新しい人生は新米ポケモントレーナー - 1章
コマリの森戦線



「助けてもらってありがとうございますです」
 誤解を解いた後、手持ちの回復と本人の手当てをするとちょこんと地面にハンカチを引いて座り込む少女。
「ボクはシアンというです。見ての通り超絶可憐な美少女ですよ」
「そういうのいいから」
 確かに顔はかわいいんだけど独特な口調といい自信過剰といい正直ムカつきの方が勝る。
 ……それにしても、シアンってなんか聞き覚えがあるような違うような。だめだ、記憶に霧がかってはっきりとわからない。
「それでヒロくんさんとイオトくんさん、エミくんちゃんはこれからどうされるんで」
 呼び方も独特というか、なんかよくわからない喋り方だ……。
「とりあえず元凶をまだどうにかしてないし、できれば君の話を聞きたいなぁ。シアンちゃん」
 なぜか満面の笑顔のイオトがマリルリさんにしばかれている。しばかれながらもイオトは人の良い笑顔でシアンを見ていた。
「はあ……ボクの話ですか。別に構いやしませんが」

 それから彼女は自分の身に起こったことをつらつらと語り始める。
 曰く、家出同然で飛び出したはいいけど目的地もなくフラフラ旅をしていたところ、この森に立ち寄り、黒服の集団と遭遇したらしい。
「さっきのみつあみ女以外にも仲間がいるってことか?」
 俺が前に遭遇したのは一人だったけど実は悪の組織的な集団だったりするんだろうか。
「4〜5人いたんですがテレポートか何かでほとんどどこかへ消えやがってあのみつあみ女とあと……上司みたいにえばってる男の2人だけになりまして、人数が減った隙に逃げたですよ」
「そいつら、何してたの? こんな森の中で」
 エミがきょとんと首を傾げシアンは腕を組んでうーんと唸る。
「そこまでは知らねぇですよ。ただ、野生のポケモンと森にいたトレーナーを根こそぎ捕まえてどこかに連れ去ってたみてぇです。ボクより前に捕まった人らは消えた仲間と一緒にどっかいっちゃったんでわからねぇです」
「普通に誘拐事件なんだけど」
 思ったよりやばい事件に巻き込まれてない?
「トレーナーもポケモンもいなかったのはそいつらのせいか。外部からの侵入はできるけど内部から脱出できないようにしてどこかに連れ去ってると」
「そういえばそらをとぶとかで出れないのか?」
 試してないけど一応空は見えるしゲームでは定番の移動手段だ。
 しかし、イオトもエミも首を振った。
「俺もそう考えたけど飛ぼうとして森の外に出れるくらいの高さまでは飛べなかったんだよ」
「僕も手持ちに跳ねてもらったけどだめだったね。明らかになにかの影響で閉じ込められてる」
 それもそうか。エミとか散々脱出方法考えてるだろうし俺が思いついた案は軒並み実行済みだろう。
「やっぱり元凶を叩かないと駄目っぽいなー」
「さっきシアンちゃんとみつあみ女が来た方に進めばその上司とかもいるのかな」
 森から出られないように迷う仕掛けをしているかもしれないがそれだと仕掛けた側も迷ってしまうし、案外方向さえわかれば元凶にはたどりつけるかもしれない。
「シアンちゃん。案内頼める?」
「はいですよ! あのふざけた黒服どもをぎゃふんと言わせられるならお安い御用です! うちの子も回復してもらったしお手伝いするですよ!」










――――――――


「テオ様。申し訳ありません」
「別に問題ない。元々人間の方は必要な分の数は確保できていたしな」
 野生のポケモンを捕らえた檻の前でみつあみ女――リジアが上司らしき人物に頭を下げていた。
「それにお前が戦闘苦手なことくらいは知っているし、3人もいたのなら退いた方が懸命だろう」
 テオと呼ばれたその男は長身で茶髪の怜悧そうな顔をしており、そこにいるだけで温度が一度さがりそうに涼やかだ。
「に、苦手だなんてそんな……! ちょっと普通にバトルするのが下手なだけですっ!」
「ムキになるなって。そろそろアジト側の受け入れ準備ができるまでの間、どうせそいつらはこっちに来る。この森から出るためにな」
 落ち着いた様子で子供をなだめるようにリジアの頭をぽんぽんと叩くとまるで優しい兄のように慈愛に満ちた目でリジアに言う。
「お前の本領はマルチバトル――もしくは徹底したサシだもんな。だが今は全員揃ってないんだろう?」
「はい……イリーナ様がニャースの手も借りたいと言って……。一応昨日少しは返してもらえたんですけど今度は別の子を持っていかれました……」
「……ったく。俺からもあとで言っておこう。それで、もしそいつらが来たら俺のサポートか、お前が絶対に勝てるやつだけと戦え。あとは俺がやろう」
 顔に似合わず部下に対しても穏やかな対応をするテオ。しかしながらその目はギラギラと敵対者が来るのを待ち望んでいた。
「せいぜい歓迎してやろうか」


――――――――


「めちゃくちゃ暗いな」
 進むに連れ、どんどん闇に包まれていく。時刻は夕方前なのでまだ日は沈んでいないはずなのに異様なまでに暗い。
 チルとイヴが迷子にならないようにボールへと戻し、ライトを頼りに4人で進んでいく。
 旅立ち初日で初っ端からひどい目に合っている気がする。
「先行き不安だぁ」
「ところでボクはあまり強くないのですが3人はバトルの腕はいかほどで?」
 シアンが足元が不安だからなのか俺の裾をちょっぴり掴みながら聞いてくる。
「俺は今日旅に出たばかりだからまだ全然」
「へぇ〜。ボクもつい先日家出したから新米仲間ですよ!」
 家出と了承を得た旅立ちはまた違う気がするんだ。
「僕はまあ普通くらい? どっちかっていうと僕は自分で動くのも好きだしな〜」
「自分で動くポケモンバトルって何」
 なんかシアンといいこの世界、ポケモンと生身で戦おうとする人ばっかりだったりするのか?
「んー? 知らないの? 正式なルールにもあるよ? トレーナーアクションルール」
「マジで!?」
 エミ曰く、トレーナーとポケモンが一緒になって協力するタイプのルールがあるらしく、とても危険なため双方の合意有りじゃないとできないルールのバトルらしい。
「まあといっても、手段を選ばないような悪党とかにはめちゃくちゃ有効だよ? だって直接トレーナー叩けば終わりだし」
「物騒すぎて俺にはまだ遠い領域かな……」
 多分俺にはできないルールだと思う。普通にゲームみたいなポケモンの世界だと思ってたのにだいぶ差異がある。まあでもポケモンなんて現実にいたらそんなものかもしれない。ていうかそういえばアニメとか漫画でもそういうのあったよな……。ああいうのもやるトレーナーとかいるのかな。ボール蹴ったりするの。
「ところでイオトくんさんは?」
 話を戻すようにシアンがイオトに尋ねる。イオトはなんでもない風に笑いながら返した。
「んー? 俺? 俺強いよー。これから強いトレーナー出てきても俺に任せてくれればいいよー」
「軽すぎて実感沸かねぇです」
「シアンちゃんがデートの約束とかしてくれたらめっちゃ誠実になるよー」
「申し訳ねぇですがボクの好みじゃないんでお断りするですよ。筋肉つけてから出直してこいです」
 もしかしてと思ったけどイオトって女好きなのかな。マリルリが相変わらず叩いてるけどこれもしかして女口説いてんじゃねぇみたいなやつだったりするんだろうか。鬼のような形相でマリルリが叩いているのに対してイオトは慣れたようにスルーを決め込んでいる。
「うぅ……野郎が3人もいるのに誰一人筋肉量が足りねぇですよ……どうして世界に筋肉が溢れてねぇですか……カイリキーと結婚してぇですよ……」
「シアンって、変な子って言われたことない?」
 思わず口にしてしまったけど絶対に言われたことあると思う。
「変な子? まあよく『シアンは個性的だよね』とは褒められますが」
「褒めてないよそれ絶対」
 なんか…………言った相手はとても言葉を選んだんだろうなってのが伝わってくる。悪いやつではないんだろうけどシアンはかなり変な子だと思う。
「ていうか男3人?」
 イオトのツッコミに俺も釣られてエミを見た。……こいつ男なのか。
「えー? どうだろうねー? まあそう思うならそれでイイんじゃないー?」
 本気でどうでもよさそうな声で適当な返事をされてこいつもムカつくな。声は割りと高い……けど別に中性的っていうか少年なら普通にこれくらいでもおかしくないなって範囲で判断がつかない。
「そろそろあいつらが拠点にしていた場所につくですよ」
 先を見るとたしかに少しここより明るい場所が見える。イオトを先頭に進んでいくと開けた場所にポケモンが入れられた檻が複数ある。しかし、人の気配はせずポケモンたちも鳴き声一つあげることない静かな空間がそこにあった。
「お、おかしいです。確かにここにさっきの野郎が――」
 裾を掴んでいたシアンが明るくなったからか前に出ると同時に異変は起こった。足元が激しく揺れ、バランスを崩した。俺もふらついたが踏みとどまり、次いで頭上に大量の岩が出現した。
「なっ――」
 目の前に転んだシアンがいて、咄嗟に体が動く。自分の手持ちにあれをどうにかできるのはいない。
「ゴドルフ!」
「サーナイト!」
 何もかもがスローモーションに見える中、イオトとエミがボールに手をかけるのが見える。咄嗟にシアンを庇おうとしたせいでその後の様子は見えない。激しい地鳴りと重い落下音息を呑むシアンの呼吸を感じて恐る恐る顔を上げるとボスゴドラとサーナイトによって落下してきたはずの岩が防がれていた。サーナイトの念力によって岩は宙で止まり、そのままゆっくりと害のない範囲で重々しい音を立てて落ちる。ボスゴドラは俺とシアンを守るように立っており、傷一つない様子で前方を睨んで唸っている。
「ほう、不意打ちで一人くらいは仕留めてやろうと思ったが全員無傷とはな」
 気のない拍手とともに現れたのは黒いコートを来た長身の男。ヨノワールとワルビアル、そして少し後ろにランクルスを連れたそれは悪どい笑みを浮かべ、イオトとその横にいるボスゴドラを見た。
「なるほど、これは確かにお前の手に余るな。あのメガネは俺が相手をしよう」
 横にいたみつあみ女に薄く笑いながら言う男はこちらに話しかけるより幾分か穏やかな声をしていた。
「メガネだけご指名とは、随分と舐められたものだね。僕もいるってのに」
 引きつった笑顔を浮かべるエミは全く楽しくなさそうに袖で口元を隠す。イオトはどこか冷めた顔で肩を竦めて男に言った。
「不意打ちしないと勝てないようなレベルで俺に喧嘩売るんだ? ま、別にいいけど正々堂々する義理もないし」
 チラリとエミに視線を送り、エミも無言でイオトの横に立つとコートの男はくつくつと声を殺して笑った。
「ふーん? こっち一応2対1だけど随分余裕じゃん」
「行儀よく相手してやるとでも?」
 男は自分の手持ち3匹に手を掲げると3匹がそれぞれ近くにあった檻を乱暴に破壊し始める。檻から解き放たれた野生のポケモンたちは先程まで鳴き声一つ上げなかったのに俺たちを取り囲むように凶暴な様子を見せた。
「この森のポケモンどもさ! いくら雑魚でも妨害程度にはなるだろう?」
「だから小物臭いんだってそういうの」
 小声でイオトがぼやくとまだ座り込んでいる俺とシアンの方を振り向いて言った。
「二人は無理はしないでできる範囲で手伝って。あれは思ってるよりは厄介な敵だから」
 怒涛の状況変化に取り残されまいと立ち上がり俺もイヴをボールから出す。
 シアンもそれに釣られるようにミミロップを繰り出すが俺たちの相手は別にいた。

「おや、私をお忘れですか?」

 俺達が来た道から何かが飛んでくる。イヴがそれをはっぱカッターで撃ち落とすが少しでも遅れていたらこちらの頭に激突していただろう。
「時間稼ぎ、というほどでもありませんが私の相手をしてもらいましょうか」
 いつの間にか移動していたみつあみ女は俺たちと向き合い、キノガッサとアギルダーを引き連れながら見下すような表情を浮かべる。
「ま、あの程度で腰を抜かしているような新米ちゃんが私に勝てると思えませんが」
「なっ……! なんですか生意気ですよ! やーいぺたんこ! そんな可愛げのない性格おブスよりボクの方が将来有望ですし!」
 よくわかんない張り合い方するなぁ。
「だいたいいい加減名を名乗れっていうんです! みつあみ女って呼びますよ!」
「別にそう呼んでいただいても構いませんが……まあいいでしょう」
 恭しく一礼した彼女は驚くほど様になっていて、思わず視線を釘付けにさせられる。
「我らが団の下っ端が一人、リジアと申します」
 にこりと微笑むその様子はなぜかどこかで見たことがあるような気がしたが、それよりも驚いたことがある。反射的にその驚きが口から出てしまった。

「お前下っ端なのかよ!!」

 あまりにもアクが強いから幹部か何かだと思っていた





とぅりりりり ( 2017/10/30(月) 10:58 )