新しい人生は新米ポケモントレーナー





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1章
お屋敷ラプソディ2

「ヒロ君、ヒロ君」
 揺すられて無理やり起こされると不安そうなシアンがこちらを見下ろしていた。
「一緒にトイレにいってくれですよ……」
「エミにでも頼んで……」
 正直眠い。
 葉っぱの香りがするイヴを抱きながら寝ると落ち着く。イヴも「ふぃー……」と安らかな寝顔でたまに俺の腕にくっついてくる。
「えっちゃんがいないですよ。お願いですよ……」
「はー……」
 断りきれないのもあって渋々一緒に部屋を出ようとするがイヴとマリルリさんも今のやりとりで起きたのか一緒についてきてくれる。ちなみにシアンのカモネギは半ば無理やり連れ出されていた。
 この時、なぜエミがいないのかを二人して深く考えていなかったことがそもそもおかしいのだが気づかないままトイレへと向かう。
 トイレの外で眠気に襲われつつもシアンが用を足すのを待ち、眠そうにあくびするイヴを撫でているとシアンが声をかけてくる。
「絶対置いてかないでですよ!」
「わーってるって」
「大変だね」
 ねぎらいの言葉に「まあ仕方ねーけど」と返す。
 まったく、大変だと思うなら一人で頑張って欲しいものだ。

「……ヒロ君、誰と喋ってるですか?」

 シアンの声に眠気が一瞬で吹っ飛び振り返ると廊下の奥に人影が見えた。
 まるで果てのないように見える廊下。そこに浮かび上がるモヤのような人影。
 シアンが慌ててトイレから飛び出してきてもその人影は消えることなく、シアンが涙目で俺にくっついてくる。
「やっぱりなんかいるですよ! いるですよぉぉおおおお!」
 胸倉掴まれてがくがくと揺さぶられる。落ち着け。気持ちはわかるが落ち着け。
 イヴは困惑しているが敵意を見せていないのでどうすればいいのかわからないのもある。マリルリさんは「おっ、殺るか?」みたいに構えているが。マリルリさん一匹いるだけで安心感が違いすぎる。
 すると、俺とシアン、どちらとも背後から引っ張られたような感覚がして凍りつく。

 恐る恐るゆっくりと振り返るとそこには顔の皮膚が焼けただれた男がいた。

「うわあああああああああああ!?」
「びゃあああああああああああああああああああああああああああああ!!」
 俺もシアンもびっくりして男を振り払って逃げ出し、マリルリさんも俺たちを追いかけるように並走する。イヴは目をぐるぐるにしてびびっておりカモネギは気絶してシアンに抱かれていた。
 完全に泣きながら全力で逃げるシアンはカモネギの首が締まるほどに強く抱きかかえて1階へと降りる。部屋に戻るんじゃないのかと慌ててシアンを呼び戻そうとするがシアンはぴたりと立ち止まって玄関を指差す。
「そ、そそそそとに」
 玄関の扉を強く叩く音。明らかに雨風ではない何かが扉を叩く音。うめき声のような何かが聞こえ、背筋が凍る。
「外の方がこれあぶねぇから部屋戻るぞ!」
 凍りついたシアンの腕を引っ張って部屋へと戻るとなぜか寝ていたはずのイオトがいない。エミも戻ってきておらずもしかしてかなりやばい状況では?と今更ながらに気付かされる。
「ぶえええええええ……やっぱり一人一人消えて行くやつですううううああああ」
「落ち着け、落ち着くんだ。大丈夫ゴーストタイプの仕業なら倒せば大丈夫大丈夫大丈夫」
 自分に言い聞かせて手持ちのボールを強く掴みエンペルト先輩に頼るしかないとばかりにボールから出す。
「エンペルト先輩お願いします助けてください」
 恥とか外聞とかもうどうでもいい。安眠できる環境をください。
 エンペルト先輩は呆れた顔で窓の外を見る。
「ぺるぺる、ぺー?」
「まりまり。まり……まりー」
 エンペルト先輩とマリルリさんが何やら会話している。
 するとエンペルト先輩が突如泡を発生させたかと思うと部屋の隅へとそれを発射し、つまらなさそうに息を吐くとそこには瀕死になったゴースがいた。
「ぺる」
「先輩!!」
「エンペルト、抱いてですよ!」
 二人してエンペルトにしがみつくと鬱陶しそうな顔をされる。危ない。かっこよすぎる。人間だったらころっと落ちてた。
「そ、そういえば結局えっちゃんとイオ君は……?」
 いつの間にか消えた二人を心配するシアンだったがあれほど騒いだのに姿を表さない二人に不安しかない。
 出歩きたくはないが、二人の安否のためにも探さねば。
 部屋にあったランプ片手にポケモンたちに守られながら屋敷探索をすることにした。



――――――――



 時は少し遡る――。

 エミは自分を呼ぶ声がした気がして目をこすりながら起き上がる。
 部屋を見渡すがシアンもおとなしく寝ており、イオトもヒロも少し身じろぎするが完全に眠っているようだ。
「サーナイト」
 念のためサーナイトを呼び出して部屋の外に出る。人の気配はない。気のせいかと思ったところで廊下の奥に人影を見る。

 それはここにいるはずのない人物。

 ゆっくりとエミの方に歩み寄ってくる人物は眼帯をした女。長い茶髪が歩くたびに揺れてそのたびにエミが唾を飲み込んだ。
「――なんで」
 いるはずがない、会いたい人。
 もう触れられるというところまで近づいてきた彼女は薄く微笑む。
 エミは女の頬へ手を伸ばそうとして、サーナイトに言った。
「サイコキネシス」
 女は声も上げずその場から消え、それを見たエミはつまらなさそうに吐き捨てる。
「会いたい相手で誘き寄せるのは悪くない手だけど、こんなところにいるわけないから不自然でしかないんだよ」
 舌打ちしながら周囲を見渡す。幻覚か、あるいは姿を変えた何かかはわからないが何かがこちらを見ているのだけは確かだ。雨のせいかどこか寒気を感じるので早く片付けたい。
「サーナイト――」
 突如として外の雷で自分の影が鮮明になり、違和感に気づく。
 影がこちらを見ている、と。

「ケケケケケケケケケケ」

 エミの姿をした影が笑いだしてサーナイトが影へと攻撃するがいつの間にか影は元通りになっており、サーナイトの背後へと移動する。
「サーナイトうしろ――」
 サーナイトに指示を出そうとするが後ろから口をふさがれサーナイトはもろに攻撃を食らう。視界に映るのは楽しそうに笑うゲンガー。
 そして、自分の動きを封じている何かが黒い手であることに気づいて見えずとも何か察した。
(なんでデスカーンがこんなところに――!)
 引きずられる感覚に全身が腕で掴まれ、ついには視界も覆われ助けを求める声も上げられぬままエミは暗闇へと消えた。




――――――――



 イオトは扉の閉まる音で目を覚まし、枕元に置いてあったメガネをかけて周囲を見渡すと3人がいないことと、マリルリさんもいないことから多分トイレに行った音だろうと判断し二度寝を決め込もうと再び横になった。
 しかし、ざわざわと妙な胸騒ぎがし、残った手持ちのボールを持って部屋から出る。トイレのほうに向かおうとしてそれとは反対の方向に人影が見えてそちらに進んでいく。3人のうちの誰かか、主人か女中かと思って近づくと白いワンピースを着た女の後ろ姿だと気づいて尻込みする。あとわかるのは金髪の長い髪。素足だと気づいて余計に不審さが増す。
「だ、誰だ……?」
 警戒しつつ声をかけるとその人物はゆっくりと振り返る。
 イオトと同じ、緑の目。寂しそうな表情を見てイオトの思考は完全に停止する。警戒してボールに触れていた手も力なく滑り落ち、その女を見つめていた。
「レモン……?」
 にっこりと笑う女はイオトに抱きついてくる。体温を感じさせない冷え切った体にイオトは不信感すら抱かず、ただ戸惑いと僅かな興奮が女を抱きしめ返すに至らない。
「レモン……なのか……?」
 答えはない。それでも、イオトはぼんやりとしたまま抱きしめようと腕を動かし――


「うわあああああああああああ!?」
「びゃあああああああああああああああああああああああああああああ!!」


 突然の絶叫に驚いて振り返る。トイレの方向から聞こえたそれはヒロとシアンのもの。
「何――」
 慌ててそちらへ向かおうとしてイオトは腕を女に掴まれて動きを止められる。
 次の瞬間、イオトは体の力が抜けたようにその場に倒れ、女は姿を消し、イオトの姿もまた消えるのであった。



――――――――



 姿を消したイオトとエミを探しに警戒心マックスで廊下を歩く大所帯のヒロとシアンと手持ちたち。
「ウインディ、えっちゃんの匂いとかわからないです?」
「うぅ……がう……」
 探っている途中なのかあまりいい顔はしないウインディ。マリルリさんもイオトが心配なのか少しいつもよりおとなしめだ。
「ヒロ君のエンペルトがいれば何がきても怖くねーですよ!」
「そっれなー!」
 無理に明るさを取り繕う俺たちを憐れむような目で見つめてくるエンペルト。こう、かわいそうって思われてるなってのが一発でわかる。
 一階まで降りるとウインディがまるで地面を掘るような動作を始めたのでウインディの顔を覗き込む。
「下か?」
「がう」
 1階よりも下。地下があるんだろう。主人か女中さんに声をかけて調べさせてもらうという手もあるが起こすのも気が引けるしそもそもどこで彼らが寝ているのかわからない。
 どこかにあるであろう地下への入り口を見つけるために探索を始めるがここで分散するか効率を捨ててみんなで探すかという問題に直面する。
「なあ、二手に」
「嫌です」
 シアンが即答すぎて問題ですらなかった。
食堂を経由して厨房を覗くと床に扉のようなものが見え、警戒しつつ近寄ってみる。そこからなぜかすすり泣く声がしてぞっと恐怖心が煽られた。
「開きそうだ」
「慎重に! 慎重にですよ!」
 シアンが腕に捕まったまま念押ししてきて俺もちょっとだけ手を震わせながら扉を開く。
 そこは食料庫のようで下に降りることもできるようだがすすり泣きの正体がわからないままだと降りていいものかと悩む。
 そう考えているとすすり泣きが止まり、厨房の食器がカタカタと揺れ始める。
「あばばばばばばば」
「落ち着け。ゴーストタイプのいたずら――」


















「ばぁ」




 地下から赤い瞳がこちらを見ていることに気づいた俺たちはその瞬間もう何も考えられなくなりただ絶叫した。

「おわああああああああああ!」
「うにゃあああああああああああああああ!!」

 怖いというより緊張していた中のドッキリまがいな登場にびっくりして思わずシアンと抱き合いながら後ずさる。シアンはまだ錯乱しており「にゃー! にゃーにゃーにゃー!!」ともはや言語が人間のものではなくなっている。
 が、俺もシアンもすっと恐怖が消えたように落ち着いてしんと静まり返った厨房で顔を見合わせる。
 ムウマは宙に浮きながら楽しそうに笑っており、ポケモン図鑑でムウマを確認する。

 ムウマ。いたずら好きですすり泣くような声で人を怖がらせる。怖がる心を赤い玉で吸収して栄養にするという。

 一瞬で恐怖が消えた理由がわかった。どうやらシアンのびびりがよほど美味しかったのか「むあー」と嬉しそうに満腹アピールをしている。
 何はともあれただのいたずらで安心したが本当に心臓に悪いのでやめてくれ。
「うごごごごご……」
 シアンの鳴き声豊富すぎて一周回って面白くなってきたな。
「怖いの消えたか?」
「消えた途端にまた湧いてくるですよ……」
「ムウマに目つけられるぞー」
 まあ見事に目をつけられてご愁傷様というべきか。地下に降りようとしたら笑顔でシアンについてくる。
「あっちいけですよぉ……」
「むあー?」
 食料庫のようなそこはほかに出れる部屋がなさそうで見渡した範囲でイオトとエミの姿がないか確認するも見当たらない。
「ヒロ君うしろー!」
 え、と気の抜けた声とともに振り返ると強烈な眠気に襲われて自分の足で立つこともままならなくなり、視界が閉じていくとともにぐらついた体は倒れていくのであった。


――――――――




 夢を見ていると自覚しているのは明晰夢とかだったっけ。
 ぼんやりと夢の中の地元の公園を歩いていると何故か懐かしい後ろ姿が見えた。
 あの夢の少女だと、せめてはっきりと顔を見たいと少女の肩をつかむ。そして少女はそのまま振り返って――

「残念! 私です!」

 ふーはははははと高笑いしながら俺を蹴っ飛ばしたその姿はリジアであり、少女の面影がどこにもない。自分の夢なのに自分の思い通りにいかねぇどころか自信満々のリジアのドヤ顔にイラっとした。
「悔しいですか? 悔しいでしょうねぇ! 残念ですがお前にいい思いなんて少しだってさせてやりませんとも! あなたの夢の相手は好きな子ではない! この私だっ!」
「せめてもっとかわいげのある感じで夢に出てこいよおおおお!!」


――――――――


 はっと夢から目覚めて冷たい床の感触と底冷えする寒さに飛び起きると食料庫が氷まみれになっていた。エンペルトの技のせいらしく、苛立ったエンペルトが何もいないところを睨んでいる。
「起きたー! ヒロ君、大丈夫ですか! ボクのことわかりますか!?」
「大丈夫……ていうか何が起こった……?」
 エンペルトが次々とあちこちに氷を発生させているが何が起こっているのかわからない。イヴやマリルリさんは俺たちを守ってその場から動いていないようだ。
「ヒロ君にさいみんじゅつかけた何かがまだここにいるみてぇです。エンペルトが捕まえきれないでイライラしてるですよ。ヒロ君は悪夢見てうなされるし……」
 やっぱあれ悪夢だったか……。
「エンペルト、しろいきり!」
 苛立っているエンペルトに指示を出すと素直にしろいきりを発動させてくれる。霧で視界が覆われる? 逆に霧があるからこそ動きが見えることもある。
「そこだ!」
 霧が不審にうごめいている部分をエンペルトが攻撃するとようやく正体を表したスリーパーが後ずさる。
 不気味に笑うスリーパーに更に追撃するエンペルトだがこのスリーパー、やたら強い。
 エンペルトが苦戦する野生のポケモンなんてしばらく出てこないと思っていたのだが少なくとも攻撃を当てられないという点で苦戦しまくっている。

 こちらを馬鹿にするスリーパーだったが、突如、背後から攻撃を受けて倒れ、あっけなく瀕死になり、再び食料庫に静寂をもたらした。
 エンペルトを見ると自分じゃないと首を振り、マリルリさんやイヴたちも同じようだ。
 恐る恐るスリーパーの背後、攻撃が飛んできたであろう場所を見ると物陰に隠れるように何かが動く。
シアンがびびって覗き込めないため俺が古ぼけたダンボールを持ち上げてその隙間を確認するとそこにいたのはミミッキュだった。

 目と目が合う。パーフェクトな愛らしさを醸し出すミミッキュは「きゅ……」と小さく鳴いて俺を見ている。

「第一印象から決めていました」
 欲しい。めっちゃかわいい欲しい。
 ミミッキュはおずおずと物陰から出てきて俺の差し出した手に布の下から出した手を伸ばす。なんだこのかわいい生き物。
「だ、大丈夫ですか? 攻撃してきたりしないですか?」
「こんなかわいい子がそんなことするはずないだろ!」
「ヒロ君の変なスイッチ久しぶりに入ったですね!?」
 イヴがげしげしと前足で蹴ってくる。なんだやきもちか? お前らホントかわいいなぁ。
「ミミッキュゲットー!」
 空のボールを投げるとミミッキュは恐ろしいほど滑らかな動きで横に避け、次のボールも反対側に避け、不思議そうに「きゅ?」とこちらを見てくる。
「ヒロ君、なんでダメージ与えないです?」
「いやこんなかわいいやつを攻撃するとか……」
「捕獲の大原則ゥ!」
 敵意はない相手なのに傷つけるなんてそんなひどいこと……俺にはできない。こんな無邪気に見つめてくるミミッキュを殴るなんて非道なこと、悪の組織かなんかだろできるの。
「ヒロ君って……もしかしなくても捕獲超下手なんです……?」
「下手じゃねーよ。捕まえるのに痛めつけるのに心が痛むだけだよ」
「ていうかそれよりもイオ君とえっちゃん探すですよ!」
「え? ていうかもうどうでもよくね? 俺今ちょっと捕獲に忙しいし」
「ポケモンのこととなるとヒロ君本当にぶっ飛びすぎですよ!?」


とぅりりりり ( 2017/11/12(日) 19:29 )