新しい人生は新米ポケモントレーナー - 1章
スワンナレイク



 ハマビシティから少し離れた、人気のない場所でキッドとサイクは放り出される。
「無能」
 端的な罵倒にキッドは「あ゛?」とフードの少女を睨んだ。冬でもないのにやたらと厚着の少女はキッドもサイクも一応は知っているがさほど親しい相手ではない。
「てめー、ただの運び屋の分際で俺らにケチつけるッスか? メグリ、だっけ?」
「気安く呼ばないで。ったく……だから最初からリジア呼んでおけって言ったのに……」
 フードをはずした少女は顔に呆れを隠しきれていない様子で座り込むキッドを見下ろす。ゆるやかな白髪が揺れ、お世辞にも愛想がいいとは言えない表情で続けた。
「僕が助けてあげなかったらどうしてたか知らないけどジムリーダー相手にするのはやめときなって。さすがに幹部の人らも一部ジムリーダーとは敵対したがらないくらいだし」
 一部、と言われてサイクの頭に真っ先に浮かんだのはヒナガリシティのジムリーダーだ。ワコブシティやレンガノシティもとてもではないが相手にしたくないと心の中で呟く。
 一応、少し遠いがハマビシティが見える場所らしく、双眼鏡で浜辺の様子を見ながら白髪の少女はある人物を見つけ、動きを止める。
 視線の先には濡れたヒロとイオトにタオルを差し出すシアンと呆れているエミ。四人に声をかけるジムリーダーを確認すると「ふーん」と納得したように呟く。
「そういうこと」
「んだよ。一人で納得するなよ」
「別に。じゃ、僕はまだほかの任務あるから君たちだけで帰ってね。あ、でも君ら移動手段ろくになかったっけ。じゃあケーシィ一匹貸しとくからそれで帰りなよ。無様な失敗報告、しっかりね」
 少女はそれだけ言い残してケーシィの入ったボールをサイクへと投げるとさっさとその場からテレポートで消え、残されたキッドは濡れた自分の上着を地面に叩きつけた。
「なんスかあの女! ムカつくッスね!」
「言いたいことはわかるけどキッド君どうどう。僕らもまだまだ修行が足りないのは事実だしおとなしく帰ろう」
「はー……こんなことならリジ姉呼んどきゃよかったッスよ」
「捕獲はあの子の方が上手いからねぇ」
 同僚であるリジアを思い浮かべた二人は最近別の任務で忙しかったからと気を使ったのを後悔した。何事にも適材適所というものがある。
「僕は妨害や工作専門。君は鉄砲玉。まあ捕獲任務にはそもそも向いてるはずないよね」
「んなこと言っても先輩、幹部さんに口答えできねーじゃねぇッスか」
「そうだね、やれと言われたらやるしかないのが僕ら下っ端さ」
 世知辛い事実を再認識し、預かった眠そうなケーシィテのレポートで彼らのアジトまで向かった。



――――――――


「へっくし!」
 唐突なくしゃみに顔を背け口元を覆うとリジアは鼻を少しこすりながら首を傾げる。一本でまとめたみつあみは根本と先端を縛って輪にするようなまとめ方をしている。
「風邪ですかね……体調管理は気をつけないと」
 目の前にある大きい鍋にこれでもかとあるシチューをかき回し、火を止めて大きめの冷蔵庫からサラダに使う野菜を取り出す。アジトの厨房は今はリジアとその手持ちしかおらず静かだ。
 腕まくりをし、簡素なエプロンをつけたリジアはてきぱきと調理と盛り付けを進めていくがふと、手を止め考え事をする。
「そういえばサイク先輩とキッド君の分はどうしましょうか。いつ帰ってくるかわからないですしねぇ」
 手伝いをしていたネイティオに話しかけながら再び皿にシチューをよそっていくとじゃらじゃらとクレッフィの鍵の音が聞こえ、注意した。
「クレフー? あなたもお手伝いしてください。いつまでたくあんかじってるんですか」
 棚から勝手に一本漬けのたくあんを盗み、ばりぼりと食べ続けるクレッフィを見ながらネイティオは変なものを見るような目でリジアの裾をくいくいと掴む。それに気づいたリジアはぎょっとして慌ててたくあんとクレッフィを引き離そうとする。
「あ゛っ!? クレフあなた! またそうやって予備のたくあんを全部食べましたね!? 一日一本までって約束したでしょうが!! って五本も食べたんですか! さすがに怒りますよ!」
 もう半分ほどになったたくあんをどうにか引き剥がそうとクレッフィと格闘しているとその様子を微笑ましいものを見るような目でサイクが見守り、体と食べてる量がどう考えても釣り合わないことに戦慄するキッドが食堂から厨房を眺めていた。
「クレフも相変わらず好きだねー」
「あの、パイセン……クレッフィのサイズでどう考えても沢庵数本って入らないんじゃ……」
「あ、お二人とも帰ってきてたんですね」
 どうにかクレッフィからたくあんを奪い、無駄に息を切らしたリジアは泣きながらたくあんを取り返そうとするクレッフィを押さえながら二人に声をかける。
「夕飯はどうします?」
「もらおうかなー。流石に疲れた……」
 レグルス団は食事は自分で用意するか当番制で食事を用意してもらうかの二択だ。リジアは料理当番になることが多いため、二人が食堂で食事をすることもあるのを知っており、ネイティオに追加分の皿を取ってもらいながらシチューをよそる。
「今日は随分とボロボロですが何かありました?」
「あーほら、例のエンペルト。捕まえられなくてね」
「やっぱリジ姉呼んだ方がよかったって言ってるじゃん」
「ああ、あの優秀な個体のヌシですか」
 リジアにも覚えがあり、自分が参加する作戦の候補にそれがあったのもわかっている。が、別の作戦に割り振られたためその後の経過までは知らなかった。
「確かに捕獲系の任務なら私のほうが向いていたかもしれませんが……」
「つってもジムリーダーとパンピーに邪魔されたんでリジ姉一人だときつかったかもしれねぇっす」
 はあ、と曖昧な返事をし、一足先に二人に食事を出すと穏やかな様子で二人は食事にありつく。
「マジあり得ねえッスよ! 地味なパンピーにエンペルト横取りされて――」
「というか報告は済ませたんですか、お二人とも」
 ぎくり、と二人の肩が揺れた。リジアは(やっぱりまだか)と確信し、慈愛に満ちた表情で告げる。
「大丈夫ですよ。せいぜい謹慎くらいです」
「いやぁ……どうだろう……」
 サイクは幹部のお二人はリジアちゃんに甘いしなぁと心の中で呟く。口にするとその辺面倒なのがわかっていたからだ。
「まあーほら、結果は変わんねぇし飯食ってからでもいいかなーって」
「なるほどな。報告より飯とは随分といい身分だな」
 突然会話に割り込んできた声にキッドとサイクはさっと血の気が引き、慌てて振り返ると無表情のテオが立っていた。
「あ、テオ様お食事ですか?」
 唯一リジアだけが呑気に問いかけ、立ち上がる。テオは「大盛りでな」と告げ、キッドとサイクの向かいの席に腰掛けた。リジアはテオの分を取りに厨房まで行き、その間、重苦しい沈黙がその場を支配する。
「……さて、せっかくだ。この場で報告してもらおうか」
「あ、あの……」
「どうした? 報告より先に飯を食べに行くくらいだ。さぞかしいい結果だったんだろう?」
 圧力で胃がキリキリと締め上げられる感覚にキッドもサイクも顔面蒼白だった。教師に叱られる生徒みたいになっている。
「――まあ、メグリから報告は受けているから結果は知っているんだが」
 食堂の空気が2度くらい下がった感覚に陥る二人は早くリジアが戻ることだけを願って無言だ。
 しばらくの沈黙が面倒になったのかテオは「はあ」とわざとらしいためいきをついてリジアが戻る頃合いを見計らって言った。
「最近、失敗続きが目立つ。ので、ボスと他の幹部とも相談して試しにお前らは複数人で行動してもらう」
 複数人、と言われサイクが少し眉をしかめる。自分たちは下っ端なので団体行動は別におかしいことではない。わざわざそういったことを言うということは――

「下っ端の中でも優れた一芸特化――お前らのような奴らをまとめてチームにする」

 それを聞いた瞬間、リジアすらも表情が引きつり、あまり歓迎されない様子を見てテオも困ったように頭を掻くのであった。

 それがどういうことか、わかるのはもう少し先のこと。



――――――――



 町へと戻り、ヒドイデや、ナギサの捕獲したサニーゴを一旦保護した後、然るべき場所へと返すことになったのだが、肝心のポケモンセンターがボロボロで今日の宿泊は難しく、どうしたものかと悩んでいると、ジムトレーナーらしき男が声をかけてきた。水兵のような格好でいい人オーラがにじみ出ている。
「あ、ヒロさんでよろしかったですか? ナギサちゃ……ジムリーダーの使いの者です」
 腰の低い男だなぁと思いつつはい、と頷くとよかったと安堵した様子を見せる。
「ジムリーダーが今回のお礼にとホテルにお連れしろと……宿泊費用はこちらで負担するのでご安心ください」
「あ、でも今俺たち連れが……」
 毒を食らったイオトが病院で念のため検査を受けているのでそれを待とうとしていたのだが、男は大丈夫ですと即答する。
「お連れ様の話も伺っています。というか、ジムリーダーも同じ検査を受けているので終わり次第一緒にホテルで合流するつもりらしいです」
 どうする?とエミとシアンに視線を向けると特に反対する要素もないのでそのままホテルへと向かうことになり、危うく忘れかけてたことを思い出して男に一旦待ったをかけた。
 浜辺は人が大勢後始末に奔走している。邪魔にならないようにエンペルトをボールから出すとむすっとしたエンペルトがこちらを見下ろしてくる。
「とりあえず解決したし、お前も帰りなよ。ありがとな」
 じっとしばらく見下されていたがのそのそと海へと歩きだし、一度こちらを振り返ったかと思うと高速泳ぎであっという間に離れていった。
「エンペルト、逃がしちゃってよかったんです?」
 事情をよく知らないシアンが首を傾げながら聞いてくる。
「あいつ捕獲したのは一時的な約束だし」
「もったいねぇですねぇ」
 やることもやったのでホテルまで案内されるが、その間、エミはあまり喋らなかった。どうかしたんだろうか。
「エミ、なんかあった?」
「……いや、なにも」
 テンションがやけに低い。どこか上の空だしヒドイデとのバトル、そんなに疲れたんだろうか。
「こちらになります」
 考え事をしていたらたどり着いたのはやたら綺麗な外観のホテル。白い。壁が真っ白だ。看板を見ると『ホテル・スワンナレイク』とあり、それ以外の情報が一切わからない。
「……なあ、ここ、普通のホテル……?」
「ヒロ君ヒロ君、これあれです。めっちゃ高いホテルですよ」
「だよなぁ!?」
 明らかに高級っぽい外観してるしオーラも気軽さが微塵も感じられない。少なくとも旅してる俺らがほいほい泊まれるようなホテルではないはずだ。
「ジムリーダーはここのオーナーに気に入られているので重用してるのです。少なくともハマビシティでは最高のサービスを提供しているかと」
 案内してる人がそう教えてくれるけど違うそうじゃない。すっげー気まずい。明らかにホテルのロビーにいる人も金持ちっていうか上流階級とかエリートのオーラがする。
 今更断ろうにもほかに泊まれるところ探すのも大変だろうし……とぐっと居心地の悪さをこらえてルームキーを手渡される。2部屋分らしいが3人部屋と1人部屋のようだ。極端な男女比だもんな、俺ら。
「最上階のお部屋ですね。自分はここまでですがもし何かありましたらルームサービスのコールでガンエに繋いでくれと伝えていただければお伺いします」
 案内してくれたガンエさんは丁寧なお辞儀をした後ホテルから出ていく。ルームキーを持ってぽつんとロビーに立った俺らはとりあえず部屋に行ってみるかとのろのろと歩みをすすめる。エレベーターの中までピカピカで洒落た細工が施されており、嫌味にならない上品さにおったまげた。マジモンの高級ホテルだこれ。
 俺だけがびびっているようで、エミはぼんやりと、シアンは通常運転だ。
「シアン……お前平気なのか?」
「え、いやぁ、実家にある調度品と似たようなもんですし」
 そうだったこいつお嬢様だったわ。
「エミは?」
「うーん。物を壊さないかだけが心配」
 お前のベクトルとは違うけど似たような感想でちょっと安心した。
 最上階までたどり着くと下に降りるのかエレベーターの前で待っていた金髪の男が顔を上げ、入れ違いのように出入りすると、声をかけられる。
「少年。恨みでも買ってるのか」
 なんのことかと振り返ってみるもすでにエレベーターは閉じており、その意味を探ることはできない。なんだったんだろうかとエレベーターをぼんやり眺めているとエミが急かすように声をかけてくる。
「気にしなくていいんじゃないの? さっさと部屋行こうよ」
 気にはなるものの真意を確かめることもできないのでルームキーの部屋番号を探して少し歩くと割りとすぐに見つけ、隣同士なのでシアンにも鍵を渡してそれぞれ部屋に入ってみる。
 中は3つベッドのある広い部屋で大型テレビもそうだがバスルームもでかい。ルームサービス用の電話に説明が載っており、夕飯時間以外にも食事を注文できたりするようだ。
「うわー、すごいねこれ。一泊いくらするんだろ」
「考えたくない」
 エミは呑気に言うけどこれナギサが出すって言ってたよな? 本当に大丈夫なんだろうかこれ。
 窓の外はハマビシティと海を一望でき、夜は絶景になりそうだ。夕焼けで町並みがオレンジ色に染まっていてこれはこれで綺麗だが。
「イオトいつ検査終わるんだろうな」
「念のためらしいし案外早いんじゃない?」
 エミが適当にリモコンを取ってテレビをつけようとし、電源ボタンを押してしばらく待つ。
 ――つかない。
「……あれ、押せてなかったかな?」
 もう一度押してみるが反応がない。さーっと血の気が引いていく感覚にエミからリモコンを取り上げて押してみるがうんともすんとも言わない。
「エミ! おま、お前ーっ! 機械壊すってこれもアウトなのか! この程度で!? うっそだろ!」
「は、はははは……そ、そういえば昔テレビつけようとしたら何も映らなくなったなぁ……」
「おま、これ弁償とかになったらどうするんだよ!」
「こういうのって叩けば直るって言うよね!?」
「絶対修復不可能になるくらい壊すからやるな!」
 俺たちの慌てふためきを手持ちたちがあくびをしながら見守っている。すると、コンコンとノックの音が聞こえてきて俺たち二人が壊れた人形のようにのろのろとドアの方に視線を向ける。
「やっほー! ナギサでーす。ちょっと早いけどご飯一緒にどお? メガネのお兄さんもいるよー」
「なんでこんなクソ高いホテルにいるわけ!?」
 ナギサとイオトの声。リモコンを最初に置いてあった位置に戻してドアへと向かうと元気そうなナギサと疲れ果てたイオトがそこにいた。
「検査の結果、後遺症もなくばっちり健康! お礼も兼ねて一緒にご飯しようと思って。ここのご飯美味しいよ!」
「あ、はい……」
 美味しいとかいう以前に高そうというコメントしか出ない気がする。
 隣の部屋のシアンにも声をかけ、1階のレストランへと全員で向かう途中、エミがナギサに言った。
「そ、ういえばさぁ……テレビ壊れてたよ。つかなかった」
「え? 珍しいなぁ、そんな不備があるなんて。私からホテルの人に伝えておくね」
「ウン、アリガトネ」
 さりげなく元から壊れていたみたいなことにしやがったこいつ。微妙に棒読み隠しきれてねぇ。
 エミの雑な責任なすりつけをまったく疑いもしないナギサの今後がとても心配になったが弁償させられるのも怖いので俺は余計なことを言えず、黙ってレストランへと向かうのであった。

とぅりりりり ( 2017/11/07(火) 12:41 )