新しい人生は新米ポケモントレーナー





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1章
この気持ちは嘘じゃないけれど

「ネネ! にほんばれ!」
 ネイティオにより室内だというのに強い日差しが照りつける。室内での天気すら一時的に操作する技はこうして現実でみると恐ろしい。
「オールド、ソーラビーム! アギル、アシッドボム! キヌガ、はっけい!」
 怒涛の攻撃をそれぞれ防ぎきろうと手持ちを総動員して相性のいいメンバーで受け切る。ソーラービームはチル、アシッドボムはエンペルト、はっけいはミック。だがそれすらもリジアにとっては想定の範囲内だろう。
「受けているだけでは私の独壇場を作る隙でしかありません!」
 そばにいるニャオニクスが次々とひかりのかべやリフレクターを展開していく。

リジアの手持ちはネイティオ、オーロット、アギルダー、キノガッサ、ニャオニクス、グライオン。

 全員、指示を聞きつつもある程度最初から決まっている自分の役割を理解しているような動きで次々とこちらの手持ちに攻撃してくる。受け切るのに精一杯で押し返す余力がない。
 というか、全員一度に詳細な指示を出すというのが、土台無理な話なのだ。指示をしている間に刻々と状況は変化する。相手は待ってなどくれない。
「その程度で私を止めるつもりだったと? 笑わせないでください! グライ!」
 グライオンの尾が俺に向けられる。幸いドーラが防いでくれるが向こうはトレーナー相手だろうと容赦しない。こちらが圧倒的に不利だ。
「エンペルト! ふぶ――」
「無駄です! 小手先大技全て潰してやります!」
 エンペルトの技を妨害したキノガッサ。そのせいであらぬ方向に冷気が向かい、オーロットに僅かに当たってしまう。だがオーロットは即座にきのみを食べて回復し、更にはまたきのみを増やしていた。
 リジアの手持ちの共通点、それは隠れ特性が多いということだ。
 オーロットは今のでほぼ間違いなくしゅうかくであることがわかる。ニャオニクスも恐らくいたずらごころ。ネイティオは元々マジックミラーなのがわかっているので残りはわからないがかなり強力な特性ばかり。

 ていうかリジアの手持ち、要するに害悪ばっかじゃねーか!

 その害悪みたいな戦法をもはやリジアが指示することなく全員が慣れたように襲ってくるのだから厄介でしかない。
 大量に壁を張られてこちらの攻撃はおろか行動まで制限され、どうすればいい、と焦ったところであることを思い出す。
「エンペルト、かわらわり!」
 ワコブシティでケイからもらったわざマシン。せっかくなのでとエンペルトに覚えさせたのがまさかこんなところで役に立つとは。
 見えない壁を破壊してエンペルトによって作られた道をイヴが駆け抜けてニャオニクスに向かっていく。
「イヴ! リーフブレード!」
「ニャオル、まもる!」
 攻撃が弾かれるのはある程度想定していたがこのままじゃ泥沼だ。そう考えていた矢先、イヴが飛んできたグライオンによってどくどくを食らってしまう。
 毒の影響がないエンペルトがまとめて凍らせようとするがそれよりも先にエンペルトに殴り掛かるキノガッサが連続で攻撃をしかけ、エンペルトが鬱陶しそうに冷凍ビームで迎え撃った。
 が、オーロットが背後からウッドハンマーでエンペルトを叩き潰し、戦闘不能となる。
 チルとレン、ミックは状態異常でダウン。ドーラも毒で応戦しようとするがグライオンはポイズンヒールで逆に回復している。イヴもそのまま毒で消耗し、こちらにまともに戦える手持ちがいなかった。
 だけど、ポケモンに集中してリジアは俺への注意を疎かにした。
 エンペルトが拓いた道を突っ切ってリジアに手を伸ばす。前と同じように、トレーナーそのものを抑えてしまえば――。

 ふと、リジアと目が合った瞬間、気づいてしまう。

 ずっと抱いていた違和感、それはリジアに届くという瞬間にようやく気づく。何もかもがスローに見えるその刹那、ようやく。
 ――クレッフィがいない。
 リジアが毎回といっていいほど連れていたクレッフィが6匹の中にいない。手持ちを入れ替えたと考えるのが普通だがなぜかリジアにしては不自然だと確信を抱く。
 瞬間、俺の腕に巻き付いた何かがリジアに触れる直前で止められ、強く引っ張られ転倒してしまう。
「はっ、手持ちが6匹なんてレギュレーションのことであって私がそれを守る義理があるとでも?」
 俺の腕に巻きついたピンクのそれは舌。その正体にようやく気づく。
「ゲッ、コウガ……」
 どこからともなく出現したゲッコウガは俺を見下ろしており、ムーファタウンでかつてリジアが使った正体不明のポケモンがこいつだと悟った。
 舌が離れる瞬間、立ち上がろうとして体が痺れて動けない。その理由を俺は嫌になるほどわかっていたはずだ。
「クレフ、コウガ、いい子ですね」
 ゲッコウガが前に立ち、リジアを守るようにこちらを見据えている。クレッフィも俺の背後からリジアの元へ向かう。
「気づくのが遅かったですね。だから言ってるのです。その程度では私に勝てません。お前みたいなお人好しの馬鹿は基本的には正しい人間ですから」
 だからこそ気に入らないと、リジアは俺を見下ろす。
「そうですね……本来は人質ですからよくないですが――いい加減目障りです」
 麻痺で動けないからと俺に近づいてナイフをチラつかせるとやけに穏やかな顔を浮かべる。
 ポケモンという存在がいるから忘れていた当たり前のことなのにどこか遠く感じていた刃物。ポケモン相手には無力だろうが同じ人間であれば息の根を止めることは難しくない。
「最後に言いたいことがあるならどうぞ」
 首に当たるナイフの冷たい感触。そして、その行動の意味を理解して俺は確信した。
 思うことはたくさんある。それでも、そうだと気づいた以上は言葉にするしかない。

「好きだ」

 時間が止まったかのようにリジアが硬直する。そして、リジアが見えないところで指を動かすと麻痺がとけてきたことを確認し、リジアに続きを告げた。
「ずっと気になってたんだ。俺、やっぱりお前のこと好きだ」
「――はい?」
 理解できないと、首を傾げたリジアは状況が状況だと言うのに震えていた。
「ばっ、ばばばばばば、馬鹿なことを!」
 動揺しているのもそうだが若干顔が赤いのは照れているのか怒っているのかいまいちわからない。
 まず大前提として人殺しは当然だがよくない。だが、リジアは手持ちにそれを命じないで自分の手で俺を殺そうとした。
 リジアのそういうところが、悪人だとしても好きだった。彼女はポケモンへの想いが人一倍強いのだと。だからこそ、リジアが悪事に手を染めているこの現状が不満だ。
 他人からすれば些細なこと。俺にとっては何よりも大事なこと。
「お前、ポケモン大好きだろ?」
 愛情に優劣などない。シアンだって、エミだって、イオトだって自分の手持ちを何よりもかわいがっているし、ほかのトレーナーだってそうだ。
 それでも、俺にとってリジアのポケモンへの愛情は特に印象が強かった。
「だから、俺はお前にまっとうに生きて欲しい」
「――っ!」
 リジアが口を引き結ぶと同時にナイフが離れる。やっぱり根が真面目なんだよなぁ。悪党ぶってるけど。
「だから――」
 もう一匹、隠し持っていたボールのスイッチを押す。
 ラルトスが出現した瞬間、リジアは目を見開いて咄嗟に下がるとゲッコウガが前に出た。
「チャームボイス!」
 ゲッコウガはチャームボイスを食らって少しだけ後ずさる。当然だがラルトスはまだ弱い。もらったばかりでリジアの手持ちと渡り合えるような力はない。
「お前がどんなに俺を拒絶しても! 俺はお前をそこから連れ出してやる!」
 まだわずかに残る痺れを振り払って立ち上がる。ラルトスに預けたげんきのかけら。それを一斉にあちこちで倒れる俺の手持ちたちへとラルトスの力で送りつけ、元気を取り戻した手持ちたちがリジアの手持ちたちに再び立ち向かった。
「俺が弱いのは重々承知の上だ! これから強くなって、お前が嫌がっても引っ張っていけるくらいになってやる!」
 顔を伏せたリジアをまっすぐ見る。リジアは震えていた。それは顔を上げた瞬間に怒りでだということがわかる。
「ああ、本当……本当に馬鹿だ。私が心底嫌いなタイプの馬鹿」
 敬語が消えたリジアの声は地を這うような低さ。光が消え、濁った目がこちらを睨む。
「もうわざわざ言うのも面倒。私はお前に救いなんて求めていない」
「わかってる」
「――嫌い。嫌い、嫌い嫌い……鬱陶しいんだよ!!」
 普段の口調からは想像もつかない声の荒げ方。それに呼応するようにゲッコウガが動く。
 ラルトスでも、俺の手持ちでもなく、まっすぐに俺を狙ってくる。
「嫌い! 大嫌い! 私の前から消えて!」

 ゲッコウガの攻撃に気づいたイヴやチルが俺の元へ来ようとする。だが、回避も防ぐのも間に合わない。
 襲いくる衝撃に備えてきつく目を閉じた。




――――――――



 ――ほんの少しだけ前の出来事。

「ゴロンダ! トレーナーごとぶっ飛ばせぇ!」
 キッドのゴロンダの拳はボスゴドラによって受け止められ、弾かれた勢いでゴロンダは後退する。だが、イオトにドククラゲの触手が伸びて頬をかすめる。その際に衝撃でイオトのメガネが飛ばされて音を立てて床に落ちる。
「今だ!」
 メガネを失って視力落ちたとキッドは勝利を確信し、ゴロンダが突っ込む。しかし、イオトは呆れたようにボールからフシギバナを繰り出した。
 フシギバナの蔓でゴロンダは動きを封じられただけでなく、そのまま持ち上げてドククラゲの方へと投げ飛ばされ、サイクが顔をしかめた。
「貴様――!」
「悪いけど、俺視力超いいから」
 メガネのないイオトの顔はとても目つきが悪い。垂れ目気味の目が細められ、見下すような声で二人に言った。
「ま、人の大事なものをふっ飛ばしたんだから何されても文句はいえねぇと思え」
 毒液まみれの床に落ちたメガネは奇跡的に無事な床におちていたが、つるが一部溶けており、不愉快そうに吐き捨てた。
「あんまり調子に乗ってんじゃねぇぞ」
 イオトのボールからトドゼルガが出た瞬間、あたり一帯は氷に包まれて毒すら覆い、二人の足元を凍らせてしまう。
「俺も本当は人間に相手に技を使わせるのには抵抗があるんだが――まあこれだけの悪党どもに加減しても仕方ないだろ」
 嗜虐的に笑うイオトに足が動かない二人は焦るもポケモンを出したところで返り討ちだと悟ってしまう。絶対的な強者との差。人質を盾にする暇もない。どうすればこの男から逃げられるか、今はそれしか考えていない。

 一方でイオトは内心不審に思っていた。
(エミが遅い……裏口から来るって言ってたはずなのに)
 自分は上空からも地下からも侵入が難しいとぼやいてエミは裏口を探して侵入すると突入前に話していた。それなのにまだ来る気配がない。
(敵はまだいる、ってとこか?)



――――――――


 エミは裏口で敵と戦っていた。
 トロピウスのはっぱカッターがエミを襲うもウインディが全て焼き払う。

「随分とご挨拶だね」

 静かに言うエミはトロピウスの主人である女に視線を向ける。
「ココナ、中のメンバーが苦戦しています。応援を」
 エミを無視してココナに告げると、慌てて中へ駆け込んだココナの背を守るようにメグリは立った。
「何、なんでレグルス団の真似事してんの」
「今のあなたには関係ありませんよ」
 両者感情の薄い声のやり取りは静寂をもたらすが中の喧騒に混じってエミは呟いた。
「そうか。今の僕には、ね」
 無表情でウインディをボールに収めると、エミはいつも通りに笑った。
「ま、君と戦うことに意味は無いよね」
 メグリもエミの様子を見てトロピウスを戻しはしないが自分の後ろに下げ感情のない目でエミを見た。
「――あなたは結局何がしたいの? ハマビシティのときもそう。ただのトレーナーに混じって、昔のあなたはどこへ行ったの?」
「うん? 僕は今は自由を謳歌してるだけだよ。君が知ってる僕と何も変わっちゃいない」
 警戒することもなく背を向けたエミにメグリは失望したように言い放つ。
「いい加減遊ぶのはやめて自分の立場と向き合いなさいよ」
「レグルス団の名前も知らない下っ端に説教されるようなことはしてないけど?」
 あくまで他人。知らないという姿勢にメグリも「そうね」と返した。
「少なくとも、あなたは正義の味方にはなれないよ」
 僕を見逃している時点でね、と呟いたメグリにエミは何も言わず、その場から離れる。
「さて、別の入口探すか〜」
 まるで今の出来事がなかったかのようにエミは呟く。
 誰も見ていないのをいいことに小さな窓からパチリスを侵入させようとした瞬間、悪寒が走るような感覚に顔を上げる。
 建物の正面方向から聞こえるのは悲鳴とも歓声とも取れる声。


「うわ、戻ってきたのか」





――――――――


 ゲッコウガの攻撃がこない。目をつぶっていたのを恐る恐るひらくと、硬直したゲッコウガがそのまま宙に浮いて逆さ吊りになる。

「コウガ!」

 リジアが慌ててボールに戻そうとするもボールもなぜかリジアの腰から全て不自然に落ちてしまい、困惑したリジアがボールを回収しようと動くもゲッコウガと同じように硬直した。

「――そこまでよぉ」

 甘ったるい声。やけに響く靴音。敵意も殺意も感じないものの背筋が凍る感覚。

 レースで顔を覆い、更に長い前髪で目の隠れたゴシックドレスをまとった女性。
 つい最近、見た記憶がある。

 ――レンガのシティジムリーダー・リコリス。






とぅりりりり ( 2017/11/20(月) 20:44 )