬の出来事だったのかもしれない。

「はぁぁぁああ!? 25って……嘘だろ年齢詐欺も大概にしろ!」
「嘘です嘘です! 四捨五入したら30って顔じゃねぇですよ!」
「僕も相当童顔の自覚あるけど君のなんだよそれ!? 若作りしてんの!?」
 正直エミの年齢よりも驚いた。クルマユも驚きのあまり身を包む葉っぱが吹っ飛んでいる。
「だから歳の話するの嫌なんだよ……酒買おうとすると絶対止められるし身分証見せても疑われるし……」
 イヴが飛んでいったクルマユの葉っぱをかぶせてやったりと和む一コマもあるがそれよりも年齢の衝撃でなんともいえない空気を漂わせながらふらふらの足を立たせて目的地であるワコブシティへと向かう。が、その前に端末のコール音がして画面を見ると姉からの連絡だった。
「もしもし?」
『やっほー! 旅に出たんだって? 初日の感想はどう? ポケモン捕まえられた?』
 ムダに高いテンションの姉の声がスピーカーから溢れ3人の視線がこちらに向く。少し耳元から遠ざけながら返事をすると姉はしょんぼりしたような声を出す。
『姉ちゃんに冷たくない……? 姉ちゃんこんなにヒロのこと大好きなのに……』
「うん、わかってるから姉さん。用件あるなら早めに」
『用事がないと電話しちゃいけないかしら』
 こういうところが面倒なんだよなぁ……。
『ていうかもうワコブシティについてる?』
「色々あって今森を抜けたところだからあと少しかかる」
『あら、昼には出たのにまだなの? よっぽど森が楽しかった?』
「いや、なんか黒服のやつらがいてさ……ええと、レグルス団ってやつだけど姉さん知ってる?」
 レグルス団の話をすると急に静かになった姉は数秒して神妙な声で言った。
『ヒロ、姉ちゃん今からワコブシティ行くからポケモンセンターで待ち合わせしよ。それじゃ』
 半ば一方的に決められ、待てといいかけたところで通話が打ち切られる。強引な姉はいつものことだがいつにも増して今回は無理やりと言うか俺に拒否権がない。
「お姉さんがいるんです?」
「ああ、四天王やってるんだけど知らない? アリサって」
「四天王! へぇ〜すごいじゃねぇですか」
 シアンが感心したように言うとついで目を輝かせて飛び跳ねる。
「ボクも会えますかね! サインほしいですよ!」
「ポケセンで待ち合わせって言われたから一緒に行けば多分会えると思うぞー」
「わーいですよ! アリサさんってことはドラゴンプロデューサーのアリサさんじゃねぇですか! バトルもコンテストも強くて美人とか憧れますですよ」
 姉はドラゴン使いとして四天王の一角に位置している。そして、コンテストでもその強さを発揮し、ついだ二つ名がドラゴンプロデューサー。略してドラP。
 はしゃぐシアンとは対照的になぜかイオトとエミは複雑そうな顔をしている。
「あれ、二人はバトル好きそうだから反応すると思ってたのに」
 二人の戦いもちらっと見たけど完全にバトル好きという印象が植え付けられた。素の実力も高そうだし四天王に反応するとばかり。
「いやー……ははは……まあ、うん……四天王……四天王かぁ」
「四天王アリサ……あー……うん……僕はちょっと……」
 なんだろう。二人とも顔色が良くない。
 まあとりあえずワコブシティへと4人で向かうとゲートをくぐった先は自然と調和した木造の建物が目立つ町並みにだった。
 トレーナーがいない野生のポケモンものびのびとその辺を歩いておりどこか穏やかな空気を漂わせている。
「えーっとポケモンセンターは……」
 見渡してみると赤い屋根の建物を遠目で見つけ、まだ表情の暗い二人とウキウキした様子のシアンを連れ、ポケモンセンターの扉を開いた。
「ヒロー!」
 開けた瞬間駆け寄ってきた姉に抱きしめられてみぞおちあたりに衝撃が走る。身長はこちらが高いとはいえ、姉に昔から慣らされたせいか無意識に姿勢が低くなる。
「姉さん……人前……視線痛いからやめてくれない……?」
「きゃー! ヒロったら思春期? 恥ずかしがることなんてなん、にも……?」
 俺の横にいたシアンの視線に気づいたのかゆるゆると顔を横へ向ける姉はキラキラした目のシアンを見て表情を変える。
「……ヒロ? 一日もしないうちに女の子をひっかけるなんてどういうこと……?」
「誤解だから。ていうか男もいるしもう一人はなんかよくわからない……あれ?」
 振り返ってみるとイオトとエミがいない。先程まで一緒だったのにどこにいったんだろうか。
「とにかく誤解だから。こいつはレグルス団の被害者でたまたま一緒になっただけだし」
「ああ、そういうこと。……ふーん」
 その間はなんだよ。
「ほ、本物ですよ……テレビとかで見るより美人さんです……」
 感激したような言い方に姉も悪い気はしないのかふふっと笑って腕を組みドヤ顔でシアンに声をかけた。
「あら、あたしのファン? しょうがないわねぇ、サインは普段はお断りしてるのだけれどヒロもいるし今回は特別よ」
「わーい! あ、色紙買ってから来ればよかった……」
「ふふ、色紙ならあたしが持ってるわ。5枚でいいかしら」
 なんで5枚もあるんだよ。
「1枚で大丈夫ですよ」
 ここだけまともな反応するなよ。
 姉とシアンの頭の悪そうなやりとりが終わるのを待ってポケモンセンターの談話スペースで森での出来事を姉に伝え、終始渋い顔をしていた姉は最後に困ったようにため息をつく。
「トレーナーの誘拐か……わかったわ。この件はあたしから警察とリーグに伝えておくわ。この街のジムリーダーも含めて各町での行方不明者の照合もしないと……」
「任せて大丈夫なのか?」
 元々ポケモンセンターで回復させたら警察に今回の件を伝えに行くつもりだったので手間が省けることになるが当人が行かなくていいんだろうか。
「姉ちゃんこう見えても偉いのよ? それに、今警察にいったらしばらく事情聴取とかで時間取られるし頼れることは頼っておきなさい。えーっとシアンちゃん、もそれでいい?」
「はいですよ! というかボク警察に行くと面倒なことになるですしありがてぇというかその……ごにょごにょ……」
 そういえばこいつ家出してたんだっけ。警察に連絡入ってるかもしれないしまあ嫌だろうな行くの。
「よくわからないけど……なによりヒロが無事でよかったわ。ヒロって町から出るとなぜかろくなことにならないからちょっと不安だったけれど」
「ろくなことってなんだよ」
「ほら、子供の頃に町の外で大怪我してたりとか」
「そんなことあったっけ?」
 記憶にない、というかやっぱり前世の記憶思い出してから記憶があやふやすぎる。
「まあ元々うちの町は16になるまで子供は町の外に出ないようにって迷信もあるしね」
「あ、もしかしてうちのところが旅立ち遅いのってそれが原因だったりするのか」
 16歳で旅立ちが遅いみたいなこと言われたしその迷信が原因でそんな風になってたりするのか。
「そうそう。で、あたしはそんなのめんどくせぇ!って家出同然に飛び出してこのとーり」
 そういえば姉も家出マンだった。なんだかなー。シアンが憧れるのも姉のそういうところなのかもしれない。
「ともかく、あたしがこの件は話しておくからヒロもシアンちゃんも今後変なやつと関わらないように! 一緒にいたっていう二人にまた会ったら伝えておいてね」
「はいはい……っていうかあいつら本当にどこにいったんだろうな」
 まあ気にしても仕方ないか。
「あ、そうだ。ヒロ、せっかくだからお小遣いあげる。疲れたでしょうし美味しいものでも食べなさい」
 そう言って財布から札を数枚抜き取って俺に手渡してくる。姉さんは俺のことなんだと思ってるんだろうか。でも5000円って結構な大金だし突き返す気になれない自分がいるから悔しい。
「じゃーねー! あ、そういえばここのジムリーダー、格闘タイプのやつだからチルットで挑むといいわよー」
 大きく手を振りながらポケモンセンターから去っていく姉を見送り、残された俺はサインを嬉しそうに抱いているシアンを見る。
「つーわけで……ここらでおさらばしとく?」
「そーいえば当たり前のように一緒にいましたが別に一緒に旅するわけでもねぇですしね」
「えー、せっかくだしこれからも一緒にいこうぜ」
「そうそう。面白そうだし」
 当然のように会話に入ってきた声に驚いて振り向くと平然と菓子パンを食っているイオトとエミがいた。いつの間に戻ってきてたんだ。
「どこ行ってたんだよ」
「は、腹が減ったから食料調達……」
「ぼ、僕もそんな感じ」
 なんかきょどってるし怪しい。いやそれよりも一緒に行くって何だよ。
「なんで一緒に行こうとしてんだよ」
「え? いや普通に面白そうだから?」
 イオトがきょとんとした顔で答える。隣でマリルリはどうでもよさそうに棒付きのキャンディーをちびちび舐めている。エミのコジョンドはいつの間にかお茶をすすりながらソファでくつろいでいた。
「旅は道連れっていうじゃん?」
「えぇー……」
 特別断る理由もないけど一緒に旅する理由もねぇよ。
 まあここまで一緒に来たんだし今すぐ解散するのも味気ない。せめてみんなで飯でもと考えていると地味な和服に身を包んだメガネの青年が声をかけてきた。隣にはルカリオを控えさせており、気だるげながらも隙のない立ち振舞をしている。
「そこのおま……君、四天王のアリサの弟で間違いないか?」
「あ、はい」
「そうか。先程アリサから連絡が来て直接話を聞き……あ?」
 男は俺の横にいたシアンを見て気だるそうな表情を一転させ、すっと真顔になる。
 そして、その男を見てシアンはぎょっとしたように立ち上がりきのみをかじっていたクルマユを抱えてポケモンセンターから脱兎のごとく逃げ去ろうとする。
 が、男の行動は早く、ルカリオに目で合図するとしんそくで移動したルカリオにシアンを持ち上げさせじたばたともがくシアンをルカリオがどうどうとなだめていた。
「うぎーっ! 馬鹿ケイ! 放すですよ!」
「馬鹿はお前だ馬鹿シアン! てめぇどれだけ周りに心配かけたと思ってやがる!」
 ポケモンセンターのど真ん中で迷惑行為すれすれな口喧嘩をしている二人にあんまり近づきたくなくて遠目で俺たちはその様子を見守っていた。
 しかし、ルカリオの胴体を容赦なく蹴り飛ばしてルカリオから解放されるとシアンは先制技よりも早く俺たちの後ろに隠れた。
「ヒロくんさんヘルプですよヘルプ! イオトくんさんでもエミくんちゃんでもいいですから!」
「やめてー俺を巻き込まないでー」
 本当にやめて欲しい。
 蹴られたルカリオをさすってやってる男はしばらくしてルカリオをボールにしまってゆっくりとこちらに近づいてくる。ていうかルカリオがガチで痛がる蹴りってシアンはなんなんだ。ゴリラかよ。
「そこのじゃじゃ馬はあとできっちりシメるとしてだな……」
 青筋を浮かべながら改めて俺たちに向き合った男は男は男にしては少し長めの黒髪をぐしゃぐしゃと掻き、ため息をついて言う。
「俺はケイ。このワコブシティのジムリーダーだ」
 目付きの悪い青年はシアンを見下ろしながらそう名乗った。




とぅりりりり ( 2017/10/30(月) 11:00 )