新しい人生は新米ポケモントレーナー





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1章
レンガノジム
 まだ早朝だがリコリスさんのジムに挑むために修行をしていた。しかし、いつも相手にしているイオトとエミがまだ起きないのでたまたま早くに起きていたシアンにバトルを付き合ってもらっており、珍しい組み合わせでの修行だ。
「レン! スパーク!」
「シャモすけ! にどげり!」
 互いにぶつかり合い、打ち合ったあとすぐさま二匹揃って後退するとぴくりと体に異変が起こる。
 バトル中だというのに二匹とも輝いたかと思うとほぼ同時に進化して自分の変わった姿に驚いているような様子だ。
「よっしゃーですよ! シャモすけ、とうとう念願のバシャーモです!」
 戦闘を中断して、バシャーモになったシャモすけに抱きつくシアンはこの上なく嬉しそうだ。
 レンも俺に擦り寄って変わった自分の姿を見せつけてくるがレンの頭を撫でるだけで前より気分が乗らない。
「……ヒロ君、なんか元気ねーですね」
「いや……なんか、まだまだだなぁって思ってさ」
 前世の知識でそれこそ他者よりアドバンテージがあると思っていたがそんなことは全然なく、まだ駆け出しもいいところ。
 咄嗟の判断とただ技を撃ち合うだけでは駄目なのだ。
 できるだけ早く成長したい。また何もできずにあの背中を見るのはもう嫌だ。
「ばっかじゃねーですか」
 顔を俯けているとシアンがアホでも見るような目でこっちを見ていた。
「誰だって弱いところかスタートするもんですよ。あの馬鹿ケイだって昔はお兄さんたちにしょっちゅういじめられてるようなやつでしたし」
「全然想像できねぇ……」
 ふてぶてしいというか、ケイっていじめられるタイプに見えないのでちょっとした衝撃だ。
「そりゃ、人にはそれぞれ限界はあるですが……誰でも最初から強かったら苦労しねーですよ。ボクはそんなやつ嫌いです」
「言いたいことはわかるけどさ」
「そもそも! 自分が弱いからって手持ちにうじうじした姿を見せるんじゃねーですよ! 一緒に成長するもんなのに主人がそんなじゃ手持ちも不安になるです」
 人差し指を俺の額にグリグリ押し付けてくるシアン。めちゃくちゃ痛い。えぐれそうだ。
「やりてぇことができたなら、前だけ見てりゃいいですよ。下と上は見てもろくなことにならねーです」
 シアンはアホだがこういうとき真っ直ぐなことを言うのはちょっとだけ尊敬する。シアンの言葉は良くも悪くもストレートできっぱりしている。
 自分の顔をパンッと両手で挟んで気つけすると気分が少し晴れた。
「はー、レンごめんな〜。ちょっとモフらせてくれ……」
「あ、ちょっと調子戻ってきたですね」
 進化してレントラーになったレンに抱きつきながらゴロゴロしているとシアンが呆れたような声で言う。
「お腹すいたですしボクは先にポケモンセンターに戻りますですよ。ヒロ君も気が済んだら戻ってこいです」
「おう」
 シアンが離れていく足音を聞きながらレンの毛に顔を埋める。
「はあ……」
 とりあえずは目先の目標であるリコリスさんの打倒だ。


――――――――


 その後も、イオトとエミに付き合ってもらったりして修行を重ね、事件から三日後、町も落ち着きを取り戻した頃合いを見計らって一人でジムを訪ねた。
「すいません。ジム戦いいですか?」
 受付にいた女の人が「は〜い、少々お待ちを〜」とのんびりした声で返事をし、一旦その場から離れる。
「おーっす、未来のチャンピオン――なーんて」
 いつの間にか後ろにいたジムトレの男らしき人物が肩を組んできて焦る。妙に馴れ馴れしいのもそうだが気配がしなくてぞっとした。
「久しぶりの挑戦者。このジムにまだ初心者が来るとは恐れ入った」
「えっと、なんですか」
 いきなり芝居がかった口調で言い出すものだから不審すぎて警戒してしまう。足元でイヴも唸っている。
「いやね、気をつけなよって忠告さ。あ、俺はオズ。ま、見ての通りジムトレーナーだ。ジムで当たったときはよろしくな」
「あらぁ、オズってばサボりかしらぁ」
 甘ったるい声のリコリスさんがジムの奥から現れて俺を見てニタァと口元を三日月状に歪める。
「早く配置につきなさぁい」
「あいあい。んじゃなー、坊主」
 ジムの奥に消えていったオズを見送ると、リコリスさんがスカートをはためかせて楽しげに言った。

「いらっしゃあ〜い。愛と恐怖のレンガノジムへよぉこそ〜」

 なんだろう、この、リアクションに困るやつ。
 こんなことなら三人も連れてくれば良かったかとちょっとだけ後悔する。シアンあたりはなんか面白いこと言ってくれそうだし。
 一人できたのはちょっとした決心みたいなもので、見守られるのもいいが今回ばかりは一人で乗り越えてみようと思ったのだ。修行に付き合ってもらっておいてそれもどうかとは思うが。
「あらぁ、面白くないわねぇ。まあいいわぁ。それでは――ご案内」

 リコリスさんに導かれて入ったジムの内装は古城のホールをモチーフにしたかのような古めかしい造りになっており、灯りもまるでヒトモシの炎を模した青い灯りとなっている。
 つい最近、それで恐怖体験をしたものだから反射的に尻込みしてしまいそうになる。
「うちのジムは探索型よ。私がいる部屋に入るためには鍵が3つ必要だから頑張って探してねぇ〜。うちのジムトレも何人かいるからバトルになったらその時は頑張って〜」

 それだけ言い残してリコリスさんは幻のように消えてしまう。
 ――ぐるりと、辺りを見回すとどこからともなく不気味な笑い声。
 これ探索終わったあと疲れ果てそうだな……と考えてしまう。いやでも、あの洋館に比べたら所詮作り物だし大丈夫大丈夫と自分に言い聞かせ進んでいく。
 足元でイヴが時折ビクビクしながら警戒しており、なんか嫌な予感しかしない。
「つっても人の気配すらな――」
 きょろきょろ鍵とやらを探していると廊下にある女性の絵画と目が合う。
 視線を絵画から逸らさぬまま後ろへ下がってみると視線が合ったまま。というか目が動いているようにしか見えない。
今度は前に進もうとするとやっぱり目が追ってくる。
 無視して通ろうか悩んでいるとバラエティのセットよろしく、額縁から女が這い出してくる。
「驚きなさいよおおおお!!」
「雑すぎませんか!?」
 問答無用でバトルが開始され、これジムとかホラーっていうかアミューズメント施設では、と思わずにはいられなかった。
「ゴース!」
 イヴは一旦戻してエンペルトで迎え撃つ。そこまで強くないのかエンペルトの攻撃一発でダウンし、ジムトレーナーはすかさず二匹目を繰り出してくる。
 次はヨマワルだ。こちらもエンペルトがねっとうで退け、ほとんど傷つくことなくバトルが終わった。
 ナギサのむずかしいクリア報酬で賞金と一緒に渡されたねっとうのわざマシン。やっぱり便利だなぁ、わざマシンって。もっと色んなのがほしいが帰る場所がこの辺にはなかったのでまだ我慢するしかない。
「うっ……ひっく……驚いてほしがっだ……だけなのに……」
 泣きべそかきながら絵画の中に戻っていく絵面がシュール過ぎて思わず目をそらした。
 まさかこんなのが続くんだろうかと気を張りながらしばらく歩くと封鎖されていない扉があったので警戒しつつ入ってみる。
 中はなんと大量に人――ではなく蝋人形がならんでおり、それぞれ思い思いのポーズをとって微動だにせず佇んでいる。
 部屋を見渡して何かないかと探っていると、蝋人形の一人――メイド服を着た女性の手に鍵束が握られており、そこに明らかに目立つ鍵があったのでこれだろうと蝋人形から鍵を取ろうとする。

 すると、なぜか蝋人形に手首を掴まれた。

 ぎぎぎ、となぜか不気味な音を立てながら目の前の蝋人形、否――人間が首を気持ち悪いほど傾けながら地を這うような低い声で呟き出す。
「貴様ごとき小僧がリコリスお姉様の元へ行けると思うな――この小童がああああああああああ!!」
 手首をねじ切らんばかりの握力。思わずのけぞるような気迫になんとか手を振り払うもバトル開始が告げられて逃げ場がなくなった。
「許さないわ……ああ、リコリスお姉様……あなたに歯向かう男の首を取ります……ふふ、ふふふふふ、あーはっはっはっ!」
「何この人怖い! これジム戦ですよね!? 私闘じゃないですよね!?」
 俺の叫びは聞いていないのかメイド姿のジムトレはランプラーを繰り出してくる。安定のエンペルトに任せ、しおみずでワンパンするとメイドジムトレはぶちぶちと自分のまつげを抜き始めた。
 やべぇよこの人正気じゃねぇよ。
 そのままジムトレはデスマスを繰り出し、直接攻撃しないように技を選ぶ。その間もなぜか虚ろな目でジムトレは自分の毛を抜いていて今までの仕掛けの中で一番ホラー気分を味あわせてくれる。勘弁してくれ。
 一応勝ったものの、鍵をもらうのがすごく怖い。というか素直にくれるんだろうかこの人。
 おずおずと近寄るとすっと鍵を差し出してきてちょっと安心したのも束の間、ぎょろりと目だけがこっちをむいており「呪ってやる」とだけ呟いて、ジムトレはすたすたと俺から距離を取って人形たちの中に戻っていった。

 このジム、思ったよりやばいかもしれない。



――――――――


 一方その頃、ポケモンセンター。
「あれ、ヒロ君どこいったですか?」
 買い物から戻ったシアンが共同スペースにて休憩しているイオトとエミに声をかける。
 二人とも適当に菓子をつまみながら映画放送を見ていた。
「多分一人でジム戦じゃない? ここ最近思い詰めてたし」
「まあそのうち帰ってくるだろ。俺たちが修行してやったんだから」
 二人の態度にシアンはムッとして頭に乗せたクルマユは「くる?」と不思議そうな顔でシアンを見下ろす。
「二人も……たまにいなくなるですけど、何してるですか」
「別に?」
「何も」
 はぐらかすような声。シアンは言いたいことはあるものの、これ以上追求しても無駄だと悟ったのか肩を竦める。
 ふと、シアンは嫌な予感がしてなんとなくポケモンセンターの入り口の方に視線を向ける。ヒロが戻ってきたのかと思ったのも束の間、ある人物が入ってきた。
「ひぎっ――」
 驚きのあまり変な声が出てだらだらしていたはずのイオトとエミが素早く身を隠すためににシアンを引っ張り、その人物に見えないように物陰に隠れる。
「な、なんで……」
「声出すな。バレるぞ」
「最悪……」
 物陰からエミが様子を伺い、動向を探る。

 ポケモンセンターに現れたその人物こそ、ヒナガリシティジムリーダー、ユーリだった。

 なんとかして三人はバレる前に逃げたいがどうやっても宿泊場所には彼女がいる場所を通らねばならない。ユーリはきょろきょろと何かを探すように視線を巡らせるが、舌打ちしてそのまま宿泊エリアへと向かう。
「ど、どどどどうしようです。あいつとうとうボクの居場所に気づいたですか!?」
「落ち着け。ていうか個室にはさすがに入れないはずだから俺らが見つからない限りバレないだろ」
「この隙に外に出――」
 エミが立ち上がろうとするが入り口付近にピカチュウがふんぞり返っている。シアンはあのピカチュウが何かよく知っていた。
「だめです! あれあの馬鹿の手持ちですよ! あそこ通ったら間違いなく気づかれるです!」
「じゃあどうするのさ! 裏口から――」

「ぴかぁ?」

 ピカチュウが物陰を覗き込み、何もいないことを確認し不思議そうに入り口の方へと戻っていく。
 慌てて別の物陰に移動した三人は早まる鼓動に冷や汗が止まらない。危うくバレるところだった。
「つーかなんで二人とも焦ってるですか!」
「お前と一緒にいたら共犯だと思われるからだよ!」
「間違いなくシメられるよね」
 ひそひそと話ながらピカチュウとユーリの動向を伺う三人は早く帰ってくれという気持ちを隠しきれず、このタイミングでヒロが帰ってこないことだけを願った。



――――――――



「おお、ようやく来たかー。待ってたよ坊主」
「……あの」
「ああ、聞きたいこととか色々あるだろう。そりゃそうさ。今までのトレーナーたちとはまともに意思疎通できなかっただろうし」
「いや、それもあるんですけどそれより」
「いや怯えることは恥ずべきことじゃないさ。恐怖というものは誰しも抱く当たり前の――」

「いや、そうじゃなくて首吊り状態は心臓に悪いんで降りてから喋ってください」

 ジムの入り口で遭遇したオズという男。そんな彼が部屋の中心で首吊り死体みたいな状況なのに笑顔で話しかけてきて何事かとヒロは頭を抱えそうになった。
 オズは仕方ないなぁと言わんばかりに首から縄を外して普通に床に降り立つ。どういう仕掛けかわからないが本当に不謹慎なのでやめてほしい。
「で、話を戻すけど」
 オズはなんともないと言わんばかりに話を進めてくる。
「ま、要するにうちのジムは脱出ゲームみたいなもんでさ。全員ジムトレにも役割があるんよ。俺は解説を許されてる唯一のポジション」
「はあ……」
「設定的に言えば呪われた古城の幽霊たちから鍵を得てボスである魔女を撃破するってやつなんだけど」
「急にRPGになってませんか」
 脱出ゲームなのに何普通に戦闘させてんだよ。ツッコミどころは尽きないが今までのトレーナーたちがそういう設定でやっていたというならまだ納得はいく。
「よかった……いきなり呪ってやるとか言い出すメイドさんもブリッジしながら追いかけてくる女も設定だったのか……」
「……………………で、話の続きだけど」
「すいません、今の間なんですか。あの、ねえ、ちょっと」
 設定なんだよな? 設定だと言ってくれ。
「というわけで俺を倒して最後の鍵ゲットすればジムリーダーに挑戦できるよ。がんばって倒してくれ。まあ俺前座だから本気出すとリコリスに激おこされるから手抜きだけどはっはー!」
 この人の謎テンションついていけねぇ。このジムは躁か鬱かの極端な二択じゃないと所属できないんだろうか。
「ほい、ガラガラ!」
 出してきたのはアローラガラガラだ。この地方でもアローラの姿のポケモンを使っていることにも驚きだが彼はこの一匹しかいないようだ。
「いや、正直もうすぐジムリなのに連戦とか疲れるじゃん? 俺も別に邪魔したいわけじゃねーし」
 こんな適当でいいのかこの人。
 それはともかくエンペルトを繰り出すとオズのガラガラはかげぶんしんして多方向からホネブーメランを向けてくる。全ては当たらないものの、一部避けきれなかったエンペルトは体力が少し持っていかれる。
「ほい、おにび」
 すかさずおにびを放ってくるがエンペルトは躱して間合いに入る。
「エンペルトしおみ――」
「ガラガラ」
 エンペルトの方が早かったが恐らくコンボとして予め動きの用意はしていたのだろう。ガラガラが一瞬で間合いに入ってエンペルトにじだんだを叩き込んだ。
 当然威力が上がっているじだんだを食らってエンペルトが耐えきれるはずもなく、目を回してしまう。その様子を見たオズは苦笑した。
「まあ、一匹か道具の一つや二つは消費させたいなーってだけで」
 ここにきて急に強いのやめてほしい。
「ミック!」
 ミックを繰り出してすぐさま技を放つ。かげうちで先制攻撃。相手は少し硬いが削れなくもない。
「お、じゃあガラガラ、ボーンラッシュ」
 ばけのかわは複数攻撃は一度しか無効にできない。レベルは同じ程度か俺の手持ちより下かもしれないとはいえまともに食らいたくはない。
「ミック! こっちもかげぶんしん!」
 かげぶんしん対決だがこちらには手がある。
 攻撃が外れたガラガラが痺れを切らして間合いに入ってくるとミックは本体の目をぎらりと輝かせた。
「ミック! だましうち!」
 相手がかげぶんしんしてようがかならず命中させるだましうち。しかも向こうからこちらの間合いに入ってきた。
 もろに食らったガラガラは吹っ飛んで目を回し、戦闘不能となる。
「おー、おー、お疲れー。ガラガラもありがとな」
 むくりと起き上がるガラガラをボールにしまってオズは俺に鍵を投げてくる。
「つーわけでジムリーダー戦、がんば。回復しとけよ〜」
 オズの呑気な声に見送られながら、中央にあるあからさまに怪しい扉へと向かいつつ、手持ちたちを回復させた。
 扉には露骨な鍵穴があり、手に入れたそれを使うとカチッと音がなる。


 中に入ると広いバトルフィールド。奥にリコリスさんが豪奢な椅子に座って待ち構えていた。
「随分とお疲れみたいねぇ〜。うちの自慢のホラー体験、楽しんでもらったかしらぁ」
「いや、これただのお化け屋敷……」
「さぁて、お待ちかねの私との対決よぉ」
 話をはぐらかされた気がする。
 最高6匹、道具の使用有り、相手の手持ちを全て戦闘不能にしたほうが勝ち。いつも通りシンプルでポピュラーなルール。
「さぁて、恒例の前口上〜。歓迎するわぁ、挑戦者」
 いつにも増して甘ったるく、こちらの思考が溶けそうな声。フィールドを挟んで対面しているので距離はあるが声ははっきり聞こえる。
「レンガノシティは勇気と節制を司る土地。あなたは恐怖に打ち克つことができるかしらぁ」
 ナギサのときのようにフィールドは大きく変化しない。が、リコリスさんの威圧感はケイやナギサの比ではない。

「さあ、本気で相手してあげる。かかってらっしゃい」



とぅりりりり ( 2017/11/22(水) 23:32 )