新しい人生は新米ポケモントレーナー





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1章
閑話:揃わぬ会議とリーグ昔話

 ポケモンリーグの会議室。諦めが悪いとも言うべきか、ジムリーダーと四天王の会議をしようという試みを再度行ったアリサは隠しきれない青筋を額に浮かべながら会議室を見る。
「なんでっ! 全員呼んでくるのがあんただけなのよ!」
「知らね」
 気だるそうに椅子によりかかりながらポケフォンで何かを調べているケイはアリサの金切り声を無視して四天王のリッカに声をかけた。
「ところであの馬鹿チャンピオンは」
「いつも通り不参加、というより不在」
 エネココアを飲みながらリッカは答え、会議室の空席を見やる。ジムリーダー8人中、1人しかいない。
「一応集合時間はそろそろだけど――」
 フィルが急に立ち上がって窓を開けたかと思うともう少し遅ければ窓ガラスをぶち破って飛び込んできたであろう人影が会議室に降り立った。
「窓ガラスだってタダじゃないんだよ」
「はっ、知らないんだぞ。俺様のために開けておくくらいしろ」
 傲慢にそう言い切った人物はジムリーダーのユーリ。少女のような少年のようなその人物を見るなりリッカは眉をひそめ、アリサは顔をひきつらせた。ランタはユーリをみることすらせず、フィルが仕方ないと言わんばかりに席へとエスコートする。
「自分のため、なんて言うならリーグに戻ってきてもいいんじゃないかい?」
 その言葉に、ユーリが口を開きかけるが会議室の扉が勢い良く開かれ、全員がそちらに注目する。
「お、遅れてごめんなさい! 会議まだ始まってない? ご、ごめんね! できるだけ急いだんだけど……」
 走ってきたのか、乱れた髪を手で慌てて直すセーラー服の少女ことジムリーダーナギサを見て一気に空気が和やかになる。ジムリーダー唯一の良心と言われるほどの彼女に、ユーリもさすがにあまり乱暴なことは言えないのか舌打ちだけして何も言わずに席に座った。
 きょとんとしたナギサが席につくとほとんどジムリーダーが揃っていない。アリサが深く、深いため息をつきながら手当たり次第ジムリーダーへと電話をかける。
 数秒してから通話がつながり、元気な声がアリサの耳に突き刺さった。
『もしもしアリサ? ごっめーん! 今丁度化石が見つかってさー! かなり状態のいいやつだから手が離せなくって――』
「この発掘マニアがああああ!!」
 怒り半ばに通話を打ち切り、次の相手へとかけはじめる。
 割とすぐに応じたが、甘ったるい、どこか間延びした喋り方の女の声がアリサの胃を悪化させる。
『はぁい? あぁ、そういえば会議だったわねぇ〜。ごめんなさぁい、忘れちゃってたわぁ』
「この根暗ゴス女さっさと来なさいよ!」
 次、と電話をかけようとしてケイが呆れた顔でアリサを止める。
「どうせこねぇんだから無駄にストレスためるようなことすんなよ」
「うるっさいわね! それでも一応やんないといけないのよ!」
 理不尽にキレられたにも関わらずケイは「へいへい」と適当な返事をすると頬杖をついて出されたお茶をすする。
 次の通話。
『もしもし、あれ、アリサ? 今日の会議は不参加ってメールしたはずじゃ……』
「いいから撮影の合間にちょっとくらい顔出しなさいよ! ていうかジムリーダー業と役者兼業できないならジムリーダー辞めちまえ!」
 後半はただの理不尽だがある意味正論でもあるので誰もツッコミ入れなかった。
 あと二人。まずは片方、エスパータイプのジムリーダーへと電話をかけ、かなり長い呼び出しのあとにようやく応答があった。
『もしもしアリサちゃん? 大学で講義があるから行けないって――』
「どいつもこいつもジムリーダー業務おろそかにするならジムリーダー引退しろって言ってるでしょうがぁ!」
 男の言葉を途中で遮りながら通話を打ち切り、最後の一人へと電話をかける。もうやめとけよという空気が会議室に流れるがアリサは半分意地になっていた。
 が、最後の一人は通話に応じることはなかった。

『留守番電話サービスです。ピーッという音のあとにご用件を――』
「死んじまえ! この引きこもりいいいいいいい!!」
とうとう携帯を投げ捨てたアリサに目を伏せながら首を振ったフィンは教師が場を収めるようにパンパンと手を叩いて注目を集めた。
「はい、まあご覧の通りだが会議を始めようか。リッカ、資料」
 リッカが資料の束を参加者全員へと配るとフィルの話が始まる。
「まず、レグルス団だが、どんどん激しくなっている。先日、コマリの森でのトレーナー誘拐事件もそうだが、被害どんどん拡大していっている。早めの処置が必要だ。ケイ君。ワコブシティでの調査は?」
 話を振られてケイは資料のある部分をノックするように叩いて示し、発言する。
「あー、調査したところ、うちの住人での行方不明者はそれほどいなかったって感じですね。だいたい旅トレーナーを狙ってるって見て間違いないと思いますよ」
 旅をしている人間なら行方不明などの届け出が遅くなる。当たり前だが確実な手段で悪事を働いているのは間違いない。
「こちらとしては現在旅に出ているであろう若者たちの旅を一時禁止にするというのも視野に入れている。具体的な数がまだ不明だがコマリだけとは思えない。用心するに越したことはないだろう」
 フィルの話を全員が真面目に聞いていると思いきや、鼻で笑ってそれを遮る人物がいた。
「必要ないぞ。少なくともヒナガリシティは俺様が管理している以上レグルス団とかいうふざけた連中をのさばらせることはない。だいたい地方全土の旅トレーナーの全帰還とか現実的じゃないんだぞ。それより大元を探す努力をしたらどうだ、伯父上?」
 フィルを馬鹿(チャンピオン)にするように言うユーリ。フィルはさほど気にした様子は見せず「君はそう思うんだね」と短く返す。が、フィルではなく別の人物がユーリを責めた。
「あなた、いつもそうやって驕ってるから負けたんでしょ」
 リッカの氷点下の瞳がユーリを射抜く。そして、その発言にケイがぎょっとして即座に手持ちをボールから出したかと思うと次の瞬間会議室の中心が爆発し、そこはもう部屋ではなく日差しで照らされる吹き抜けとなっていた。
「おい……今、俺を敗者と罵ったな……?」
 無傷のユーリは直ぐ側にメタグロスを控えさせており、爆発の中心点には戦闘不能になったジバコイルがいた。
 室内でだいばくはつを行うとかこいつ正気かとひっくり返ったアリサは惨状に頭を抱える。
 ケイは呆れながらまもるでポケモンにかばってもらったのか平然と椅子に座ったままボロボロの会議室を見渡した。
「あーあー、リッカさん煽るから」
 リッカもまた、ポケモンに守ってもらったのか堂々と座ったままユーリの視線を受け止める。
「敗者を蔑むようなことはしないわ。ただ今のユーリは最低だから。みっともない裸の王様よ」
 ひっくり返っていたナギサが起き上がり、伸びているランタを引っ張り上げて無理やり起こしているのがケイの視界の端に映る。フィンもある程度予想していたのか爆発に巻き込まれずに仁王立ちでユーリを見つめている。
「ユーリ……諸々の修理費用は後で全て君に請求する」
「好きにするといいんだぞ。それよりも今すぐにフィールドをあけろ。リッカ! 相手しろ!」
「嫌よ。受ける義理がないもの。それに、絶対自分が勝つってわかってる私だから喧嘩売るんでしょ?」
 一歩も引く様子を見せないリッカは激怒したユーリに視線を向けることすらやめ、愚痴るように言う。
「あれに勝てないからっていつまでも子供みたいに拗ねるんじゃないわよ」
 ギリ……とユーリが歯ぎしりするがフィルに腕を掴まれる。
「少し落ち着くんだ。あまりこんなことは言いたくないが君はもう少し大人になれ」
 少しだけ、ユーリの表情が叱られた子供のように表情を曇らせる。ここで終わっておけばまだ平和な方だった。しかし、フィルはユーリにとっての禁句を口にする。

「あの子が生きていたら君のことを軽蔑するよ」

 ユーリの目が見開かれ、震える唇で言葉を紡ぐ。
「……伯父上がそれを言うのか……? なあ、あんたが! 何もしなかったあんたが姉様の話をするのか! ふざけやがって!! どいつもこいつも! 俺様を馬鹿(チャンピオン)にするのもいい加減にしろ!」
 フィルの腕を無理やり振り払い、口笛で自分のポケモンを呼んでから叫ぶ。
「エアームド!」
 天井もない元会議室の上空にエアームドが飛んできてユーリを乗せてそのままリーグからどんどん離れていく。散々壊すだけ壊して帰った嵐のような存在に残された一同はほとんど同時にため息を漏らした。
「なんであの人呼ぶかなー。地雷だってわかるじゃん。アリサのそういう融通利かない堅物なところどうかと思うぜ?」
「しょーがないでしょ! あれでもあの人を味方につけたら有用だし……っていうかあんた! だいばくはつに気づいてたんなら止めなさいよ!」
 明らかに一人だけ反応が早かったのもあり、アリサがケイに詰め寄るがしれっとした顔でケイは言う。
「いや最初はニョロボンで不発にさせようと思ったんだけどな。それだと更に地雷だしと思って」
「不発で終わらせてよ!」
「やだよ、俺が大爆発阻止したらあの人俺に怒りの矛先向けるし、会議室どころかリーグの建物全壊しても困るだろ」
「それでもよ! どうするのよこの大惨事! 言い訳しないといけないのあたしとフィルなのよ!?」
「ご、ごめんなさ……私が気づいてたら……」
「ああ、もうナギサには言ってないの! だから泣きそうな顔しないでよ!」
 とりあえず全員気だるそうに会議室から別の部屋へ移動しようと立ち上がるが、ナギサの携帯がかわいらしい着信音で鳴り響き、慌てて通話に応じたナギサが少し恥ずかしそうに言った。
「もしもし今会議――えっ!? またぁ!? わかった急いで戻るね!」
 途中、驚いてスカートのホコリを払いながら、通話が終わると同時にペリッパーをボールから出す。
「ごめん! また町でトラブルがあったみたいで……。あとで詳細と資料お願いしまーす!」
「あ、ちょっとナギサ、待てよ――」
 ランタの制止も聞かず、ハマビシティへと飛び去ったナギサを見送り、四天王一同はため息をつく。
「アマリト地方の未来が不安……」
 その場にいた全員が思っているであろうこと。どうしてこうなってしまったのか。ユーリがチャンピオンだった時代にはこんな不安など一切なかったのだと古株は憂う。



――――――――






 ――3年前。


 チャンピオンユーリは少しだけ我儘で、少しだけ横暴だが周りから好かれる魅力があった。元々がリーダー気質なのか、催し事にも積極的に取り組み、根が真面目なため少なくともこの地方の歴代チャンピオンの中でもかなりまっとうな人物だった。見た目こそ幼いものの、実年齢は十分に大人で、この時点でも20歳はとっくに越えている。
 そしてチャンピオン就任期間も歴代で一番長い、実力もある言ってしまえばできすぎた存在だった。

『伯父上ー! 次のセレモニーだが売店の規模をもう少し増やすのはどうだ? アンケートでも予定の1.8倍の出店希望者がいることだし、一考の余地はあるぞ!』
『といってもね……スペースの問題もある。簡単に予定を変えるのも難しいよ』
『それでもだ! 盛り上げるのも当然だができるだけたくさんの人が喜ぶようにしたいんだぞ!』
『まったく……何か案はあるの?』
 呆れた様子でリッカが口元を抑える。が、呆れてはいるものの表情は楽しげだった。
『まだないぞ!』
『それじゃ決まるものも決まらないじゃない。私も考えるからちゃんとまとめなさいよ。予算は私が上手いことやるから』
『さすがリッカだぞ!』
『人が増えることで治安の悪化も懸念される。それについても課題だよ』
 フィルが暴走しすぎないようたしなめるとユーリは当然、と言わんばかりに真面目な顔で頷いた。
『そこは最重視するぞ。せっかくの楽しい祭りで怪我人が出たりしたらダメだ』
『……まあ、君はそういう子だからそこまで心配していないさ』
 四天王とチャンピオンの会議室はいつもユーリによって楽しそうに盛り上げられ、静かな日はなかったともいう。
 が、ある日突然それは終わった。 
 セレモニーの話をフィルとリッカ、そしてユーリがしていると内線が鳴り、フィルがそれに応じた。
『もしもし……何? そうか、わかった。こちらにはリッカとユーリがいる。二人にも定位置につくよう伝えるよ』
 内線を切ったフィルを見てユーリは嬉しそうな顔で立ち上がる。
『まさか挑戦者か!?』
『まーたイワンコみたいに喜んじゃって……』
 幼い見た目もあって子供がプレゼントをもらったようにはしゃぐユーリ。そんな様子を見て、フィルもリッカもどこか穏やかな気持ちだった。
『挑戦者が来ることは素晴らしいことだぞ! さあさあ! 俺のところまでやってくるんだぞ!』
『それだと私らが負けるってことなんだけど?』
『僕らも弱くないから。悪いけどユーリのところまで行けるかな? まあ、今日は挑戦者が複数いるようだし一人くらいはたどり着けるかもしれないね。ツバキとギフトもどうやら久しぶりの挑戦者でやる気のようだ』
 全員、当然のようにユーリが負けるということを想定していない口ぶりだった。他の四天王二人もきっと、ユーリを越える挑戦者が来るとは思っていない。
 専門タイプを持たないユーリはあらゆるポケモンを使いこなし、純粋にバトルを楽しむこの地方最強のトレーナーだった。
 高き壁であり、多くの憧れ。子供っぽいところもあるがそれを含めても最高のチャンピオンだと誰もが思っていた。

 ――数時間後、その時はやってくる。

 4番手であるフィルが突破されたと、報告があがってきたとき、ユーリは歓喜していた。久しぶりの挑戦者。どんな相手なのか、どんな楽しい戦いをしてくれるのか。未来ある若者とのバトルを心待ちにしていた。
 そして、チャンピオンの間に来た挑戦者を見るなりユーリは駆け寄って今にも飛び跳ねかねない勢いで名乗りを上げた。
『よく来たんだぞ! 俺様こそがアマリト地方のチャンピオン――』
『そういうのいいから』
 えっ、と名乗りを遮られ困惑したユーリは挑戦者の目を見る。虚ろなそれは自分に興味がないと見下ろしており、自信過剰なユーリが思わず言葉に詰まるほどだった。
『そ、そんなにバトルしたいのか! しょうがないんだぞ! さて、ルールの説明は不要だな? 楽しくやろうじゃないか!』
 あくまで笑顔のユーリに対し、挑戦者は死んだ目でボールを放り、戦いは始まった。



 始まった戦いの様子を四天王や、他の挑戦者が別室で見守る中、ユーリの表情は次第に曇っていった。
 今まで挫折を経験したことがない。そんなユーリが初めて挑戦者に屈するという現実に、四天王たちも、他の挑戦者も息を呑んで試合を見ていた。
『ユーリが押されてる……!?』
 リッカが驚いて部屋からと出そうとするのをフィルが止め、きつい声音で咎めた。
『挑戦者とのバトル中に他者が部屋に入ることは公平性を欠く。そんなことくらいわかっているだろう』
『で、でも――』
 圧倒的な実力差に叩きのめされるユーリは手持ちの数がどんどん減っていく。挑戦者の表情は以前冷めており、楽しんでいる様子が伺えない。
『何よあいつ……』
 他の挑戦者であるアリサが試合の様子を見ながら吐き捨てる。楽しくともないバトルを平然と行う挑戦者に嫌悪感を示しているのがはっきりとわかった。ただの蹂躙だと、アリサは後に語る。
四天王であるギフトが『ダメだ、負ける――』と呟いたその瞬間、勝敗は決した。





 完全敗北を喫したユーリは膝をついて最後に倒れたメタグロスをボールにしまうと悔しさと、初めての挫折で気持ちがぐちゃぐちゃになりながらも挑戦者を称え、座を譲らねばならないと僅かに滲む目をゴシゴシと袖で拭う。
『おめでとうなんだぞ! びっくりするほど強いじゃないか! これから――』

『この程度か』

 握手をしようと伸ばした手を無視して挑戦者――新しいチャンピオンはユーリがまるで存在しないかのように通り過ぎていった。
 奥には殿堂入りを行うチャンピオンルーム。案内するまでもなく、すたすたと進んでいく新しいチャンピオンに打ちのめされたユーリは再びその場に座り込んでしまった。
『この、程度……?』
 ユーリは自信家であるがその自信に見合うだけの実力が確かにあった。それは彼女がチャンピオンをしている間、誰もが彼女に敵わなかった証明もあり、紛れもない事実。
 それなのに、新しいチャンピオンはそれを『その程度』と吐き捨てたのだ。
 プライドが高いユーリはその発言が受け入れきれず、何度も頭で繰り返され、小さい体が震えだす。
『俺が……いったい……! どれだけ、努力したと――』
『ユーリ!』
 試合が終わったからかリッカが駆け込んでくる。座り込んだユーリを抱きしめたリッカだったがユーリの反応はどこかぼんやりとしており、ますます不安になったリッカは強く力を込める。
『ユーリ……君は四天王降格か……引退かの二択だが、どうする……?』
 気まずそうだが誰かが言わねばならないことをフィルが口にする。降格するならば四天王の誰かが引退することになるが、ユーリはぼんやりと口を開く。
『俺は……負けた……だから……』
 虚ろな目で自身の敗北を口にするユーリを気の毒そうに四天王の二人、ギフトとツバキは見つめるだけで何も言わない。
『――まだいたの?』
 奥の部屋から出てきた新しいチャンピオンはユーリを見るなり冷たい声を投げかける。敬意も何もこもらない声に、フィルも流石に気に障ったのか珍しく怒りを露わにする。
『言葉を選べ。君はこれからこの地方の新しいチャンピオン。多くのトレーナーの模範となる存在だ。ならば対戦者に敬意を払うべきだろう!』
『……別に、チャンピオンとかどうでもいいし』
 やる気の感じられないその様子に思わずフィルも唖然とする。ユーリはその言葉を聞いて更に視界が霞んでいく。
 ――そんなやる気のない相手に自分は負けたのか?
『別にそれがチャンピオン続けたいなら構わないけど』
 それ、と言われたユーリは我慢の限界か、リッカを振り払って怒声をあげた。
『貴様に情けをかけられるのも貴様の下につくのもごめんだぞ! 俺は出ていく! 絶対、絶対絶対絶対――! 貴様を引きずり下ろしてやるからな!』
 止めようとするリッカを乱暴に振り払ってユーリはチャンピオンの間から飛び出していく。リッカは悲しそうにその背を見送り、ギフトは毒を吐く。
『あーあ……新チャンピオンはこんなのかぁ……潮時かなぁ……』



 その後、ユーリが挑戦者に負け、チャンピオン交代が密かに行われたことがニュースになったが、プロフィールを一切明かさない新チャンピオンのことで人々は注目し、ユーリのことを口にする者もいたが、話題はそちらに塗り替えられていった。
 ほどなくして、四天王ギフトは『あいついないし』という理由で四天王を引退。その代わりに新しく四天王に就任したのがランタであり、ツバキもしばらくは四天王を続けていたが『続ける意義を感じませんので』と引退。その後アリサが就任となった。
 一方、ユーリはジムリーダー試験を受け、ヒナガリシティのジムリーダーに就任。
 が、ユーリが就任後、ヒナガリジムのジムバッジ獲得者は0となり、ポケモンリーグはすっかり挑戦者が訪れない日常が当たり前となった。
 あくまでアリサの推測だが「チャンピオンへの嫌がらせ」として、挑戦者を一人も寄越さないためにジムリーダーになったのではないかと考える。
 バトルマニアのチャンピオンへの報復。何度再戦しようとも自分を見下し、興味すら抱かないチャンピオンへの抗議のつもりなのかもしれない。巻き込まれた一般トレーナーはたまったものじゃないのだが。
 そのせいか、リッカとユーリの関係は悪くなり、会議などで顔を合わせる以外はほぼ絶縁となっている。フィルも連絡を取ろうにもあまり相手にされないと少し寂しそうに呟いていた。




――――――――




 そんなこんなで現在、会議が有耶無耶のまま解散となり、ケイは疲れ果てたようなアリサに声をかける。
「あーのさー」
「何?」
 どこか機嫌が悪そうなアリサに眉間に皺を寄せつつもできるだけ冷静に問いを投げかける。
「あの馬鹿は戻ってきたのか?」
「ああ、馬鹿?」
 馬鹿=チャンピオンで完全に会話が成立しているのは傍から見れば滑稽だろう。というかチャンピオンへの呼称だと誰が思うだろうか。
「三日前にいきなり戻ってきたかと思ったら仕事押し付けてさっさとトンズラしたわよ!」
「……まーじかぁ……」
 アリサに聞こえない程度の声量で「忠告してやったのに全然わかってねぇ……」と呟き、アリサは思い出しただけで腹立たしいのか髪をぐしゃぐしゃにして金切り声を上げた。
「もうやる気ないならさっさとジムリーダーもチャンピオンも降りろっての! 実力主義社会ってほんと不便! ていうかあんたあいつに挑戦してよ! あんた少なくとも四天王レベルはあるんだから!」
「無理無理。俺そもそもユーリさんに勝てねぇのにあいつには勝てない」
 取り付く島もない即答にアリサは「はぁ……」と重いため息をつく。ため息のつきすぎて幸せが遥か彼方まで飛んでいってそうだった。
「ああ、そういえば、うちのヒロが勝ったんだって?」
「さすがに新人に本気だすわけないだろ。つーか俺別にあの人みたいに叩き潰すようなことしねぇって」
「まあ、あんた相手だしヒロも負けるかもしれないとちょっと心配だったけど杞憂でよかったわ」
 こいつ、俺のことなんだと思ってるんだとケイは考えたが口にすると不機嫌な彼女が理不尽に怒りそうなので無言を貫く。
「……そろそろあいつらハマビシティじゃねぇの?」
 先程ナギサがトラブルがあったと言っていたのを思い出し、二人はヒロたちのことが少しだけ心配になる。
「まあ、さすがにそんな頻繁にトラブルに巻き込まれないでしょ」
 アリサの根拠のない楽観は見事に外れることとなるのだが建物の修理に追われていたアリサがそれを知るのは暫く先となる。





とぅりりりり ( 2017/11/07(火) 12:37 )