ハマビシティ大騒動1
ムーファタウンから3日かけてようやくたどり着いた港町。
「ここがハマビシティかー」
潮風を全身に感じ、イヴがちょっと嫌そうな顔をして背後に隠れてしまう。新しい手持ちであるコリンクことレンは初めて見る海に興奮して足元をぐるぐると回っていた。
「とりあえずまずポケモンセンターに行こうかねー」
イオトが地図を見ながらポケモンセンターの位置を確認し、街の様子がおかしいことに気づいて騒ぎの大きい方へと全員視線が向く。
どっこんばっこんやたら重い音が聞こえてくる。逃げているのか音がしない方へと逃げていく人々もおり、状況がつかめないままぼんやり音の方を眺めていると唐突に危険に気がつく。
「うわっ!」
海の方から岩が飛んできて慌ててボールから手持ちを出そうとする前にマリルリさんがすべての岩をアクアジェットで叩き落とし、怪我人を出さずに被害を抑えることに成功する。マリルリさんに感心したように町の人らが拍手を送るがマリルリさんは海の方をじっと睨んでいる。
「マリルリさん、どうした?」
イオトが珍しく真剣な顔でマリルリさんに視線を合わせるとマリルリさんも真面目に頷いて何かを伝えようとする。
「まり……まりまり、まー」
「あっはは、何言ってるかわからねぇ!」
茶化したせいかマリルリさんがいつも通りキレてイオトへの腹パンをし、そのまま海の方へと一匹で向かった。
「マリルリさーん!?」
ダウンしてるイオトを置いて俺とエミがマリルリさんについていくと船着き場や砂浜はひどいことになっていた。大量に岩が降り注ぎ、トゲのようなものもあちこちに突き刺さっている。野生のポケモンも逃げ惑っているのか町が大混乱だ。
「あー、原因あれだ」
エミが長い袖で示した先には岩に大量に張り付いたサニーゴ。海に積み重なってこちらを攻撃しているのもいて、かなりの数だとわかる。
サニーゴは近づくものすべてに敵意を示しており、事態を沈静化させようとした水夫やレンジャーたちも攻撃し、近くに停まっている船も船体がボロボロになっていた。だが数が多いのかなかなかうまく行っていないらしく、怪我人も出ている。
マリルリさんは逃げてきたであろう野生のキャモメに飛んでくる岩を撃ち落としながらキャモメを物陰へと誘導している。マリルリさんは耳が良いらしいので助けを求める野生のポケモンの声が聞こえたのだろう。
「うっわ、ざっと見える範囲で20匹はいそうだね? もっといるかな」
「こんな状態だとポケモンセンターも大変なんじゃ……」
というか海の近くにあるポケモンセンターなので既に屋根に岩が飛んできておりシャレにならない被害が出ていた。正直ここにいるのも危険だ。
「旅の人? ごめんね。とりあえず今日泊まるところくらいはなんとかするから」
いつの間にか俺たちの横にいたセーラー服の少女が双眼鏡を片手に海を見ていおり、渋い表情を浮かべた後に腰につけたカバンから空のボールを取り出す。
水色の髪をサイドテールにした少女は難しそうな顔をするも「よし」と自分に言い聞かせるように呟く。
「え、まさかゲットするつもりなのかい? さすがに危な――」
エミが驚いたように少女を止めるが手すりを飛び越えた少女は砂浜に飛び降りながら俺たちに言った。
「ごめん! 話は後!」
躊躇なく海への駆けていくと海の中から現れたサクラビスに乗って進んでいく。
「ジョーズ! らんらん!」
掛け声とともに水中から飛び出したサメハダーとランターンはサクラビスと並んで泳ぎながら、ナギサに当たりそうな攻撃を撃ち落として守っている。
サニーゴたちの攻撃の嵐を掻い潜り、目の前まで近づいたかと思うとボールを高く上空に放り、中からトリトドンが現れる。
「とんとん! どろばくだん!」
空中でどろばくだんの雨をサニーゴたちに食らわせ、目を回したサニーゴたちにすかさず空のボールを投げ全て捕獲するとほかにサニーゴがいないか確認するためにぐるりとサクラビスに泳いでもらう。ランターンも周囲を確認し、異常なしと告げに少女の元へと戻っていく。サメハダーは取り残してるボールがないかを確認しているようだ。トリトドンをボールへと戻し、少女は安堵したようにふぅと息を吐く。
その様子を一部始終見ていた町の人らは拍手とともに少女を称える。
「さすがナギサちゃん! 我らがジムリーダー!」
「ナギサおねえちゃんかっこいい!」
「こっち向いてくれー!」
まるでアイドルか何かみたいだなと少し冷めた目で見ているとエミが近くにいた町の女性に声をかける。
「あの子、ジムリーダーなの?」
「そうだよ。我がハマビシティが誇るナギサちゃん! 強くて賢い真面目な子でね、町のために色んな手伝いもしてくれるいい子だよ。最近、海の様子がおかしいんだけどいつも解決のためにがんばってくれてるのさ」
町の人からも好かれる、聞いてる限りはとても善良な人物らしい。最初に会ったジムリーダーがケイだからなんかそっちが先行してしまって本当にそんなよくできた子なのかと疑ってしまう。いやケイもいいやつだけどあんまり積極的に動くタイプではなかったようだし。
「ナギサちゃんかぁ。あともう少し若ければ……いや、でも有りだな」
「そこのロリコン黙ってくれ」
遠くのナギサを観察するイオトが完全に不審者の顔だ。というかいつの間に来たんだこいつ。シアンもクルマユを抱えながらイオトの横にいつの間にかいて、どうやら海での様子を一部始終見ていたらしい。
「なんか大変なことになってたみたいだけど解決したようでよかったね」
「そうだなー。にしてもなんでサニーゴたち、あんなに怒ってたんだろう」
野生のポケモンでもあんなに敵意をあらわにすることはない。よほど何かされない限り町に攻撃なんて、と考えていると、まだ海上でサクラビスと海を観察していた少女ことナギサが不審そうに海を見ていることに気づく。
「どうしたんだろ。戻ってこないけど」
「――全員伏せろ!」
イオトが慌てて声をあげたかと思うと舗装されたアスファルトがジュッと焼けるような音を立てる。
どこからか毒の雨が降り注ぎ、周囲一帯が溶けるような音とともに破壊されていくのをイオトのボスゴドラに守られながら見ているとイオトが舌打ちし轟音に負けない声量でエミを呼ぶ。
「エミお前、元をどうにかしろ!」
「もう任せてるっつーの!」
エミの靴先が僅かに毒を浴びて溶けるもようやく毒の雨が止み、恐る恐るボスゴドラの影から様子をうかがうと、目を回したドヒドイデと、おろおろしたヒドイデが砂浜にたくさん現れており、ドヒドイデの近くにドヤ顔したエミのパチリスがいた。
ドヒドイデが司令塔だったがそれがやられてヒドイデたちは困惑しているようだ。
「今のうちに――!」
ほとんどの人は周辺から逃げ出しており、逃げ遅れた人たちも今攻撃が止んでいる隙に逃げていく。俺らも逃げるべきだろうがヒドイデたちを放置するとまた暴れる可能性がある。
「ヒドイデたちをせめて無力化しないと――」
イオトとエミもそのつもりで立ち上がるが俺だけマリルリさんに裾をひっぱられ、半ば強引にイオトたちとは別の方へと引きずられる。
「マリルリさんどうし――」
マリルリさんが示した先にはナギサと、黒い服の男二人。黒い服で異変といえば覚えがある。
「レグルス団……!」
マリルリさんが乱暴に砂浜にあった円形の乗り物――水ポケモンに引っ張らせて水上を移動するやつで前世の映画で見た記憶がある。あれだ、水の都のレースのやつだ。
「え、これ使えってことだよな?」
イオトじゃなくてなんで俺に言うんだろうと思いつつ早くしろと急かされたので乗ってみると恐ろしいほどの早さで海へと引っ張られる。
「マリルリさん!? 待って待て待て早い早い!!」
「ってヒロー!? マリルリさんも何勝手に、ってあーっ!?」
ようやくこちらに気づいたイオトの声が遠くなっていく中、マリルリさんの全速力でナギサの元へと向かうのであった。
――――――――
「マリーもヒロもなにやってんだ!」
イオトが半分キレながらボスゴドラに目で指示すると、ミミロップでヒドイデたちを少しずつ戦闘不能にしていくシアンにイオトは自分のパーカーを投げてトドゼルガを繰り出す。
「なんですか! いきなり投げるんじゃねぇですよ!」
「マリルリさんがヒロ連れてあっち行ったから俺も行ってくる。多分濡れるからそれ預かっといて」
荷物もまとめてシアンに投げ渡すとトドゼルガとともに沖まで進んでいくイオトに頬を膨らませつつも仕方ないと無理やり納得させたシアン。それをちまちまヒドイデたちを麻痺させていくパチリスと蹴り飛ばしていくコジョンドを見るエミが苦笑いしながら呟く。
「まああっちのほうが面倒そうだし、僕らは水上移動するの厳しいメンバーしかいないからこっちがんばろうよ」
「わかってるですよ! えっちゃん、背中よろしくです!」
「はいはい。まあ、イオトのボスゴドラもいるし余裕でしょ」
町の人間もそのうちくるだろうと考えつつ、まあその前に制圧できそうだとエミは笑う。沖でのやりとりに自分も混ざれたらとは思うものの、数の暴力に呆れながら淡々と手持ち総動員してヒドイデたちを気絶させていくのであった。
――――――――
少しだけ時間は遡る。
暴走サニーゴを全部捕獲できたものの、海に対する違和感にナギサは怪訝そうに周囲を観察していた。
(何か、いつもと違う)
馴染みのある港の空気とは何かが違う、じっとりとした悪意を感じ取ってサメハダーとランターンにも何か異変がないか探らせているも特にそれらしい何かはない。
気にしすぎか、とほんの僅かに気を抜いた瞬間、突然砂浜に大量のヒドイデの大群が出現し、まずいと思うと同時に足元のサクラビスが沈む――いや、海中に引きずり込まれた。
予想外ではあったものの慌てることなく、海での活動に慣れているナギサはこちらに気づいたであろうランターンとサメハダーへのハンドサインで救援を求めつつ他の手持ちを出そうとボールへと手を伸ばすがその手は触手によって阻まれる。
(ドククラゲッ!?)
ドククラゲ自体は珍しいポケモンではない。だが明らかに人の指示を受けている行動にこの一連のポケモンの大量発生や暴走が誰かの悪意によって引き起こされていることを確信する。
サメハダーがドククラゲを引き剥がそうと突進してくるもドククラゲはナギサを盾にしてサメハダーとランターンの攻撃を防ごうとする。
ナギサの息が限界になったところでドククラゲごと浮上してナギサが乱れた呼吸を整えていると呑気な声が聞こえてくる。
「あー、せっかくジムリーダー足止め成功したっつーのに一般トレーナーに邪魔されてるみてぇッスよパイセン」
「まあジムリーダーを捕らえることができただけマシだからね。キッド、周囲の状況」
軽薄そうな男と丸メガネの大人しそうな男がそれぞれシザリガーとオクタンに引いてもらう形で小さなボートとともに現れる。どちらも黒い服装でナギサにはあまり興味がないのかナギサを見る様子はない。
「今んとこ出て来る気配はねーッス。どうします、パイセン?」
「う〜ん、ここにいると危険だし、一旦この子連れて逃げ……」
「ジョーズ!」
こちらを気にしていないと判断したナギサは男たちに襲撃を仕掛けるように叫ぶとサメハダーは猛スピードでオクタンに突撃する。が、逆にオクタンに動きを封じられたサメハダーとさめはだを物ともせず拘束し続けるオクタン。
「あんまり暴れないでもらえるとこちらとしては助かるんだけどなぁ、お嬢さん?」
「らんらん! 私に当たってもいいから!」
メガネの男の苦言を無視してランターンに指示するがランターンはドククラゲの毒を食らったのか苦しそうにしている。水中で伸びているサクラビスも同様でトレーナーを盾にされて動きに制限がかかった手持ちたちは苦戦を強いられている。
そんな中、第三者の絶叫が近づいてくる。
「ぁぁぁぁああああ!! マリルリさんストップ! ストーップ! レンーー! スパーック!」
頭にコリンクを乗せた青年とマリルリがぶつかることを恐れない猛スピードで突っ込んできてぎょっとした男たちは回避しようとするがドククラゲにスパークをぶつけたコリンクはドククラゲに乗ったまま更に続ける。
「レン! ほえる!」
強制的に手持ちを戻して交代させる技であるほえるでドククラゲとオクタン、シザリガーが男たちのボールへと戻り、別のポケモンが出現するもボートの上でひっくり返って二人揃って沈んでしまう。ドククラゲが消えたことで開放されたナギサをギリギリ受け止めた青年は真っ青な表情でナギサの顔を覗き込んだ。
「大丈夫か!?」
突っ込んできた青年ことヒロは明らかに場違いな自分に困惑しつつも、ナギサの無事を確認し安堵する。
あまりに突然の出来事にナギサがぽかんとしていたがそれは些細な事だった。