新しい人生は新米ポケモントレーナー





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1章
Rapunzel:0

 出会いはまず今から12年前。5歳の俺は前世の記憶とか全くないものの、多分だがある程度影響はあって、ポケモンに関心が強い子供だった。
 突然、近所に引っ越してきた家族。そこの一人娘であるシオンはおしとやかな少女で、俺より2つ年上だがすぐに打ち解けて、年上だということを忘れてしまうほどに仲が良かった。あまりお姉さんぶるということもなく、どちらかといえばシオンが「ヒロくんヒロくん」と懐いていたのもあったのだろう。


「ひーろーくーん!」
「今いくー!」
 自分を呼ぶ声に大声で返事をして慌てて朝食のパンを詰め込んで家を出ようと走る。途中、姉にぶつかって止められてしまい、忙しない子供はバタバタと廊下で急かすように言った。
「急いでんだって! 姉ちゃんどけよ!」
「もー! ちょっと落ち着きなさいよ。シオンはそんなことで逃げないわよ」
 ボサボサの髪を手ぐしで整えてくれた姉は背中を押すと笑顔で見送ってくれる。
「ほら、行ってよし! まったくラブラブなんだから」
「ちげーよ! 姉ちゃんのバーカ!」
 からかうように笑う姉に悪態をついて家を出るとワンピースを着たみつあみの少女が待っている。
「ヒロ君!」
 花の咲くような笑顔。きっと人はこれを恋と呼ぶ。とても幼いその恋は単に身近にいる異性を意識したからなのか、少女の容姿や性格に惹かれたのかはわからない。
 ただ、漠然と手を繋いだときの幸福感に、これは恋だとはっきりと確信を抱いていた。
 幼い自分はそれを認めきれず口にする言葉は時折刺々しいものだったが。
 公園で語り合ったり、一緒に遊んだりする毎日が楽しくて、帰ってくるたびに姉はにやにやと笑っていた。
「もー、ヒロってばもうお嫁さん候補見つけちゃって〜」
「やめろよ! そんなじゃないってば!」
「ん〜、でもお姉ちゃん、シオンだったら許すわ〜」
「ちげーってば!」
 姉からからかわれるものの、まんざらではない気持ちがたしかにあった。
 だから、当たり前のように明日も、来週も、来月も、来年もずっといつでも会えると思って穏やかな日常を謳歌する。

 穏やかにに日々が過ぎていく中で、11年前、その日は突然やってきた。
 両親も困惑するほど、突然の引っ越し。挨拶することもなく消えてしまったシオンとその親に対して拗ねるように町の外に出て遊んでいた。
 あんなに仲良くしていたのになんで何も言わずに引っ越したのか。連絡くらいしてくれてもいいじゃないか。こうなっては手紙のやり取りもできない、ただ近くに住んでいたというだけの繋がりはあっさりと途絶えてしまって幼いながらも苛立ちを感じていた。
 苛立ちを発散するがごとく、テッポウオのウォーターガンで遊んでいるとガサガサと草むらが揺れる音がし、野生のポケモンだと思って身構える。手持ちがいないので近寄らずに逃げるのが正解であり、徐々に後ろに下がりながら距離を取ろうとする。
「ヒロ、くん」
 か細い、不安げな声は聞き覚えのあるもの。そこには薄汚れた姿のシオンがいた。いつも身なりをきちんとしていただけに衝撃的で、そしてそれ以上に、引っ越しで忽然と姿を消したこともあって状況が飲み込めない。
「なんで――」
「助けて……」
 わけもわからないまま縋られて、戸惑いと、場違いながらも密着した状態に心臓の鼓動が早くなり、ひと呼吸置いて落ち着くとまずは事情を聞こうと向き直る。
「何があったんだ? おじさんとおばさんは?」
「お父さんたちは……」
 ざあっと強い風が吹いて木々が音を立てる。その音に怯えたようにシオンはおれの腕を強く掴んで泣きながら言った。
「よくわかんないの……パパもママも、悪い人から逃げろって、私を逃してくれたけど……」
「二人とも悪いやつに捕まってるのか?」
 こくこくと頷くシオンの手を引いて、まず町へと連れて行こうとする。
「とりあえずジュンサーさんに――」
「だめっ! 絶対だめっ!」
 声を荒げたシオンに思わず気圧されてしまい、困惑してしまう。すると、シオンもはっとしたように口元を抑えて周囲を伺った。
「パパが言ってたの……おまわりさんに保護してもらえって……でも、あの人は――」
「君たち、こんなところにいたら危ないよ」
 シオンの後ろに現れた男――ジュンサーはニコニコとお手本のような笑顔を浮かべて俺たちを見下ろす。緑色の髪は少し長めで癖があった。
「ほら、こっちにおいで」
 手をシオンへと手を伸ばす男だったが、シオンはそれを拒絶するように俺の後ろへと隠れる。
 ざわざわと得体の知れない恐怖が近づいてくる。それでも、シオンは俺が守らねばという使命感もあってかこの不審なジュンサーを睨みつける。
「いっしょに町に戻るから、だいじょうぶです」
 平静を装って言うものの、声が少し震えていた。ジュンサーは困ったように帽子を被り直す。

「そっかぁ……じゃあ、君には消えてもらおう」

 突如、風が舞ったかと思うと全身が切りつけられ、痛みでその場に倒れ込んでしまった俺は顔を上げるとストライクに見下されていた。
「無謀にも町の外に出た子供は不幸なことに野生のポケモンに襲われてしまう……ま、たまにある事故だ。仕方ない」
 安い筋書きを並べ立て、男はシオンを捕らえて俺を見下ろす。男の腕の中で抵抗するシオンだったが、敵うはずもなく、もがいて、泣きながら助けを求めていた。
 誰か、誰でもいいから通りかかってくれと願うも無情なことにこの場にいるのは俺達だけだ。
「返せ! 返せ返せ!」
 悔しくて、痛くて、怒りで真っ赤になった視界は多分自分の血もあっただろう。シオンへと伸ばした手は男に踏みつけられて地面に強く押し付けられる。
「やめて! ヒロくんにひどいことしないで!」
「ならおとなしくついてくるんだな。まったく……親が親なら子もわがままでやかましい」
 男の腕の中で暴れていたシオンはおとなしくなり、泣きながら俺に言った
「ごめんなさい、ヒロくん、ごめんなさい……!」
 謝るなよ、と言いたい口は突風によって遮られる。
 届かない、手を伸ばそうとも弱い自分では何もできない。
「絶対に……絶対助けるから!」
 悪あがきか、自分への戒めか、最後に見たシオンへと放った言葉は何の力もない決意だった。




 記憶の夢は移り変わる。病室で目を覚ました俺は両親と姉に心配され、叱られて、何が起こったのか聞くと、野生のポケモンに襲われて瀕死の重傷だったと言われた。
 あまりに現実味のないことのせいか、あのとき、シオンを助けられなかった出来事は夢だったようにも思えてしまう。
 が、両親たちが一旦退室して一人になって、ぼんやりしていると、あの出来事が現実だと思い知らされることとなる。
 病室の扉があいて、両親と姉が戻ってきたのかと顔をあげる。
 そこにはシオンを攫ったジュンサーがいた。
「やあ、怪我の具合はどうかな? 無事でよかった」
 爽やかな笑顔で近づいてくる男に思わず逃げようとするも動けないことに気づいて息を呑む。
「あれ、もしかして――」
 一気に距離を詰められて、首を抑えられ、低い声で囁かれる。
「びびってんのかなぁ? 怖いんだろ?」
 ここで叫べば誰か来てくれる。それがわかっているのに声が出ない。この男への恐怖か、別の何かかはわからない。
「はっ、運が良かったな。だけどこのままにしとくわけにはいかないんだ」
 男の背後からオーベムが現れ、俺をじっと見る。
「感謝しろよ? 忘れるだけで許してやるんだから」
 男が離れると、オーベムの力によってか、頭から何か大事なことが抜け落ちていき、数秒もすると目をぱちぱちとさせながら男を見た。
「えっと……?」
「ああ、覚えてないよな! 俺は君が野生のポケモンに襲われているところを助けたんだ。心配だったから様子を見に来たんだよ」
 第三者視点で見ているから言えることだが、なんと白々しい姿だろう。だが、記憶が抜け落ち、書き換えられた俺は目の前の男への警戒心を失い「ありがとう、ございます」と呟く。
 もう終わってしまったこと。だから意味はないのだが、この男が犯人だと叫びたい。誰か気づいてほしいと、虚しくも叶わず、両親と姉が戻ってくる。
「あら、ジュンサーさん! この度は本当にありがとうございます……!」
「いえ、自分は仕事をしただけですから」
 母が頭を何度も下げており、男は爽やかな笑顔で謙遜する。
 その薄ら寒い光景を見ているだけで夢だと言うのに吐き気がした。
 ぼんやりとしている俺に構う姉と、もう一人で町の外に出るなと叱る両親。男はそのまま退室し、何もなかったかのように病室から離れていく。

 出ていく瞬間、男の横顔がやけに邪悪に歪んだ気がして、ずっと、この男を野放しにしている事実に震えが止まらなかった。

 過去の再生が終わり、力なくその場に崩れ落ちる。何もない空間で、自己嫌悪と後悔に打ちのめされ、拳を握った。
「なんで、なんで――!」
 絶対に忘れてはいけなかったはずの言葉。あの時、強く誓ったはずの言葉を口にする。
「絶対に助ける……」
 そんなことを言って、結果がこれだ。
 一刻も早くリジアに会わないといけない。ちゃんと、真実を告げて、失った時間を取り戻すべきだ。
 けれど、夢から覚めない。過去の傷をえぐるだけえぐって何もない空間に一人だ。
「なんでだよ! 俺はあいつに会って、そしたら――」
 そうして、何ができる?
 あの時、何もできなかった自分と今の自分は違うのか。
 否、何も変わっていない。無力で、たった一人の女の子を助けることができない子供のままでしかない。
 前世の記憶があっても結局何の役にも立っていない。無力で、臆病なだけ。
 それに、俺はどっちが好きなんだ?
 幼い頃の初恋のシオン。今良く知るリジア。どちらも同じだが俺がリジアに惹かれたのは結局のところ、忘れていたシオンの面影を重ねていただけに過ぎなかったのか。
 この夢のせいか、うだうだと思考はどんどん渦を巻いて何が正しいのかわからなくなる。

「俺は――」






――――――――


「ヒロ君!」
 夢はあまりにも唐突に幕を引き、目を覚ますと焦った様子で俺のことを覗き込んでくるシアンが映る。
「目を覚ましたですか! よかったですよ! ずっとうなされていたから心配してたですよ……!」
 体を起こすと全身汗でぐっしょりだった。あの夢のせいか頭痛もひどい。しかも泊まっていた部屋ではなく、どこか大きい病室のような場所でたくさんベッドに横たわる人々がいた。
「これを飲むといいわぁ」
 頭を抑えていると温かそうなハーブティーを差し出され、その人物を見ると凄まじい既視感と、全く知らない人物に混乱した。
「……どちら様ですか」
「何を言っているのかしらぁ。私よ、リコリスよぉ」
 5秒ほどじっと見つめていたと思う。一瞬、何を言ってるのか理解できなかった。
「顔ぉ!」
 前髪で覆われていた目があらわになり、意外とぱっちりした目が不思議そうにこちらを見ている。ミステリアスさが一瞬で消えた。なんか普通の顔というか、すごい美人というわけでもないが不細工というわけでもなく、言ってしまえば地味顔だ。昼の印象が一気に変わる。
「……その、案外親しみやすいですね」
「レディの顔の話を不用意にすると呪われるって知らないのかしらぁ」
 どうやら気にしていたらしい。
「急いで来たからすっぴんなだけよぉ。これでも恥ずかしいのよ」
「……つまり普段キャラ作ってるってことなんですか?」
 あ、これ踏み込んだらいけないやつだ。無言が怖い。
「これはどういう状況ですか……?」
 たくさんの人間がベッドでうなされている。俺のように目覚めている人もいるが大半は夢の中のようだ。
「急に住人の多くが悪夢に囚われたのよぉ。悪夢を払うためのみかづきのはねがあればいいんだけど、さすがにそんな貴重なものすぐには用意できないから夢に干渉できるポケモンを片っ端から集めてどうにか目を覚まさせようとしてるってわけ」
 よく見るとムンナやムシャーナ、スリープが何匹かいるがたくさんの夢を相手にしているからか疲労しているのがわかる。
「生活に支障がでるレベルよぉ。このまま目覚めない人間ばかりだと、明日のお店は大半が臨時休業ね」
 そんなにひどい状況だったのか。まだ目覚めない人も多いのでこれから大変そうだ。
「リコリスさんはなんでここに?」
「私の手持ちも夢から引っ張り出す手伝いしてるのよぉ。ゴーストタイプも夢に密接に関わるからねぇ」
 だから忙しくて寝る暇もないわぁとぼやくリコリスさんが別のベッドへと向かってゲンガーなんかに指示を飛ばしている。
 近くを見ても俺とシアンだけでイオトとエミがいない。二人は無事なんだろうか。
「イオトたちは?」
「二人共いつの間にかいなくなってたですよ。ヒロくんのうなされる声が聞こえてきたから見に行ったら一人ですし、あちこちおんなじようにうなされた人らが出てるっていうからボクが運んであげたですよ」
 シアンって俺一人なら余裕で運べるんだよな……こいつ力あるよな。
 ふと、シアンに抱いてた謎の既視感の原因がようやくわかった。名前めちゃくちゃ似てるんだよな、シオンと。一文字違うだけだし。
「なあ、シアン。今日から改名する気ないか?モモコとかどうだ」
「まだ寝ぼけてるですか。ふざけたこといいやがるですね」
 頭ピンク色(二重の意味で)だしぴったりだと思ったんだが流石に駄目だったようだ。
 起き上がって、置いてあった上着を羽織るとシアンが通せんぼするように道を塞ぐ。
「どーこ行く気ですか」
「え、いや、ちょっと」
 こっそりリジアの様子を見に、とか言ったら確実に怒られる。リコリスさんもいるし多分バレたら呪われかねない。
「だめですよ。悪夢のせいで体力消耗してるらしいですし無茶するんじゃねぇです」
 シアンの言っていることは最もで、気だるさが消えない。人為的に引き起こされた悪夢だというのなら趣味が悪すぎるだろう。忘れたいような記憶の再現。思い出せたという点でいえばちょうどよかったが普通ならこんなの苦しいだけだ。
「リコリス様ぁ!」
 オカルトマニアのような女が部屋の扉を勢い良くあけて駆け込んでくる。息を切らせて必死な様子の女にリコリスは「なぁに」と眉をしかめる。

「レグルス団の下っ端が逃亡しました!」

 女の報告に、リコリスさんは思わず怒鳴り散らす。
「こんのクソ忙しいときにぃ! 警察なんかにさせたのが間違いだったわぁ! ジムメンバーで動ける子集めなさい!」
 ブチギレながらリコリスさんが出ていき、シアンを振り切って俺も手持ちを連れて外へ向かう。
「ちょ、ちょっとヒロ君! もー!」
 シアンも渋々だがついてくる。イオトもエミもなぜか不在の状況で一人にするのも問題だったのでちょうどいい。
 リジアが遠のいてしまう。また手の届かないところにいってしまう。昔、あの誘拐犯の男がレグルス団なのかはわからないが、もし関係しているのだとしたら――

「あいつを、助けないと」

 絶対に、今度こそ。







とぅりりりり ( 2017/11/21(火) 23:04 )