新しい人生は新米ポケモントレーナー - 1章
捕獲の心得




 気絶したシアンを宿泊する部屋に寝かせ、俺たちは気を紛らわせようと町の中を探索していた。ムウマはシアンの近くに待機していたのでついてきていないがミミッキュはとことこ後ろをついてくる。
あの屋敷の話は誰も触れたがらない。これ以上は踏み込んではいけない。あそこで食べたものとかあの二人はなんだったとか考えたら闇でしかない。
「そういえばジムあるんだよなー。挑戦しに行くか」
 レンガノシティジムが近くにあることもあり、寄ってみると受付のジムトレーナーが青い唇をにっと三日月状に歪める。
「あ〜すみませんねぇ〜。ジムリーダーは今よその地方にお仕事でしばらく不在なんです〜」
 そういえばジムリーダー対抗戦とかでしばらくジムリーダー全員いないんだっけ。
「いつ頃戻るんですか?」
「さぁ〜。でも数日で戻ると思いますよ〜」
 ジムトレーナーに「せっかくなのでジムリーダーが経営するお店に寄るのはいかがですか〜」と地図をもらい、歩いて数分のところにアンティークショップ幽と書かれた看板が目に入る。
「どうする?」
「せっかくだし好きなところ見て回ろうか」
 エミの提案に頷いて結局3人バラバラで過ごすことになり、とりあえず俺はアンティークショップに入ってみる。ちなみにまだミミッキュは後ろをついてくる。
 アンティークショップは女性客が目立っており、少し場違い感がするものの、男もポケモン用のアクセサリーを見ているので安心する。
 目に止まったのはリボンで首につけるタイプのものだ。
 イヴがこれほしい!と足をつついてくるがそこそこ高いため悩む。一万……アクセサリーってやっぱり高いな。
「うーん……考えとくよ」
 するとイヴは床に転がって買って買ってと駄々をこねるように腹を見せてくる。その仕草が可愛すぎたので、はっとしたその時はもうすでにお買上げしていた。イヴ……なんという魔性のメス……。
 早速つけてやると喜んで擦り寄ってくる。うちのイヴは世界一かわいい。
 ふと、リボンコーナーを見ると模様などはほとんどないが質のいい髪を結ぶためのリボンが売っていた。だいたいがヘアゴムにリボン飾りがついているものだが、一部髪に編み込むためとか用にシンプルなリボンも置いてあるようだ。
 なぜか少女――そしてリジアのことを思い出してしまい、赤のリボンを二つ買って店を出る。値段はたいしたことなかったものの、この前の夢を思い出して複雑な気持ちだ。
 昔は高い壁だった買い物も、大人になるとあっさりと越えられる。けれど、きっと子供の頃の気持ちのほうが純粋だった気がしてリボンの入った包みをカバンに閉まって嘆息した。
「何考えてんだか……」
 そもそもリジアに会えるかすらわからないのに完全に無駄な買い物だ。
 そのまま町で色々な施設があるのは把握したもののどうにも見て回る気力が沸かなくて公園のような場所のベンチで休憩をとっていた。
「はー……ところでさー……」
 ずっとついてくるミミッキュに視線をやるときゅ?と首を傾げられる。そのままこてんと首が落ちそうだ。
「そんなに捕まりたくないのか?」
 ボールを放ってみるとやっぱりかわされる。どうしたいんだろうか全然わからない。
「よーし、捕まえるか」
 改めての捕獲チャレンジ。嫌がってはいないがボールが嫌いという可能性があるので多分捕獲されることそのものは大丈夫だと思う。
「あれか、ゴージャスボールがいいとかお前オシャボ勢か!」
「きゅ?」
 ゴージャスボールは持ってないのだがそういうわけではないらしい。となると単純にボール嫌いか。どこかのピカチュウか。
「そんなら避けられないボールさばきならどうだ!」
 前世知識総動員して華麗にフォームを決めるとイヴも真似するように前足を伸ばす。
「そぉい!」
「ふぃい!」
 狙いを定め、ミミッキュへとボールを投擲するもなぜかすっぽ抜けてしまい、あらぬ方向に飛んでいく。
 奥の茂みに飛んでいくと「あいたっ」と声がして誰かにぶつけてしまったかと思って慌てて様子を見に行く。
「すいません、手が滑って……」
「いえ……たいしたことじゃ――」
 手を差し伸べ、手をつなぐとぱっと目が合う。
 なぜかあぐらをかいて何かを縫っているリジアがそこにいた。

「捕獲じゃあああああ!!」
「はあああああああ!?」

 ミミッキュの捕獲中に更に優先度の高い捕獲対象であるリジアの肩を掴んで荷物から用意しておいたおもちゃの手錠をリジアにつけてもう片方を俺の手につける。心底嫌そうな顔をしたリジアが腕をぶんぶん振り回すが俺の腕もそれにつられて振り回される。
「このっ! このっ! 何度私につきまとう気ですか! 私のストーカーですか!?」
「行く先々でお前がいるだけだよバーカ! 今度こそ逃さねぇぞ!」
 ぎゃあぎゃあ騒いでいるとミミッキュが不思議そうにこちらを見守り、イヴはもはや警戒心ゼロであくびをしている。リジアの手持ちであろうクレッフィも呆れたように揺れていた。
「だいたいなんで手錠持ってるんですか!?」
「お前を次見つけた時用に買っといた!」
「本当になんなんですか!?」
 不毛な言い争いをしばらく続けたところで互いに叫びすぎたからかぜえぜえと息を切らして睨み合う。いや、俺は喧嘩売ってるつもりはないんだ。
「ほんっとうに私の邪魔しかしない男ですね……!」
「いやお前が悪いことしたからいけないんだよ!」
 とりあえずこれで逃げられないだろうしとりあえず落ち着いて余裕の態度を見せなければ。
「まあ、俺は先にやることあるから警察に突き出す前の僅かな時間をここで待ってるんだな」
 なんかすごい嫌な奴みたいな言い方になった。
 ミミッキュを捕まえるための作業に戻るが相変わらず機敏な動きでボールを回避したり叩き落としたりと容赦がない。
 リジアはその様子を見ているようで視線を感じる。
「ふーん……へぇ……」
 にやにやと俺が苦戦している様子を隣で眺めながら意地悪い顔で言う。
「代わりに捕獲してげましょうか?」
「えっ」
「ただし、これを外すことが条件です」
 手錠を示してにぃっと笑う。もう逃げる気満々だ。
「ダメだダメだ。それやったらお前どうせ逃げるじゃん」
「別に私だって騒ぎを起こしたくないので穏便に済むならそれに越したことはないのですが」
 ムーファタウンでもそうだがこいつ、ここでは別に悪いことしてないんだよな。
 捕まえておくべきという気持ちと、いやでもせっかくだしという邪心がせめぎあい、邪心の方が上回るもギリギリ留めたい気持ちも相まって無理難題をふっかけてみる。
「傷つけないで捕獲できるならいいよ」
 傷つけないという時点で難易度が高いのはわかっている。意地が悪いとは思うがリジアを逃がすつもりもないので仕方ない。
「誰にものを言ってるのですか? そんなの私からすれば朝飯前というやつです」
 マジかよ。そういえば前に遭遇した下っ端もリジアが捕獲どうこう言ってた気がする。
 ここで逃がすのもどうかと思うのだがぶっちゃけ途中で逃げられそうだし、実際そんなに自信満々だというのなら見てみたいという気持ちが湧いてくる。
「じゃあ……せめて約束守れよ」
「交渉成立ですね! ノロマなお前が哀れなのでサービスに捕獲のレクチャーをしてあげましょう」
 完全に上から目線のドヤ顔で自由になった腕をぷらぷらと振るとすぐに逃げることはなく、空のボールを手のひらの上で転がして思案する。
「えー、傷つけないように、でしたっけ」
「できるのか?」
「ええ、捕獲の大原則は確かに弱らせたり状態異常にすることですが――」
 首をかしげるミミッキュの近くに野生のオタチが現れ、警戒心の薄い顔でリジアを見る。
「ではなぜそうする必要があるか。答えは簡単、狙いを定めやすくすることとボール内での抵抗をさせないようにする。この二点です」
 リジアは自分は本来相手への妨害を得意としているため、そういった意味でも捕獲が得意らしいがダメージを与えられない格上でも捕獲できるようにちょっとしたコツを習得したそうだ。
 現れたオタチにボールを投げようと振りかぶると、オタチはびくっとして逃げようと動く。
「それっ!」
 逃げようとするオタチの腹部、丸い模様の中心へとボールを綺麗に命中させ、オタチが吸い込まれたボールは揺れることなくカチッという捕獲音とともに地面にボールが落ちた。
「ポケモンにはツボのような、いわゆる急所とは違いますが弱点のような部位があります。その部位に的確にボールを当てることでボール内での抵抗もなく捕獲できるのですよ」
 なんかめちゃくちゃ高度な話をされてる気がする。
「要するにダメージを与えずとも捕獲は可能ですが難易度が高いってことです。弱点部位を予測し、元気に動き回るポケモンの行動を予測してボールを投げる必要がありますから」
「お前なんでそんな詳しいの?」
 もはや専門家みたいなレベルじゃないのかそれ。
「ふふ、たゆまぬ努力の結果です。さて、本題ですが――」
 きゅ?と相変わらずかわいいミミッキュがリジアを見る。リジアへの警戒も薄いようだ。
「ミミッキュ……珍しいポケモンですし、1発で当てられるかはわかりませんが……」
 空のボールを3個取り出してリジアは余裕の笑みを浮かべながら周囲へチラりと視線を向ける。
「本体の大きさからいって3個あれば十分!」
 3つのボールが同時に放たれたかと思うと二つは近くの木や地面で跳ね返り3方向からミミッキュを狙う。
「一つは牽制! もう二つは本命! これなら避けられませんよ!」
 爪で叩き落された一つのボールは砕け散るが背後と正面から飛んでくるボールを躱しきれず、正面からのボールに吸い込まれたミミッキュは抵抗もせずカチッという音とともに捕獲された。
 素直にすごい手際に思わずぱちぱちと拍手を送ってしまう。イヴも感心したように前足でペチペチしている。
「ほら、お約束どおりミミッキュです」
 捕獲したボールを俺に寄越すとボールがやはり嫌いなのかミミッキュがすぐにボールから飛び出してきた。
「はぁ〜〜〜〜お前ほんっとかわいいなぁ〜〜〜〜」
「みみっきゅ?」
 きぐるみ部位は詰め物なので本体である胴体を撫でるとミミッキュは嬉しそうだ。
「ていうか、そんな腕前あるならまっとうに働けよ」
 捕獲代理業者みたいなのがいるって聞くし、そういう仕事すればいいと思うのだが。
「はぁ……余計なお世話ですよ。だいたいお前ががむしゃらに投げすぎなだけでちゃんとすればこんなの誰でもできますから」
「いやそれはない」
 リジアはボールのコントロールもそうだが普通のトレーナーとくらべても捕獲の腕が高いのは間違いない。
「素直に尊敬するよ」
 自分にはあんな頭を使って精密なコントロールは無理だ。だいたいポケモンごとに弱点部位の予測とか初見で見破っているあたりリジアは熟練の技だろう。
「…………まあ、褒められて悪い気はしませんので別に構いませんが」
 ちょっと照れているのか少しだけ赤くなった頬を隠すようにそっぽを向いたリジアはカバンから何かを取り出す。
「ほら、ミミッキュをちょっと貸しなさい」
「え、なんでだよ。やらないぞ」
「違いますよ。耳のところほつれてるから直してあげるって言ってるんです」
 確かによく見ると耳のところが少しだけほつれて綿が見えている。ミミッキュは本来自分できぐるみを修繕するらしいが……。
「大丈夫ですよ。これでも私、針仕事は得意なので」
 ミミッキュに了承を取ろうと下を向くといいよーといいたげに頷くミミッキュをリジアに渡すと膝の上で耳の部分を素早く縫っていく。
「……お前さぁ……本当になんで悪の組織なわけ?」
「関係ないって何度言えば理解するんですか」
 縫い目がほとんど目立たない綺麗な仕上がりを鏡でミミッキュにも見せるとミミッキュは嬉しそうに飛び跳ね、俺のところへ戻ってくる。
「いい子ですね」
 慈しむような穏やかな視線をミミッキュに向けるリジア。本当に、ポケモンが好きだとわかるその様子になぜ、という気持ちが湧いてくる。
「さて、私はこれで失礼します。もう二度と会うことがありませんように」
「待ってくれ」
 少しだけ鬱陶しそうな顔をしたリジアにさっき店で買ったリボンの入った包みを押し付けるように渡すと不思議そうな顔をされる。
「なんですかこれ」
「お前のリボン。いつまでたっても古臭いから新しいの使えよ」
 色は同じだが質のいいものだし色褪せていない。
 つけるかどうかはわからないがなんとなく、渡しておきたかった。
「……そう、ですか」
 あまり感情の読めない平坦な声。突き返されるかとも思ったが意外なことに受け取って包みをポケットにしまいこむ。
「まあ一応受け取っておきますよ。使うかは知りませんが」
 そのままクレッフィとともにどこかへ消えたリジアを見送り、やっぱり見逃すべきではなかったかと少し後悔しつつも近いうちにまた会いそうな気がして、今は正式に手持ちになったミミッキュにニックネームをつけることに決めた。



――――――――



 リジアはレンガノシティの郊外で俯いていた。
(なんなんですか……なんなんですか! あの男は!)
 他に誰もいないからいいものの、一人で顔を赤くしているという事実にリジアは増々羞恥を募らせる。
 クレッフィが隣で「大丈夫?」と言いたげに覗き込んでくるがリジアはそれどころではないのか覆うようにして手で顔を隠す。
(だいたい私が悪人だとわかってなんでリボンなんか……)
 本当なら捨ててやりたいところだが勿体無い精神とどんなものだろうともらったものを粗末に扱うことができない真面目な部分が邪魔して受け取ってしまったそれを改めて取り出す。
 身につけることは躊躇われたが、少しだけ、少しだけと揺らぐ心に負け、新しいリボンを身につける。元々持っていたリボンは綺麗に折りたたんで懐に仕舞い、自分の三つ編みを持ち上げて新しくなったリボンを見る。
「……えへへ」
「何一人でにやついてるんですか」
「うわっ!?」
 後ろから声をかけられると思っていなかったのか、リジアは驚きのあまりよろけてしまい、慌てて振り向くと不機嫌そうなシレネがいた。
「し、シレネですか! いきなり驚かせないでくださいよ!」
「……はあ? 普通に声かけただけ、なのに……」
 不愉快そうに眉をしかめるシレネはどうでもいいかと真面目な表情へと変えて声を潜めてリジアに問う。
「それより……作戦準備は……どうなってる……?」
「そちらの方は私はもう準備がおわっているのであとのみなさん待ちです。シレネは?」
「私も……やるべきこと、終わってるもの……今は自由時間」
「ああ、じゃあ自由時間ついでに一つ話が――」
「嫌……リジアと無駄な会話を、したくない、もの……」
 あまりにも無慈悲な即答にリジアも苦笑するしかない。けれど言葉の続きに必ず食いつくという確信があった。
「あなたが好きなヒロって男が町にいるって話なんですが」
「詳しく聞くわ」
 予想通りの食いつきにリジアは先程遭遇した場所や恐らくポケモンセンターに泊まっているだろうことなどを告げ、嬉しそうに頬を紅潮させるシレネを見ながら、どこか自分の奥底で複雑にもやもやとした気持ちが渦巻いていることに気づく。

(……鬱陶しいあいつをシレネに任せれば私に構うこともないはず……なのに、なんでこんなもやもやするんでしょうか)






とぅりりりり ( 2017/11/20(月) 20:41 )