ハマビジム
それからというものの、エンペルトが仲間になり、さっそくジム戦に向けての修行を浜辺で短期で詰め込むとレンが進化した。やっぱりイオトやエミ相手だとレベルが低いうちはぐんぐんあがる。
なお、エンペルトはなんか、多分俺の手持ちで一番レベルが高い。最大戦力になってしまったことでチルがちょっと拗ねた。イヴはエンペルトに懐いたのか結構いい感じだ。ただ、エンペルトは相変わらず何を考えてるかちょっとわかりづらい。
レベルをあげるのもいいがどうせレベルこっちに合わせるだろうし埒が明かないからと方針を変えて修行は早めに切り上げて、結局エンペルトが仲間になった二日後、ジムを訪れていた。
ハマビシティにきて4日目。これ以上あのホテルで長居するのもあれだし、できれば今日中に決着をつけたい。エミなんかはわりとホテル生活に馴染んでのんびりしよーよなどとほざいてるが。
ジムの近くにくるとガンエさんがこちらに気づいて少々お待ちくださいと止められ、二分ほど待つと奥からナギサが駆け寄ってきた。
「ようこそ! 早かったね!」
ワクワクしているような様子で建物の入り口に立つと元気な声で俺たちに言葉を向ける。
「と、言うわけで!」
ぐるりと両手を広げながらその場でターンしたナギサはかわいいと言えばかわいい。別の言い方をするとあざといまでに無邪気さをアピールしてくる。だが彼女はおそらく素でやっている。これで計算なら相当だ。
「ハマビシティジムへようこそ! ここはアクアリウムにもなっていて水ポケモンのことを楽しく勉強できる素敵なところだよ!」
自分のジムを素敵と臆面もなく言えるの、逆にすごいと思う。
「まあ、ここは普通のお客さんもくる場所だけど、あっちから奥がジムになってるから見て回った後にでも来てよ!」
「いや、すぐにジムに行こうと思ってるんだけど……」
どうせあとでも見れるし、と水族館のような室内を見渡す。ジムと反対側にもアクアリウムは広がっているらしい。
「…………そっかー残念! じゃあ案内するね!」
そのままジムへと移動すると水路が見え、入り口が3つに分かれている。
「ルールは簡単! かんたん・ふつう・むずかしい、の難易度を選んでその先の問題に答えてね! 正解すればジムトレーナーとのバトルはなし! 間違えたらどぼんしてバトルだよ! あと一定回数どぼんしたら失格だから気をつけてね!」
どぼんって何。待って、そこを詳しく説明してくれ。
「難易度はどういう違いがあるですよ?」
「元々はねー、小さい子でもジム戦楽しめるようにって作ったんだけどむずかしいを選ぶとふつうよりちょっとお得なことがあるかもねーって感じかな。かんたんは単純に問題が簡単って感じだよ!」
つまりむずかしいの方が得なのか。ポケモンの問題といっても俺は前世の知識もあってあまりハンデにならないと思うし、むずかしいを選んでみよう。多分、ゲームでいう○×クイズみたいなものだろうし。
「じゃあむずかしいで」
「おっ! それを選ぶ人ひっさしぶり〜! がんばってクリアしてね!」
ナギサが楽しそうに煽ってくる横でシアンがうずうずとかんたんの方の入口を見る。
「ぼ、ボクも挑戦してみていいですか?」
「いいよいいよー。楽しんでいってね! そっちのお兄さんと……お兄さん、かな? 二人もやってく? 一応見学室あるけど」
後ろに控えてたイオトとエミにも声をかけるが二人は軽いテンションで答える。
「俺らは見学〜。まあ、二人共がんばれよ」
「間違えたら盛大に笑ってあげるから〜」
絶対に間違えたくない理由ができた。
「あ、それから、図鑑とかネットで答えを調べるのは禁止! やったら退場だからね!」
一通りのルールを把握したので、シアンとほぼ同時に、それぞれ中に入る。どぼんの意味だけわからないのが不安だが。
その先には小さな部屋になっており、先に進む扉は閉まっていた。正解すると開くのだろう。
モニターが光ると、そこに問題文が映し出され、同時にナギサの声で読み上げられた。
●問題:サメハダーの泳ぐ速度は?
「…………は?」
マルバツどころか選択肢すらない。こんなの知るわけない。もしかして図鑑に載ってるのかとひらきかけたところで図鑑やネットなどは使用禁止だったことを思い出す。
『むずかしいをクリアした人はまだいないんだー! がんばってねー!』
館内の放送か何かでナギサの声が聞こえてくる。先に言ってくれよ!
「……ひゃ、100キロ……?」
しーんと反応がないままの時間が数秒続く。が、沈黙を打ち破ったのは明らかに間違えたのがわかるブザー音。
『ぶっぶー! 正解は120キロ! というわけでどぼん!』
足元が急に開いたかと思うとウォータースライダーのように下に滑っていき、辿り着いた先で水兵の格好をした男性が待ち構えていた。
「どぼんルームへようこそ! 勝ったらクイズルームへのはしごが出現します!」
「この仕掛けいるか!? なあ!」
ジムトレーナーとのバトルが始まり、イヴを繰り出すと向こうはブイゼルを繰り出してきてくる。そんなに強くはないが毎回こんな風に落ちるのはちょっと嫌なので次の問題からはなんとしてでも正解せねばと強く思った。
――――――――
●問題:水の石で進化しないポケモンは次のうちどれ?
A、ヒヤップ
B、ハスブレロ
C、スターミー
D、パールル
シアンは問題文を見つめながらうんうんと唸っていた。
「えーと、えーと……B! ハスブレロ!」
3拍の間の後、不正解を告げる音が鳴り響き足元が抜けてシアンも滑り落ちていく。
『ちなみに正解はパールルだよー! 進化のアイテムはあるけど水の石じゃないよ! 残念どぼん!』
「これ滑る必要あるですかぁぁぁぁああああ!?」
――――――――
「はーなるほどねぇ。むずかしい、はともかくかんたんとふつうはアクアリウムを見てればある程度答えは把握できるってわけか」
エミが感心したようにシアンが滑り落ちた瞬間をけらけら笑いながら見守る。イオトは呆れた顔でヒロの様子を見ていた。
「くっだらねー……」
「むぅ! くだらないとは失礼な! 意外と好評なんだよ!」
頬を膨らませて抗議するナギサはマイクを掴みながらぷんぷんとイオトを睨む。
実力が低くとも、きちんと勉強していればジムトレーナーと戦うことなくジムリーダーと戦える。むずかしいの特典は不明だがバトルよりも知識に重きを置いているらしく、アクアリウムが盛況なのもそのためなのが伺える。
「ていうかシアン、初っ端間違えるのはどうかと思うんだけど」
エミが笑いつつもツッコミを入れ、とりあえずかんたん難易度だからかジムトレーナーとのバトルはあっさりと終わったらしい。二問目に挑戦するために濡れた袖や裾をぎゅっと絞っている後ろ姿が映るがなんだか哀愁が漂っている。
ヒロもトレーナー戦はあっさり終わったのかずぶ濡れの服を重たそうにはしごを登っていく姿が見え、今にも帰りたいオーラを隠しきれていない。
そんなヒロを見ていたらいつの間にかシアンがまた不正解でどぼんルームへと落ちていく。イオトは「ちょっと頭が弱いと思ってたけどまさかそんな……」などと失礼極まりない発言をし、エミもうーんと微妙な顔をしていた。
「シアンちゃんはこのままだと失格になっちゃいそうだなー」
ナギサが残念そうにモニターを見守っている。かんたん難易度なので結構ゆるいはずなのにシアンが残念すぎて話にならない。
「ヒロ兄はどうかなー」
次の問題が出題され、ヒロは難しい顔をしつつも時間をかけて答えを出す。正解し、安堵したような様子で扉の先に進んでいく様子を見てナギサはウキウキと興奮を隠しきれていない。
「むずかしいの難易度はかなり厳しいから全然越えられる人いなかったんだけど……ヒロ兄期待通りいい感じで嬉しいなー!」
が、そんなナギサとは対照的にヒロが正解した問題を見た二人は眉をひそめた。
●ケイコウオを餌として捕まえるポケモンは?
選択肢もない、専門的な問題だ。少なくとも新人トレーナーでこれを知っている者はかなり限られる。ちなみに答えはキャモメ。
次の問題もそうだった。
●ヒドイデ、ドヒドイデの好物は?
これは比較的有名な方だが知らない人間は知らないような知識。明らかにトレーナーとしての一般常識ですらない。
シアンのかんたん難易度はその点かなり初歩的だ。新人トレーナー向けとも言える。
「解かせる気ねーだろこれ……」
「問題は新人のはずのヒロがこれを解いてることなんだけど」
エミの指摘にイオトはすっと真顔になる。エミも、イオトの方を見ないまま無表情だ。
「……イオト、ヒロも大概だけど君もなんか隠してない?」
「俺は自然体だけど?」
微妙に腹の探り合いが行われる中、ナギサの「あーっ!」という声でそれは中断される。
「シアンちゃん不正解連発で失格でーす! またチャレンジしてね!」
モニターに映るしょんぼりしたシアンが外につながる別の道へと誘導されしばらくするとびしょぬれのシアンが見学室にやってきた。
「ううっ……ひどいめにあったですよ……」
「楽しくなかった?」
素で言ってるナギサに「こいつ濡れることに何の躊躇いもないやつだ」と確信したエミは少しだけシアンに同情した。
「シアンちゃんはアクアリウムでお勉強だねー。大丈夫! お勉強は楽しいよ!」
少しズレた発言のナギサはモニターを見ながらヒロの様子を見つつ「そろそろかなー」と呟いてガンエに声をかけた。
「ガンエ! 私そろそろ定位置につくからあとよろしくね!」
「了解です。がんばってください」
ジムリーダーの部屋へと向かったナギサを見送りながらずぶ濡れの髪をタオルで拭きながらシアンは椅子に腰掛け、床と椅子がびちゃびちゃになりながらもモニターのヒロを見て気の抜けたことを言う。
「ヒロ君はもうそんな進んだですか。すげぇですねぇ」
すごさをいまいち理解しきれてないシアンは自分より少し賢いくらいにしか思っていないんだろう。
ヒロに出されている問題はどんどん難易度があがっていっている。
●次のうち、パルシェンが覚えない技を答えよ
A、ロックブラスト
B、マッドショット
C、みずしゅりけん
D、からをやぶる
遺伝技。新人トレーナーが知るはずのない、大学や研究者がまだ研究中のものを平気で出すのもひどいがそれを正解するヒロははっきり言って不自然すぎた。
ナギサのように幼くしてそういったことを知っている人間がいるせいで周りはなんとも思っていないが、イオトとエミははっきりとヒロに対する疑惑を強める
(ヒロ、本当に新人トレーナーなのか?)
(なんだかなぁ、僕より弱いのにこんな知識あるの、新人っていうには苦しすぎるような)
そんなことを考えていると、ヒロは最後の問題を解いてついにジムリーダーの部屋へと足を踏み入れていた。
――――――――
最初以外濡れることなく慎重に問題をクリアしていき、ようやくジムリーダーの部屋、ナギサの元へとたどり着く。
「待ってたよー! ヒロ兄賢いんだね。まさか本当にむずかしいをクリアしてくれるなんて!」
嬉しそうに言うナギサにいやあの問題は難易度鬼畜すぎるとツッコミたかったがなんだかんだ俺が答えられたし難易度に突っ込むのは野暮だろう。
「んー、本当はね、むずかしいの問題をクリアした時点で私としてはジムバッジあげてもいいんだけど」
それはあんまり納得いかないでしょ?とまっすぐこちらを見られ、まあ消化不良ではあると頷く。
「だよね。うん、まあここからは延長戦! あんまり肩肘張らずにバトルそのものを楽しもう!」
俺から一旦離れ、ナギサは指をパチンと鳴らす。照明が一層強くなり、バトルフィールドを照らし出した。
「というわけで! 改めましてようこそ挑戦者!」
くるりと回ってにっこりと笑うナギサは自信たっぷりに腰に手を当て高らかに宣言する。
「ここまでたどり着いた賢いあなた! 知識は抱えるだけじゃ意味がないってことを実践で証明してあげる!」
パチンと指を鳴らすとバトルフィールドが変化し、堀のよう囲いができたかと思うと堀というより細い水路のように水が流れ、落ちたら流されてしまいそうだった。そして、フィールドの半分が水場になり、かなりナギサというか水ポケモン有利なフィールドが完成した。
「さあ、ハマビシティジムリーダーのナギサがお相手しますっ! 全身全霊でかかっていらっしゃい!」
無邪気な少女でありながら、凛としたジムリーダーとして、ナギサは俺の前に立ちふさがる。
モニターに4対6と示され、ナギサがピンクのトリトドンを繰り出して戦いは始まりを告げた。