新しい人生は新米ポケモントレーナー





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1章
コマリの森大乱闘
「ミミこ! おんがえしです!」
「イヴ! はっぱカッター!」
「キヌガ!」
 キノガッサが素早いパンチでミミロップを狙う。冷や汗を流しながら紙一重でそのパンチを躱すミミロップは怯えるように後退した。
「随分とそちらのウサギさんは臆病なようで」
 イヴのはっぱカッターはレベルもあってか相手二匹に対して効果を発揮していないようだ。
 レベルの差。それはどうしても高い壁になっているようで俺とシアンの手持ちのレベルではリジアとやらの手持ちには敵わない。
「お前ワカシャモいたじゃん!」
 圧倒的に相性が悪い。シアンはワカシャモやカモネギの方がまだキノガッサ相手に有利だというのに入れ替えず不利な状況を維持している。
「今下げたらミミこが臆病者で終わっちゃうですよ! 跳びますよミミこ!」
 ミミロップのこうそくいどうで素早く退いたかと思うと限界まで跳ね、キノガッサに向かって急降下する。とびはねるは発動するまでに時間がかかる。ゲームでもパワフルハーブで溜めをなくす必要があるが高速移動で時間を短縮する荒業をやってのけた。
 が、キノガッサは寸でのところでまもるを使い、無傷でミミロップを押しやる。
「こっちだって忘れるなよ!」
 相手がミミロップに気を取られている間図鑑を使ってイヴの状態を確認するといつの間にかレベルが上っていた。先程のイオトとのバトルで上がったにしても異様に伸びている気がするがこの際それはどうでもいい。使えるものはなんでも使うしかない。
「イヴ! くさぶえ!」
 元々成功率の低い技だがなにもしないよりはマシだ。だが運の良いことにアギルダーもキノガッサもとろんとした目つきの後すぐに眠りに落ちる。
 くさぶえによる音色で周囲でこちらを威嚇してくる野生のポケモンやイオトたちの方に襲いかかろうとしてる野生のポケモンも一部眠っているようだがあちらの戦闘そのものに影響をあたえることはできない。
 勝機と見たシアンとミミロップは早速眠った二匹へと飛びかかろうとする。しかし、忌々しげに舌打ちするリジアによってそれは阻まれた。
「小賢しい!」
 リジアの手持ちが眠ったのを喜んだのも束の間、即座に手持ちを戻して飛び出てきたネイティオ。まだ続いていたくさぶえを聞いた瞬間無表情気味なネイティオがかすかに笑った。まずい、シンクロかはやおきの二択だがどっちにしろネイティオの特性とねむりは相性が悪い。
 くさぶえをやめさせようと考えると同時にイヴが糸の切れた人形のようにその場に崩れ落ちる。何かと思うとイヴは既に眠りに落ちていた。
「この私に状態異常で喧嘩を売る愚かしさを思い知らせてやりますよ!」
 ネイティオはぴんぴんしているのにイヴが眠ったということは浮かぶ原因はあれだ。
「マジックミラーかよ……!」
 隠れ特性、夢特性とも呼ばれていたそれは通常特性とは違う、希少な特性。ネイティオはなにもしていないのだから場に現れた瞬間にそれが発動しイヴに跳ね返ったということだろう。
「おや、物知りですね。隠れ特性なんて新人トレーナーが知っているものではないはずですが……」
 えっそうなのか。
 感心したような、胡乱げに睨むようなリジアの目。しかし隙は逃すまいとネイティオを俺へ差し向ける。慌ててチルを出したが追撃とばかりにクレッフィまで突撃しようとしてくる。
「隙ありですよ!」
 シアンがようやく出したワカシャモがチルと俺をチラりと見ると同時に口――くちばしの隙間から炎を覗かせた。
 あ、これ巻き込む気満々だ。
 俺とチルどころか周辺にいる野生のポケモン諸共巻き込む気配がして慌ててチルを掴み、近くで威嚇していたフシデとジグザグマを抱えてその場から飛び退いた。
「シャモすけ! ほのおのうず!」
 ギリギリのところで渦巻く炎に巻き込まれなかったものの、やや火の粉が飛んできて慌てて叩いて燃え移らないようにする。抱えられたフシデとジグザグマがぽかんとしているがお前ら結構重いんだぞ! 巻き込まれただけのポケモンをむやみに傷つけるのも憚られるし助けたはいいけどどっと疲れた。筋トレしよう。
 状況を見るとほのおのうずはどうやらネイティオには避けられたようだがクレッフィを閉じ込めることには成功したらしい。
 こちらまで火傷しそうな熱気の中心にいるクレッフィがガチャガチャと悶ているのが見えた。
「ひっ――! あぁっ、クレフ!」
 リジアが怯んだかと思うとクレッフィを心配するように駆け出し、それを見たネイティオが慌ててリジアを押さえつけていた。
「ネネ放しなさい! それができないならどうにかして炎を――」
 これは試合ではない。なら、今できることをするしかない。俺ができることは――
 ネイティオとのやりとりに気を取られているリジアの背後を取り、押さえつけるように飛びかかった。
 不意打ちをつかれ、驚愕に目を見開いたリジアと目が合う。ネイティオもぎょっとしているようだが主人と俺の距離が近すぎて迂闊に手が出せないらしい。
 まともにやりあう必要なんて最初からなく、指示者を押さえればいい。それが現状手持ちのレベルが低い俺でもできることだっ……あれ?

「――お前は人の胸を触らないと死ぬとでも言うんですか? 変態」

 なんでこう連日こいつの胸に触る事故してるんだろう。
 確かに腕を掴んで地面に押し付けたよ? マウント取ったよ? でも胸はわざとじゃない。そして本当に何もない平坦さ。
「じー……」
「……」
 視線を感じ、横を見るととても冷めた目をしたシアンがこちらを見ていた。炎も消えており、黒焦げになったクレッフィが倒れている。ワカシャモは気まずそうに視線をそらしており、ネイティオに至って本当にいつの間にかワカシャモとミミロップの二匹に挟まれて伸びている。まあでも今めちゃくちゃ隙しかなかったし不意打ちだったんだろう。
「ここが公の場だったら即おまわりしてたですよ。おまわりのお世話になるのは両方ですが」
 シアンの呆れたような困ったようなちょっと引いているような視線が痛い。そんなつもりじゃないんだ、偶然そうなっただけで。
「でぇじょうぶですよ。ボクだって野郎のおっぱい好きなのは理解あるですし」
「ちげぇ!! そもそも揉めるほどないのに……」
 いや別に俺は小さいのも大きいのも嫌いじゃないし好きだよ? でも今そういうのよりポケモンが大事っていうか、そもそもこいつ相手はちょっと問題しかないし、うん。
「体型は別に気にしていませんがお前はいつか必ず殺します」
 地を這うような低い声で凄まれても現状俺にしっかり押さえられてるせいで逃げられないのかリジアは苛立たしげに舌打ちした。
「放しなさい変態。それといつまで触ってる気ですか」
「ヒロくんさん放さねぇでください。ボクあなぬけのヒモあるんでそれで縛っときましょうや」
 あなぬけのヒモの使い方それでいいのか。ぐるぐるとあなぬけのヒモで縛っている間も往生際が悪く暴れるリジアは自由の効く指先で自分のボールをコツコツと叩いた。
「クレフとネネをボールに入れなさい。それくらいはする権利はあるでしょう」
 まあ、いつ復活するともわからないしボールにはいれるつもりだったが手持ちを腰につけておいてなにかされても困るのでホルダーから外してから二匹をボールにしまってやり、手の届かないところへと置いた。
 あれ、こいつ手持ちが4匹? この前のグライオンがいないしなんだか不自然だ。
「人の手持ちをじろじろ見やがって礼儀知らずですね」
「泥棒のお前に言われてもちっとも心が痛まないよ」
 人のポケモン観察して盗もうとするやつに比べれば俺なんて全然マシマシ。
「でもお前、ポケモン好きだよな」
「はぁ?」
「だってクレッフィ助けようとしただろ」
 手持ちが炎に巻かれて冷静でいられないなんて悪党として見るなら滑稽すぎる。ポケモンが嫌い、もしくは道具としてみるタイプではないのは明らかだ。
「――だから、なんだと言うんですか」
「いや、なんで悪党してるのかなって」
 俯いたリジアの表情は読めない。ただ小声で「お前なんかにわかってたまるか」という呟きがかすかに聞こえた。



――――――――



 襲い来る野生のポケモンはイオトのトドゼルガとエミのパチリスで足止めし、幹部の男の操るワルビアル、ヨノワールと競り合っていた。
 ボスゴドラVSワルビアル。サーナイトVSヨノワール。
 一見すると状況はあまりイオトたちが勝っているようには見えなかった。
「ゴドルフ!」
 ワルビアルと取っ組み合いになったボスゴドラは僅かにだが押され、地面を抉りながら後退する。しかしイオトはボスゴドラを下げることはない。
 今ボスゴドラを下げればワルビアルはイオトに直接攻撃をしてくるだろう。だからこそ、ボスゴドラも必死に踏ん張っていた。
 じわじわと体力を削られていくボスゴドラをにやりとワルビアルが笑い、更に押しのけようと力を込める。それを見てもイオトは恐ろしいくらい冷静に――いっそ淡々としていた。
「なるほどね。賢いと思ってたけど案外力押しな戦い方するんだ」
「ねぇー、余裕あるなら僕の方手伝ってくれなーい?」
 サーナイトでヨノワールと向き合い、妨害してくる野生のポケモンをパチリスで返り討ちにしているエミは呆れたようにイオトを見た。
「君、トドゼルガに指示出してないけどいいの?」
「あいつ頭いいから大丈夫」
「そういう問題じゃないんだけどなぁ」
 野生のポケモンを無力化しつつ遠くへやろうとしているが数が多い。しかも明らかにこちらに敵対してくるのが不自然だ。
「野生のポケモンに何かしたね?」
「何かというほどでもない。一時的に支配下においているに過ぎない。ま、付け焼き刃に過ぎないがな」
 男はくつくつと笑うとヨノワールにシャドーボールを命令する。ひかりのかべである程度おさえており、致命的な打撃は受けていないようだが僅かに疲労の色が見える。
 元々サーナイトは特防は高い。それに対してヨノワールの特攻は低い。が、致命的な問題は逆にある。
「ヨノワール、シャドーパンチ」
 避けられない拳がサーナイトを直撃する。サーナイトは打たれ弱く、ヨノワールは攻撃が高い。今にも倒れそうなサーナイトを見て男は嘲笑うように言う
「相性が悪い、なんて言い訳をする気じゃあるまいな?」
「さあ? そっちこそよく見てないんじゃない?」
 煽るような言い方に眉をしかめた男は異変に気づきエミを睨む。
「いつの間に――」
「ふういん――気に入ってもらえたかな」
 にやにやと笑いながら新たにコジョンドを繰り出すと馬鹿にするように一人と一匹は両手を広げてみせた。その直後、舞うように余裕を見せつけヨノワールを煽っている。
「ほーら、何かしてみれば? お得意のパンチでもしてみる? それとも貧弱なサイコキネシスかな? ハンデでこっちは”舞って”あげてるんだから」
 エミの煽りに怪訝そうに指示を出そうとするがその理由に気づいて自分の端末を凝視する。有効なエスパータイプの技はほぼ全滅。それどころかパンチはシャドーパンチ以外は封印されている。当然のようにシャドーボールなども封印されていた。
「ああ、そうそう! その顔がみたいからこんな回りくどいことしたんだよ!」
 興奮したようにまるで袖をコジョンドを真似るようにはためかせ甘く蕩けるような声でコジョンドに言った。
「コジョンド決めてこい!」
 素早くヨノワールに迫ったかと思うとまるで舞うように次々と攻撃を打ち込んでいく。格闘タイプの攻撃ではない。はたきおとすからのしっぺがえし、とどめとばかりにアクロバットを決め込んでつるぎのまいで増していた攻撃力の一方的な攻勢に為す術もなくヨノワールは倒れた。
「最っ高……!」
 長い袖で口元を隠しているがその表情には隠しきれない高揚が見られた。イオトはそれを見てやや引きつりながら自分の戦いを見守る。
 あちらとは違ってこちらはまだ取っ組み合いの真っ最中。ボスゴドラがどんどん疲弊していっている状況に変わりはない。
 が、息が荒くなり、限界に近いと思われたその瞬間、イオトは動く。
「ゴドルフ!」
 機は熟したとばかりに叫ぶイオトに応えるようにボスゴドラが雄叫びを上げ掴みかかっているワルビアルを逆に押さえ、反撃の思い一撃をお見舞いした。
「――きしかいせいか」
 一撃で沈んだワルビアルを一瞥し、無言でボールに戻すとかなり弱っていたヨノワールの方を見て舌打ちした。
「これだけの実力があるくせになぜこの森に足を運んだのかは知らないが……」
 何かいいかけた瞬間、ぎゃーぎゃーと何か騒いでいる声がそれをかき消してイオトは苦笑する。エミはこの状況だと言うのに呑気に様子を見てまるでサッカーボールのようにモンスターボールをリフティングしている。
 テオは視界の端に見えるリジアがヒロに縛られているのを見てはあ、と呆れたようなため息を漏らした。
「あっちは終わったみたいだけどそろそろこっちもケリつけようか」
「こちらを苛立たせるのが好きなガキだな」
 エミの意図を察したのかイオトは何も言わずボスゴドラを回復させている。ずっと後ろに控えながら時折妨害はしつつも未だなお前に出てこないランクルスに視線を向け、ここからの距離に辟易しながらエミへと一任することに決めたイオトは無言で頷いた。
「バカ正直なのは結構だけどもうちょっと隠す努力はした方がいいよ――!」
 オーバヘッドキックで放たれたモンスターボールはランクルスの背後の木にぶつかると同時に現れたアブソルがランクルスを攻撃した。
 つじぎりは一瞬でランクルスを削りきり、ランクルスが倒れると同時に森の空気が一変した。それと同時に野生のポケモンも我に返ったかのように森へと散っていく。
「あったり〜」
「おー、ナイスキック」
 イオトの呑気な反応にエミが得意げに腕を掲げる。イオトがそれを見て数秒置いた後に意味を理解してハイタッチで返した。長い袖越しでイオトはあまりハイタッチした気分になれなかったようだが。
「さて、元凶は取り除いたしあとはあんたをとっ捕まえてどこかに連れ去った人らの居場所を吐いてもらうだけなんだけど」
「ていうか何者? 明らかに小規模な組織ではないよね」
 質問攻めな二人を見下ろして再び深いため息をつくとタイを緩めて淡々と言った。
「なるほど。ここまでやったお前たちに敬意を表して名乗らせてもらおうか」
 リジアと同じように恭しく一礼し、まるで貴族然としたその動作には人を引き付けるなにかがあった。
「俺はテオ。いずれお前たちも俺らレグルス団の恐ろしさを理解するだろう」
 その名乗りと同時にテオの持った端末が携帯のコール音のように音を鳴らし、それに対応する。
「……ああ、すぐ戻る。予備のつもりだったやつらは今回は諦める」


――――――――


 向こうの戦いも区切りがついたようで縛ったリジアを俺とシアンの間に挟んで連行するとリジアは今にも卒倒しそうな青ざめた顔で男――テオへと謝罪した。
「て、テオ様……申し訳ありません……」
「お前の部下はこっちが押さえてるみたいだけど……どうする?」
 人質を取るみたいですごく悪いことをしている気分だけど向こうが先に悪事を働いているしこればかりは仕方ない。
 シアンの証言曰くどこかへ人を拉致したということもあり野放しにはできなかった。
「……リジア、使えないやつはどうなるか、わかってるだろ?」
 テオはネンドールをボールから出し、イオトとエミが警戒してポケモンを構えさせるが無意味に終わる。
 ネンドールは攻撃などせず、テレポートでその場から消え、完全にその場を静寂で包み込んだ。
「……に、逃げられた――!」
 まさか部下をあっさり見捨てるとは思わなかった。いやでも冷静に考えれば悪の組織の幹部が一下っ端をそんな重要視するわけがない。
 ネンドールのテレポートで消えたテオと、呆然と残されたリジア。気まずい中、恐る恐るリジアを見ると顔を歪めて虚勢を張るかのように喚き散らした。
「は、ははっ! そうですよ私は使い捨てにすぎませんから! 残念でしたね正義の味方気取りども!」
 悲痛な声にイオトもシアンも若干の哀れみを瞳に滲ませる。エミは大して興味なさそうに自分のポケモンをボールへ戻したり回復させたりしている。
「馬鹿ですね! 私なんかが交渉材料になるとでも!? 馬鹿馬鹿大馬鹿! お前らみたいな偽善者全員後で後悔するといい!」
 なんでだろう。見捨てられたこいつが少し……いやかなり哀れに見えてきた。僅かに涙が浮かんでいることもあって必死に自分に言い聞かせているようで見ていて痛々しい。
「ど、どうする……?」
「……うーん、正直俺らができる範囲は捕まえて然るべき場所に引き渡すこと、かな」
 イオトの提案はもっともで、ここで誘拐された人たちがどこに連れて行かれたのかわかっても事件に首を突っ込むのははばかられた。ジュンサーさんや治安維持のための組織が動くはず。
 ともかく異常は解決したので森を出ようと4人とあと捕まえたリジアを引っ張っていこうとするがその前に茂みから野生のポケモンが顔を覗かせた。
 フシデとジグザグマ、そしてクルマユがおずおずと近づいてくる。
「ん? あ、お前らさっきのか」
 ほのおのうずに巻き込まれないように助けたフシデとジグザグマが御礼とばかりにきのみを差し出してくれる。ジグザグマの方はよく見るとかわらずのいしもつけてくれる。ものひろいだろうなぁ。
「お、ありがとなー」
 クルマユの方はシアンの靴に近づいて擦り寄っている。気に入られているらしい。
「良かったじゃん。気に入られてるみたいで」
 イオトがその様子を見ながらけらけらと笑い、シアンはそーっとクルマユを抱えてみる。
「うちの子になるですか?」
「くるー」
 承諾なのか当然のように自分から空のモンスターボールに入ったクルマユを見てフシデとジグザグマは羨ましそうに俺を見る。
「……来る?」
「ふしー!」
「ぐー!」
 野生で捕獲するよりまず気に入られて空のボールが埋まった。げ、ゲットだぜでいいのかこれ。
 新しく手持ちが増えてのほほんとしている中、突風が俺たちの周辺に発生し、視界を奪うほどの強風にシアンとクルマユが飛ばされるのが一瞬だけ見えた。
 その中心にいたリジアを抱え、リジアの手持ちが入ったボールをいつの間にか全て手にし俺たちを冷めた目で見ていた。
「これで痛み分けだ」
 驚いた顔で脇に抱えられたリジアを見ていつかの記憶がリフレインする。

『返せ! 返せ返せ返せ!』

「待て――っ!」
 イオトがマリルリを差し向けるがテレポートのほうがわずかに早く、その場から完全に二人の気配は消え、テレポートによりリジアを抱えて消えたテオのいた場所を虚しく掴む。完全に気を抜いていた。まさか回収しに戻ってくるなんて。
 突風で吹き飛んだシアンがクルマユを抱えながら呟いた。
「や、やられたですよ……」
「わー、完全に見捨てたと思ったのにね」
 エミも予想外だったのか眉を寄せてむっとした表情を浮かべている。
「やられたな……。ていうかあの女が完全に素だったから……」
 リジアの反応がどう見ても捨てられたイワンコだったからてっきりマジで捨てられて絶望していると思ってしまった。あれで演技ならすごいので恐らくテオも何の指示も合図もなくやったのだろう。
「意外とあのコート野郎も身内の情はあるってことですかねぇ」
 しかし取り逃がしてしまったものは仕方ない。空を飛んだとかならまだ追えるがテレポートはどうしようもない。
 けれど、先程リフレインした何かが気になってどこかぼんやりと消えたリジアのことを思い浮かべる。
 とてもいけ好かない、でも本当に悪いやつなのかわからない彼女を見ると、何か忘れているような気がしてもやもやとした気分だけが残った。


――――――――


 テレポートで転移した先で下ろされたリジアは再び呆れたようなテオに縄を解いてもらい申し訳なさそうに言った。
「テオ様……お手を煩わせてしまい申し訳――」
「先に言うが勘違いするなよ。情報の漏洩防止と――イリーナに俺が文句をつけられるのが面倒だっただけだ」
 取り返した手持ちを投げ返すとリジアはホッとしたように手持ち達を見て頭を下げる。
「重ね重ねありがとうございます」
「……というか、今回の件は別に目的分は済んでいるからな。イリーナのやつがお前の手持ちを借りたのもあるしそんな気にするな」
 子供をあやすように頭をぽんぽんと叩くとテオは足早にその場から離れ、それと入れ違いで金髪の女性がリジアに近づいてくる。
「リジア〜。テオのやつ見なかったかしら」
「あ、テオ様なら今あちらへ……」
「あら、なんで私を避けるのかしらあいつ」
 どうやらテオは彼女が来るのがわかったため早々に退室したらしい。その理由はわからないがリジアはまだ少し落ち込んだように声を沈ませながらイリーナに頭を下げた。
「イリーナ様、予備の方調達できなくて申し訳ありません」
「うぅん? ああ、予備の人間のこと? いいのよ、思ったより成果が早くでそうだしね」
 先程のテオと同じく頭を撫でるイリーナにリジアは少し照れたような表情で呟く。
「……ところでイリーナ様」
「なぁに?」
「……私ってそんなに……その、胸が小さいでしょうか。背も……高いし女らしくないというのは重々承知ですが」
「…………」
 無言に陥ったイリーナは改めてリジアを見る。女性としては比較的背が高く、だいたい167cmほどだ。しかしとても高いとも言えない高さではあるものの本人は気にしているようでトレードマークのみつあみを指先でいじっている。そして問題の胸は悲しいほどに絶壁だ。服の下を見てみないことには分からないが膨らみというものが感じられない。年齢を考慮すると成長の見込みはほぼないと言える。
 ぱちぱちと無表情でリジアを全身見渡したイリーナは優しい声で彼女の肩を叩いた。
「人それぞれよ。あとリジアはスレンダーだからいいと思うわ」
 そう言うイリーナの胸はかなり大きい方だ。揺れる双丘をじっと見つめるリジア。それを微笑ましそうにイリーナは見守っている。
「……どうしたら大きくなりますか?」
「えぇ? 牛乳でも飲んだらいいんじゃないかしら」
 半ばヤケクソ気味に答えるイリーナだがリジアは真剣に受け取ったらしく「牛乳……」と呟く。
「急にどうしたの。好きな男でもできたの?」
「そんなんじゃありませんよ。ただ……」

『ちげぇ!! そもそも揉めるほどないのに……』

 リジアは少し拗ねたようにある人物のことを思い出し、苛立ちと強い意志を灯しながら言った。



「ぎゃふんと言わせたい男がいるだけです」




とぅりりりり ( 2017/10/30(月) 10:59 )