新しい人生は新米ポケモントレーナー





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1章
森に集いし少年少女



 まるでコジョンドみたいな袖をまくり、一心不乱で与えた携帯食料に食らいつくその人物はついでに与えたきのみを手持ちのウインディにも投げる。ウインディは今にもふらふら倒れそうだったがきのみを食べて少しはマシになったのかほっとした顔でその場に座った。
「た、たすかった……2日も何も食べれなくて……森からは出られないし死ぬかと思った……」
 水はあったのか自前の水筒の水を空にする勢いで飲み干すとまくっていた袖を元に戻して食いっぷりを見守っていた俺たちに向き直った。
「ありがとうございます本当に助かりました僕はエミ。見て分かる通り旅してるトレーナーだよ」
 深々と土下座をすると隣のウインディもぺこぺこ頭をさげ一人と一匹は虚ろな目で虚空を見た。
「3日も森で迷子になって遭難とかシャレにならねー……って思ってたけどついさっきまでマジ空腹で倒れる寸前だったから本当に助かった……」
「お、おう……」
「自前の食料1日分しかなかったのか?」
 イオトが不思議そうに聞くとエミは自分の腰につけたモンスターボールを示して言う。
「いやー、手持ちはせめてなんか与えてないといざってとき困ると思って自分の分我慢してたんだよね。すぐ出られると思ってたし。途中からこいつ……ウインディも我慢しはじめてこの有様ってわけ」
 手持ち優先してたら自分の食料がなくなったのか……。なんか悪いやつではなさそう。
「サバイバルは得意だから森で野草とか採れると思ったのに全然見つからないし、きのみもないしで本当に詰みかけてんだよね。この森ってそんなに不作だっけ?」
「いや、今ヒロにも説明しようとしてたんだけど……あ、俺はイオト。そしてこっちが新米のヒロ」
「ど、どうも」
 勝手に紹介されてしまった。そのままイオトは話を続ける。
「俺が今日この森に入ってからなんかおかしいなーっていうか野生のポケモンもトレーナーもいないし、多分だけど今なんか異常が起こってると思うんだよな」
 マリルリのどつきを手のひらで受けながらイオトは困ったような顔をする。
「おかげで俺も森から出れないし困ったもんだ」
「お前なんで出れなくて困ってたのにあんな呑気に飯食ってたの」
 まったく困ってるように見えなかったんだけど?
 確かに出会ったこの二人とその手持ちくらいしか人の気配を感じない。二人曰く森から出れないらしいしどうなっているんだろうか。
「多分だけど空間がねじ曲がってる……エスパー系のポケモンによる認識阻害だと思うんだよなー」
「そんなことできるんだ?」
 俺の知識はあくまでゲームとかのポケモンの技とか図鑑の説明をちょっと覚えてるくらいだ。でもたしかにエスパー少女とかいたしそういうことができても不思議じゃないよな。ていうか転送装置の時点でだいぶハイテクだしこの世界。
「訓練された……あるいはそういうのが得意なやつがいるんじゃねーかな。となると野生じゃないしトレーナーの指示だと思う」
「ふーん? なるほど? で、君たちはどうするの?」
 エミはすっかり調子が戻ったのかだぼだぼの袖を揺らしながら立ち上がる。
「そりゃー、犯人がいたらとっちめてさっさと森を出るよ」
 俺もそうしたい。まだ初日でこんなところで躓きたくないし。イヴはリーフィアになったからか森の居心地がよさそうだけど面倒なことに巻き込まれるのはごめんだ。
「じゃあ協力しようよ」
「俺は別にいいけどイオトは?」
「……うーん、まあ、いいんじゃね?」
 イオトはなぜかエミをあんまり快く思っていないのかどうも俺とバトルしたときのようなさっぱりした感じではない。
 どうでもいいけどさっきからウインディがすごく気になる。目の前に今、ウインディがいる。
 撫でたい。めちゃくちゃ撫で心地良さそう。生で見るとこんなに大きいんだなって感動する。
 ウインディをじっと見ていたからかエミがこちらに気づいてへらへらと袖を振った。
「撫でる?」
「いいのか!?」
「うんいいよー。僕はねー」
 遠慮なく撫でに行こうと手を伸ばすがウインディは俊敏な動きで俺の手を避ける。
「まっ、なんでしんそくまで使って避け」
「こいつはちょっとクールなやつでねー。ウインディ、ご飯もらったんだからちょっとくらい許してやりなよ。減るもんじゃあるまいし」
 食料のことを言われるとさすがにしょうがないとばかりに頭を差し出してくるウインディ。なんか弱みを握ってセクハラするみたいで嫌だな……。
 とか思ったけどふわふわの頭を撫でるとそんな気持ちは一瞬で消えた。ふわふわだが整えられた毛並みは撫でていてとても気持ちがいい。
「は〜……」
 思わずため息が漏れるほど最高だった。ますます今後のポケモン捕獲にやる気が出た。ウインディの表情がとても嫌そうだったので早めに切り上げ、名残惜しいがイヴとチルを撫でて持て余した撫でたい欲を発散する。
 すると、これからどうしようか、と話そうとした途端、遠くで女の声が聞こえた。
「今聞こえた?」
 二人に確認してみると二人も頷き、声がしたであろう方へと三人で向かう。
 そういえば大事なこと確認するの忘れてた。
「そういえばエミ! お前ってさ」
「何―?」
 走りながら横にいるエミの顔を見て最初から気になっていたことを口にした。
「お前って男? 女?」
 エミはそれを聞いてにやっとした笑みを浮かべると意地の悪そうな顔で答えた。
「さあね?」




――――――――


 薄暗い森の奥で少女が息を切らせて走っている。ピンクブロンドのおさげの髪を揺らしながら時折後ろを確認している。ふりそでトレーナーのような着物っぽいスカートの衣服を着ており、一見してお嬢様のようでもある容姿をしていた。並ぶようにしてカモネギも飛んでいるが後ろからの追手にカモネギは険しい表情で少女へと危機を知らせる。
「ガー! カモー!」
「んなもの言われねぇでもわかってるですよ! ネギたろう、先に行って誰か助けを――」
「はっ、そんなものいるわけないでしょう?」
 追手の声が冷徹に逃げ道を阻む。アッシドボムで行動を阻害され、カモネギも反撃を試みるもサイコキネシスで地面へと叩き落された。
「まったく……手間を掛けさせないでくださいよ。私これでも忙しいんですよ」
 辟易した様子で現れたみつあみの女はネイティオとアギルダーを連れて少女の前へと立ち塞がる。
「安心してください。痛いことなんてしませんよ。おとなしいいい子なら、ですけど」
「あいにくといい子じゃねぇですので!」
 少女はボールからワカシャモとミミロップを繰り出すと腕を組んで仁王立ちしている女へと吐き捨てる。
「おめーみたいな悪党の言うことを聞くくらいならボクは悪い子でいいですよ! シャモすけ、つつく! ミミこ、かみなりパンチ!」
 ワカシャモはアギルダー、ミミロップはネイティオを狙うがどちらも攻撃は届くことはなかった。それよりも、アギルダーとネイティオの方が早く、動いたからだ。
 アギルダーのみずしゅりけんとネイティオのサイコキネシスがそれぞれワカシャモとミミロップを攻撃し、レベル差もあるのかすぐに二匹ともダウンしてしまった。
「虚しい抵抗は終わりました? 私が卑怯な手を使うまでもなく弱い貴女がどうにかできるわけないんですよ」
 少女の手持ちで動けるものはもういない。その場にへたり込んだ少女を見下ろし、女は少女の腕をつかもうとして振り払われた。
「トレーナーのボクが諦めたらカッコつかねぇですよ! ボクを連れて行くならボクを倒すがいいです!」
 近くにいたからか少女の回し蹴りを完全に避けきれず、忌々しげに舌打ちする女。アギルダーが慌てて支えて少女へと攻撃するが少女も機敏な動きでアギルダーの攻撃を避ける。元々、人間相手に本気で技を撃つと危険なことをわかっているのか、アギルダーの攻撃もどこか手を抜いているため少女も容易に避けられるのだろう。
「あー嫌ですねぇ……そうやってすぐ自分で戦おうとするトレーナー。お望み通りその四肢、使い物にならなくさせてやりましょうか?」
 苛立ちがありありと現れた女はアギルダーに目で合図をし、少女に突撃する。
 技であるならとんぼがえり。少女に攻撃したアギルダーはボールへと戻り、代わりにキノガッサが現れた。
「キヌガ、相手してやりなさい。遠慮はいりません。徹底的にやりなさい」
 こくりと頷いたキノガッサは少女へとマッハパンチを繰り出す。少女の顔をかすめたマッハパンチは少女が倒れ込んでいなければ頭を強く殴りつけていただろう。
 少女もキノガッサの足元を蹴りつけ、体勢を崩させたがほんの一時しのぎでしかなく、キノガッサの猛攻により木へと叩きつけられた。
「っ……」
「本当に手間を掛けさせやがって……」
 舌打ちすると同時に今度は警戒したのか、キノガッサに少女を運ばせようと指示する。
 その瞬間、蹲った少女を持ち上げようとしたキノガッサを攻撃する何者かが現れた。




――――――――


 めっちゃ女の子がリアルファイトしてる――!?
 慌てて駆けつけたときには少女がみつあみ女の手持ちとやりあっていて衝撃を隠せなかった。
 多分先程の声の主はあの少女。そして、その敵対している相手がイヴを奪おうとしたみつあみ女だというのもすぐにわかった。
「イオト! エミ! あのみつあみ女悪いやつだから!」
「りょーかい!」
「はいはーい!」
 なぜかやたら嬉しそうに二人ともマリルリとウインディに指示を出し、アクアジェットとしんそくでキノガッサへと攻撃する。
 邪魔者が現れたことにより、みつあみ女が不愉快そうな表情でこちらを睨む。そして、俺と目があったことでみつあみ女がぎりっと歯ぎしりした。
「お前ですか……ふんっ。今日はお仲間を連れて賑やかなことで?」
「お前あのときのかわらずのいしふざけんなよ!」
「え……? ああ、あれですか……」
 あの一件に関しては一言言ってやらないと気がすまなかったのでここで言っておく。しかしみつあみ女の反応は忘れていたのか感慨もなく適当な返事だけだった。
「さすがに多勢に無勢ですね……3人も相手になんかしていられませんよ」
「俺らが逃がすとでも?」
 イオトがマリルリ以外にもポケモンを出そうとして腰に手をかける。
 しかし、みつあみ女は嘲笑するような声を上げると同時に周囲一帯が煙に覆われた。
「こと逃げるに関しては年季が違うんですよ! 覚えておきなさい、正義の味方気取りども!」
 みつあみ女の姿は煙が晴れる頃には掻き消え、残ったのは俺たちと少女だけだった。
「その子大丈夫なのか?」
 思いっきりキノガッサから攻撃されてたけど……。人間がポケモンの技を食らうってかなりのダメージになるはずだがどうなんだろう。どっかのマサラ人とかはともかく。
「ぱっと見た感じではひどくはなさそう。ただ消耗してるし手当てはしておこうか」
 イオトが荷物から救急セットを取り出し、治療しようと体を支えた途端、少女が目を覚まし、俺達を見るなり叫び声を上げた。
「きゃああああ!! そうやってボクにひどいことをするつもりなんだです! エロ同人みたいに!エロ同人みたいに! ボクが清純可憐な美少女なばっかりにこんな目に合うんですよ! 森で貧弱な男どもに乱暴されるなんてー!」


 三人揃って恐らく同じことを考えていた。

 ――うわめんどくせぇ……。






とぅりりりり ( 2017/10/30(月) 10:57 )