新しい人生は新米ポケモントレーナー





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1章
毒の占拠地


 次の日、眠気をこらえながら朝食を取るとテレビは今日行われるジムリーダー対抗戦のことで特集が組まれている。ぼんやりと食堂の共同テレビを見上げながら映る人物について考える。
「ジムリーダー、ユーリかぁ……」
 一番印象的な人物でもあり、ジムリーダー最強と謳われる彼女はいずれ自分も相対するであろう事実。シアンのこともあるのでいつになるかはわからないもののバッジを集める以上は避けて通れない道だ。

『四天王じゃない俺に勝てねぇならあの人に勝てねぇよ』

 ランタの言葉を思い出す。恐らくあれはこの人のことを言っているんだろう。
 元チャンピオンであることを差し引いても彼女はやたら色んな人物に評価されている。
「こうして見るとかわいい女の子なんだけど――」
「何が?」
 ぼんやりテレビを眺めていたらエミが不思議そうな顔で覗き込んでくる。テレビを示すと「ああ」と関心の薄そうな返事が返ってくる。
「まあ顔はいいほうだよね」
 それだけだと言わんばかりの辛辣な評価に思わず苦笑いしか浮かばない。イオトもそうだがエミは割りと四天王やジムリーダーに対する反応が厳しい時がある。
「今日はなんか予定あるかい?」
「うーん、修行でもいいけどイオトがあんまり乗り気じゃないから今日も町巡りしようかな」
 シアンは今日はテレビで観戦する気満々らしいので恐らく出歩かないだろうし。
「そっかー。じゃあ僕ものんびりしてようかな」
「俺はまあ町を見てくるよ。昨日博物館とか行きそびれたし」
 共同スペースのソファにもたれかかったエミの肩でパチリスがおやつを食べながらテレビを見ている。朝食も終わったししばらくしたら散歩がてら出かけよう。
 最低限の荷物を持って外に出るとジュンサーさんの姿をちらほらみかける。何か事件でもあったのだろうか。
 喧騒から離れ、しばらく歩くとそこそこ人が入っている博物館らしき建物が目に入る。昨日は素通りしていたが入ってみよう。
 一人分の入館料を入り口で支払い、ポケモンはボールに戻すように言われて嫌がるミックをなんとかボールに戻し中に入る。
 入り口で取ったパンフレットを見るとここの目玉は幻のポケモンであるジラーチが眠る際に作り出す繭の欠片が展示されているという。
 厳重な透明のケースに入ったそれは紫色に輝いており、水晶のようなそれは不思議な魅力を醸し出している。
 相当貴重なものらしいためケースの周りにロープで囲いがされており、遠巻きからも眺めようとする客でいっぱいだった。
 ふと、嫌な予感がして周囲を見渡すとこの場に似合わない、見覚えのある人物がそこにいた。
 ハマビシティでナギサを襲撃した男二人の片割れ。ヤンキーめいた馬鹿そうな男は展示されているものに興味がない様子でガムをくちゃくちゃと噛みながら携帯端末で何かを確認している。こちらに気づいている様子はない。
 何かをしたわけではないがこれから何かするつもりではという嫌な直感で足音を立てず、男に近づき、あと数歩というところで肩を掴まれた。

「――ああ、本当に……目障りな邪魔者とは君のことですか」

 ハマビシティで遭遇したメガネの男。そして確信した。レグルス団はここで何かやらかす気だ。
「お前ら――!」
 何をするつもりだと言いかけた瞬間、館内が停電し、一帯が真っ暗になり、肩を掴んでいたメガネ男の姿も消えていることに気づいた。
 動こうとするやいなや、鼻につくきつい臭いと何かが溶けるような音に背筋が凍る。
 周りは半ばパニックになっており、慌てて逃げようとする人々が転倒したりするような音がする。時折俺にもぶつかる人がいて、動こうにも人の波に飲まれそうになる。

「はーい、みなさんお静かにー」

 やけに響く声がパニックになっている館内に行き渡る。この声はよく知っていた。

「ここは、我らがレグルス団が占拠させて頂きました。みなさんは人質です。おとなしくしていたほうが――身のためですよ?」
 リジアは爽やかな笑顔で言い、示した先には足にヘドロばくだんを受けて蹲る男性。その近くにはメガネ男とヤンキー男が通路を封鎖するように立つ。
「あまり長引くと毒が全身に回ってしまうよ?」
 笑顔で恐ろしいことを足元の一般客であろう男性に言い放ち、他の客たちも恐怖で言葉を失う。ここで戦えるトレーナーはどれだけいる。チラチラと腰のあたりを確認するがろくに戦えそうなトレーナーがそもそも少ない。いても下手に動けないというのが現状だ。

「声明を出しましょう。我々レグルス団は手始めにこの繭石を譲り受けたい、と。速やかにそれが叶わない場合――人質の皆さんがどうなるかはご想像のとおりです」

 足元には更に毒液が満ちていき、ろくに身動きが取れない。ポケモンならまだいいだろう。人間が浴びればどうなるかわからないそれを目の前にして動けるものは皆無だった。

「さあ、ポイズンパーティーの始まりです」

 リジアの宣言とともに、博物館は占拠され、後に毒沼の強奪事件と呼ばれる事件が幕を開けた。



――――――――


 イオトはマリルリとともに町を散歩していた。
「……出ない、か」
 電話をかけた相手はかつての弟子。露骨な拒絶にイオトは凹み、マリルリさんにべちべちと叱られる。
「うん……まあ、仕方ねぇけどさ」
 ふと、博物館の方に人だかりができており、ジュンサーが先程の倍以上に増えていることに気づいて野次馬根性で見に行ってみると、博物館内部で客を人質にした立てこもりが発生していることを知る。
 交渉に応じるか、責任者に連絡――まあとにかく対応が遅い。
(目的は――繭石か)
 この博物館であるとすればそれしかないとイオトは半ば確信していた。
 が、当然ながら入り口は封鎖されている。というか自分には関係ないし、と背を向けたところでこちらに駆け寄ってきたエミに気づく。
「イオト! ヒロ見たかい?」
「いや、見てないけど」
「……とりあえず落ち着いて聞いてほしいんだけど、ヒロ、博物館行くって言ってたんだよね」
 土気色のエミの顔にこっちまで顔色が悪くなる。
 それはつまり、渦中にいるということで、関係ないと言っている場合ではないということ。

「――しゃあねぇ、忍び込むか」

 あまりに思い切った発言にエミが思わず脱力し、肩に乗っていたパチリスも呆れ果てている。
「忍び込むって……どこからさ」
「んなもん下か上からだよ」
 アーケオスをボールから出したイオトはにやりと笑い、エミは思わず頭を抱えた。


――――――――


 要約するとリジアたちは強かった。
「警備員はこれだけですか」
 警備員たちは勇気を振り絞って行動したものの、完全に何手も先を読まれており毒沼に落とされた挙句、つるで縛られて毒のまま隅に放置された。俺を含む一般客もポケモンによる拘束かつるで縛って動きを封じてくる。特にトレーナーと思わしき者たちはポケモンによる拘束で完全に反抗させる気がない。
「どいつもこいつもやっぱり鍵は持ってねぇッスね」
「期待はしていませんけどね。外からの申し出もありませんしやはり破壊する方針でいきますか」
 繭石の入った頑丈なケースにチンピラ男のゴロンダ、リジアのキノガッサが攻撃するもヒビ一つ入らない。ポケモンのパワーすら防ぐ厳重さにリジアは舌打ちする。
「予想はしていましたが堅すぎますね……パルシェンの殻を再利用した素材でしょうか」
「リジアちゃんは預かった装置でロックの解除できないか試してみて」
「はい。ではあとはお任せします」
 一瞬だけ、リジアが俺を見る。

 ――ほらね、何もできない。

 口は動いていないもののそう言っている気がしてならなかった。
 動こうとして蔦が食い込むだけで抜け出せそうにはない。リジアが奥の繭石の展示場所へと行ってしまい、残った二人――キッドとサイクが外からの連絡待ちのついでに俺たちを監視する。
「侵入できる場所は正面と、裏からの侵入経路はあっちが潰しているでしょうし実質ここからしか邪魔者は入ってこないでしょう」
「うーっす。まああいつらがヘマした時のことを考えて一応後ろも警戒して――」

 その瞬間、キッドの真上の天井が落ちてきた。

「残念、上からきた」

 土埃を払ったイオトは天井を足場にして毒に触れずに着地し、ぐるりとあたりを見渡すと俺を見つけて「あーいたいた」と呑気な声をあげる。
「おまっ、何天井ぶち抜いてんだよ! 一般人巻き込んだらどうするつもりだ!」
「だーいじょうぶだいじょーぶ。エミのサーナイトに確認してもらってから飛び降りたから」
 足元で潰れているキッドはかなり重量があるはずの天井の一部を払い除けて立ち上がる。かすり傷は多々あれど実質行動不能にすらならない無傷っぷりに戦慄する。
「よーくーもーやってくれやがったッスねぇ! サイクパイセン、こいつぜってぇ殺す!」
「落ちつくんだ。僕も相手しよう。これは……君一人でどうにかできる相手ではないからね」
 イオトを見てサイクは渋い表情を浮かべる。それに対してイオトは嘲るように笑った。
「はっ、一人前に力量差をわかってますってか? なら二人でやっても勝てないことくらいわかってるだろ? 見通しが甘いんだよ」
 どこかいつもよりも過激な物言いのイオトに違和感を抱くが、その前にイオトのガブリアスによってウツボットの拘束が解かれて自由になり、イオトの近くに駆け寄った。
「イオト、俺も――」
 戦う、と言いかけてなぜか蹴っ飛ばされる。しかも繭石がある方向に。
「イオト!?」
「お前はあっちが相手だろ? ほら」
 足で背を押され、俺のしたいことを察したイオトに無言で頷く。
 イオトは強い。エミも参戦するかもしれないし大丈夫だと信じてリジアのもとへと向かう。

 会うたびにろくなことがないけど、本当は優しいはずの彼女を信じたかった。

 ケースの下部にあるセキュリティ部分をいじるリジアはコードを機会につなぎながらブツブツと独り言を漏らしている。
「あー、ココナから借りといて正解でしたね。パスワードの解析を――」

「リジア!」

 俺の声はリジアへと届いた瞬間、やけに響き渡ってリジアの独り言を止めた。
 鬱陶しそうに顔をあげたリジアと目が合う。その目はまっすぐ俺を見ているが、そこに灯るのは嫌悪そのものだ。

「――やっぱり、お前は私の邪魔をするんですね」

 わかっていたと、冷静な声が俺に降りかかる。俺もどこかで理解していた。けれど、リジアのほんの少しだけ垣間見える優しさにどこか期待していたのだ。
 だけど、それじゃだめだ。期待はしたところで返ってくるものではない。
 だからこそ、俺は自分のために、そしてリジアのためにもわがままを押し通そう。
「お前から手を放した俺が馬鹿だったよ! 今度こそお前を捕まえてやる! 更生させて、まっとうに生きていけるようにしてやる!」
 その言葉を聞いた瞬間、リジアの顔がわずかに歪んで、悲しそうな瞳が揺れた。
 が、それはほんの僅かな幻だったかのように、リジアはいつもどおりの表情へと切り替わる。
「は――、やれるものならやってみなさい! 本気の私に、お前みたいなニュービーが勝てるはずなどないんですよ!」
 手持ち6匹を一斉に出したリジアは酷薄な笑みを浮かべた。

「今までのおふざけとはわけが違います。私のフルメンバーでお相手してあげますとも!」




――――――――


 ――ずっと待っていたのに。

 心のどこかでそんな声が聞こえた気がした。


――――――――




とぅりりりり ( 2017/11/20(月) 20:43 )