新しい人生は新米ポケモントレーナー





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1章
夜に手折る花
へらへらしたメガネ男の横でぶすっとした顔のエミを改めて見ると、よほど母親似なのか全然顔が似ていない。髪色は確かに同じだしよく見ると目の色も同じなのだがそれにしても顔が似ていない。
「小生はライア。愚息がお世話になってマース!」
「死ね」
 よほど嫌っているのかエミの声はかなりきつい。
 後ろからシアンとイオトもやってきて全員集まるとエミの父ことライアさんは「オー」と感心したような声を上げた。
「いやー、随分とお友達ができてるじゃないですカ! 小生びっくり」
「うるさい、喋るな、触るな」
 難しい年頃で済ませるにはエミの年齢は少々いい歳なのでなんとも言えない。
 微妙な距離を置いて並ぶ二人を見ていると、イオトが不審な目をライアさんに向けているのに気づく。するとライアさんがイオトを見て「おや」と小さく呟いた。
「これはこれは……久しぶりじゃないカ」
「……どうも」
 イオトの顔は険しい。まるで知り合いのようなやりとりにエミも不思議そうな顔をした。
「何、イオト。これと知り合いだったの?」
「これとはなんですカ、これとは」
 ライアさんの注意は無視してイオトに聞くエミ。イオトはばつが悪そうに頭を掻くと、ライアさんがやけに楽しそうに言った。
「彼は小生にとって甥っ子なんですヨ」
「へー……えっ?」
 エミが交互に二人を見る。俺も思わず見比べてみるとなんというか、正直顔だけならエミよりイオトの方がライアさんに似ている。ん、ということはもしかして――
「この人が俺の母親の弟で、ついでにケイの母親も俺の母親の姉妹だよ」
「世界が狭い……」
 イオトとケイにあった既視感の原因がわかったがそういえば道場にいるときのイオトって慣れてる感あったもんなぁ! なんで黙っていたのかとかそういうのはさておき、ここに血縁関係が発覚してしまったことによって恐ろしい真実が浮かび上がる。

「つまり……イオ君とえっちゃんはいとこです……?」

 その言葉にイオトもエミも真顔になり互いを睨む。
「ははは」
「ははは」
 乾いた笑い声が痛々しい。なんだろうな、この二人の微妙な関係。特別悪くもないけどよくもない。ライバルともいい難い。まあ基本的にはうまくやってるから俺には関係ないけど。
「いやー、懐かしいネ。姉貴の葬儀以来かナ?」
「そうですね」
 どこか他人行儀なイオトの声。いつにも増してちょっと棘のある言い方にライアはおどけたような口調だ。
「そういえば、あの時は小生一人で行ったからこれがいるって知らないよネー。いやー、意外なところでの出会いってやつ?」
「いいからもう帰れよ。やること終わったんだろ?」
 エミがげしげしと足蹴にするがライアさんはどこ吹く風。本気で嫌がってるエミには悪いがちょっと面白い光景だった。
「いやネー、愚息に久しぶりにプレゼントでもと思って」
 白衣の内側からごそごそと何か探すような仕草をしたかと思うとモンスターボールを二つ取り出して放る。ボールから出たのはラルトスとクチートだった。
「……えっ、何? 素で言ってんの? あんた僕のこと何歳児だと思ってんの? というか僕もうサーナイトいるんだけどなんで」
 エミのボールから飛び出したサーナイトがエミの後ろでおどおどとライアさんとラルトスを見ている。まあ、普通に考えたらエミには必要ないよな。手持ち6匹揃ってるし、俺と違ってたくさんのポケモンが欲しいわけでもないようだし。
「いや単純に余ったからいるかナーって」
「このクソ親父! 要するに押し付けに来たってことかよ!」
 シアンはそんな親子喧嘩をスルーしてあくびをするクチートに手を伸ばす。
「かわいいですねぇ〜。おやつ食べるです?」
 シアンが両手のクッキーを持つとクチートが目を輝かせ、同時に放り投げられた二つを大顎と普通の口でそれぞれキャッチしてもぐもぐと咀嚼する。
「お利口さんですよ〜」
「あ、じゃあ君いる?」
 シアンにターゲットが移った途端、エミがぎょっとして激しく首を横に振った。
「やめときなって。このクソ親父からもらったら不幸になるよ絶対」
「いいんですか!?」
「シアン聞いてー!」
 エミの忠告がそもそも耳に入っていないのかシアンはわーいとクチートを抱えてぐるんぐるん回り出す。どうでもいいけどクチートって11kgだからそこそこ重いはずなんだけどシアンって力はあるから平気なんだろうか。
 ふと、足元を見るとラルトスが俺をじっと見つめていた。
 俺は惑わされないぞ。強い心で誘惑に打ち勝つからな。そろそろ貰い物のポケモンばっかもどうかと思うし第一またポケモン増えたら手持ち減らさないといけないしで――
「らるぅ……」
「かわいいなお前〜〜〜〜〜〜〜〜」
 俺は弱い生き物だったようだ。なんかミックとイヴがげしげしと蹴ってくるけど俺にとっては癒やしでしかない。
 ふと、シアンをじっと見ていたライアさん。それに気づいたシアンも顔を上げてライアさんを見た。
「どうかしたです?」
「いや、昔にも別の子にポケモンあげたなーってちょっと思い出しただけサ」
「ほあ。ところで本当にいいですか?」
「いいヨー。どうせアテもなかったしネ」
 ピロロロと携帯端末の音が響くと、ライアさんがポケットから取り出したそれを見てすっと真面目な顔になる。
「さて、そろそろ小生はイドースに戻るから……ま、例の件はよろしく頼むヨ」
「――気が向いたらね」
 最後に少しだけ剣呑な雰囲気で別れたライアさんを見送り、何か頭から抜けている気がしてはっとした。
「あ、あのー! ラルトス!」
「あー、それも君にあげるからよろしくネー!」
 シアンの流れで完全に俺にも押し付けられ、抱き上げたラルトスが縋るような目で俺を見る。捨てられない。こんなかわいいやつを俺は捨てられない。
「でも俺はまた手持ちを誰か送らないといけないとおもうと……」
「とりあえずレギュレーションの問題だけだし編成決まるまで持つだけ持っとけば?」
 ずっと黙ってたイオトが声をかける。ラルトスはかわいいんだけど俺の手持ちは全員かわいいかかっこいいかなので増やすことでしばしの別れを経験するというデメリットが判明してしまった。
 辛い。グーですらしばらく会えないの辛いのにまた一匹入れ替えるとか無理すぎる。
「とりあえずお腹すいたですよ。ご飯に行くですよ」
「さんせーい。はぁ……クソ親父のせいで無駄に疲れた……」
 エミが口元を袖で覆いながらため息をつく。本気で嫌がっているのか、シアンのクチートと俺の抱えるラルトスを見て口元を歪める。
「それマジで世話すんの……? やめときなよ」
「別にポケモン何も悪くないしなー」
 野生に帰すという手もあるが二匹ともそういう素振りがない。ある程度二匹の意思を尊重するなら仕方ないと思うし何よりかわいい。
「僕は止めたからね? 知らないよ」
 エミはそもそもなぜ止めるんだろうか。シアンとともに首を傾げながら腕の中にるラルトスとクチートを見下ろした。



――――――――



夜も更け、ギフトは閉店作業をしながら店の奥である自宅に先に戻っていくベトベターやエンニュートたちを見送り、ふとレジに置いてある写真立てを見た。
 数年前、まだ四天王だった頃の写真は5人揃ってとても楽しげに笑っていた。
「ほんと……あいつさえ来なければ……」
 毒舌女と称された四天王ギフトはあの日あの時、親友が膝を折った瞬間から消えてしまった。それだけ、ギフトにとってかつてのチャンピオンの彼女は大きな存在だったのだ。
「さて、明日は巡回に行くかね」
 ジムリーダーの不在。よからぬことを企む者がいてもおかしくはない。特に、極秘に聞かされたレグルス団の話もある。
 ジムリーダーリコリスからも、不在の間町を頼むと言われ、柄にもなく真面目に頷いていた。
「あ、そういえばあれ渡すの忘れてたな」
 昼間に来た将来有望な青年。アリサの弟でもあるヒロに、わざマシンを渡しそびれていたことを思い出し苦笑する。
「まあいいか。まだ町に滞在してるだろうし」
 メモに「ヒロに渡す用」と書いてわざマシンを引き出しにしまう。すると、コンコンと控えめに店のドアをノックする音がした。
「こんな時間に何だよ〜。もう閉店中だってのに」
 扉をあけたギフトは目の前にはフードを目深にかぶった人物が佇んでいた。その人物はゆっくりと店の中へと踏み入れ、ギフトの顔をじっと見ている。
「ん? お前――」
 ギフトが不審に思うと同時に、ギフトは腹部に熱を感じ、ぼんやりと自分の腹を見る。
 自分の腹を貫いているそれを理解できず、ワンテンポ遅れて声が出た。
「ニダンギ――」
 引き抜かれると同時に出血が激しく、床に鮮血が撒き散らされる。
「クロ、バット……!」
 助けを求めるようにクロバットを呼ぶが、店じまいということもあってポケモンをすぐそばに置いていなかったことをギフトは後悔した。
「ゆー……り……」
 ギフトは変わってしまった親友のことを思い出しながらフードの人物に攻撃するクロバットを虚ろな目で見つめる。
 直感でわかってしまった。クロバットだけでは負けてしまう。

(クロバット……でも、お前は人の言葉喋れないもんな……)

 手持ちがせめて無事ならと思う気持ちと、この犯人を誰にも伝えられない悔しさに歯噛みしながらギフトは意識を失った。



――――――――


 レグルス団の下っ端たちは町の郊外にて集う。
「明日の計画は以上です。頭に叩き込みましたね?」
「ばっちしッス! リジ姉とパイセン、よろしくッス!」
 リジアの確認に拳を鳴らしながらキッドは無駄にやる気に満ちた声で応じる。
「問題は乱入の恐れのある元四天王ですが――」
 サイクが盗撮写真であろうギフトの写真を改めて見て唸る。
「これが出てきた場合は最悪撤退、だね。というわけで後方支援組は誰か一人でもいいからやつを近づけさせないように妨害よろしく」
「……了解」
「たっく。うちまで引っ張り出したんだから絶対任務は成功させなよ?」
 改造白衣を着た少女が棒付きキャンディをガリガリと噛みながら悪態をつき、隣にいるメグリを見る。
「つーか後方支援3人もいらなくなない? 強襲組4人での方が成功率あがるんじゃないの?」
「――いいえ、私と、メグリは……顔が割れないよう普段動いているため、後方支援確定です……ココナ、あなたは、強襲部隊で動けます……?」
 シレネに指摘されココナと呼ばれた少女は露骨に舌打ちした。
「あーはいはい。無理無理。じゃあ3人3人で実行ね。んじゃまあせいぜい強襲部隊が成功することを願うよ」
 ココナの皮肉にキッドは「何様だてめー」とキレかけ、サイクがまあまあととりなし、夜の密会は過ぎていく。
 リジアは夜空を見上げてあることを憂いた。

(――なぜだろう。明日、私はあいつと戦うことになる。そんな気がする)

 腐れ縁か、因縁か。行く先々で出会う男のことを考えると胸がざわついた。
 その男から贈られたリボンに触れ、頭を振ると決意したように唇を引き結んだ。

(いいでしょう。もし向かってくるならば今度こそ叩きのめすまでです)





とぅりりりり ( 2017/11/20(月) 20:42 )