新しい人生は新米ポケモントレーナー - 1章
市場の買い物と新たな戦力


 朝からグロテスクなほど大食いを発揮したシアンとエミをできるだけ見ないようにして町の地図を見ながら今日の予定を確認していた。
「とりあえず市場に行ってその後灯台でいいんだっけ?」
「はいですよ! えっちゃんとかイオ君はどっかいきてーところないですか?」
「僕はまあ適当に付き合うよ」
「俺も俺も」
 改めてこの二人って観光にあんまり興味ないというか、俺とかシアンについてくるだけで自分のしたいことがあんまりないよな。
 カロリー高い朝食を終えて、町へと繰り出すと昨日の事件の傷跡もなく、活気に満ちた市場へと足を踏み入れるとシアンが一人目を輝かせながらクルマユを頭に乗せて一人突っ走る。まあわかりやすい見た目してるし迷っても電話すればいいんだけどさ。
「すごい活気だな」
「ここ輸出入とかも盛んだから人の出入りが激しいんだろ」
 イオトが案内図のようなものを見ながらそう呟く。外国、というほどでもないがよその地方の特産品とかがプレートにかかれており、そこそこいい値段がする。
「割りと近いイドース地方の品とかも直輸入だって」
「どこだっけそれ」
「直通船とかも出てるとこだよ。自然豊かで食料とかそこから結構輸入することも多いみたい」
 エミの意外な知識披露。そういうことにあんまり興味なさそうなのに侮れないもんだな。
 シアンが変な置物とか見てきゃっきゃしている横でイオトがつまらなさそうにシアンの背中を見守っている。こういうのを見ているとシアンって人生楽しんでるよなって思う。
「エミ、なんか屋台あるけど食う?」
「フランクフルトがいいなぁ」
 ふぁ、とあくび混じりで立ち並ぶ店を見渡しながらエミはだぼだぼの袖から小銭を出して俺に渡してくる。買ってこいという意図を察し、仕方ないので買ってくるために少しだけ離れるとイオトとシアンだけしか元いた場所におらず、エミがいなくなっていた。
「あれ、エミは?」
「ん? さっきまでそこにいなかった?」
 きょろきょろとあたりを見てみるが小さい割に特徴的な見た目をしているためわかりやすいエミの姿は見当たらない。
「少し探してくるから二人共あんまり遠くにいかないでくれ」
「はいですよー。ボクまだここ見てますです」
 アクセサリー屋か。女はこういうの好きだよな。
 イオトはシアンについているだろうし大丈夫だろう。エミはあいつ、気を抜くと連絡手段壊しかねないしはぐれると一番厄介だ。早めに見つけよう。
 市場を抜け、通りの方へと出るとエミが手すりに腰掛け、不機嫌そうに電話をしていた。
「はあ、そっちのことはそっちでしてよ。第一、僕は――」
 何か言いかけるも俺に気づいてエミは口を閉ざし、苛立たしげに通話を切った。なんか邪魔したみたいで居心地が悪い。
「別に気にしなくていいよ。相手するの鬱陶しかったし」
「いいのか?」
「相手親だし」
 親かぁ。態度から見るに親とあまり良好な関係ではないのかもしれない。ただ家庭のことを聞くのも失礼だろうしあんまり何も言えない。買ってきたフランクフルトをとりあえず渡しとこう。
「……とりあえず、急に親が電話してきて機嫌悪いだけだからヒロは気にしなくていいよ」
「あ、ああ……」
「つーか僕もいい年だよ。それなのに自分が困ってたら都合よくこき使おうとするのってどう?」
「まあ、それは嫌だな」
「そーいうわけだから気にしなくていいの! 僕はね、割りと本気で今の状況気に入ってるし」
 4人旅が気に入っているねぇ。まあ俺も楽しくないかと聞かれたら嘘になる。それ以上に苦労もするけど。
 エミがむすっとした様子でフランクフルトを完食し、ゴミ箱へ串を捨てると「シアンたちのところ戻ろう」と立ち上がる。エミはなんというか、落ち着いてる雰囲気の方が似合っている気がした。普段のテンションよりよっぽどしっくりくるというか。
 特に喋ることもなくシアンたちに合流するとシアンがなぜかドヤ顔で待ち構えていた。
「むふふっむっふー! じゃーん、ですよ!」
 小さな袋で包装された何かを俺とエミに押し付けてきて二人揃って首をかしげるとイオトが少し呆れた様子で補足した。
「まあ、なんか、みんなで同じものが欲しかったんだって」
 何かと思ってあけてみると小さい石がついた革のブレスレットだ。よく見ると、石の色がそれぞれ違う。俺のは黒でエミのは紫だ。
「それぞれの瞳の色に合わせたですよ! どーです? ボクの完璧なおそろいアイテム!」
「うーん、ちゃちい」
 イオトが乾いた笑いとともに自分も渡されたのか緑色の石がついたそれを指でくるくると回している。
 どこにでもありそうなお土産のやすっぽい品。だけど、エミは満更でもないのか「まあせっかくだしね」と呟いて袖から腕を出してさっそく身につけた。
 シアンは青い石がついたものを自分の腕につけ満足した様子だ。イオトはまあ、やれやれという顔はしているが一応合わせてつけている。といっても袖で隠したけど。
 俺もつけないと空気読めてないし、と腕につける。まあ、悪いものではないからいいか。
「ボクはみんなと旅できて楽しいですよ! これはその感謝の気持ちってやつです!」
 上機嫌なシアンにイオトも「まあ俺も楽しいよ」と相槌を打つ。なんだかんだで全員楽しいと認識しているこの4人旅。
 ふと、でもいつかは終わるんだよなと考えてしまった。
 そんな思考を打ち消すようににわかにざわつく人々に釣られて港側へと視線を移す。少し遠いが人だかりができていた。
 昨日の今日で何かあったのかと気になって人をかき分けて4人で見に行くと昨日のエンペルトが浜辺でぽつんと座り込んでいた。
 そこに、ナギサが駆け寄ってきてエンペルトに視線を合わせるように屈んで何か話しているようだが詳しくは聞こえない。
 が、ナギサがこちらに気づいて大きく手を振って叫んだ。
「ヒロにーいー! ちょっと来てー!」
 一斉に視線がこちらに集まりどっと汗が吹き出た。なんだ、なんだこの状況。
 シアンが横で「ご指名ですよ」と言ってくる。腕の中のクルマユもずびしっと俺を示してくる。
 渋々前に出てナギサとエンペルトがいるところまで近づくとエンペルトはこちらを見てすっと立ち上がる。
「多分なんだけどね、エンペルト、新しい主人を求めてるようなの」
「新しい主人……で、なんで俺?」
「昨日気に入られたんじゃないかな? 私はダメみたいだから、ヒロ兄がんば!」
 エンペルトと向き直るとじぃっとこっちを見てくるエンペルトの考えが全く読めずこちらも棒立ちになる。これ……その、バトルしたほうがいいんだろうか。
 エンペルトが黙ったままかと思いきや、突然、俺の腰のボールを小突いてくる。これは空ではないのでカバンから空のボールを出すと無表情でうなずかれる。
 ボールを投げるとすぐさまカチッと捕獲完了の音が聞こえ、野次馬が沸き立った。
 この海に住まうヌシであり、有名な存在のエンペルトを捕獲したというのだから盛り上がるのも当然かも知れない。
 エンペルトの気持ちは正直全然理解できていないけど俺を認めて手持ちになってくれるってことでいいんだろうか。ボールを見るとエンペルトはこちらを向いてはくれない。
「よかった。どうかエンペルトを大事にしてあげてね」
 ナギサに声をかけられて「もちろん」と返すと花が咲いたような笑顔を向けられる。
「うん、エンペルトがヒロ兄を選んだ気持ちわかるよ」
「エンペルトの気持ち、俺全然わかんねぇよ……」
 ポケモンの言葉を理解できるようになりたい。そうしたらもっと楽しいだろうに。
「言葉はわからなくても一緒にいればきっと通じるよ! 大丈夫!」
 ボールのエンペルトを再び見る。こちらを一瞥し、無言で頷くエンペルトは少なくともこちらを嫌っている様子はない。
「これからよろしくな、エンペルト」
 エンペルトにニックネームをつけようかとも思ったが元々誰かのポケモンだったこともあって俺がニックネームをつけることは憚られた。いつか、つけるとしても今ではない気がした。




――――――――

 エンペルトは昨日のことを思い出していた。
 もう二度と、人間の手持ちになることはないと思っていたのに、自分という存在が町に迷惑をかけてしまったことへの罪悪感と、決心の付かない心に悩まされ日が沈みかけた海辺でぼんやりとしていた。
【辛気臭い】
 いきなり背後から叩かれ、驚いて振り返ると昼間にトレーナーと一緒にいたマリルリだった。
【なんだ】
【私が言ったことまーだわかってないわけ?】
 昼間、確かにマリルリに叱咤された。初対面であそこまで怒られたのは初めてだったので面食らってしまったものだ。


【なーに気取ってるんだか! あんた、自分が迷惑かけてるんだからちょっとは協力しろっての!】
 キレながらかわらわりしてくるマリルリになんだこいつはと思いつつ言葉は一応聞き、置いてけぼりのトレーナーは困惑しているのを視界に映した。
【だいたいなんなの? ヌシ気取って何がしたいわけ。海のポケモンが泣いて助けを求めてるのは誰のせい。あんたがあぐらかいてふんぞってるせいだっつーの!】
【……そんなつもりはない。それに、野生なら自分の身くらい自分で守るものだ】
【あ゛? 本来ありえない外敵を呼び寄せてるせいであんたのせいだっつーの!】


 マリルリらしからぬキレた顔は自分の生きてきた中でこいつくらいだ。
 が、今は呑気にソフトクリームを舐めながら自分の横に座ってくる。
【ま、解決したし、これ以上私が言うこともないんだけどさ】
【ああ】
【なんだかんだであんたも現状はよくないって思ってるんでしょ】
 この町のジムリーダーである少女もそうだ。自分が主人の死にとらわれてずっとこの海を守護していることをよしとしない。
 主人の好きだった海を守ろうとして、結果がここ最近の海荒らし。悪いのは当然の悪党であるが自分がここにいなければ来ることもなかった。
【すっぱり割り切って新しい主人見つけるってのも悪くないと思うけど】
【……そう簡単に割り切れるものか】
【まあ、私も前の主人に会いたいし思うことはあるけどさ】
 マリルリはソフトクリームのコーンをばりぼりと貪り、飲み込んでから続きを言う。
【別にあんたがいなくてもこの海は平穏だし、前の主人はあんたを薄情者だとか思うことはないよ】
 それだけ言い残してマリルリはトレーナーたちがいる建物へと戻っていった。
 新しい主人を持つこと。ずっと抵抗があった。
 先代ジムリーダーを無理やりはねのけ、心優しい現ジムリーダーの少女をも強引に振り払った。
 今更、俺を正しく導いてくれるトレーナーなんぞいるのだろうか。
 そう考えて浮かんだのは昼間のトレーナー。人の善性を信じているわけではないが、あの男は不快感を感じない人間だった。
 あの短い間で人となりなど判断できるわけもない。だが、よく考えれば大抵のポケモンはそうして人に捕獲される。
 トレーナーを選ぶという思考に陥っていた自分は本当に傲慢だと自嘲し、一つ決心する。

 もし、明日あの男に会えたなら――。


とぅりりりり ( 2017/11/10(金) 22:15 )